12:「約束」
あれから俺達は、三人で色々な店を見て回った。
屋台で焼き鳥を買ったり、輪投げをして遊んだり(これはティアがやりたいと言った)
俺と、ティアと、サクラと。
三人で笑いあいながら、幸福なひと時を楽しんだ。
店主は皆良い人たちで、俺とサクラが暖簾をくぐる度に「お、サクラちゃん彼氏かい」とからかってきた。
その度に顔を赤くして反論するサクラに可愛さを覚えつつ、俺はいつも間にかこの町が好きになっていた。
景観は良いし、程良い賑わいもある。
おまけに、良い人も多い。
ティアのペンダントを買った店の店主は、あの後『オリハルコンとペンダントを物々交換するわけにはいかねえ!』と、
いきなりどこかに走りさった。
ぽかんとする俺達三人。
両手に大きな袋を抱え、五分ほどして戻ってきた店主。
『ほら、お釣りだ!家の金庫から持ってきた。ぎりぎり足りて良かったぜ!』
手渡されたのは、金貨九枚に、銀貨九十七枚。
ぴったりのお釣りだった。
あのまま受け取っていれば、得をすることができたものを。
わざわざ、家の金庫からかき集めてきたらしい。
胸にじんわりと広がる、暖かさ。
……本当に、良い人が多いんだな、と。
俺はその時、改めて実感した。
☆★☆
「さあゼロ君、ティアちゃん、この階段を上がれば目的地だよ」
あらかた広場を見て回った後。
サクラは『とっておきの場所に連れてってあげる』と俺達に告げた。
案内に従って、サクラについていく俺とティア。
歩くこと、広場から十五分。
どうやら、もうすぐ目的地らしい。
前を行くサクラの後を辿り、石造りの階段を一段一段登る。
辺りは、もう夕暮れ。
明るいオレンジの光が、町の景色を包み込む。
茜色の空。
赤レンガの町々はそんな黄昏を浴びながら、幻想的にきらきらと輝いていた。
「さあ、着いたよ! ここが私のとっておき!」
両手を大きく広げるサクラ。
そのまま少し前まで走っていき、笑顔でこちらを振り返る。
夕焼けに照らされた薄茶色のポニーテールが、細やかな光を反射させる。
「わあ……すごいです」
目を大きく見開き、ティアが感嘆の声をあげる。
「そうでしょう」と得意げに胸を張るサクラ。
「……絶景だな」
俺も、思わずそんな言葉が漏れる。
「でしょう。ここはね、この町で一番高い場所。一番景色の良いところなの」
微笑みを返すサクラ。
俺達が連れてこられた場所。
それは、ドネツクの町を一望できる高台だった。
さっきまで俺達のいた広場が、サクラたちが経営する宿屋が。
ここから、全て見通せる。
それは、茜色に輝く黄昏の空と相まって、町全体が魔法にかけられたように。
美しく、俺たちの瞳に映り込む。
賑わう町の喧噪から、少し離れた場所にあるこの高台。
まるで、天から地上を見下ろしているような、そんな錯覚さえ覚えさせられた。
俺とティアは、しばらくこの夢のような光景に、目を奪われていた。
そんな俺達二人を見て、したり顔でにひひと笑うサクラ。
「喜んでもらえたみたいで、よかった。私達の宿屋もね、すっごく良い景色が見えるんだけど、やっぱりこの場所にはかなわないの」
後ろでを組んで、目を伏せるサクラ。
そのまま、雰囲気を壊さないようにか、俺達のほうに一歩一歩静かに歩み寄る。
「……ねえ、ゼロ君、ティアちゃん……良かったら、この町で暮らさない?」
俺の目の前で、ゆっくりと目を開けるサクラ。
背後から射し込む夕暮れの光を浴びて。
まるでその時。
サクラは、天国へ俺達を導きに来た、天使のように見えた。
不安げな眼差しで、こちらを覗くティア。
俺は微笑みながら、首を左右に振った。
「……それは、出来ない」
「どうして? 二人は、旅をしてるんでしょ。だったら……」
サクラの口元に、優しく右手を重ねる。
茶色い瞳が、俺をじっと見つめた。
「やらなければ、いけないことがあるんだ」
この町は、良い町だ。
景色は良い。
程よい賑わいもある。
おまけに、会う人会う人、みんな良い人だ。
そう言えば、この町に来てから。
まだ、一度も鑑定されていない。
鑑定魔法。
一定レベル以上の魔法使いであれば、誰でも使用することが出来る魔法。
その者の種族やマナの量を、可視化することが出来る。
基本的に、他人を鑑定することはマナー違反だというのが常識で、
戦闘時や、動植物に対して使用するのが主流だ。
けれども、人間というのは浅ましいもので。
町に来た余所者は、鑑定されるというのが常。
昔の俺もよく勝手に鑑定され、
マナがゼロの半人と罵られた上、ゴミを投げられるようなことも多かった。
だけどここに来てから、そんなことは一度もない。
……この町の人達は、本当に良い人たちなのだろう。
だが。
「……やらなければ、いけないこと?」
「そうだ」
俺は、やらなければいけない。
ギルバルドを、倒さなければいけない。
……立ち止まる、わけにはいかない。
サクラはぽつりと何かを呟いた後、顔をふっと上げた。
優しく笑う、少女と目が合う。
「……それは、とっても大切なことなの?」
「ああ、大事なことだ」
「わかった。……わがまま言って、ごめんねゼロ君、ティアちゃん」
申し訳なさそうに、微笑むサクラ。
茜空の色が、だんだんとその濃さを増す。
サクラは少し俯いて、顔を上げた。
「じゃあ、最後に一つだけ、ワガママ」
仄かに朱に染まった、サクラの頬。
足をもじもじとさせながら、上目遣いでこちらを覗く。
胸の谷間が見え隠れするその姿は、ひどく煽情的だった。
「……い……いつもティアちゃんにやってるみたいに……頭を撫でてください」
急に弱気になり、下手に出るサクラ。
意外な申し出に、俺は思わずふっと笑った。
「わ……笑わないで……い……いつも羨ましいと思ってたの」
「ごめんごめん」
「……ん」
俺は微笑みながら、サクラの頭を優しくなでる。
光沢のある薄茶色の髪は、手触りよく、肌に馴染む。
唇をかみながらきゅっと目を瞑り、もじもじと俯くサクラ。
ピンク色の頬が、ますます赤くなる。
ティアはその光景を、とても優しい表情で眺めていた。
「……ありがとう」
顔を上げ、照れくさそうに微笑むサクラ。
頬は真っ赤に上気していて、瞳も夢を見ているように、とろりと揺れている。
しばらくそうしてぽわぽわと黄昏た後、
少女はすーっと深呼吸をした。
目をすっと開け、俺たちに微笑みを返す。
「……あのね、ゼロ君とティアちゃん。やらなければいけないことが終わったら……もう一度、この町に会いに来てくれる?」
顔を見合わせる、俺とティア。
二人一緒に、笑顔で答えた。
「勿論」「もちろんです」
全て終わったら、必ず会いにこよう。
なぜなら俺は、この町が、この町の人が、好きだから。
「……ありがとう……約束ね」
「ああ、約束だ」
「ねえ、ゼロ君……」
「ん?」
「いや……ごめん、なんでもない。さあ、そろそろ宿に帰ろ!きっとお父さんが、すっごく美味しい晩ごはんを作ってくれてると思う」
「料理か……楽しみだな、ティア」
「……そうですね、お兄様」
サクラの案内に従って、俺たちはこの夢のような景色に別れを告げた。
最後にサクラが何を言いかけたのか。
それがわかったのは、もう少し後になってからだった。