11:「ペンダント」
親父さんに挨拶をし、俺達三人は町に繰り出した。
レンガ造りの建物が立ち並ぶ古風な街並みは、ただ歩いているだけでも心が躍る。
そう言えば、こんな風に街を歩いたのはいつ振りだろう。
十六で賢者になり、王宮の守護者たる近衛兵にスカウトされた。
二十歳になった頃には、大賢者として国の命運を背負っていた。
何度も何度も死線をくぐり、その度に強くなった。
人も、物も、国を守るために沢山壊した。
……こんな風に自由に街を歩いたのは、もしかすると、三十年振りかもしれない。
街を行き交う子どもたちを見る度に、なんだかとても、懐かしい気持ちになった。
「どうしたのゼロ君?何か良いことでもあったの?」
よほど間抜け面を晒していたのだろうか。
横に並んでいたサクラは、俺をのぞき込みながらにひひと笑う。
「……いい街だなと、思ってな」
穏やかな日差し、程よい喧噪。
整った街並み。
ドネツクの町は、ある種の理想郷だった。
「でしょー。……だからね、私もお父さんも、この町が大好きなの。ゼロ君やティアちゃんは知らないと思うけど、良い人もすっごく多いんだよ。」
サクラは顔をほころばせながら、少しだけスキップした。
ポニーテールが、ふわりと揺れる。
けれど、気のせいだろうか。
その時のサクラの顔は。
笑顔だったはずのサクラの表情は。
何故か、泣いているようにも見えた。
「さあ、ここが広場だよ。 屋台で色んなものが売ってるから、みんなで色々見てまわろ」
ついさっき、窓から見た広場。
実際に来てみると、思った以上に広さがあった。
中央の噴水を囲むように、食べ物やアクセサリーを取り扱った出店が出展されていて、
端から端まで見て回るだけで、結構な時間が潰せそうだ。
「まず、どの店から見るー?」
「そうだな……」
横にいるティアをちらりと覗く。
もの欲しそうな顔で、何かを見つめているティア。
視線の先には、ござの上に置かれたアクセサリー。
指輪。
ペンダント。
ネックレス。
そうか、この子も年頃の女の子だもんな。
俺はティアの頭を軽く撫でる。
びくりとして、首をもたげる少女。
「まずは、あの店に行こうか」
微笑みながら、先程の店を指さす。
ティアは一瞬目を丸くさせた後、ぱーっと表情をほころばせた。
「いいのですか?」
「勿論」
待ちきれなかったのか。
満面の笑みを浮かべ、ティアは店の前まで走っていった。
「……いいなーティアちゃん。私もこんなお兄ちゃんが欲しかったなあ」
本当に羨ましそうなサクラ。
何だか照れ臭かった俺は、苦笑いを返すのが精一杯だった。
「お、サクラちゃんいらっしゃい。なんだ、珍しい。今日は彼氏と一緒かい?」
俺達が店の前に来るや否や、ござに胡坐をかく髭面の店主は、ひょうきんな声を上げる。
どうやら、店主とサクラは顔なじみらしい。
程よく日に焼けたサクラの健康的な肌は、みるみるうちに赤くなった。
「ち、違うよドモンさん。この人は、旅の人。私が町を案内してるのー」
「なんだ、残念だな。サクラちゃんがやっと彼氏を連れてきたのかと思ったのに」
店主は人がよさそうに、にひひと笑った。
「もうー」とほっぺを膨らませるサクラ。
そんな二人のやり取りに構いもせず、ティアは地面にしゃがみこみ、一生懸命に装飾品を見つめていた。
黒い瞳をきらきらと輝かせ、宝物でも見るみたいに、端から端までじーっと目を泳がせている。
「どうだ、ティア。何か欲しいものでも見つかったか?何でも選んでいいぞ」
しゃがみ込みそう言うと、驚いたようにティアはこちらを振り返る。
「……選んで……いいのですか?」
「どうして、駄目なんだ?」
問いに、問で返す。
少し俯き、ティアは満面の笑みを浮かべた。
「お兄様……大好きです」
「そりゃどうも」
☆★☆
「では……これにします」
うんうんと悩んだ末。
ティアが選んだのは、海みたいな色をしたトパーズのペンダントだった。
値段は、銀貨三枚。
屋台で売っている、焼き鳥二本と同じ値段だ。
俺は服の内側をガサゴソと漁る。
確か、ここに引っ付いていたはずだ。
……お、あった。
服の中に、冷たい金属の感触。
俺はそれをぷつりと取り外し、店主の前の差し出す。
「生憎今は現金の持ち合わせがない。これと交換で頼む」
「んん?……なんだ……これ……ってえ?」
訝し気な店主の表情が、みるみる内に変わっていく。
それはティアにしてもサクラにしても同じで、皆して、ぽかんと口を開けていた。
「……兄ちゃん……これは、伝説の金属……オリハルコンじゃねえか!?」
オリハルコン。
それは、この世界で最も硬いと言われている金属。
エメラルドグリーンの輝きを持ち、伝説の怪竜ドラグーンの牙さえ跳ね返す、絶対の硬さ。
産出量が極端に少なく、滅多に市場に出回らないことから、別名【幻の超合金】と呼ばれている。
一グラム当たりの値段は、金貨二枚はくだらない。
その美しさから、装飾品としても人気があり、俺が着ている服の内側にも装飾されていた。
あまり成金趣味な服は好きではないのだが、大賢者という立場上、安い恰好は出来ない。
そこで俺が選んだのが、内側にオリハルコンがいくつか装飾された、この黒のロングコートだ。
一見。
庶民が着る服と殆ど変わらないように見える。
だがその内側には、オリハルコンがいくつも飾られている、最高級の衣服。
内と外のギャップが凄まじいその服は【ゼロの大賢者】と呼ばれた自分と被るところもあり、俺のお気に入りの一着だった。
還らずの森で死ぬ予定だったからか。
俺が森へ放逐された時、服装は大賢者時代のままだった。
まぁ、ただオリハルコンが装飾されているというだけで、他には何の効力もない。
ギルバルドも、奪う必要はないと判断したのだろう。
「この大きさなら……き、金貨十枚はくだらねえ……いったい、どこでこんなもん手にいれたんだ!?」
「……まあ、ちょっと、色々とわけありで」
店主に苦笑いを返す。
大きく見開かれた茶色い瞳が、信じられないという風に俺を捉えて離さない。
「……本当に、いったい何者なのよ」
もはや呆れている、という風に。
後ろでサクラは静かに笑った。