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この神官、ヤバい

 勇者が明日、いよいよ魔界入りするらしい。

 それで、どーすんですかと我が君に聞けば、むっすりと唇をへの字に曲げて、「こうなりゃヤケよ」と据わった目で呟かれた。

「もし、もしもよ、あり得ないと思うけど、私が魔王って知って、それでもアルが……使命、を果たそうとしたら……」

「その時は、死んだ方がマシなありとあらゆる拷問にかけて嬲り殺し、ですね。もしくは老化は倍速、ただし不死、な呪詛でも一発いっときます?」

「そこまで言ってないわよ!?」

「えー」

「不満そうにしない!」

 だって我が君、泣きそうですよ?

 古今東西、恋はヒトをダメにする。それは魔界の王、いや、最早神同然ともいえる我が君でも例外ではないらしい。

 なにをそんなに迷うことがあるのか。生憎恋愛沙汰とは程遠い生まれ育ちをしてきた私には皆目理解できないけれど、「絶対しちゃだめよ! 特に呪詛の方!」と襟首掴まれガクガク揺らされてまで説得されれば、如何に有能な側近たる私といえど、渋々従うしか道はない。

「いったいどこで教育間違えたのかしら……魔王の私より残虐非道とか、アンタ本当に元聖女だったのよね?」

「あはは、我が君ったらジヒブカイんですからもー」

「魔界広しといえど、この私にそんなこと言うの、アンタくらいよ……」

 頭痛がする、と我が君がこめかみを揉んでおられる。おやあ? 更年期ですかねー?

 一撃必殺級の特大火の玉をひょいと避けて――もちろん我が君からの賜りものである。今日も元気いっぱい、殺気に満ち満ちていて結構なことだ――とりあえず、と策の最終確認をする。

「それで、界境の門と転移陣を直結させて、勇者ご一行にはまっすぐこの城に来ていただく、ということで」

「ちゃんと戦闘狂どもは追い払っておいたんでしょうね」

「いやあ、説得に言語能力じゃなくて戦闘能力が必須って、つくづく竜族の方々って大雑把な頭の造りされてますよねー」

 もちろん、説得をしたのは私である。どんなに防御力と攻撃力に優れようが、私の力(呪詛)の前には赤子も同然。いやあ、有能過ぎて辛いわー、私が。

「さてじゃあ、最後の仕込み、行きますか」

「うまくやんなさいよ」

「大丈夫ですよー、我が君。私、有能なので」

 くるっと回ってメタモルフォーゼ。スライムちゃんたち、いらっしゃーい。

 魔界最弱を誇るスライム族は、擬態能力だけはピカイチだ。特殊メイクなんて不要、彼らに私の全身、あちこち貼りついてもらうだけで、なんということでしょう。中肉中背、でもくたびれ果てて目が落ちくぼんだ老女に変身完了である。

「それじゃあ我が君、行ってまいりまーす」

「下手打つんじゃないわよ!」

「あはは、んもーホント我が君ってば面白いんだからー」

「だから! 私はなに一つとして面白いことなんて言ってないけど!?」






「――それでどうしてあっさり捕まってんのよ、アンタは!!」

「いやー、狂信者ってコワイですね、我が君」

 遠耳の一族特製通信機、体に直接埋め込むカタチになっててよかったなあと、今ほど思ったことはないよね。

 我が君の乳母(偽)に変装して、「お嬢様が……お嬢様が、魔族にさらわれてしまいました……!」作戦、いい案だと思ったんだけどなあ。

 実はお嬢様の父君は魔王だったのです、ナンダッテー!? というネタバラしからの、無理矢理魔王にするために、お嬢様を……! なんてオチにつなげるつもりだったのに。え? 嘘なんてついてませんよ嫌だなあはは。ちょっとその諸々の出来事が、実際あったといえばあったけどざっと二百年くらい昔のことだってだけで。堕天使嘘ツカナイ。

 その第一段階。今まさに魔界につながる門へ、勇者一行が足を踏み入れる――! な時に、早馬で乗りつけたところまではよかったハズ。スライムちゃんたちの全面協力で、私はどこからどう見ても決死の覚悟で追っかけてきた主人思いの老女だった。

 息も絶え絶え、肌は土気色、格好はボロボロ。ここまでよく生きてたどり着いたものだと、誰もが言葉を失うレベルの風体で「オルガお嬢様の真実(仮)」を伝えた私、流石の演技力だった。スライムちゃんたちもうっかり感動してぷるぷるしてたし。あ、それがいけなかったのか?

 「どうか……お嬢様を……」が末期のセリフ。勇者? 絶望とか焦燥とか色んな感情に襲われて暴れだしそうになってました。我が君だって水晶越しに見てたんだから知ってますでしょうに。魔術師がそんな勇者を落ち着かせるためにちょっと離れたところに連れて行ったのも。あ、だから私がこうなった経緯知らないんですね、ずっと勇者のこと見てたから。まあいいですけどもー。

「あの神官コワすぎません? 正直狂信者とかいうレベルじゃないですよー、病みまくってて」

「笑いながら言うことなのかしら、ソレ」

 いつまで死体のフリしてりゃいいかな、まあ埋葬しようって話になるだろうから、勇者たちが門くぐった後で土の下からこんにちはすればいいやと、のんびり転がっていたら。神官に無言でぐわしと腕をわしづかみされてそりゃもうびっくり。スライムちゃんたちも凍りついておりました。

 ぐわし、ポイ! そんな擬態語ピッタリにスライムちゃんが一体、ひっぺがされて。その時点でトンズラこいてりゃよかったんだよねえ、今思えば。

 無言のまま、ポイポイ全部スライムちゃんとひっぺがされちゃえば、まあ流石の私も焦りますとも。スライムちゃんたちの擬態がなければ、私はどう見てもピッチピチの堕天使ちゃんだもの。

 これはもう死んだフリやめて逃げるか、作戦変更ー、って、のんきに念話でスライムちゃんたちに指示出ししてたのも、失敗だったよねー。

『ああ、ジャンヌ……!』

 そんな、震えまくった声が聞こえたのと、神官に抱きつかれたのはほとんど同時。

「そのまま号泣されたんですよー。びっくりしますよねー」

「こっちはアンタのそのヒトゴトっぷりにびっくりよ」

 おや、せっかく説明したのに、我が君の声が冷たい。

「……で。そこから何をどうすればそんな愉快な状況になるわけ?」

 そんな、とはひどい。これ、一応神殿の採鉱技術の結晶っぽいのに。

「妖精族でもあるまいし、そんなしけた水晶に閉じ込められて。アンタには私の右腕っていうプライドはないの?」

「作戦変更ですよ、我が君。この有能な側近、転んでもタダでは起きないのです」

 手のひら大のクリスタルに私を封じ込めて、神官は愛おしそうに頬ずりしてきた。私? もちろん死んだフリ続行してましたがなにか。

「幸い、勇者一行は私のあの乳母(偽)姿を、先代魔王の呪いによって姿を変えられていたのだ、と勘違いしています」

「どうせその誘導もアンタがやったんでしょ」

「いえ、それが何故か、神官が勝手にそういう解釈を」

 そうじゃなきゃ聖女サマが魔王の娘をお育て遊ばす理由がないもんね、教会的には。真実をぺろっと白状するわけにもいかないんだもん、勇者たちにはそう説明するしかなかったに違いない。

「この水晶に入ったまま、勇者一行には我が君のもとに向かってもらいます。そうしてそれっぽいタイミングで呪いと戦って苦しんでるフリをするので、『あの乳母が聖女……!? どれだけ非道を行えばいいの、お父様!』とかなんとか、適当に絶望してくださいねー」

「私に求める要求、いきなり高くなってない!? ちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね!」

「大丈夫ですよお。これで少なくとも、我が君が魔王なんだ、ってことは勇者にも伝わりましたし」

 それをわかった上で、勇者がどうするのか。場合によっては私の本領発揮。いやあ、腕が鳴りますなあ!

「……ねえ、私、アンタにはこっちのことより、もっと気にしなきゃならないことがあると思うのよね」

「なんです、我が君。改まって」

「いくら婚約者相手だからって、アンタの入った水晶抱いて眠ってるそこの神官のこととか、その神官になんかがんじがらめに呪術一歩手前の魔術かけられつつあることとか」

「あはは、我が君ってば面白いんだからーもう」

 これからは病める時も健やかなる時もずっと一緒ですよ、なんて死んだフリ継続中の私に向かってうっとり呟いてたこととか、瑣末事じゃないですかやだなー。ジャンヌ、ジャンヌジャンヌジャンヌジャンヌ以下略エンドレスで名前連呼とか、泣きながら目を覚ましてください、どうか私を見て、なーんて懇願されようが、私は水晶の中なのである。実害? 騒音くらいじゃないですか?

「一応確認するけど、ソレ、ちゃんんと出られるんでしょうね」

「こんなの本気出せばちょちょいのちょいですよー」

「それでどうしてその状況に甘んじていられるのか、神経を疑うわね……」

 がんばんなさいよ、と最後に我が君が言って、通話が終わる。

 私も展開していた認識阻害の呪術を終わらせて、水晶の外に注意を向けた。

 結局、勇者が落ち着くまで時間がかかり、魔界入りは明日の早朝に変更された。かと言って出てきたばかりの砦――魔界からの侵攻を防ぐ、というのが建前。実際、活用されたことはほとんどない――に戻るのも難しいということで勇者ご一行は野宿中だ。獣避けの陣は神官が引いていた。

 その鮮やかな手際に、さすが次期神官長、なんて魔術師は揶揄半分賞賛半分に言っていたけれど。私はジルベール・コルティスと名乗った青年の寝顔に、深く深くため息を吐いた。

「あなた、どうしてまだ生きてるんです? ジルベール。もうあれから、百年近く経っているハズなのに」


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