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その側近、ドン引く

 ああ、安眠妨害のひどい騒音だった。なんかいろいろ言われてた気がするけど、ほとんど聞き流してたから覚えてないなあ。まあ、覚えてないならたいしたことじゃないんだろう。気にしない、気にしない。

 勇者サマにとっては衝撃の事実発覚から一夜明け、身支度を整えた魔術師と神官に向かって、勇者はたったひと言、「行こう」とだけ声をかけていた。

 凡庸な顔立ちも、思い詰めた険しい表情を浮かべていればそれなりに様になるもんですねえ。いやはや、はたしてどんな結論を出したものか。場合によっては私の出番。いろいろ準備しなきゃならないんで、お仲間内で結論の共有とかしてもらえると助かるんですけど。まあ、しませんよねえ。

 転移門をくぐり、誰もいない魔王城を前にして、勇者の背中にはなんとも言えない緊張が見える。気づかわしそうに魔術師がちらちら様子をうかがっているのも、気づいてないみたいだ。

(そんでもって、こっちは何を考えてるんだか)

 私が入った水晶に紐をつけて、手にぐるぐると巻いて持ち歩いている扱いにはちょっともの申したいところである。万が一にも割れたらどうしてくれるんです、本当。

 注目されていないのをいいことに、ぺたりと内側から水晶に触れてみる。伝わる感触は玻璃のように脆くて、もしやこれは舐められているのだろうかと首をひねった。

 試しに少し、強く力を入れてみる。ところが簡単に割れるだろうというこちらの予想に反して、封じの水晶にはひび割れひとつ入らなかった。

(ははあ。こいつはちょっと、厄介かもしれませんよ?)

 昼間でも暗い城内を勇者ご一行が歩いている内に、なんとか打開策を見つけなければならないというのに。

 小さくなった体で見上げる神官は、どこからどう見てもあの(・・)ジルベールである。もう遠くなりつつある記憶が確かなら、およそ百年、重ねたはずの歳月は、目の前の青年には僅かしか感じられない。

(最後に見たのが確か……ええと、いくつくらいでしたか。興味なかったので知らないんですよねえ)

 少なくとも、まだ幼いと表される年齢だったことは確かである。そうでなければ、あの稚児趣味の変態神官子飼いだったはずがない。

 あの神官もねえ。つるぺた幼女時代の聖女サマのことは利用しつつもそれなりに情を傾けてたみたいだけど、成長の兆しが見えた時点で精神的な依存はそのままに徐々にその他大勢に対象をシフトさせてった辺り、もう筋金入りですよねえ。あの聖女サマ、清貧? なにそれ美味しいの? ってぐらい贅沢三昧してたせいもあって発育は良い方だったから、どんどん好みから外れていったはずですし。

 そんな神官にとって、与えられるべきものすら与えられずにいたジルベールはまさに好みど真ん中、極端に無知で幼く育てたのもわざとだろう。お人形さんが好きだったわけですよ、要は。

 さて、およそ百年、経ったにしては若々しいけれど、もう今のジルベールを見て「人形のような」とか、「性別未分化」、「無垢なる天使」とかそういう戯言を叩く人間はよもやいるまい。幸薄そうなところとかは、試練に耐える聖人にはたとえられてそうだ。

(気配は相変わらず神気まみれですか)

 ここまでわかりやすく怪しいと、警戒するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。いやそもそも、隠す気もあんまりないんだろうけど。それか、隠す必要があると思ってないか。

 さてどうしたものか。ほんの少しだけ悩んでみたものの、すぐにぽんと名案が浮かぶ。流石私。

真実の鏡ヴァールハイト・シュピーゲル

 ふふん、これぞ虎の子、私の七つの秘密道具のひとつ。神殿を出奔する時のどさくさ紛れに強奪、もとい、無期限借用してきた神器のひとつだ。

 神殿本部には、神官長すら入れない最奥の間がある。収められているのは膨大な数の石板だ。歴代聖女のみが立ち入りを許されて、その全てに目を通すことが義務付けられている。

 とはいえ、昔はどうだか知らないけれど、私が付いたお飾り聖女サマには石板の文字は読めなかったらしく、ほとんど放置。聖女自らが行うとされている毎日の清掃も私にぽーんと放り投げてくださった。

(まあ、そのおかげで神具の類はごっそり頂戴できたんですけど)

 え? そんなんだから百年経っても指名手配犯よろしく神殿側にしつこく追われてるんだって? 偽造死体用意する間もなく魔界に連れて来た我が君に言ってくださいよお、そういうのは。

 かざした手のひらの中に、ちょうど親指と人差し指で輪を作ったような、歪な円状のガラス片が現れる。

「はいはいそれじゃあ、このクリスタルの術構成比を見せてくださいな、と」

 なになに? ほうほう、ふむふむ……これはこれは。

 手をひと振りして、鏡を消す。勇者ご一行は我が君がおられる玉座の間まで、あとひとつ階段を昇るだけで着いてしまう。

「これはちょっと……予想外でしたねえ」

 さあて、この厄介事はどう処理したものか。





 とうとう対峙した勇者と魔王は、どちらも青褪めて硬い表情のまま沈黙していた。

 勇者はもちろん、我が君だってひと言も喋らない。あ、ちょっとずぼらしましたね、我が君! どうせ昨夜今日のことで悩みすぎて髪もロクに乾かしてないんでしょう。乱れてますよ、ちょびっとばかし。

 かつん、と魔術師が杖で床をついた。アルブレヒト、と、常にない温度の無い声が続く。

 魔術師の呼びかけに、勇者は弱く首を振った。

 そして、一度強く瞼を閉じて、そうして。

「……本当は気づいていたと言ったら、オルガ、君は僕を怒るかな」

「……は? おい、アルブレヒト、お前、なに言って」

「知っていた。知っていたんだ、オルガ。僕は、君が人間じゃない──もしかしたら、魔族なんじゃないかってことを」

 愕然と、今度は魔術師が言葉を失っている。神官の表情はよくわからない。ほら、私今、絶賛水晶の中で囚われの身の上ですので。

 とはいえ。『知っていた』ですって? それはまあ、なんていうか、隠蔽工作を一手に任されていた身としては、ちょーっと聞き捨てならないセリフですよ?

 一歩、勇者が我が君に近づく。

「魔王に命じられているんだと、思ってたんだ」

 一歩。彼は小さな荷を床に落とした。

「だって君はあんまり綺麗で」

 一歩。魔物除けの外套を脱ぎ捨てた。

「僕なんかに好きだって言ってくれて」

 一歩。王から下賜された勇者の証、サークレットを外し。

「だからきっと、悔しかったんだ」

 一歩、とうとう聖剣まで放り捨ててしまった。

「君に、僕よりも『魔王』の方が大事だって、いつか言われてしまうんじゃないか、って」

 我が君まで、あと数歩。そこでやっと勇者は立ち止まり、こっちからは見えない彼の表情を間近に捉え、我が君が大きく目を見開く。

「ずっとずっと、不安だった」

「アル……」

「オルガ、僕はね。きっと誰より利己的で傲慢で、我儘なんだ」

 きっと、だなんてやんわりとした言い方ですねえ。もっと正直に言ったらどうなんでしょう。

 我が君なんかより、もっとずっと──この勇者サマって若造は、唾棄すべき悪徳なんですよ、人間たちにとって。

「君が魔王なら。それなら僕は、もう使命なんてどうでもいいかな」

 だから、僕のお嫁さんになってください、ですってよ、我が君。

 おおっと、魔術師が不穏な動き。はいはい、せっかくのいいシーンなんで、そこはおとなしくしてましょーねー。

 ちょちょい、と張り巡らせてある術式に干渉して、魔術師の喉を硬直させて、と。ははは、詠唱さえさせなきゃ魔術師なんて赤子同然ですからね!

 我が君はボロボロ泣いて、勇者サマに抱き付いた。あーあー。そこで隠し持っていたナイフでぐさり、なんて展開があったらどうするんです、もう。無防備なんですから。

 パクパクと音の出ない口を間抜けに開閉させていた魔術師が、埒が明かないとばかりにぐるりと視線を巡らせる。ははーん? そこで勇者サマが捨ててった聖剣に目を付けるわけですか? 

(でも、聖剣(それ)も一応、神具なんですよねえ)

 我が君と勇者サマがお互いしか目に入ってない状態で熱ーい抱擁を交わしている間に、魔術師はさっと動いた。

 ところがところが。拾い上げようとした聖剣は床からピクリとも動かず、仰天する魔術師に反発するように、バチバチと雷光が幾筋も走る。

 悲鳴ひとつ上げることなく、魔術師が倒れる。あれ、やっちゃった? いやいや、胸が上下してるっぽいから、気絶してるだけだ。まったく、心臓に悪い男だこと。

 魔術と神術は相いれない、まさに水と油のようなものだ、なんてこと、そこらの浮浪児でも知ってる常識だろうに。一応、その筋では一流と呼ばれる魔術師が失念してたなんてことはないはずだ。というより、そもそも勇者サマの行動に反発して即実力行使、なんてこの厭世家ぶった皮肉屋らしくない。

 つ、と水晶に指が這う。見上げれば、そこには熱病に浮かされたような紫の瞳(・・・)があった。

「……やっと、私を見てくれた」

 ジャンヌ、なんて甘ったるく名前を呼ばれて、思わず鳥肌。わお、おいでなすった、真打ち登場ですよ、我が君。

 こんな話、知ってるだろうか。この世界を作ったカミサマのお話だ。まあそんな嫌な顔をせず、後で詳しく話してあげるから、今はここだけ覚えておくれ。

 神殿の最高位、聖女が身に着けるものにだけ使うことが許される色、っていうものがある。各国の王族、国家元首でさえも最上級の礼服にのみ使用を許された、いわゆる貴色だ。市井では、単純にカミサマの色、なんて呼ばれ方もする。

 この色の由来、聖女サマしか入れない神殿の最奥の間に、きちんと残されているのだ。何かって? もう薄々、わかってるんだろうに。

「ド腐れカミサマ、いつ殺して食べて取り込んだんです? ジルベール」

 紫の瞳、ってのは、少なくともこの世界じゃあ、唯一無二の絶対神サマしか持ち得ないはずなんですけど。

 真実の鏡を通してこっそり見た時は、流石の私もびっくり仰天、驚き桃の木山椒の木。人間の器に後付けされたカミサマの魂、およそ半分が無理矢理融合して、見るも無残なぐちゃぐちゃ具合。

 そもそも腐っててもカミサマとただの人間のジルベールじゃ、魂の存在としての格が違いすぎて、いくら殺して食べたとしても取り込むなんて無茶な話だ。取り込んだつもりで内側から食いつくされて、腹を食い破ってカミサマを復活させちゃうのが関の山。もしくは、あっという間に肉体の所有権を奪われて、押しのけられた自我が崩壊して魂ごと消滅、なんてのが妥当なところだろう。そのはずだ。だというのに、まあ、このジルベールという男は。

 もう取り繕う必要もないかと、いっそ開き直って水晶の中から問いかけてみれば、かつてジルベールという少年であったはずの青年は、ゆるりと唇を笑みの形に変えた。

「だって、貴女にもう一度会いたかったんです、ジャンヌ」

「それで神殺しと神喰いをやらかすなんて、トチ狂ってますね」

 その発想、流石の私もドン引きです。



 ……ところで我が君。そろそろおふたりだけの世界からお戻り遊ばしてくださいません?


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