表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/65

23:「お礼」



 星の降る夜空の下。


 全身で喜びを分かち合う、サクラと親父さん。

 二人して涙を浮かべ、積もる話を互に語り合っていた。



「……本当に、ありがとうな、サクラ」

「ううん……私は何もしてない。全部、ゼロ君のおかげなの。お礼なら、ゼロ君に言わなきゃ」

「……そうか、そうだな……まだしっかり、ゼロさんにお礼が言えてねえな……」



 照れくさそうに後ろ髪を掻きながら、親父さんはすたすたとこちらに歩いてくる。

 俺の前まで来て。

 赤い目で肩眉を持ち上げながら、にんまりと満面の笑みを浮かべた。



「……ゼロさん。本当に、ありがとうございます。それに、ティアちゃんも……。馬鹿な真似をして先走った俺を助けてくれて。ゼロさん達が地下まで来てくれた時は、びっくりして心臓が止まるかと思ったぜ。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」

「そ、そんな……私は何もしてません……頑張ったのは、全部お兄様ですから……」



 頭を下げる親父さんに、どう対処していいか分からなかったのだろう。

 横にいるティアは両手を胸の前で振りながら、おろおろと困惑を浮かべる。

 俺はそんな可愛らしい少女の頭を、優しく撫でた。

 ティアはぎゅっと目を瞑って、少しだけ、身体をこちらに傾ける。



「謙遜するな……ティアも十分頑張ってたよ」

「んん……そうでしょうか……」

「うん、そうさ」

「そうそう、最後にティアちゃんが先導してくれなきゃ、今頃私達生き埋めだよ!」



 ぴょんぴょん跳ねながら、サクラもティアの頭を撫でる。

 右側を俺が、左側をサクラが。

 二人から髪をくしゃくしゃにされているティアは、少しだけ迷惑そうにはにかみながらも、満足気に胸を張っていた。



「……本当に、助けに来てくれて、ありがとうな。ゼロさん、ティアちゃん……サクラ」



 親父さんの瞳は、涙で潤んでいた。

 その姿を見て、俺の胸にも熱いものが込み上げる。


 本当に、助けて。

 助けられて、良かった。

 この人には、この親子には、いつまでも幸せでいてほしい。


 星降る夜空の下。

 確かな満足感が、胸の内に沁みわたる。



「……俺は、自分のやりたいことをしただけだよ……本当に、親父さんが無事でよかった」



 澄み渡る林の空気。

 俺がそう言った瞬間。

 親父さんの顔が、くしゃくしゃに歪む。

 堪えることが出来なかったのだろう。

 そのまま少し俯いて、両手で顔を覆った。



「……ありがとう……ゼロさん……今まで悪いことばっかしてきて……罰が当たったのかと思ったんだ……俺は、幸せになる権利がないって……神様が、そう言ってるのかと思ったんだ……」



 しゃがみこんで、涙に声を震わせる。

 サクラはそんな親父さんの背中を、丸まって小さくなった背中を、覆うように抱きしめた。



「ううん、そんなことない……お父さんにその権利がないなら、一体誰に権利があるのさ」

「……ごめんな……サクラ……こんな駄目な親父でさ……」



 蹲った親父さんの真下に、ぽたぽたと雨が降る。


 駄目な父親の為に、どこの娘が、ここまで頑張るだろうか。

 どこの娘が、俺に向かって、あそこまで愛を語るだろうか。


 親父さんは、全然ダメな父親じゃない。

 俺がそう言おうとしたら、先にサクラが口を開く。



「ううん……誰がなんと言おうと、私にとってお父さんは、世界で一番のお父さんだよ。お父さんの娘になれた私は世界一の幸せ者だと思ってる……本当だよ」

「……うん……うん……」



 雨の勢いが、強くなる。

 けれど、親父さんの表情は。

 顔を歪めながら泣きじゃくる親父さんの表情は。

 とても誇らしげで、満足感に満ちていた。


 血のつながりよりも、強い何か。

 この二人を繋いでいるのは、きっと、そんな奇跡みたいな何かなのだろう。


 本物ではない故に、本物よりも美しくなった。

 この星空にも劣ることはない、神様だって想定外の、固く強い、絆なのだ。


 ……俺が出る幕じゃ、なかったな。




 いつの間にか、ティアもほんのり涙を浮かべている。

 とても、優しい子なのだろう。

 唇を噛み、涙をぐっとこらえている少女の肩を、俺は抱きしめるようにそっと寄せた。

 瞳をうるうるとさせながら、こちらを見上げるティア。



「……私もいつか、お兄様と……あんな風になれるでしょうか」



 期待と不安の揺れ動く大きな黒い瞳で、こちらをじっと見つめる少女。

 思わず、面食らった。

 それからふっと小さく微笑んで、慈しみを込め、ティアの美しい髪をそっと撫でる。



「お前はもう、俺の大事な妹だよ」

「……ゼロ様も、私にとって大切なお兄様です」



 互に見つめ合う、俺とティア。

 今はまだ、言葉だけだけれど。

 この星空には、敵わないけれど。


 ……いつか、俺達も。




 そんな風に、願った時。

 偶然か、必然か。

 そんな俺たちの背中を押すように。

 一つの流れ星が、満天の夜空に華を持たせた。




「……さあ、皆。そろそろ宿に帰ろうか。研究所が崩落した影響で、地盤が緩んでいるかもしれない。長居は禁物だ。話は、宿に帰ってからゆっくりしよう」

「そう……だな……そうするか!」



 泣きはらした瞼で、親父さんが笑顔を作る。

 サクラも、微笑みながらこくりと頷いた。

 それから照れくさそうに前髪を気にした後、キョロキョロと薄茶色の瞳を泳がせ、こちらまで近寄ってくる。


 サクラは俺の耳元で少し背伸びをし。

 誰にも聞こえないように、小声でささやく。



「……ねえ、ゼロ君……」

「ん?」

「あの……その……」

「どうした?」

「……二人きりで話したいことがあるから、宿に帰ったら……テラスまで来てくれない?」



 熱っぽい吐息が耳にかかって、くすぐったい。

 顔を紅潮させ、上目遣いの少女と目が合う。

 少しだけ俯きながら、体をもじもじとさせるサクラ。


 耳まで真っ赤に染まった顔からは。

 こちらにも、緊張が伝わってくる。


 幾千の星が、瞬く夜空。

 手を伸ばせば届きそうな星たちが、闇夜を優しく照らしている、特別な夜。


 まだまだこの夜は終わらなそうだなと、俺は小さく苦笑いをした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ