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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
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依頼人と小さなミス





 一週間後、香織から「改めて正式に依頼をしたい」と連絡を受けた。

香織の恋人である人物がきちんと理解し納得した上で受け入れたのならば、こちらとしても引き受けない理由はなかった。

一つ問題があるのなら、それは彼女の婚約者が現在入院中で、榊の勤めている病院に入院しているということだ。

あの病院に弟が行くことを是とするだろうか。

今からもう、頭が痛くなってきてしまう。

しかし一度受けると決めた以上、反故するわけにはいかない。

とりあえず僕は、一人で彼らの元へ行くことにした。

改めて本人から話も聞かなければならないだろうし、香織から聞いた限り彼の願いが幼少期のトラウマのようなものであるのなら、カウンセリングで幾ばくか解決出来ないだろうかと思ったのだ。

何故だかこの件に関して僕は酷く気が重かった。

しかし一旦引き受けたからには達成せねばならない。どんなに気が重かろうがこれも仕事だ。


僕は病院に足を踏み入れる前に両頬を思いっきり平手で叩くと、一歩を踏み出す。

入口のエントランスホールにはいくつかの自販機が並べられている。

何となく落ち着かないし何より喉が渇いているような気がした。

その前で立ち止まると僕はポケットに手を突っ込んだ。小銭入れを取り出すとジャラジャラと小銭が入っているその中からいくつかを選び、小銭を入れてコーヒーのボタンを押した。

大きな音をたてて受け口に落ちてきた缶コーヒーを取り出すとプルトップを引く。

口をつけ飲もうとしたその時。

ドン、と腰の辺りに何かがぶつかってきた。


「わっ!」


 驚いて振り返ると僕の腰に男の子がしがみつくように引っ付いていた。

「パパ!」

「え・・?」

 目を丸くしていると男の子の母親らしい人物が慌ててこちらへ小走りにやってきた。

「マー君、その人はパパじゃないわよ。・・・本当にすみません。」

 ぺこりと頭を下げる女性に「いえいえ」と僕は笑いかけた。

「でも・・・」

 それでもすまなさそうな視線を向けてくる女性に、僕はその視線の先を追った。

「・・あー」

自分の手元に視線を向けて、やっと女性の視線の意味が分かった。

はめている手袋にコーヒーが零れてしまったのだ。


「すみません、うちの子がぶつかったから、ですよね。」


頭を下げると女性は持っていた大きなカバンの中をゴソゴソと探り出す。

中から綺麗なハンカチを取り出すと僕に差し出そうとしてくるので、慌ててそれを制した。

「気になさらないで下さい。洗えば落ちますから。」

「でも」

「本当に、大丈夫ですよ。」

 言いながら僕は嵌めていた手袋を外し、ポケットにしまった。

 僕と母親の間で立ち尽くしている男の子に微笑みかけると、頭を撫でた。


「お父さんを、迎えに来たの?」


ゆっくりとした語調で聞くと、不安そうにしていた表情を一変させニッコリと笑う。

「うん!パパ、ずっとここにお泊りしてたの。だけど、今日からおうちに帰ってもいいんだって!だから僕、ママとお迎えに来たの!」

「そっか、良かったね。」

「・・・おじちゃん、ごめんね。パパに似てたから、間違えちゃったの・・」

「気にしなくていいよ。ほら、早く行かないとお父さん待ちくたびれるぞ?」

「そうだ!ほら、ママ早く行こうよ!・・・おじちゃん、バイバイ!」

「バイバイ」

 満面の笑みで母親の手を引っ張っていく男の子に手を振ると、母親が振り返りもう一度だけ会釈をして、二人は病棟の奥へと姿を消した。

完全に母子の姿が見えなくなると、僕は小さくため息をついてから持っていたコーヒーを飲み干した。缶を捨てるとガシャンと音がする。


「・・・・さて、仕事仕事、と。」


妙に皮肉めいた気分に陥り、僕は少しだけ口元を歪めた。

そして野中の病室へと向かった。

 


言われていた病室に着くとそこには白衣を着た香織と、ベッドに足を吊るされた青年が横になっていた。

彼が香織の恋人であり、依頼者でもある野中秀文だ。


「初めまして。」


 声をかけると彼は少し強張った表情でぺこりと頭を下げた。

「所長さん、お一人なんですか?」

 香織が何を言いたいのかに気付き、僕は唇の端に笑みを浮かべると、真っ直ぐに彼らを見た。

「今日はカウンセリングを。」

「カウンセリング?」

「ええ。色々手順を経て話を聞かせて頂いてから夢を見てもらいますから。」

僕は用意されていたベッドサイドの椅子に腰を下ろした。

香織は仕事中らしく、小さく頭を下げると早々に部屋から出て行った。

病院の個室に男二人が残された。

僕は野中をジッと見つめる。

あらかじめ香織から聞かされた限りでは、およそ自在に夢を見られるなどと聞かされても信じるタイプではないらしい。

実際に対面した今、彼から滲み出る男気質は初対面の僕でも感じ取れる程なのに、その彼があからさまに胡散臭い僕たちを何故信用する気になったのか。


「あなたは望んだ夢が見られると聞いて、信じられますか?」


声に色を付けず、僕は淡々と言った。

彼は無表情のまま唇を僅かに噛む。


「正直・・・あまり信じてはいません。仮にそんな夢を見られたとしても、夢は夢でしかないでしょう。俺は、これに何の意味があるかは見出せていない。・・・でも、あいつが。香織がどうしてもと言うので」


彼女の押しの強さは僕も目の当たりにしたので良く知っていた。

容易に想像できる二人のやり取りを脳裏に浮かべ、僕は苦笑した。

恐らく問答無用で香織に押し通されでもしたのだろう。

「納得はしていないけれど、それでもあなたは受けることにした。」

「・・・・・」

「別にそれでいいと思いますよ。あなたの言う通り所詮は夢なんです。全ての事象に意味や意義を見出さなくてもいい。ただ、僕たちがお見せする『夢』に・・価値が無いわけではない。」

野中は困惑したような表情を浮かべた。僕は続けた。

「あなたの望みは死者であるご両親に会うことです。現実世界では不可能なことですが、単純に考えて・・・夢ならば出来ると思いませんか?」

「・・・・ええ」

「では会うだけでなく話せたら?触れ合えたら?もちろんそこにあなたの意思もある。意思を持って会話も出来る。そんな夢を、僕たちは提供させてもらっているんです。」

はたから聞いていれば詐欺商法のようなセリフに、僕は自分で言っておきながら内心笑っていた。

こんな言葉では何も伝わらないのは百も承知している。


 実際に夢を見るまでは、ほとんどの人は半信半疑なのだから。


「たとえ今、あなたが僕の言葉を何一つ信じていなくてもいいんです。僕たちも、あなたを救いたいわけではない。ただそのきっかけを作るだけです。全てが終わったその後に、見た『夢』をどう思いどう受け入れるかは、あなた次第なんです。」


 野中は僕の言葉を聞き終えると神妙な顔つきになり、俯いた。そのまましばらくの間沈黙が続いたが、ふと野中が顔を上げた。


「本当に会えますか。」


 目の奥が揺れていた。

「ええ。必ず会えます。」

 きっぱりと僕が言うと、野中はほんの少しだけ笑みを浮かべて見せた。

「あなたに夢を見ていただく為に、必ず用意してもらいたいものがあります。」

「何でしょう。」

「亡くなったご両親の遺品を、当日までに用意しておいて欲しいんです。もし可能ならば事前に預からせてもらえたら助かります。」

「遺品・・ですか?」

「ええ。正真正銘、あなたのご両親に会って頂く為に必要なんです。」

 すると野中は少し考え、そしておもむろにサイドテーブルの引き出しの中から何かを取り出した。

 チェーンに通された指輪が二つ、野中の手の平の内にある。


「父と母のものです。これでは駄目ですか?」


 鈍い光を放つそれは、おそらく大切に保管されていたのだろう。くすみ一つなかった。

 僕は頷き、それに手を伸ばした。

「大丈夫ですよ。しばらくお預かりしても?」

「構いません。」

言葉と同時に野中が僕の手の平にスルリとそれを落とした。

チャリ、と微かな金属音が鳴る。

野中の手の中から僕の手に落ちてくる金属。

それを何でもない物を受け取るかのように僕は無防備に構えていた。

ハッとしたのは指輪が僕の手の平に触れる直前だった。


手袋をしていない。


しまった、そう思ったがもう遅かった。

「・・・っ!」

それが手の平に触れた瞬間。

ガン、と頭を鉄の棒で殴られたような衝撃を受け、僕は苦痛に顔を歪めてしまう。

声を押し殺せたのは奇跡に近かった。

頭の中をキリでぐちゃぐちゃにされているような激しい痛みに襲われ、僕は苦痛に呻き椅子から崩れ落ちた。

「大丈夫ですか!?」

野中の声が遠くに聞こえてくるが返事など出来る状態ではなかった。

手に持っているものを放せば解放される、分かっているのにまるで凍ってしまったかのように手は中にあるものを掴んで放そうとはしなかった。

「どうしたんですか!」

焦りを帯びた野中の声が耳に届く。

しかし答えたくとも襲い来る痛みに呻き続けることしか出来なかった。

そのまま床に蹲り痛みに耐えていると、忙しない足音が遠くから聞こえてきた。

直後、扉を開けるような音。

この辺りから僕の意識は遠のき始めていたようで、周りで何が起こっているのか理解出来ずに居た。

ただ、痛みとなって襲い掛かる『彼ら』の激情を必死に受け止め続けるだけだった。


その時。


「おい!」

突然、ぐいと体を起こされ耳元に怒鳴りつける聞き慣れた声に、薄っすらと目を開く。

そこには榊が居た。

「どうしたんだ!」

「・・・さ、か・・き」

額から脂汗を流しながら僕は必死になってそれを握り締めている手を持ち上げた。

それで全てを察したのか、榊は強引に僕の手を開くとチェーンを引き剥がす。

プツリと糸が切れるように、『彼ら』の想いの波は僕の中から消え去る。

解放され、安堵から僕は浅く震える息を吐いた。


「馬鹿か。」


怒りとも呆れともつかない榊の声が降ってきて、僕はゆっくりと顔を上げた。

「・・・・ごめん、油断・・した」

そう言ったところで、僕の意識は途切れてしまった。







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