23:「お礼」
星の降る夜空の下。
全身で喜びを分かち合う、サクラと親父さん。
二人して涙を浮かべ、積もる話を互に語り合っていた。
「……本当に、ありがとうな、サクラ」
「ううん……私は何もしてない。全部、ゼロ君のおかげなの。お礼なら、ゼロ君に言わなきゃ」
「……そうか、そうだな……まだしっかり、ゼロさんにお礼が言えてねえな……」
照れくさそうに後ろ髪を掻きながら、親父さんはすたすたとこちらに歩いてくる。
俺の前まで来て。
赤い目で肩眉を持ち上げながら、にんまりと満面の笑みを浮かべた。
「……ゼロさん。本当に、ありがとうございます。それに、ティアちゃんも……。馬鹿な真似をして先走った俺を助けてくれて。ゼロさん達が地下まで来てくれた時は、びっくりして心臓が止まるかと思ったぜ。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「そ、そんな……私は何もしてません……頑張ったのは、全部お兄様ですから……」
頭を下げる親父さんに、どう対処していいか分からなかったのだろう。
横にいるティアは両手を胸の前で振りながら、おろおろと困惑を浮かべる。
俺はそんな可愛らしい少女の頭を、優しく撫でた。
ティアはぎゅっと目を瞑って、少しだけ、身体をこちらに傾ける。
「謙遜するな……ティアも十分頑張ってたよ」
「んん……そうでしょうか……」
「うん、そうさ」
「そうそう、最後にティアちゃんが先導してくれなきゃ、今頃私達生き埋めだよ!」
ぴょんぴょん跳ねながら、サクラもティアの頭を撫でる。
右側を俺が、左側をサクラが。
二人から髪をくしゃくしゃにされているティアは、少しだけ迷惑そうにはにかみながらも、満足気に胸を張っていた。
「……本当に、助けに来てくれて、ありがとうな。ゼロさん、ティアちゃん……サクラ」
親父さんの瞳は、涙で潤んでいた。
その姿を見て、俺の胸にも熱いものが込み上げる。
本当に、助けて。
助けられて、良かった。
この人には、この親子には、いつまでも幸せでいてほしい。
星降る夜空の下。
確かな満足感が、胸の内に沁みわたる。
「……俺は、自分のやりたいことをしただけだよ……本当に、親父さんが無事でよかった」
澄み渡る林の空気。
俺がそう言った瞬間。
親父さんの顔が、くしゃくしゃに歪む。
堪えることが出来なかったのだろう。
そのまま少し俯いて、両手で顔を覆った。
「……ありがとう……ゼロさん……今まで悪いことばっかしてきて……罰が当たったのかと思ったんだ……俺は、幸せになる権利がないって……神様が、そう言ってるのかと思ったんだ……」
しゃがみこんで、涙に声を震わせる。
サクラはそんな親父さんの背中を、丸まって小さくなった背中を、覆うように抱きしめた。
「ううん、そんなことない……お父さんにその権利がないなら、一体誰に権利があるのさ」
「……ごめんな……サクラ……こんな駄目な親父でさ……」
蹲った親父さんの真下に、ぽたぽたと雨が降る。
駄目な父親の為に、どこの娘が、ここまで頑張るだろうか。
どこの娘が、俺に向かって、あそこまで愛を語るだろうか。
親父さんは、全然ダメな父親じゃない。
俺がそう言おうとしたら、先にサクラが口を開く。
「ううん……誰がなんと言おうと、私にとってお父さんは、世界で一番のお父さんだよ。お父さんの娘になれた私は世界一の幸せ者だと思ってる……本当だよ」
「……うん……うん……」
雨の勢いが、強くなる。
けれど、親父さんの表情は。
顔を歪めながら泣きじゃくる親父さんの表情は。
とても誇らしげで、満足感に満ちていた。
血のつながりよりも、強い何か。
この二人を繋いでいるのは、きっと、そんな奇跡みたいな何かなのだろう。
本物ではない故に、本物よりも美しくなった。
この星空にも劣ることはない、神様だって想定外の、固く強い、絆なのだ。
……俺が出る幕じゃ、なかったな。
いつの間にか、ティアもほんのり涙を浮かべている。
とても、優しい子なのだろう。
唇を噛み、涙をぐっとこらえている少女の肩を、俺は抱きしめるようにそっと寄せた。
瞳をうるうるとさせながら、こちらを見上げるティア。
「……私もいつか、お兄様と……あんな風になれるでしょうか」
期待と不安の揺れ動く大きな黒い瞳で、こちらをじっと見つめる少女。
思わず、面食らった。
それからふっと小さく微笑んで、慈しみを込め、ティアの美しい髪をそっと撫でる。
「お前はもう、俺の大事な妹だよ」
「……ゼロ様も、私にとって大切なお兄様です」
互に見つめ合う、俺とティア。
今はまだ、言葉だけだけれど。
この星空には、敵わないけれど。
……いつか、俺達も。
そんな風に、願った時。
偶然か、必然か。
そんな俺たちの背中を押すように。
一つの流れ星が、満天の夜空に華を持たせた。
「……さあ、皆。そろそろ宿に帰ろうか。研究所が崩落した影響で、地盤が緩んでいるかもしれない。長居は禁物だ。話は、宿に帰ってからゆっくりしよう」
「そう……だな……そうするか!」
泣きはらした瞼で、親父さんが笑顔を作る。
サクラも、微笑みながらこくりと頷いた。
それから照れくさそうに前髪を気にした後、キョロキョロと薄茶色の瞳を泳がせ、こちらまで近寄ってくる。
サクラは俺の耳元で少し背伸びをし。
誰にも聞こえないように、小声でささやく。
「……ねえ、ゼロ君……」
「ん?」
「あの……その……」
「どうした?」
「……二人きりで話したいことがあるから、宿に帰ったら……テラスまで来てくれない?」
熱っぽい吐息が耳にかかって、くすぐったい。
顔を紅潮させ、上目遣いの少女と目が合う。
少しだけ俯きながら、体をもじもじとさせるサクラ。
耳まで真っ赤に染まった顔からは。
こちらにも、緊張が伝わってくる。
幾千の星が、瞬く夜空。
手を伸ばせば届きそうな星たちが、闇夜を優しく照らしている、特別な夜。
まだまだこの夜は終わらなそうだなと、俺は小さく苦笑いをした。