記憶の中の少女
「つまり、あなたの恋人に亡くなったご両親の夢を。それが依頼の内容でよろしいですか?」
「はい。」
応接室で向かい合い、僕は田島香織の依頼内容を聞いた。
極めて簡単な内容に僕は少々拍子抜けをした。あれだけ食い下がったのだからもっと難解であると思っていたのだ。
「理由をお聞きしても?」
「・・・・・」
香織は俯き、少しの間沈黙した。
そして再び顔を上げると何かを決心したかのような、決意のようなものがその表情にはあった。
「詳しい事は話してはくれなかったんですが、ただ・・・どうしても会って話がしたいみたいなんです。聞きたいことと、伝えたいことがあって、そうしなければどうしても前に進めないと。」
「彼に、僕たちのことは話しておられますか?」
「いえ、非現実的なことを・・・あまり信じる人ではなくて。すみません。ただ、亡くなった人に会いたいと願うこと自体がもう非現実的なことだから、解決するにはこちらしかないって、思って。」
「・・・そうですか。」
なるほど、他に手段がない為にあそこまで食い下がったのか。
彼女の言う通り、彼女の婚約者の願いを叶えることが出来るのならば、それはおそらくここだけだろう。
非現実的には非現実的をもって迎える。
考え方として道理に適っているような気もする。
「些細なことだと思うんです。ご両親が亡くなった時、彼はまだ小学生でそんな大きな問題なんて抱えていなかったはずなんです。」
香織は眉を寄せると指を絡めるように手を組んだ。
それは小さな事柄に固執する恋人を責めているように、僕の目には見えた。
「大事か小事かは本人にしか決められません。どんな些細なことでも乗り越えられない人は乗り越えられないんですよ。」
僕の言葉に香織はハッとした様子で顔を上げ、唇を噛んだ。
だからこそ、僕らのような生業の需要があるのだ。人から見ればインチキとも取れるような、
「望みどおりの夢を見させてくれる」店なんて。
「あなたの恋人の野中秀文さんに、必ずこの件を伝えて下さい。ご本人の了承なしに夢を見させることは出来ません。」
「分かっています。」
「了承が取れたら依頼を遂行します。」
「はい。」
香織は真剣な眼差しを僕に向け、強く頷いた。
「もし万が一了承が取れなかった場合は、契約破棄となります。よろしいですか?」
「・・・・はい。よろしくお願いします。」
深く頭を下げる香織を、僕は見つめた。
本人が望んでいたとしても、他者が勝手に、それも強引に進めていいことなど何一つない。
それが最後の手段であったとしても。
「料金に関しては、奥園から説明を受けて下さい。」
「分かりました。・・・・あの、一つだけ聞いても?」
「何でしょう。」
「夢を見させてくださるのは所長さんですか?」
その問いに僕はサッと心が黒く塗りつぶされたような気分になってしまった。
不快から、皮肉めいた笑みを彼女に向ける。
「違いますよ。」
言い捨て席から立ち上がると後ろも振り返らず僕は応接室を出た。
外へ出ると待機していたまどかに後を引き継ぎ、僕は事務所を出た。
そして階段を更に上り、四階の自宅の扉をくぐりリビングのソファに倒れこむ。
悪気の無い好奇の眼差しが向けられることには慣れているはずなのに、ふとした拍子に苦しく感じる時がある。
当人でない僕でさえここまでうんざりするのならば、当人は一体どれだけのストレスを受けているのか。
僕はポケットから携帯電話を取り出し、かけ慣れた番号に発信した。
数コールの後、相手が出た。
「僕だけど。」
電話の向こうからは喧騒が聞こえてきて、またいつものパチンコかと思う。
相変わらずだなぁなどと思いつつ、向こうのおざなりな返事を聞いてから、
「仕事が入る。打ち合わせするから帰って来い。」
それだけ告げると僕は通話を切った。
体を起こし大きく伸びをしてから立ち上がると、僕は自宅を出て階下の事務所へと戻った。
「所長。」
戻った途端、まどかに呼ばれ事務所の奥へ行くと僕のデスクの上に三つの束に分けられた紙が置いてあった。
「何。」
「右側から、受けた方が良さそうな案件です。」
「・・・ああ」
榊からの依頼分を振り分けてくれたのか。僕は一番右の束を手に取り目を通し始めた。
「副所長はどうされたんですか?」
ざっと目を通し、次いで真ん中の束を取り書面を見ていると、まどかがそう言ってきた。
「副所長殿はいつものパチンコですよ。」
「・・どうして副所長を自由にさせるんですか?」
声には棘があった。僕は顔を上げた。
「急にどうした?」
「急じゃありません。所長、この際だから言わせてもらいますけど、副所長に甘くないですか?」
「この際って何。別にパチンコくらいいいじゃないか。うちで一番の重労働者なんだから。」
そして再び手元の書類に目を落とす。
「確かに夢を見せることが出来るのは副所長だけです。だけど」
まどかは憤慨していた。彼女が副所長と呼ぶ男を実は嫌っていることを、僕は知っていた。
だからと言って顕著に差別を表す馬鹿な女性でないので、雇っているのだけれど。
「僕は、僕の弟だからって理由であいつを甘やかしてないし、そもそも甘やかしなんかじゃない。他者に夢を見せることは、君が思っている以上に大変なことなんだよ。」
持っていた書類を一つにまとめると僕は弟のデスクの上に放った。そして残りの一束を手に取り目を通していると。
「違います。大変なのは所長の方じゃないですか。」
「・・・・今日はやけに饒舌だね。」
「だってそうじゃないですか!所長の方がずっと辛いのに!」
僕は再度顔を上げ、まどかを見る。彼女の頬は紅潮し、僅かに目が潤んでいるようにも見えた。
「だから『僕宛』の依頼が一番左側にあるんだ?」
僕は持っていた紙を反対の指でトントンと叩いた。
「・・・・・・っ」
「君を雇う時に言ったよね。ここで見聞きした出来事を口外しないこと、僕らを差別しないこと、必要以上に口を挟まないこと。・・・・この意味分かる?」
「・・・所長」
「君は確かにここの社員だけど、厳密に言うと他人なんだよ。それを、踏まえておくように。」
まどかは僕の言葉に、悲しげに眉を寄せた。
「・・・・すみませんでした。」
それだけ言うと深く頭を下げ、自身のデスクがある仕切の向こうに姿を消した。
僕は手に持っていた自分宛の依頼を引き出しにしまい、その足で応接室へと入る。
ソファにごろりと横になり側にあった雑誌を顔に伏せて目を閉じた。
妙にイライラしている。さっきのまどかへの態度は八つ当たりに近いものがあったかもしれない。
すまない気持ちを覚えつつも、どうしても気分が晴れなかった。
突発的な依頼が調子が乱れたのもあるかもしれないし、何より榊に会った日は精神的に磨耗するのだ。
榊に問題があるのではなく、僕はあの場所が嫌いだった。
弟などもっと嫌いで、徹底してあの病院を避けていたりする。
あの場所は嫌いだ。
あそこには僕たちの『罪』がある。
思い出したくないのに、あそこへ通わなければならない限り嫌でもその事実を突きつけられる。
忘れるなと言われているようだった。
「・・・・十二年、か。」
榊に言われても、そんな実感はなかった。
あの日、あの時から僕たちの時間は止まってしまっている。
前に進めないのだ。あの日から、僕たちの誰もが立ち止まったままで、その事実が近頃妙に重く圧し掛かってきて、息苦しさすら覚えていた。
忘れたい記憶。
失いたくない思い出。
「・・・・由妃奈」
君がこんな僕たちを見ていたら、何て言うだろうか。




