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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
7/30

正規の依頼と彼女の依頼



ザワザワと人の気配はそこかしこにあった。僕は病院の白く長い廊下を歩きながら、時折すれ違う看護師達からの会釈に笑みを返しつつ、目的の部屋へと向かっていた。

 そこは本来ならば関係者以外立入り禁止なのだろう、ミーティングルームとおぼしきその部屋はもう何度訪れたのかは分からない。

 扉の前に立ち、ノックをすると聞き慣れた声が返事をしてくる。

無言のままに扉を開けて中に入り部屋の中央まで歩いて進み、立ち止まる。

 窓際に立っている、白衣を着た大きな男が振り返った。


「久しぶりだな、先生。」

「そっちこそ、久しぶりだね。先生。」


つい一ヶ月前に会ったにも関わらず、この目の前の男はいつだって捻くれた言葉を投げかけてくるのだ。

精悍な顔つきを皮肉めいた笑みで覆い、いつだって本心など見せない。

この榊と言う男は昔からそんな男だった。

「さて、今月分だ。」

 大きな茶封筒を差し出す無骨な手が僕に向けられる。

「いつもより件数は多いが、全て受ける必要はない。どうするかはそちらに任せる。」

「・・・・分かった。」

僕は差し出された封筒を受け取ると持っていたカバンに入れた。

用件はこれだけ。なので、僕は「じゃあ」と榊に背を向けた。

真っ直ぐに扉に向かって歩き出すと、


「おい。」


 と声をかけられ引き止められる。渋々振り返ると榊は唇の端だけを吊り上げたような、嫌な笑みを浮かべていた。次に発せられる言葉を察し僕が不機嫌な表情を浮かべると、榊は更に皮肉めいた笑みになる。

「会って、いかないか。」

「・・・・顔も見たくない。いつも言ってるだろう」

「もう何年経つと思う?」

「・・・・・」

「十二年なんてあっと言う間だった。これからも、早いんだろうな。」

「何が言いたい?」

「まだまだこれからも長い付き合いになるってことだ。」

「その件はそっちに任せるよ。もう、僕には関係ない。」

そう吐き捨てると僕はそのまま部屋を出た。

通り慣れた病院の廊下を真っ直ぐに出口に向かって歩き始めると、後ろで扉の開閉する音が聞こえ、足音がついて来る。


「おい、先生。」

「・・・・」

「おいってば。」

「何か用?・・・それと、その先生って呼ぶのやめろよ。」

「いいじゃないか、ついこないだまで先生をやってたのは事実だろう。」

「もう二年も前の話じゃないか。」

しつこく呼び止める榊に僕は苛立ちを隠さず立ち止まり振り返った。

すると追いついた榊は手に持っていた物を僕に手渡してくる。

さっき受け取った茶封筒より小さな、普通サイズのよくある封筒だった。

「何。」

「弟に渡してくれ。」

「・・・自分で送れば?」

「今、お前が居るのにどうしてわざわざ郵送しなきゃならんのだ。じゃあ頼んだぞ。」

 それで自分の用件が全て済んだのか、榊は僕を追い抜くと後ろ手に手を振りながら廊下の角を曲がり、姿を消した。つくづく、勝手な男だと思う。

 この仕事の依頼だっていちいち書面に起こしてそれを手渡ししなくても、メールでデータを送ってくれば済む話なのに、榊はいつだって自分のやり方を変えようとはしない。

 あのマイペースにいつまで付き合わねばならないのか。考えるだけで気が重かった。


「・・・・・帰ろう」


 月に一度、ここを訪れた日はどっと疲れが出る。盛大なため息をつくと、再び僕は歩き出した。

 病院を出るとバスのロータリーになっているひらけたその場所には老若男女を問わず、たくさんの人が歩いている。

良い天気だった。ここへ来るのでなければ気分も良かっただろうに。

そんな事を思いながら駅に向かって歩き出した、その時。

「あの!」

 突然背後から少女の高い声が響いた。誰かを呼び止めるその声に、立ち止まり振り返るとその付近に居た人々の多くが僕と同じように振り返っていた。

声を発したのは数駅向こうにある高校の制服を着た少女だった。

肩まであるストレートの黒髪が風に吹かれてさらさらと舞っている。

注目を集めてしまったのが恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になってしまっている姿が可愛らしかった。

その少女は真っ赤な顔をしたまま、真っ直ぐ僕に向かって手を差し出してきた。

その手には茶封筒がある。よくよく見て、それは自分が落としたものだという事に気がついた。


「ありがとう。気付かないところだったよ。」


 ゆっくりとその少女に近づき手を差し伸べる。封筒を受け取り、笑みを向けた。

「お見舞い?」

「あ、はい。兄の・・」

「そう、お大事に。」

 もう一度微笑みかけ、僕は踵を返し歩き出した。





ーーーーーーーーーーー





それは事務所のある雑居ビルに戻り、部屋に続く階段を上ろうとした時だった。

「あの!」

 間違いなく僕の背に投げかけられた言葉だと気づき、今日はよくもまあ、同じようなシチュエーションに遭遇するものだと思った。振り返ると今度は二十代後半だろうか、若い女性がビルの入り口に立っていた。

 さっき入る前にすれ違った、このビルの入り口に立っていた女性だと気がつく。

「何か。」

「あの・・・・・あの、夢を見させてくれるお店の方ですか?」

 女性の言葉にスッと目を細め彼女を見つめた。

 僕は少々特殊な仕事に就いている。別に自慢するようなものでもないが、しかしあまり公に広まると面倒くさい思いをすると知っているが故に、完全な紹介制度を取っていた。

 主な紹介者は榊からで、さっき預かった封筒がそうだった。

「どなたかの紹介でいらしてますか?」

「いえ、違います。でも・・・」

「それならばお帰り下さい。」

 人の口を完全に封じることは出来ず、誰かから聞いたのかたまにこんな人間が僕の前に現れたりもするのだが、彼女に取り付く島を与えずばっさりと切って捨て、僕は正面に向き直ると階段を上り始めた。

しかし彼女は諦めなかった。ヒールの高い足音をカンカンと響かせ、僕を追いかけてきたのだ。


「待って下さい!話だけでも」

「どんな場合でも例外は作らないとことになっているんです。御用ならば紹介者と一緒にお越し下さい。」

「それは無理なんです!何とかお願い出来ませんか?」


女性は食い下がった。僕が三階にある事務所に着きドアを開け中に入ってもその女性は諦めなかった。


「こちらしか頼れる所が無いんです!」


廊下に立ち尽くし、悲壮な表情を浮かべながら女性は半ば叫ぶように言った。

事務所内はシンとしたが、その声を聞きつけたのか物陰から事務員の奥園(おくぞの)まどかがひょっこりと顔を出し、

「所長、どうかしたんですか?」

と呑気そうに言う。張り詰めかけた空気がフッと和らぎ、僕は深くため息をついた。

「何でもないよ。こちらはすぐにお帰りになるから。」

「お話を聞いていただけるまでは帰れません。」

「紹介でお越しならいくらでも話は伺うと言っているんです。」

 振り返りきっぱりと言い切る僕に、女性は悔しそうに顔を歪めた。

そんな僕とその女性の押し問答を見ていたまどかは「あれ?」と怪訝な顔をする。


「もしかして香織?」


彼女の発した意外な言葉に僕らはほぼ同時にまどかに視線を向けた。

するとまどかを見たその女性は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、

「・・・・・・・・・まどか?」

漏らす様に言った。それで確認が取れたのか、まどかは僕を押しのけ扉の前にまで歩いて行き、間近で彼女の顔をもう一度まじまじと見つめる。

「やっぱり香織だ。どうしたのこんなトコで。」

「まどかこそ、ここで何してるの?」

「何って、ここが私の職場だもの。で、香織は?」

「私は・・・こちらに依頼があって・・・でも」

 そこで言葉を切ると女性はちら、と僕に視線を投げかけた。

「突然押しかけたものだから・・・・」

 この時僕は嫌な予感を覚えた。

なんだか先の展開が予想出来てしまったのだ。

まどかは聡い女性だ。僕と彼女を交互に見比べ、そして一瞬で事態を察したのだろう。

「ああ、うち紹介制だからね。香織、紹介者居ないの?」

「・・・うん。」

残念そうに俯く女性、香織に共感したのか、まどかは侮蔑を交えた視線を僕に投げかけてくる。

僕はそれを受けつつも大きく咳払いをした。


「悪いけどどんな時でも例外はないよ。」


 再度きっぱりと言い切る。するとまどかはニッコリと微笑んだ。

「あらやだ所長、紹介者ならいるじゃないですか。」

「たった今、彼女自身がいないと言っただろう?」

「もうー、所長の目は節穴なんだから。」

予感的中。僕は苦虫を噛み潰したようにしかめっ面を浮かべた。そんな僕に追い討ちをかけるように、楽しげにまどかが言う。

「目の前に、いるじゃないですかー。私ですよ、わ・た・し。」

「・・・・・・っ」

まどかの勝ち誇った笑みは最強で、これまで一度も勝てたためしはない。

僕は早々に白旗を掲げたのだった。

せめてもの意趣返しに髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してから、たった今依頼者となった香織に向き直る。

「どうぞ、お入り下さい。」

奥へ促すように手を差し伸べると彼女の表情から不安が消え、ホッとしたような笑みが浮かぶ。

何故だかそれが救いのようにすら思えるのはどうしてなのだろう。


ついたため息は思いの他深かった。







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