10:「吸血行為」
あの後。
俺達はサクラと父親に案内され、町に入った。
町は小さいながらも、レンガ造りの建物が綺麗に立ち並んでいて、景観が良い。
名をドネツクといって、歴史ある町としてここいらでは有名らしい。
ティアとサクラは年齢も近いからか、歩いている最中にもう打ち解けてしまったらしく、
二人並びながらきゃっきゃと楽しそうに会話していた。
賊に襲われたせいで馬が逃げ出し、溜池に落ちてしまった馬車はとりあえず明日回収するらしく、俺たちは手ぶらのまま4人で歩いた。
「さあゼロさん、ここが俺達の宿屋だ」
門を潜って町に入り、少し奥に行ったところに宿屋はあった。
【フランペール】と書かれた看板が掲げられている、赤レンガ造りの建物。
二階建てで、取り立てて大きいわけではないが、厳かなムードを感じさせる雰囲気の良い外観だった。
「わあ、素敵な建物ですね」
見上げながら、目をキラキラとさせるティア。
褒められたのが嬉しかったのか、サクラは得意げな顔で「でしょー!」と胸を張った。
「さあ、入ってくれ」
シックな扉を開け、父親は中に俺達を案内する。
一階は受付兼待合室になっているらしく、柔らかそうなソファーがテーブルを囲むように置いてある。
父親はカウンターの奥から鍵を取り出して、俺達に差し出した。
「さあ、ゼロさん。これが部屋の鍵だ。そこの階段から上にいって、突き当たりの部屋だぜ」
「一番良い部屋だね、お父さん!」
「ああ、勿論だ。娘の命の恩人様に、安い部屋には泊まらせられねえからな」
がははと笑う親父。
「いいのか、そんな良い部屋に泊まって。俺たちの他にも客がいるんじゃないのか?」
「今日は買い出しの予定だったからな、本来宿は休館日だったんだよ。だから、気にしないでくれ! ゼロさんたちには、ものすごく世話になったからな!」
「……だったら、遠慮なく」
ありがとうと言って、俺は鍵を受け取った。
「さあ、サクラ。二階までゼロさんとティアちゃんを案内してやってくれ」
「うん、お父さん。さあ、ゼロ君ティアちゃん、こっちだよ」
ぴょんぴょんと跳ねるように手招きをするサクラに従って、俺達は階段を上がる。
石造りの階段は、歩くたびにこつんこつんと音が鳴った。
「ここだよ。うちの部屋の中で一番広くて、一番景色が良いの」
案内された部屋は、広々とした洋室だった。
端から端まで品の良い絨毯が敷いてあって、埃一つ落ちていない。
隅には柔らかそうなベットが二つ置いてあって、ティアの目が丸くなる。
「……本当に綺麗な部屋ですね」
「でしょーティアちゃん!景色もすっごく良いんだよ」
サクラはカーテンを引き開ける。
窓から現れる、一大パノラマ。
厳かに立ち並んだレンガ造りの建物や、そこで暮らす街の人々。
中心に噴水が置かれた広場。
遠くに聳え立つ、時計台。
この部屋からは、町の景色が一望できた。
流石、宿の主が一番良いと言うだけある。
景色に感動したのか、ティアは「はあー……」と嘆息を漏らした。
「本当ですね……町の景色がよく見えます」
「ここはね、丁度景色を遮る障害物がない部屋なんだー。だからね、二階だけど、景色がよく見えるの」
「こんな良い部屋に泊まらせてもらって、ありがとう」
礼を言うと微笑みながら「ううん」とサクラは首をふった。
「だって、ゼロ君は私の命の恩人なんだもん。お礼を言うのは……私のほう」
すたすたと、こちらに歩いてくるサクラ。
そのまま俺の前で立ち止まり、ピンク色に染まった頬をほころばせる。
「本当に、ありがとう……ゼロ君が来てくれなかったら、きっと私、死んじゃってたと思う」
改めて、という風に。
サクラはお辞儀をした。
ふわりと風に乗って、茶色の髪の毛から良い香りがする。
「ティアちゃんもお父さんを看病してくれて、本当にありがとう」
「そんな……当たり前のことをしただけですよ」
そう言いつつも、ティアは凄く嬉しそうだった。
「ありがとう、ティアちゃん……さあ、これからどうするー?良かったら、町を案内するよ」
サクラがそう提案した時。
一瞬だけ、ティアの表情が曇った気がした。
それから何か言いたげに、俺の方をじっと見つめるティア。
何か、あるのだろうか。
「あー、そうだなサクラ。取り敢えず、下で待っててくれないか。長旅で少し疲れた。ここでちょっと休んでから、案内を頼むよ」
「うん、了解。じゃあ、下の受付で待ってるね」
笑顔でそう応え、扉へ向かうサクラ。
「じゃあ、ごゆっくり」
そう付け足して、サクラはゆっくりと扉を閉めた。
見送って、俺はティアに先程の違和感を尋ねる。
「町を案内するって言った時、浮かない顔をしていたが……どうかしたのか?」
ベットに腰かけながらそう言うと、ティアは図星を付かれたようにハッとした顔をした。
「ゼロ様には……隠し事、出来ないですね」
窓の方を向きながら、小さく舌を出すティア。
それからこちらを向き直り、少し恥ずかしそうに自分のほっぺをさすった。
「……実はその……」
「ん?」
「喉が……渇いていまして……」
もじもじと赤くなり、目を泳がせる。
喉が渇いた、か。
なるほど。
つまり、血が欲しい。
ってことかな。
「血が欲しいのか?」
顔を赤くしながら、こくりと頷くティア。
俺はやれやれと苦笑いして、手招きをする。
「さあ、こっちに来い」
「……良いのですか?」
「断る理由なんて、ないだろ」
ベットをぽんぽんと叩く。
ティアは目を丸くした後、ピンク色に染まった顔で小さく笑った。
それから、犬みたいに駆け足でよって来る。
「では……少しだけ、いただきます」
首に手を回し、身体を預けるティア。
2人してベットに倒れこむ。
ティアが上で俺が下。
柔らかな肌が、触れ合う。
頬を赤らめながら、息を荒くするティア。
手と手を絡ませ、可愛い声を出しながら、マシュマロみたいな胸を俺に押し付ける。
体はじっとりと汗ばんでいて、少女の熱が体に伝わる。
一週間前から歩きっぱなしだった俺の身体を、優しく包み込む、ティアの柔らかい体。
熱っぽい吐息が首筋にかかって、くすぐったい。
「……いて」
首筋に、痛みが走る。
ティアの吐息が、肌に触れる。
しばらくそうした後、ティアはとても幸せそうに「……ありがとうございました」と言って顔を上げた。
瞳はまだ夢の中にいるように、とろんと揺れている。
「なあ、ティア……吸血鬼にとって、血を吸うことは何を意味するんだ。食事か……?」
そう尋ねると、少女は俺の胸にそっと体を重ね、ぼそっと呟く。
「……食事ではありません……どちかと言えば――……欲です」
「ごめん、ティア。肝心なところが聞き取れなかった」
「性……――です」
「ん?」
「……ゼロ様は意地悪です、何度も言わせないでください」
俺の胸に顔をうずめ、恨めし気に呟くティア。
ごめんごめんと優しく頭を撫でてやると「……うう」と声にならない声を上げた。
「じゃあ、そろそろ下に降りるか」
「……はい」
乱れたシーツを整え、俺たちは一緒に部屋を出た。
階段を降りると、カウンターでサクラが退屈そうに掌を遊ばせていた。
けれど、俺達を見た瞬間きらりと目を光らせ「じゃあ、今から町を案内するよ!とっておきの場所に連れてってあげるからね」と元気に声をあげた。