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21:「崩落」



「……しかし、この死んだ研究を再び復活させた男がいました……我らが黒い鷹のボス……ルード・ヴェルフェルム様です……!そして、ここはその研究所」



 グランヴァイオは、糸のような瞼を見開く。

 黒い鷹のボス。

 ルード・ヴェルフェルムが、不老不死の研究だと……?

 そして、ここがその研究所?



 ……想定外の答えに、開いた口が塞がらない。


 グランヴァイオはそんな俺を見て、ニヤリと笑った後、視線を落とす。



「ルード・ヴェルフェルムが不老不死の研究だと……一体どういうことだ、詳しく話せ」


 問いかける俺。

 グランヴァイオは複雑な表情を浮かべた後、自嘲するように笑った。



「大見えを切ったところ申し訳ありませんが……」

「なんだ」

「……私が知っているのはそれだけです。他に渡せる情報はありません……いやはや、申し訳ない。やってみたかったんですよねえ、こういう黒幕っぽい発言……くく……」



 身体を起こし、背後の壁にもたれかかる。

 ふーっと大きく息を吐き出して、狐顔の男はゆっくりと目を閉じた。


 知っているのはそれだけ……?

 一体、どういうことだ。



「それは、どういう意味だ」


 そう問うと、グランヴァイオは再び瞼を開く。

 血が滴り落ちる腹部を庇うそうに押さえ、声を震わせながら、言葉を紡ぐ。



「……所詮私も、捨て駒に過ぎない、ということですよ」


 再び自嘲するように、ふっと笑うグランヴァイオ。


 捨て駒に過ぎない。

 抽象的で的を射ない返答だった。


 胸の内に、苛立ちが積もる。

 俺はしゃがみこみ、奴と目線を合わせる。

 そのまま虚ろな瞳を見つめ、催促するように問い詰めた。



「捨て駒に過ぎないとはどういうことだ、詳しく話せ!」

「……私は、ある人物……上司に任されて、この研究所の用心棒をしていたに過ぎません……知っていることは、ここで不老不死に関する研究が行われていたことと、それにヴェルフェルム様が関わっている、それだけだ、ということです」



 グランヴァイオが、研究所の用心棒?

 ある人物に任されて?


 こいつは。

 グランヴァイオは。

 ここのボスではないのか。


 ……いや。

 仮に研究所がルード・ヴェルフェルムによって営まれているならば。

 そこを任されている立場であるグランヴァイオは。

 ボスではありえない。


 ……ちょっと待て。

 そもそもグランヴァイオは黒い鷹の離反者ではないのか。

 何故ルード・ヴェルフェルムに背を向けた男が。

 まさに黒い鷹のボスが運営する研究所の用心棒などしているんだ。



 ……駄目だ。

 押し寄せる新たな謎に、頭が混乱する。

 足りない情報が、多すぎる。



「ある人物とは誰だ」

「……言ってもわからないと思いますが」

「いいから早く言え!」


 グランヴァイオの髪を掴み上げ、命令する。

 奴は一瞬顔を歪めた後、やれやれとため息を吐いた。



「目つきの悪いライフル使いですよ……最近連絡が取れなくて困っているのですがね」

「……目つきの悪い……ライフル使い……?」

「ええ、確か自分の神器にカール・マリアという名前を付けていたはずです……洒落てますよね」


 目つきの悪い男。

 ライフル使い。

 そして、カール・マリア。


 記憶がフラッシュバックする。

 あの時。

 還らずの森で、ティアを襲った男は言っていた。


『ど、どうして……どうしてゼロのお前に、魔法が使えるんだ!それも、俺の弾丸カール・マリアを防げるほどの!』


 偶然か。

 いや、偶然のはずがない。

 偶然が、三つ重なることはない。


 必然。


 つまり、グランヴァイオに警備を要請したのは、奴が上司と呼んだ男は。

 あの男。


『まあいい。血は随分と薄いようだが、小僧。お前も吸血鬼だ。殺して持っていけば、ご主人様もさぞお喜びになるだろう』


 記憶は、なおもフラッシュバックする。

 奴は言った『ご主人様もさぞお喜びになるだろう』


 吸血鬼の血から、不老不死の秘薬の精製を目的とする研究所。

 そして、研究の発起人は。


 ルード・ヴェルフェルム。



 つまり、奴の言ったご主人様は。

 ライフル使いに命じ、ティアの家族を皆殺しにさせた張本人は。



 黒い鷹の創設者。



「……ルード・ヴェルフェルム」



 俺が、そう呟いた時だった。

 遠くの方から、爆発音。

 地下室が、振動する。

 パラパラと天井から砂埃が降り、地下をぼうっと照らしていた蝋燭が、床に落ちた。



「……な、なに?」


 きょろきょろと不安げに。

 辺りを見回すサクラとティア。

 不気味な音を響かせながら、地下室はなおも振動を続ける。

 俺はグランヴァイオを振り返り、問う。



「今の遠くから聞こえた爆発は、いったいなんだ」

「……さっき私は、研究所だった、と言ったでしょう。この研究所はついさっき、あなたが私を破った瞬間、破棄されたのですよ」

「なに?」

「……役立たずの用心棒も、部外者に侵入を許す研究所も、用無しだ、ということです……くく……早く脱出した方がいいですよ、崩落の時は近い……生き埋めになってからでは、遅いのでね……それとも、私と一緒に地獄まで行きますか?……くく……あ、ちなみに誰が研究所を破棄したのか、私に聞いても無駄ですよ。私は何も知らない……そういう手筈になっている、ということ以外ね……くく……」



 肩を竦めるグランヴァイオ。

 表情の薄い顔をニヤつかせ、指先にこびりついた血を舐めとる。


 遠くから鳴り響いた爆発音。

 振動を続ける地下室。


 状況を考慮するに。

 ……どうやら、嘘を吐いてはいないようだ。

 

 地下の崩落。

 マナの加護を持つ俺ならば。

 地下が崩落した所で、傷一つ付かないだろう。

 だが、ティア、それにサクラやサクラの父は、無事では済まない。

 勿論、グランヴァイオも。


 ……こいつに聞きたいことは、まだ山ほどある。

 だが、早く脱出しないとまずい。

 俺は舌打ちをして、後ろを振り返る。



「……ティア、サクラ、急いでここを出るぞ……サクラ?」


 俯きながら、サクラはこちらに近寄ってくる。

 そのまま、壁に寄りかかるグランヴァイオの目の前に立ち。

 毅然とした面持ちで対峙する。

 見つめ合う、快活な少女と表情の薄い男。

 サクラに気付いたグランヴァイオは、口角を上げ、ニヤリと笑う。



「おや、あなたは呪いをかけてあげたお嬢さんではないですか……どうでしたか、呪いのお味は?」



 挑発するように、奴がそう言った瞬間だった。

 腰を屈め、右腕を振り上げるサクラ。


 パシーンと。


 密閉された地下に響き渡る、気持ちの良い音。

 頬を押さえ、思ってもみなかったという表情で、サクラを見上げるグランヴァイオ。



「……悪いことをしたら、まず謝るのが先でしょう……!」


 そのまま、怒りに任せ。

 上から振り下ろすように、グランヴァイオを殴り続けるサクラ。


「……私が、いったいどんな思いで……お父さんと逃げ出したか……いったい、どんな気持ちでここまで来たか……!」


 端正な顔をくしゃくしゃに歪ませながら。

 サクラは、声を震わせる。

 目尻には涙が伝っていて、ぽたぽたと、地面に大粒の雨を降らす。


「……どんなに不安だったか……どんなに心配だったか……あなたにはわからないの……!」



 俯きながら、されるがままに攻撃を食らい続けるグランヴァイオ。

 肩で息をしながら、なおも殴るのを辞めないサクラ。


 いつの間に起きていたのか。

 サクラの父は、荒っぽい息を繰り返し、興奮するサクラの肩をそっと掴む。



「……やめとけサクラ。これ以上ここにいると、こいつと一緒に生き埋めになっちまうぞ」

「お父さん……目を覚ましたの!」

「ああ、ついさっき、な。ゼロさんのヒールはすげえなあ、何時もに増して、絶好調だぜ」


 目を丸くして、振り返るサクラ。

 握りこぶしを作り、笑みを浮かべる父親の姿を視認した瞬間。

 栓が外れたように、再び涙が溢れ出す。



「……良かった……良かった……」



 父親の腕の中でそう繰り返し、サクラは涙を流し続ける。

 そんな娘を。

 サクラの父は、優しく優しく。

 一生離さないと伝えるように。

 ぎゅっと、抱きしめた。


「1人で先走って……すまなかったな」

「……ううん、お父さんが無事なら……いいの……本当に、良かった……」



 壁に寄りかかり、項垂れるグランヴァイオ。

 おそらく。

 感動の再会に花を咲かせるサクラとその父親には届いていないだろう。

 けれど、俺は確かに聞いた。

 掠れた。

 今にも消え入りそうな。

 小さな小さな声で。



「……ごめん……なさい」



 奴がそう、呟いたのを。




「さあ……ティア、サクラ、親父さん……急ごう」







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