17:「確信した勝利」
「……一体ここは……何のでしょう……」
地べたに這いつくばる三人の男を尻目に、俺達は地下への階段を下っていた。
コツコツと。
石造りの階段は、踏みしめる度に反響音がする。
中は薄暗く、壁に均等に配置された蝋燭の明かりが、ぼうっと周囲を照らしている。
あの後。
落ち葉に隠れていた鉄のプレートを引き開けた俺達。
中から現れたのは、地下へと繋がる階段だった。
湿っぽい空気の充満する地下。
中はしんと静まり返っていて、微かに薬品の臭いがする。
こんな場所が、本当に敵のアジトなのだろうか。
どちらかと言えば。
何かの研究所と言われた方が、まだ納得出来る。
どこからか漂ってくる薬品のような臭いと、床に散らばる試験管やフラスコの類。
そして。
ここから現れた、ティアを襲ったヴァンパイアハンターと全く同じ格好をした三人組。
あのハンターは、言っていた。
『まあいい。血は随分と薄いようだが、小僧。お前も吸血鬼だ。殺して持っていけば、ご主人様もさぞお喜びになるだろう』
結局あの時、ご主人様とやらの正体は分からなかった。
奴の発言と、この研究所。
ただの偶然だろうか。
……まあいい。
ここのボスに問い詰めれば、全てがはっきりする。
「……うう……変な臭いです……」
「しっ……静かに」
ティアの口元を、片手で覆う。
目を丸くして、俺の方を見上げるティア。
階段を下り、一直線に伸びる地下室の通路を二回程曲がった時だった。
向こうから、微かな人の気配。
サクラとティアに目で合図して、壁に身を隠す。
だんだんと、こちらに近付いてくる何者か。
黒づくめの外套に、深くかぶったフード。
さっきの奴らと同じ服装。
おそらく、ここの構成員だろう。
「……誰かいるのか?」
こちらに向かって、呼びかける男。
返事をしない俺達を不審に思ったのか、態勢を低くし、すり足でにじり寄る。
声を潜ませ、息をのむサクラとティア。
そのまま、近づいてくる男。
五メートル
四メートル
三メートル
二メートル
……一メートル
「……もう帰ってきたのか……!」
敵が、壁の内側を覗きこんだ瞬間。
勢いよく壁を蹴り、男の背後に回り込む。
そのまま口を押さえつけ、頸動脈に爪を立てる。
何が起こったのかわからなかったのか。
男は身を強張らせながら、必死に俺の姿を目視しようとする。
足を震わせながら、声を上げようと必死な男。
「……さっきここに体格の良い男が入って来ただろ……そいつがいる場所まで連れていけ」
耳元で、男に命令する。
敵は困惑を露わにし、こちらを覗きこむ。
「別に断ってもいいが……そうすればお前が死ぬだけだ。早く選べ」
選択を迫ると、男は涙目になりながら、首を縦に振った。
地下ではマナが薄く、親父さんの気配を探知出来ない。
案内してもらうのが、最善だ。
敵はマフィア集団。
無暗に騒ぎを起こすと、親父さんの命が危ない。
出来る限り、俺達が助けに来たことは知られないほうが良い。
今はこうして、内密に行動するのが一番だ。
仲間を呼ばれて、騒ぎが起こると厄介だからな。
俺はゆっくりと、口元を塞ぎを取った。
久しぶりの酸素に、ぜえぜえと息をする男。
「……あ……あの親父を救いに来たのか……あ……あんた、何者だ……」
「そんなことはどうでもいい、早く連れていけ」
指を突き立て、頸動脈を刺激する。
微かな電流を流すと、男は白目を剥き、がくんと頭を落とした。
そのまま怯えた瞳で、こちらを覗く。
「……わ、わかった……言う通りにする……そうだ、確かに今日男が入ってきた……昔組織を抜け出した、馬鹿な……」
もう一度、電流を流す。
口元をしっかりと押さえ、声が漏れないように。
再び顔を引き攣らせ、白目を剥く男。
「余計な御託はいい。……早く連れていけ」
「……も……申し訳ありません……男は拷問部屋に連れていかれたはずです……」
「拷問部屋だと……?」
「は……はい」
拷問部屋。
サクラの表情が曇る。
まずいな。
早く行かないと、取り返しのつかないことになる。
「……あと、一つだけ質問がある」
「な、なんでしょうか」
「……ここは、殆ど人の気配がしない……残りの構成員はどうした」
「い、今団員の殆どは拷問部屋に集められております……ボスのグランヴァイオ様は拷問を見せびらかすのが趣味なので……」
……なるほど。
さっきから殆ど気配がしなくて不思議だったが。
そういうことか。
全く、悪趣味な野郎だ。
だが、その悪癖が命取りになるなんてな。
……待っていろ、グランヴァイオ。
「……早く連れていけ」
「は……はい!」
男に従って、俺達は地下室を進んでいた。
初めは一本道だった通路。
だが、奥へと進むたび。
道は次第に、枝分かれしていった。
この地下アジト。
思っていたよりも、かなり広い。
アリの巣のように張り巡らされたそれは、
まるで迷宮のようだ。
案内人を捕まえて、正解だった。
仮に自力だとすれば、親父さんの元まで辿り着けたか、かなり怪しい。
もっとも。
こいつが本当に正しい案内をしているのかは、かなり疑わしい。
だが、とりあえず今は信じるしかない。
「……こ、この部屋です……!」
枝分かれした道を五回ほど進み、上から蝋燭がぼうっと照らす扉の前で。
男はそう言った。
扉には血の跡がべったりとこびりついていて、中からは確かな人の気配がする。
「この扉の向こうに、お父さんが……」
拳を握りしめるサクラ。
目線で合図し、ティアとサクラを扉から遠ざける。
俺は男を盾にしたまま、ゆっくりと。
扉に手をかけた。
「――かかったな」
引き開けた瞬間。
うすら寒い笑みを浮かべる男。
……やはり、罠か。
扉の向こうから現れる、屈強な男達。
その数、二十人以上。
全員が黒づくめの外套を羽織っている。
広々とした、石造りの部屋。
こちらに気付いたのか。
座り込んでいた男達はゆっくりと立ち上がり、気色悪く笑む。
したり顔で俺を覗きこむ、人質にしていた男。
まんまと罠にかかった獲物を嘲るように、御託を並べ立てる。
「たまにいるんだよ……お前みたいな野郎がさ。探偵気取りで、ここに入ってくる野郎。そういう時、俺達はあえて捕まったふりをするんだ。それでな、この場所におびき寄せる。……ボスは拷問を見せびらかしたい? のんのん、ボスは悶え苦しむ奴の表情を一人で独占したいんだ。お前は、はめられたんだよ」
勝ち誇ったように。
高らかに笑う男。
……なるほど。
やけに構成員が少ないと思ったら。
初めから巡回の人数を減らして、一室に集中させていたのか。
そして、外部から侵入者が入ってくると。
あえて捕まったふりをして。
この部屋に敵をおびき寄せ。
絶望した侵入者を、複数で屠る。
確かに。
一対一ならともかく。
二十人以上。
この人数だと、勝負にすらならない。
……なるほど、よく出来てるじゃないか。
「おうルイス。今回の獲物はそいつか」
「そうだ! なんでもあの馬鹿親父を救いに来たらしいぞ! 傑作だろ!」
にやにやと、こちらを眺める男達。
ぽきぽきと指を鳴らし、確信した勝利に酔いしれている。
俺の背後。
震えながら身を寄せ合う、サクラとティア。
「――サクラ、ティア。一分だけ、目を瞑っていろ」
「……え?」
この子たちに、血を見せまいと思っていたが。
どうやら、そういうわけにはいかなそうだ。
「なんだなんだ、自分がやられるところを女には見せたくないってか! 兄ちゃんカッコいいねえ!」
ここまで俺達を案内した男が、喚きたてる。
まさか。
これから自分の首が吹き飛ぶなんて、想像だにしていないという表情で。
「少し黙れ」
「……え?」
マナを凝固させ、ブレードを召喚する。
【レーヴァテイン】では、このアジトそのものが消し飛んでしまう。
神器には遠く及ばない、ただの魔法剣。
切れ味は良くないが、今はこの程度で十分だろう。
ルイスと呼ばれた男の首は、断面を覗かせながら、宙を漂う。
血飛沫が舞い、石造りの壁に、血が上塗りされる。
確かに、一対二十。
この人数だと、勝負にすらならない。
俺以外が、相手なら。
1人だけ生かして。
そいつに親父さんの居場所を聞くとしよう。
今度は嘘を吐く気が起きないくらい、圧倒的な力の差を見せつけてやろう。
――戦いの幕が、切って落とされた。