18:「少女の瞳」
男の首が、宙を舞う。
ぐるぐると回転しながら、フリスビーのように飛んでいく、頭部。
一瞬にして張りつめる、地下室の空気。
眉を押し上げ、驚愕を浮かべる二十人。
その中の一人。
一際体格の良い髭面の男。
額に浮かび上がる、怒りを滲ませた青筋。
歯を思い切り食いしばって眉間に皺を寄せ、怒りの雄たけびを上げる。
「袋のネズミがあああああああああああああああ!」
それが、戦いの合図だった。
一斉にこちらに向かって来る、二十人の男。
皆態勢を低くし、俺の身を砕こうと一直線にこちらに向かってくる。
石造りの室内に、地鳴りのような足音が響く。
一番乗りは、やはり髭面の男。
マナを拳に乗せ、右ストレートをこちらにお見舞いする。
「俺が一番乗りだああああああああああああ!」
確信した勝利を拳にのせ、勝ち誇る。
いかれた笑みを浮かべる男。
……哀れだな。
俺は首だけでふわりとかわし、丸太のように太い腕を掴む。
予想していなかったという風に驚きを露わにする男。
「なに!?」
「戦士としてもっとも不幸なことは、相手の強さを正確に判定する眼を……持たないことだ」
「まぐれで良い気になるなよ!」
挑発に、いきり立つ男。
沸騰したように顔を怒りで染め、今度は左の拳で俺の顔面を抉ろうとする。
風圧で、びゅんと風が起こる。
しゃがみこみ、再びかわす。
全身全霊をこめた男の拳が、空を切る。
そのまま押し出す様に蹴りを入れ、後ろから迫る黒づくめの構成員たちを道連れにする。
背後の壁まで吹き飛んでいく、十余名。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「おのれええええええええええええええ!」
四方八方から、なおも襲い掛かる男達。
召喚される、魔法剣。
俺を八つ裂きにするべく、雄たけびをあげながら、剣を振り上げる。
その数、四人。
一振りで終わらせよう。
俺は静かに、まるで眠るように目を閉じた。
理解不能な行動に、四人の瞳に困惑が生じる。
しかし、男達はその行動を降参と受け取ったらしい。
一瞬にやりと笑みを浮かべ、俺の頭部に向かい、剣を走らせる。
東西南北、全てから放たれる剣戟。
俺は瞳を、かっと見開いた。
円を描くように、ブレードを一周させる。
その間、0.1秒。
傍から見ると。
俺が瞳を開いたことは認識できても、その後何をしたか、把握することは出来ないだろう。
きっと周囲はこう思うはずだ。
俺が目を開けた瞬間、何故か四人の男が真っ二つになっていた、と。
胴体を寸断された男達は、未だに勝ち誇る表情を崩していない。
斬られたことに、まだ気付いていないのだ。
刹那、四人の顔が驚愕に染まる。
どうやら、ようやく気付いたらしい。
「……お前は……いったい……!」
断末魔を響かせながら、床に崩れ落ちる四人。
地下室に、血の水たまりが出来る。
壁際に吹き飛ばした男達の瞳に、恐怖と怒りが同時に灯る。
近接戦は無理だと判断したのか、マナを魔力に変換し、炎をこちらに向け放つ。
「インフィニットフレイムッ!!!!!!!!」
薄暗い室内が、燦燦と照らされる。
十数人が一斉に放った炎は、互いに寄り集まりながら、巨大な火柱を形成した。
猛烈な勢いで、こちらに向かう炎の光線。
避けるのは簡単だが、後ろにはサクラとティアがいる。
そうだな……真っ二つにしてやるか。
室内のマナを、刀身に集める。
猛烈な勢いでこちらに向かってくる、巨大な炎。
感じる、熱。
だが、これでは生ぬるい。
寸でのところで、ブレードを振り上げる。
巨大な炎が、二つに割れる。
二股に分かれた炎は左右の壁に衝突し、室内を焦がす。
室内に充満する、焦げ臭い匂い。
炎の下から現れる、男達。
作戦の成功、という風に、余裕のない笑みを浮かべている。
なるほど、この炎は囮か。
炎に身を隠し、俺に接近。
火消しに成功したところで、驚く俺に攻撃を食らわせようという算段だな。
「死に晒しやがれええええええええええええええっ!!!!!!!!!」
眼の前まで接近する、十余名。
右手に魔法を握りこみ、攻撃の印を結ぶ。
……四人でも十人でも、同じことだ。
ブレードにマナを集中させる。
光り輝く、魔法剣。
ゆらりと。
ブレードを振り上げる。
「食らいやがれえええええええええええええええええ!!!!!!」
四方八方、前後左右。
全ての方向から放たれる、攻撃魔法。
この一撃に、全てをかけているのだろう。
さっきまでとは明らかに魔力の質が違う。
しかし。
――無限の前に、十と百の差など、あってないようなものだ。
刀身から、マナを放出する。
刹那、空間が歪む。
眩い閃光が満ち、室内を照らし出す。
ブレードから、衝撃波が発生する。
それは敵の魔法を打ち消しながら、四方八方を埋め尽くす。
空間に充満する、断末魔。
八つ裂きにされる、男たち。
戦闘は、終わった。
「……さあ、親父さんの居場所をはいてもらおうか」
「ひっ……」
死体の海の中、俺はたった一人の生存者ににじり寄る。
最初に右ストレートをお見舞いしてきた、髭面の男だ。
最後の衝撃波。
あえて、この男だけを避けて放った。
親父さんの居場所を、聞き出すためだ。
男は尻もちを付きながら、恐怖に怯えた目をこちらを覗く。
「……あ……あんた、いったい……何者だ……」
見上げながら、男はがくがくと顎を震わせる。
畏敬と畏怖をその瞳に乗せ、俺に問いを投げかける。
「俺が誰か、そんなことはどうでもいい。親父さんの居場所を早く話せ」
威圧すると、男は縮み上がる。
頭を庇うように身を丸め、瞼をぎゅっと閉じる。
さっきまであれほど威勢が良かったものを……哀れだ。
「……二十人を相手に……あそこまで一方的に……ありえない……ありえない……」
ぼそぼそと、呟きを繰り返す男。
俺はしゃがみこみ、男と目線を合わせる。
髪を掴み上げ、睨みを利かせ、至近距離で男に命じる。
「いいから早く言え」
男の表情が、絶望に染まる。
顔面を蒼白にさせ、投げ出した足をがくがくと震わせる。
「……こ……この部屋の右にある通路を……真っ直ぐに行けば……辿り着く……ほ、本当だ……!」
わなわなと唇を震わせ、言葉を紡ぐ男。
目に涙を浮かべ、許しを請うように、頭を上下させる。
どうやら、嘘は付いていないようだ。
「……わかった」
俺がそう言うと、ほっとしたように、男は緊張を解く。
仄かな笑みを浮かべ、繋がった命に一息をつく。
……どうやら、許されたと、思い込んだらしい。
「な……なあ、良かったらあんたの仲間にしてくれよ……ここのボスよりも、あんたの方が百倍……」
「――今までたくさんの人を殺めてきた……今更偽善者振るつもりはない……一度殺すと決めたら、自分の信念は曲げないようにしているんだ」
「……え?」
目を丸くしてこちらを凝視する、髭面の男。
旋廻しながら飛んでいく、頭。
無くなった頭部を探すように、微かに痙攣する胴体。
血の海が、広がる。
そのまま男の首は、驚愕を浮かべたまま、ぼとりと地面に落ちた。
全てが、終わった。
血だまりを踏みしめながら、ティアとサクラの元へ向かう。
部屋の前。
丁寧に言いつけを守り、ぎゅっと目を瞑っている二人。
凄惨な光景の広がる、地下の一室。
俺はゆっくりとその扉を閉め、ティアとサクラに呼びかける。
目の前の、可愛らしい少女達。
扉一枚隔てた向こうに広がる、この世の地獄。
地獄を見るのは、俺一人だけで十分だ。
「……全部終わった……親父さんの元へ急ごう」
優しく呼びかけると、二人はゆっくりと目を開いた。
「……お兄様」
「……ゼロ君」
何故か、涙を浮かべながら。
俺の膝をぎゅっと掴む二人。
「いったい、どうしたんだ?」
「……たった1人で……全て背負わせて……ごめんなさい……ありがとうございます……ありがとうございます……」
涙声になる、ティア。
サクラも潤んだ瞳で、こちらを見上げる。
……なんだこの2人には、ばればれか。
俺は少女たちの髪を、優しく撫でる。
「……こちらこそ、ありがとう」
何物にも染まらない、純真無垢な瞳。
俺はそれを、守りたいと、思った。