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1:「始まり」



「あなたの時代は終わったんですよ――大賢者ジークフリード・ベルシュタイン」


 途切れかけた意識の中。

 俺が最後に聞いた言葉は。


 そんな風に勝ち誇る。

 ”やつ”の。


 ……ギルバルド・フォン・ユーリィの。


 勝利宣言だった。




☆★☆




「おら裏切り者、とっとと起きろ!」



「……ぐっ……」



 腹の中身が押し潰されるような衝撃で、俺は意識を取り戻した。


 視界に広がるのは、俺を見下すように覗く、二人の中年兵士。

 片方は太っていて、片方は痩せている。


 背後に見えるのは、漆黒に包まれた闇夜の森。


 どうやらあれから、どこかの森まで連れてこられたらしい。

 状況から察するに、王宮の裏庭ではないだろう。

 迷いの森か、還らずの森か……。

 まぁ、そんなところか。


「おら、早く馬車から降りろ」


 唾を吐き捨て、兵士は再び俺の腹を蹴った。

 不意をつかれた一撃に、喉から吐瀉物が溢れ出す。

 それを見た兵士は「汚ねえ」と嘲笑した。


「ざまぁないな、ジークフリード。大賢者ともあろう者が」


「……貴様……」


 腹部を片手で押さえ、兵士を睨み上げた。

 小馬鹿にするように、ふっと鼻で笑う兵士。


「ギルバルド様に力を奪われ、魔法が使えなくなったお前など、何も怖くない。国王様暗殺を企てた大罪人の分際で、何生意気な面してやがる」


「……濡れ衣だ」


「はっ、どうだかな。ここに連れてこられた罪人は、みんなそう言ったよ」


 じゃあな、元大賢者様。

 還らずの森で、野垂死にな。


 馬鹿にしたように笑い、兵士は馬車を走らせた。

 瞬く間に、闇の中に消え去る馬車。


 還らずの森。

 エメリアの南端に位置する、地図やコンパス無しでは決して抜け出せない、樹海の森。

 密生した樹々が傘になって、昼でも光が届かないことから、別名<常夜の森>


 エメリア王国では、国に対する背信行為――国王の暗殺や、その未遂――を働いた大罪人は、この森に放置されることになっている。


 要するに、死刑の代わりだ。


 この森に連れてこられた人間は、何週間も飲まず食わずで森を彷徨ったのち餓死するか、野生の狼に食い殺されるか。


 そんな、末路が確約されている。


 未だかつて、誰も抜け出せたことのない迷いの森。

 待っているのは、確実な死。




 ……だが、俺は絶対に抜け出す。


 負けたままで、死んでたまるものか。


「濡れ衣を晴らし、必ず……雪辱を果たす……待っていろ……ギルバルド……!」


 真っ暗闇の中。

 拳を握り締め、俺はそう誓った。



☆★☆



 ことの始まりは、昨日。

 戴冠式での出来事だった。


 戴冠式とは、新たな国王が即位される際に行う、王冠を譲位する儀式のことだ。


 俺は、冠を新王に直接被せるという大役を任されていた。


 通常。

 戴冠式では先代の王が直接、王冠を新たな王に譲り渡すことになっている。


 だが。


 あいにく前の王は先月、流行病で亡くなってしまった。


 そこで、俺に白羽の矢がたった、というわけだ。


 俺は大賢者であり、国王亡き今、実質的な国のトップ。


 戴冠式を執り行うのには、最も適任だろうと。

 賢人会議にて、満場一致でそう決まった。



「これより第27代エメリア王、レイア・エメリア様の、戴冠式を執り行う!」


 進行役の上級貴族が、高らかに宣言する。

 ギイィと音を立てながら、大きな扉がゆっくりと開く。


 現れる、新王レイア・ノーヴィス・エメリア。


 透けるような金の髪。

 仄かな危うさが混じった、気高い瞳。

 初雪のように、白い肌。

 意志の強さが感じられる、真っ直ぐな口元。


 まだ年端もいかぬ、15の少女。


 だが、にもかかわらず。


 レイアは地に足を着けて、しっかりとそこに立っていた。

 背筋をピンと伸ばし、

 真っ直ぐに前を見据え、

 赤のマントが装飾された大げさな儀礼服も、着こなしてみせている。


 それは正しく、王の姿。


――ついこの間まで、一人で眠るのが怖いと、よく俺に泣きついてきたものを……成長したな。


 少しの寂しさと、誇らしさ。

 その時の自分の気持ちを例えるなら、きっと、そういう表現になると思う。

 幼少期より、レイアの教育係を任されていた俺。

 あのチビが……立派になったな。

 感慨深く、凛としたその姿を見つめていた。


 新王の登場に、目を伏せ、静かに頭を下げる貴族たち。


 入口から、壇上まで一直線に敷かれた赤の絨毯。

 それをレイアは、一歩一歩踏みしめる。


 毅然と、だが悠然に。


 少女は俺の前に来るまで、一度も姿勢を崩すことはなかった。



「成長したな、レイア」

「……全て、あなたのお陰です。ジークフリード」


 微笑みを浮かべるレイア。

 俺は、面食らった。

 てっきり何時ものように「いつまでも子供扱いしないでください」

 こう来ると思っていた。


 本当に成長したな、レイア……いや。



「新王レイア・ノーヴィス・エメリア様……この度は、即位のほど、本当におめでとうございます」

「……ありがとう……ジーク……あなたからそう言われるのは、私としても嬉しい」


 レイアは嬉しそうに、ゆっくりと頷いた。

 冠を小さな頭に、慎重に乗せていく。

 王冠を乗せ、ふわりと髪を後ろに搔き上げる。



――事件は、この時起こった



 俺は気が付いた。


 背後の大窓から覗く、怪しい人影。

 木の上に佇み、矢をつがえるような動作をする、


 それに。



「……!」



 後方の窓ガラスをつき砕いて進む、矢のような物体。

 そのままそれは、レイアの背中入って、腹部を貫いた。


「……え?」


 何が起こったのかわからなかったのか、レイアは目を丸くしていた。

 それから一呼吸置いて、腹部を貫通する矢を目視し、ようやく悲鳴をあげる。



「敵襲だあああああああああああ!」



 苦痛に顔を歪め、崩れ落ちるレイアを抱き抱え。

 俺は叫ぶ。


 儀式のために集められた貴族達もようやく事態の急に気付いたのか。

 あわあわと震え声を出したり、あたふたとレイアに駆け寄ってみせたりした。


「だ、大丈夫ですか、レイア様」

「何をやっている、敵はまだ王宮の近くにいるはずだ、探せ!」



 平和ボケした間抜けな貴族達に、一喝する。

 お前たちの心配など、何の足しになるというのか。


 そんな貴族達をかき分け、歩み出る、

 1人の若い男。



「……刺客探し、その役目、私にお任せください」


 ギルバルド・フォン・ユーリィ。

 灰色の髪に、深い蒼の瞳。


 類まれな魔法の素質を持ち、24歳にして賢者の称号を得た傑物。

 24というのは、俺が16で賢者になったことに次ぐ記録であり、

 エメリアの賢者7人で構成されている賢人会議での発言力も日に日に増している、若手の有望株だ。


 印象を一言でいうなら。

 不気味なほど、物静かな男。


 たまに何を考えているのか、わからなくなることもある。


 だが、与えられた仕事は必ず、想像以上にこなしてくれる。


 それ故に、右腕として信頼を置いていた。



「任せたギルバルド……俺はレイア様の傷を見る……必ず刺客を見つけてくれ……!」


「御意、仰せのままに」


 ギルバルドは、深く頭を下げる。


 その時奴がどんな顔をしていたのか、今となってはもうわからない。


 空間に溶けるように、すうっと姿を消すギルバルド。


 それを見届けぬまま、新王に呼びかけた。


「大丈夫かレイア……今ヒールをかけてやるからな」


 レイアは虚ろな眼差しで、小さく首を振った。

 左右に。

 


「どうした……?」

「この矢には……おそらく……魔法によって呪いがかけられて……だから、ヒールでは……」



 浅い呼吸を繰り返しながら。

 一言一言、まるで絞り出すように。


「……少し、失礼する」


 矢の傷に触れないように。

 貫通した部分を丁寧に破り棄て、大げさな儀礼服を捲り上げる。


 震えるように上下に揺れる肌白のお腹が、晒される。


 レイアは弱々しく「……ぃゃぁ」と抵抗した。


「こんな時に、恥ずかしがっている場合か」

「……し、しかし……」

「お前の命がかかってるんだ」

「……んぅ……」


 無視して、裾にフリルの付いたスカートをズラす。

 レイアは覚悟を決めたように、ぎゅっと目をつむった。

 露わになる、ふちにレースのあしらわれた、純白の下着。


 強い痛みのせいか、少し汗ばんでいて、肌に密着していた。


 その、左やや上。

 どす黒い、円形の魔法陣。


 呪印は、確かにあった。


「……これか」


 呪い。

 それは魔法の一種。

 かけた相手を寄生虫のように蝕んでいく、持続性の攻撃魔法。


 強さにもよるが、多くの場合。

 放置すると、長くても1週間で命を落としてしまう。


「……この魔法陣は」


 呪いの強さは、魔法陣の形状を見れば、だいたい予想が付く。

 例外は勿論ある。

 だが、幾何学模様が複雑であればあるほど、魔法も強力である場合が多い。


 レイアにかけられた呪い。

 複雑怪奇な模様。

 間違いない。

 特Aクラスの魔法だ。

 敵は、相当な手練れと見える。


「……少し痛むが……じっとしていろ」

「んっ……!」


 手のひらをレイアの魔法陣に押し付ける。

 柔らかな肌の感触。

 傷に障ったのか、内股になって、ぎゅっと唇を噛む。


「――ディサイファリング(解読)」


 呪いを解く方法は、ただ一つ。


 それは、

 魔法陣にかけられた暗号を――解読してやること。


 基本的に呪いは、かけた張本人にしか解くことが出来ない。

 鍵の持ち主である家主しか、家に入ることが出来ないのと同じ理屈だ。



――だがそんな理屈、俺には通用しない



「――第1ロック……解除」

「……んぅっ!」


 薄青く輝きだす、魔法陣。

 模様は簡素になり、サイズも一回り小さくなる。


「す、すごい……あれほど複雑な魔法陣を、いとも簡単に……!」

「……呪いが、縮んで……」

「これが、ゼロの大賢者……ジークリフード!」


 周囲の貴族たちが、感嘆の声を上げる。

 ゼロの大賢者か……その呼ばれ方は、久しぶりだな。


「第2ロック……解除」


 更に、小さくなる魔法陣。

 青白くなっていたレイアの顔色にも、生気が戻ってくる。


 呪いを解くには、

 魔法陣にかけられた暗号を解読してやればいい。

 魔法陣とは端的に言えば、魔術コード――マナを魔法に変化する呪文――が具現化したものだ。


 つまり、今回の場合この魔法陣を構成しているコードを解いてやればいい。



――魔力を流し込んで、魔法陣を分解する。



「……第3ロック……解除=0――解読終了」



 魔法陣は弓矢もろとも、完全に消失した。

 どうやら、矢それ自体も魔法によって構成されていたらしい。



「す、すごい……あんな複雑な暗号を、一瞬で……」

「……Aクラスの魔法使いでも、一月はかかるぞ」

「100年戦争に終止符をうち、奴隷から大賢者に成り上がった実績は、伊達ではないということか……」



 気付けば、周りに輪が出来ていた。

 皆が皆、目の前で起こった出来事に、信じられないという顔をしている。


 そう言えば政治の方が忙しくて、力を使ったのは数年ぶりだな……。

 力を使うところを、初めて見たやつも多いのか。

 驚愕する貴族たちに、俺は小さく苦笑いした。


「大丈夫か、レイア」

「うん……だいぶ……よくなった……ありがとう……流石は、魔法使いの頂点……近くにいたのが、あなたで良かった」

「どういたしまして、それは良かった」

「……うん」


 お礼を言うリシア。

 だがどういうわけか、レイアは浮かない顔をしていた。

 唇を噛み、俺と目を合わせようとしない。

 頬も僅かだが、上気しているようだ。

 赤い顔で、俯いている。


「どうしたレイア……まさか、まだ痛むのか」

「……いや……その……」

「ん?」


 口ごもるレイア。

 俺は「なんだ?」と催促する。

 躊躇いながらゆっくりと口を開く。


「その……子供っぽく……なかっただろうか」

「何がだ?」

「……下着」


 目を泳がせながら。

 真っ赤な顔で。

 破れた衣服から覗く肌も、真っ赤に染まっていた。



「ジークリフード様……賊を捕らえました」


 背後から、声がした。

 ギルバルドだ。


 全て、終わったと思った。

 これで全て、解決したと思った。


「でかした、ギルバルド」

「お褒めの言葉、有難き幸せ」


 だが、それが間違いであることに、翌る日。

 俺は気付かされることになる。



☆★☆



「ジークリフード様、ギルバルド様がお呼びです。至急、地下204号室までお願いします」


 翌朝。

 憲兵が自室の扉を乱暴に叩く音で、俺は叩き起こされた。



☆★☆




「――単刀直入に言わせていただきます。ジークフリード様、あなたには、レイア様暗殺を企てた疑いがかかっています」



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