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28:「怒声」



「うわー……人がいっぱいですねー……流石交通都市です……」



 忙しなく都市を往来する人々に、ティアはしみじみとそう言った。

 ドネツクを出発した頃は東の果てにあった太陽も、既にてっぺんまで天高く登っている。


 あれから俺達は山を越えて、交通都市ローラルまでたどり着いた。

 穏やかな喧噪に包まれていたドネツクとは打って変わり、

 ローラルは交通の中心点だけあって、往来する人々でごった返している。

 赤レンガで統一されていたドネツクと比較し、様々な建築様式の建物が所狭しと建ち並ぶローラルは、来る人に雑多な印象を与えるだろう。


 都市に足を踏み入れた瞬間。

 むわっとした独特の臭気が鼻に付き、忙しない喧騒が俺たちを出迎える。



 エメリアの王都レフィスと、聖ウェルフィース教会の中心地であるバーテル。

 この国を代表する二大都市の丁度間にあるローラルは、大人や子ども、平民や貴族、聖職者、果ては物乞いまで。

 それぞれ目的の違う様々な人々が、別々の場所を目指し、入り乱れていた。



 都市には飲食店や地域の特産品を扱った商業施設が立ち並んでいて、

 客引き達の積極的な呼び声で活気づいている。



「……あの、お兄様」

「なんだ?」

「……はぐれるとまずいので、手を繋いでいてもいいですか?」


 仄かに顔を赤らめるティア。


 確かに。

 ここローラルは、上手に歩かないと行き交う人々にぶつかってしまいそうなほどの人混みだ。

 一度見失うと、探すのは大変だろう。

 はぐれるとまずいのは、間違いない。



 ……とは言っても。

 俺はサクラの親父さんを探した時のように。

 仮にティアとはぐれたとしても、マナを探知することで直ぐに居場所を見つけることが出来る。

 迷子になる心配は、一欠片もない。


 ティアもそのことを知っているはずなのだが……。



「……ダメ、ですか?」



 立ち止まる俺達を横目に、迷惑そうな顔をした人々が過ぎ去っていく。


 ……まあ、いいか。

 わざわざマナを探知するのも面倒だし、

 はぐれないならそれが一番良い。


 微笑みながらそっと右手を差し出すと、ティアは表情をぱーっと明るくさせた。


 ぎゅっと手のひらを握り、

 欲しかったプレゼントを貰った子供のように、

 嬉しそうに顔をほころばせる。



「……お兄様の手は、あったかいです……握ってると、なんだか安心します」

「そりゃよかった」



 太陽の光を反射させ、ティアの首元で輝くトパーズのペンダント。

 呼び込みをしている飲食店の従業員は、道の端から端まで聞こえそうな程大きな声で「お昼時は是非うちにー!」と叫んでいる。


 そう言えば、そろそろお昼時か。

 朝から歩きっぱなし。

 馬車に乗る前に、休憩がてらご飯でも食べるか。

 山を越えている最中、文句一つ言わず着いてきたティア。

 だが、流石に疲れているし、お腹も減っているだろう。

 この辺で、少し休憩しておこう。



「ティア」

「なんでしょうか?」

「朝から歩きっぱなしで疲れただろ? 丁度飲食店も沢山あることだし、どこかでご飯でも食べよう」

「本当ですか……!」

「うん、本当だよ」

「……実は、丁度お腹が減っていたところなんです」


 少し恥ずかしそうにお腹をさすりながら、ティアは嬉しそうにこちらを見上げる。



「何が食べたい? 向こうの通りに行けば、露店もあるが」

「……お兄様と一緒なら私はどこでも……」


 顔をほころばせながら、ティアがそう言った時だった。


 前から来たショートカットの小さな男の子が、

 ティアが首から下げていたペンダントを掴み、走り去る。



――スリだ。



 不意に首元から消えた、トパーズのペンダント。

 それを掴んで人混みをかき分ける、まだ五、六歳の男の子。

 人々は迷惑そうに、ぶつかりながら前に進んで行く少年を睨んでいる。

 ローラルの歓楽街に、砂埃が舞う。



「か……返してください!」



 青い顔をしたティアが、少年を追って走る。



「……だ、誰か……その子を捕まえてください!」



 ティアの懇願虚しく、周囲の人々は冷めた目をしながら少女を見る。

 ローラルでは、スリなど日常茶飯事。

 さして珍しい出来事ではないのだろう。


 人混みをかき分けて必死に少年を追いかけようとするティアに、

 人々は露骨に眉を顰めている。


「ティア!」


 往来する人々の間に体をねじ込みながら、少女を追いかける。

 ティアは俺の呼び声に反応せず、少年めがけ、人混みを押すようにかき分ける。



 まずい、声が聞こえていない。



「……あのペンダントは……あのペンダントは……お兄様から、初めて頂いたものなんです……」



 喧噪の中に溶けていく、少女の叫び。

 飲食店の従業員は気にも留めず、客引きに勤しんでいる。

 ティアはペンダントを取り返そうと、必死に人混みをかき分ける。


 けれど小さな体を利用し、するすると人と人の間を抜けていくスリの少年と比較し、

 人混みが障害物になるティア。

 露骨なハンデ戦。

 二人の距離は、開いていく一方だった。



「大切な……ものなんです……。 大切な……ものなんです……」


 ティアの叫びに、涙声が混じり始める。


「お願いです……だから、道を……道を開けてください……お願いです……」



 目に涙を浮かべながら懇願するも、人々は迷惑そうにティアを睨む。

 少し端に身体を避けてやれば、それで事足りるものを。

 それすら惜しんで、舌打ちを繰り返す。












「――そこを……どけ!!!!」












 雷のような怒声が周囲に轟く。


 客引きに勤しんでいた従業員は、目を丸くして。

 決して足を止めることのなかった往来する人々は、立ち止まり、きょとんとこちらを見つめていた。


 さっきまで喧騒としていた歓楽街が、張り詰めたようにしんと静まり返る。

 ティアも、泣きそうな顔でこちらを振り返った。



「……この子の大事なものが盗まれた。少しだけ、端に避けてくれないか」



 語気を強め、俺は人々にそう頼む。

 殺気迸るただ事ではない雰囲気に気圧されたのか、

 てこでも動きそうになかった人々が、いそいそと端に避ける。

 海が割れるように、道が出来る。




「……お兄様……」

「早く追いかけるぞ……大事な物なんだろう?」

「はい……!」



 瞳いっぱいに涙をためながら、少女は大きく頷いた。

 反動で、涙がぽつりぽつりと地面に滴る。



 俺は思い切り地面を蹴り、駈け出した。




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