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とある落第バンカーの自己嫌悪

 エイマンを通じ、カーネル伯に便りを出した。

 エイマンは村長代理とのことだが、彼がどの程度、カーネル伯に信任を受けているか疑問でもあったので(カーネル伯には死亡したと周知のようなので、便りを読む前に捨てられでもしたら困る)、ソーサの家紋?と思しき模様のボタンを軍服から一つはずし、手紙に添えることにした。気休め程度ではあるが、少しは本物の可能性を考慮して、この村に確かめにでも来てくれるだろう。自分から赴いても良いのだが、まだこの村でやることがあった。

--情報収集だ。今はペイル・ソーサという人間を理解し、完全にソレ・・になりきる必要を感じたのだ。このままだと偽物だと看破(本物かもしれないが。記憶がない本物は偽物と変わりないと俺は思っている)される可能性が高い。偽物だと看破された場合、最悪の場合処断されないとも限らない。

 ファンタジーの魔法世界であるようだが、中世のようでもある。中世がいかに物騒かなんて高校生でも知っている。

俺は慎重にならざるを得なかった。

 ではなぜ、わざわざこちらから便りを出したのか。無事を伝えずにいることで、より時間を稼ごうとは考えなかったのか。中にはそう考える人間もいるかもしれない。

 だが、俺はそれをリスクと考える。それすなわち、「ペイル・ソーサを騙る何者かが自領で何か企てていると判断される」リスクだ。いきなり軍を差し向けられでもされたら困る。いくら強そうなこのペイル・ソーサ君といえども一軍と拮抗できるほどではないだろう、と俺は保守的に考えた。余談だが、銀行員はリスクを取ることを極力嫌がる。含み益のある不動産担保や預金の担保さえ付いてれば金を貸すのはたいして難しい話ではない。だが、信用貸し--銀行用語で「裸で貸す」--となるとそれは途端に容易ではなくなるのだ。

 「ベンチャーの将来性にかけて融資したい」などと宣う、就活性のお寒い夢物語にはリクルーターとしてよく辟易したものだ。綺麗ごとで金は貸せないのである。--まあ、俺は貸したが故に追い込まれたのだが。

 さて、話を戻そう。

 ドゥスからそれとなく仕入れた情報の中には幾つか有益なものもあった。

 このイーサン村が属する、カーネル伯領はバルト帝国という国にあるらしい。同国は複数の同盟国が合併してできた国で、先々代のカーネル伯も元々は弱小王国の国王だったとのことだ。つまり、ペイル・ソーサの第一夫人イリス・カーネルは世が世なら正真正銘のお姫様だったということになる。お姫様を嫁に迎えるなんて、なんというファンタジーだろう。いや、ファンタジーなのだが。

 彼女はペイル・ソーサの幼馴染だったとのことで、随分気が強く、頭も相当に切れるらしい。とにかく腹黒で、カーネル伯と敵対する伯を失脚させたり、政敵を奴隷に落としたり等とやりたい放題。しかも証拠を掴ませないから、あくまで噂に過ぎず、どこまで本当かもわからない。とにかく恐ろしく、敵に回すと必ず暴力で破滅することから、付いた異名が『謀虐』のイリス。公の場に姿を表さない人嫌いでも知られ、性別と年齢が16歳であることくらいしかわからないのだという。

 俺は三国志が好きで、学生時代はよく読んでいたのだが、まさに三国志でいうところの女版「法正ほうせい」のようなイメージだろう。元ネタがわからなかったら聞き流してほしい。

 ……まさに恐妻じゃないですかね。ああ会いたくない。

 俺は村一番の屋敷--といっても、大した広さではない上に茅葺であるが--に招かれ、宿を取ることになり、そこでドゥスと話し込んでいた。ドゥスは元野盗とは思えないほど、キラキラした瞳で俺を見つめてくる。根は悪い奴ではないのだろうな、と思った。

「--という具合です。少しはお役に立てましたでしょうか?」

「ありがとう、ドゥス。君のおかげで少しずつではあるけれど、記憶を取り戻せそうだよ」

「……」

「ん、どうしたのですか?ドゥス?」

 俺は訝しむドゥスを見て、少し不安になった。何かおかしなことでも口走ったか?

 緊張が走る。

「いえ。失礼ながら、ペイル様はお噂とだいぶ違うようで正直驚いております」

「……違う、とは?」

「はい。記憶喪失であるからかもしれませんが……なんというか随分柔らかいお方だな、と」

「そんなに俺は怖そう、でしたか?」

「いえ、滅相もない。ただ、お噂では奥様同様人嫌いだった、と聞き及んでおります。こうしてお話を伺う限りではとてもそのようには思えません」

「……そうですか。記憶を失う前の自分は一体どんなことを考えて、そんな生き方をしていたのでしょうかね」

 普段は結構ぶっきらぼうに話す傾向にある俺ではあるが、ドゥスという人間は一定の敬意を払いたくなってしまう不思議な魅力を持っていた。元野盗には似合わないかもしれないが、「高潔」というか。元野盗相手に自然と、丁寧語口調になってしまうのもそのためだ。

 ドゥスは口から出そうとした言葉を飲み込んだようだった。

 「悲しい生き方、だと思います。人は人によって変えられることもある。それが人生に彩りを与え、また違った景色を見せてくれる。俺は--そう思います」

 吉川社長のことを考えると、胸が痛い。俺の人生において唯一無二の親友。

 彼を殺したのは他でもない。

--俺だ。


 俺は麻生兼続という人間が大嫌いだ。

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