2:「裏切り」
「――単刀直入に言わせていただきます。ジークフリード様、あなたには、レイア様暗殺を企てた疑いがかかっています」
ギルバルドは冷たい表情を崩さぬまま、静かに笑った。
冷ややかな空気が流れる地下204号室。
向かい合う、俺たち2人。
「俺が国王暗殺の疑いとは、どういうことか説明して貰おうか、ギルバルド」
地下室は石造りで、岩肌が露出しており、空気が湿っぽい。
スペースは比較的広く、最大30人ほど収容出来る造りになっている。
国王暗殺を企てた容疑。
全く身に覚えのない罪状だった。
なるほど、どうして地下に呼び出されたのかと不思議だったが、そういうことか。
「……実はですね、昨日私が捕らえた賊……どうやら、操り人形であったようなのです」
「操り人形?」
「そうです。操り人形……つまり、何者かによって、操られていた可能性が高いのです……それも、特別高ランクの魔法使いに」
「……なるほど」
昨日見た呪印は、特Aクラスの魔法陣だった。
魔法によって人を操る場合、使役する人間にも、魔法を使用させることが出来る。
例えば。
魔法使いが全くの素人を操る場合、本来は魔法を使えない相手に、魔法を使用させることが出来る。
操作を通して、魔力の源であるマナが、相手に流れ込むためだ。
だが、これにはある程度の制約がある。
仮に、操作を行う者がAクラスであった場合、操作対象に発動させることが出来る魔法は、1ランク下のBクラスが精々だ。
いくらマナが流れ込むと言っても、所詮は傀儡。
自らと同じクオリティーで、魔法を扱うことは出来ない。
つまり、だ。
昨日の刺客は、特Aクラスの魔法陣を生成して見せた。
仮に奴が、何者かに操作されていたのだとするならば、
本丸は、Sランク以上の魔法使いだということになる。
Sランク。
魔法使いとしての最高位を指すその称号。
持つ者は、エメリアに十数人しかいない。
……なるほど、俺に容疑がかかるわけだ。
だが。
「だとすれば、お前にも疑いがあるはずだ、ギルバルド……いや、そもそも俺を含む賢者全員が、容疑者なのではないか」
「その通りです、ジークフリード様。よくお判りで。流石、ゼロの大賢者」
「俺だけを呼び出した理由を教えろ、ギルバルド」
「まだわかりませんか、ジークフリード」
ギルバルドはこちらを振り返る。
顔からは、表情が消えていた。
氷のような冷たさで、蒼い双眸が、俺を見据える。
「あなたは、嵌められたのですよ」
「……!」
「――ティルヴィング」
瞬間、薄暗い地下室に強烈な光が迸った。
ギルバルドの両手に現れる、光り輝く長剣。
マナによって具現化された、魔法剣だ。
ギルバルドは体制を低くし、有無を言わせず俺に斬りかかる。
「……ぐっ……」
「おしい!」
間一髪で避けた。
斬れ味の良い刃先が、頬にかする。
そのまま俺は、バックステップで距離を取った。
「何の真似だギルバルド!」
「さっきも言ったでしょう……嵌められたのですよ、あなたは」
一瞬で距離を詰めるギルバルド。
下から突き上げるような斬撃が、俺を襲う。
嵌められただと……まさか、昨日賊がリシアを襲った事件は、ギルバルドが裏で手を引いていたのか。
それも、はなから俺に罪を擦り付ける算段で。
「レーヴァテインっ……!」
すんでの所で、魔法剣を召喚した。
ギルバルドの剣を、何とか受け止める。
剣と剣がぶつかり合い、発生する衝撃波。
ズオンッと、断罪の間が激震した。
「真犯人はお前だったのか、ギルバルドッ!」
ほくそ笑む、ギルバルド。
無言の肯定だった。
「ジークフリード。あなたは常に、国を正しい方向へ導こうとする。そして導く力もある」
「……それの、何がいけない!」
「だから、邪魔なのです。あなたがいる以上、私はいつまでたっても、主役にはなれない」
「お前の……目的はなんだ!」
「あなたに言う義理はありません」
斜め下から、ギルバルドが剣を振り上げる。
ギィンと衝撃波が弾け、俺は背後の壁へ吹き飛ばされた。
「おやおや。今日は調子が悪いようですね、ゼロの大賢者様。私ごときの一撃で、あなたが不覚を取るなどと」
「……この部屋……何か細工がしてあるな」
立ち上がり、ギルバルドを睨みつける。
この部屋はどこかおかしい。
さっきから、魔力の源であるマナを集めようにも、上手くいかない。
ギルバルド相手に苦戦しているのはそのためだ。
敵は賢者の称号を持つ、Sクラスの魔法使い。
エメリアでは10本の指に入る凄腕だ。
だが、本来ならば、俺の相手ではない。
俺とギルバルドは、象と蟻以上の力の差があるはずだ。
……やはり、この部屋は何かおかしい。
「ご名答、この部屋は空気中のマナが極端に少なくなっています。よって、体内にマナを宿さぬあなたは、本物のゼロ――陸に上げられた魚も同然」
「……そういうことか」
「ゼロの大賢者。体内にマナを宿さず、潜在的な魔力の量が0のまま、大賢者となったことからその二つながついた。魔法が使えない落ちこぼれだと勘違いされて、一時は奴隷にまで堕ちたと聞きます」
「……よく知っているな」
「マナを持たぬあなたが、どうして大賢者にまでなることが出来たのか――答えは至極簡単。あなたは、体内のマナこそ0――しかし」
ギルバルドは剣を構えた。
膝を曲げ、姿勢を低くする。
「あなたしか有していない、特殊な能力を持っている。それは、空気中に漂うマナを、自らのマナと変換し使用出来るということ――故に、潜在的な魔力は――無限」
地面蹴る、ギルバルド。
残像を残しながら、電光石火の速さで距離を詰める。
互いの剣がぶつかり合う。
腰を低くし、なんとか斬撃を受け止める。
――重い!
剣を押し付け合う。
ギルバルドが上で、俺が下。
額に汗が伝った。
「はっきり言って、反則です。もし仮にこれがゲームだとするならば、とんだバランスブレイカーだ。あなたの力が10だとすれば、私を含め、他のSクラスの魔法使いでも、精々だ1か2でしょう……正攻法では、まず勝てない」
「……ぐっ……」
「しかし、特殊な空間であれば別。この部屋は、マナが極端に薄くなっています。数日前から、マナを餌に成長するゴーストを放しておいたのです。この部屋は地下、おまけに密閉されている。マナは、すぐに枯渇します」
ギルバルドは剣の隙間から、ニヤリと笑った。
「――とは言っても、空気中のマナを完全に0にすることは不可能。全盛期のあなたであれば、僅かに残るマナをかき集めて、私を葬り去ることも容易かったでしょう……しかし」
密着していた剣が、離される。
光り輝く長剣を振りあげるギルバルド。
僅かなマナを刀身に集め、剣を両手で支え、次の一撃に備えた。
今は耐えろ。
勝機は、必ずあるはずだ。
「あなたはもう、若くない。おまけに、政治にかまけて、日々の鍛錬も怠っている」
稲妻のような一閃が、振り下ろされる。
耳をつん裂く、轟音。
俺の魔法剣【レーヴァテイン】は、粉々に砕かれた。
腹に刻まれる、魔法陣。
マナが、消えていく。
これは、魔封じの呪印。
対象者のマナを封じ、魔法を使用出来なくする、呪縛魔法。
「光栄に思ってください。その呪印の方程式は、あなたのためにわざわざ組み上げたもの。マナの吸収そのものを封じる呪印。今のあなたには解けないでしょう……若返りでもすれば、別ですがね」
自らにかけられた呪印を解く。
そのためには、通常の10倍以上の魔力が必要とされる。
自分自身を手術する方が、他人を手術するよりも遥かに難易度が高いのと同じだ。
マナの吸収を阻害され、魔法が使えなくなった今の俺であれば、なおさらだろう。
畜生……。
「あなたの時代は終わったんですよ――大賢者ジークフリード・ベルシュタイン」
勝ち誇るギルバルド。
刹那、俺の意識は、闇に飲み込まれていく。
「――そうそう、レイア様のことなら安心してください、あの娘は私が責任を持って、預かるので」
レイア……。
混濁する意識。
「さぁ皆さん、真犯人を捕らえました。もう部屋に入って貰っても大丈夫ですよ」
ギルバルドの呼びかけに応じて、部屋に入ってくる、何者か。
全部で2人。
面で顔を隠しているから、正体まではわからない。
「安心してくださいギルバルド様。この件はあの小娘には知らせず、内密に処理致します。ことが全て終わり、取り返しが付かなくなってから、知らせれば問題ありません」
「そうね。レイア様はジークに入れ込んでいるから、途中で知らせればどうなるかわからないわ。はぁー、せいせいした。強いだけが取り柄の真面目君がいなくなってくれて。これであたしも羽を伸ばせるわー」
「しかしギルバルド様。まさかゼロの大賢者を葬るこんなやり方があったとは……いやはや、恐れ入りました。あなたが提案されなければ、私の小さな脳味噌では一生思いつきませんでした」
なるほど、誰だか知らんが、仲間もいたのか。
そして首謀者は、やはりギルバルド。
畜生……。
腐ってやがる。
ギルバルドの笑い声が、やけに耳に響いた。