ある意味『誕生』させられた。
巨大扇風機に風を吹き付けられるような感覚で、俺は目を醒ました。
見開いた双眼が映すのは、雪原と見紛う一面の雲海、大海原に見える蒼天。そして燦々と地肌を灼きつける太陽光。
間違いない。
俺ーー大原悠太はまさしく、『落下』していた。
「おぉおおおおおあああああああああぁあああああああああああ!?」
ボフッッと音を立てる勢いで雲の海に突っ込んだ。思わず目を固く閉じ、両腕を庇うように顔の前でクロスさせる。そのぶ厚い水蒸気の抵抗により、俺の身体は回転を余儀なくされる。
「ああああああああしぬしぬしぬしぬぅぅぅぅうううあああああああああああ!!」
天と地が何度もひっくり返りながら、着実に地面に突き進む予感。青い世界と深緑の世界が瞳に交互に映り込む。
胃から何かがせりあげてくるのを必死に抑え込み、俺は喉から代わりのものを吐き出した。
「誰か助けてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
17年間の人生の中で、最も情けない瞬間だったのは言うまでもない。
瑞々しく茂った樹木や、点々と開けている間隙をはっきりと知覚した途端。
俺の意識は暗転した。
***
深くまどろんだ意識の中で、微かに小鳥の鳴く声と、風の鳴る音が聞こえる。
ーーグゥゥゥゥゥゥウ
そして確かな、それでいて凶悪な胃からの訴えを聴き取った。
そう言えば昨日の夕飯食べ損ねたな……なんて全く覚醒しない頭の隅で、記憶が通り過ぎる。
『……ぇ……』
だがそれだけではなく、どうやら何者かが俺に話しかけているようだ。しかも、幾度となく。
『……ぇって……っ!』
「ゔ……」
焦ったような声と共に強引に揺さぶられ、思わず呻き声をあげる。やべ、無い胃の中のものがリバースしそうだ……頼むからそれ以上、
「起きてよゴラァァアッッッ」
「あイターーッッ!?」
バチィィィンッッッ
痛烈な音を奏で、俺の五感が呼び戻される。
ザァアアッと風に吹かれる木々の葉音、掌から伝わる土と草の感触。樹冠に開いた空間から見える青空と射し込む光、僅かに漂う謎の良い香り。そして、痛すぎる頬。
あれ、俺さっきまで全力で落下してなかったっけ?ここは一体ーー
「あっ、やっぱ生きてる!」
「っ!!??」
周りの景色に呆然としていると、ガシィッ!と肩を掴まれた。半ば強制的に前を向くと、あり得ない近さにこれまたあり得ないレベルの美少女が居た。
絹のような艶のある白銀色の髪。それをサイドにまとめて右肩に流している。必死さを訴えるのは、黄昏時のような紫から橙へとグラデーションがかっている不思議な瞳だ。形のいい眉はぐっと寄せられて、白い肌には緊迫感を体現するかのように雫が浮かんでいる。
そう。間違いない。こいつ、美少女だ。
しかしーー!
「ってぇよ!!」
「あ、ごめん」
「……」
俺の両肩に与えられるトンデモ馬鹿力が、全てを台無しにしている。これは肩関節周辺の骨を粉々にされそうな勢いだ。いや、比喩抜きで。
力が緩んだ隙にがばっと立ち上がり、ついでに彼女との距離を離す。
少々落ち着きを取り戻した脳で、やっと自分がいる状況を理解し始めた。
のはいいがーー
「〜〜〜!?」
待っていたのは、途方も無い混乱だけだった。
一通り己の身体を見回した後、なけなしの理性で抑えられていた言いようのない感情が、堰を切ったように溢れ出した。
いやむしろ、覚醒してなかったから理性以前の問題と言える。
「こ、ここどこだ!?あんた誰だ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着」
「落ち着いてられるかよ!!!」
混乱して抑制の効かなくなった口は、簡単には塞がらなかった。
「第一俺さっきまで布団に入って寝てたのに空から落ちるし夢にしちゃ感覚あるし」
「ね、ねぇキミ」
「まず夢なら森に墜落した時点で醒めてるはずだし死んでねえのもおかしいだろ一体どうなってやがる」
「あの……」
「身体の痛みもねぇしかと言って蘇生の魔法をかけられたようでもねえってか蘇生とか魔法とかマジでおとぎ話じゃねぇんだからそんなんあるわけないだろ!?」
「……」
「だとしたら今の状況を説明できる科学的根拠が全然見つからないなんで俺はここに立ってここで喋ってられ」
「うん、黙れ」
覚醒したての俺の意識は、光の速さで飛んできた拳によって再び刈り取られた。