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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
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田島香織≪手に入れたきっかけ≫





「・・・・・・・元気そうね、秀文。」


 息を切らせながら病院に着いた香織は真っ直ぐに秀文のいる病室へ向かった。

走ってはいけない廊下を全力で走り抜け、たどり着いた病室に恋人の姿はあった。

その姿を見た後、開口一番の香織のセリフがそれだった。


「おう香織、早かったな。」


 秀文は確かに包帯でぐるぐる巻きにされ、足はギプスをはめられ吊るされており、身動き一つ取れなさそうな状況にあった。

重傷には間違いないが、

「意識不明の重体ではないわよねぇ、文。」

 チロリと視線を投げかけると文は首を竦めた。


「運ばれて来た時は血だらけで意識がなかったのよ・・・本当にごめんってば。」


 本当に申し訳なさそうな声で体を縮こまらせながら文は俯いてさえしまっていた。

要するに文の早とちりだったのだ。普段から少しおっちょこちょいな文は、知人である秀文が血まみれで運ばれて来たのを見て相当びっくりしたようで、パニックになってしまったらしいのだ。

 シュン、と縮こまり平謝りする文に香織は盛大にため息をついて見せた。

「まあ・・・・文が悪い訳じゃないものね。連絡、くれてありがとう。」

 肩をポンポンと叩くと文は「ごめんね」と小さく呟き体を小さくしたまま病室から出て行った。

それを見送ると香織は秀文に向き直る。


「まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかったわ。」


 苦笑しながらベッドの端に腰を下ろした。

きし、と音を立てるベッドも気にせず香織は身動きの取れない秀文に顔を近づけると深く唇を重ねる。

温もりが伝わってきて、体から緊張が解けていくようだった。


「でも、良かった。あなたが生きていて。」

「・・・・ああ、悪かったよ。」

「おじいちゃん達には私から連絡を入れておくわ。帰省は当分延期って。」

「頼む。」


 これも何かの思し召しだとしか思えないのは、女の考えだろうか。何かに阻まれた気さえしてしまう。


「ねえ。結婚の挨拶も、怪我が完治してあなたの気持ちに決心がつくまでは延期にしよう。きっとそうした方がいいのよ。」

 これで良かったのかもしれない。怪我を負っている秀文には悪いが、さっきまでと違って自分の心はこんなにも穏やかになっているから。

「・・・・香織」

「待てるわ、私。だからきちんと解決してから進もう。」

「だけど」

 香織の本心を知っている秀文が香織の言葉を聞いて、困ったように眉を下げた。

きっと申し訳ない気持ちの中に、ほんの少しの安堵を覚えているのだろう。

香織はクスッと笑いながら、


「私はそれでいいんだけど、あなたはどう?」


 目深に秀文の顔を覗き込みながら聞いた。

擦過傷だらけの顔は痛々しいけれど、香織の言葉を聞いた秀文の表情から、少しずつ迷いが消えて去っていく。

そして、秀文は穏やかに笑った。


「・・・・ありがとな。」


 近距離で視線を交わしながら二人は微笑みあう。コツ、と額をくっつけると互いの息が頬を掠めた。温もりが愛おしい。

 そっと目を伏せると自然と唇が重ね合わさり、触れ合うだけのキスを何度も繰り返した。

 生きて側にいてくれるのなら。今は他には望まない。

 長いキスを終え、名残惜しくも顔を離すと香織は壁にかけてある時計を見た。

針は十時を指そうとしている。

途端に秒針が時を刻む音が耳に飛び込んできて、香織は思い出した。


「おばあちゃんに電話しなきゃ!」


飛び上がりサイドテーブルに置いていたカバンを手に取るとドアへ向かって駆け出そうとする。

それをふと思い留まる様子を見せたかと思うとくるりと踵を返し秀文の下へと戻った。

「なに?」

 苦笑を浮かべていた秀文が問うと香織は彼の顔に自分の顔を近づけた。

「忘れもの。」

 そう言うともう一度だけキスをして、香織はじゃあね、と秀文に手を振りながら病室を後にした。

早足に病院を出ると、香織は歩きながら秀文の実家に電話をかけた。

数回のコールの後、聞きなれた彼の祖母の声が受話口の向こうから聞こえてきたので香織は明日行けなくなった旨を伝えた。

事情を説明すると彼の祖母は心配そうな素振りを見せたが、大事ではないことを告げ、元気になったら必ず顔を見せるからと約束をすると納得をしてくれた。

香織は最後にもう一度「ごめんね」と付け加え、電話を切った。


その足で駅へ向かいながらもう一つのことについて考えを巡らせていた。

駅の改札口をくぐりホームに入ると電光掲示板を見る。次の電車が来るまで十分程時間がある。


「さて・・・どうしようか。」


 秀文の問題をどう解決すれば良いのか、香織は思案した。普通に考えていては駄目なのだ、何せ普通の問題ではないのだから。

 もしこれが本当に解決出来るのだとすればそれはもう現実などではなく、


「夢みたいな話だわ。」


 非現実的な問題。むしろ、彼の心の葛藤・・とでも言うべきだろうか。

 香織は携帯を取り出しインターネットに繋いだ。ワード検索をかけようとして、頭の中にいくつかの言葉を浮かべる。

 どうすれば彼の望みが叶うのか。考えて考えて、香織はいくつかの言葉をそこに打ち込んだ。

そして検索をかけては現れた結果に落胆をして言葉を消す。何度も何度もそれを繰り返しているとあっという間に時間は過ぎ、やがて轟音と共にホームに電車が入ってきた。

 風に煽られて靡く髪を押さえながら香織は開いたドアから電車内に乗り込むと空いていた席に座った。

 結局とっかかりになるものさえ見つからなかった。

携帯の電源を落とすと、香織は顔を上げた。電車内はサラリーマンやOLなどで半分の席が埋まっていて、ちらほらと学生も佇んでいた。

斜め前の席には妹の和歌子と同じ制服を着た少女が二人座っている。

 こんな時間まで塾なのだろうか。


「最近の学生は大変ね。」


 彼女らに聞こえないように呟くと、目の前の少女達がおしゃべりを始めたので、俯きながらついそれに聞き耳を立てていた。

 その少女の話は実に突拍子もなく、いつもの自分なら笑い飛ばしてしまうような、稚拙で有り得ない夢の話だった。しかし聞いていくうちに香織はその少女の話を食い入るように聞き入ってしまっていた。


 そこにあった一つの可能性に体が震える。


 そうだ、現実的でない問題なら現実でない所で叶えられないだろうか。

「・・・・夢・・」

 そもそも夢みたいな話なのだ。だったら。

 香織は顔を上げた。さっきまでの場所に少女達は居らず、慌てて辺りをキョロキョロと見回す。

すると次が降りる駅なのだろう、少女達は近くの扉の前に立っていた。

 あまりに考えに耽っていたので、電車のスピードが落ちている事にも気付かなかった。香織が立ち上がると同時に電車はホームに停車し、扉が開く。

香織の存在を知らない少女達はそのまま降りていってしまう。


「待って!」


 人目も憚らず叫び、電車を飛び降りると少女達の後を追うように走った。

今が夜で、人ごみでないことが幸いした。すぐに追いついた香織はその少女の腕を強く掴んだ。

「ちょっと待って!あなた!」

 突然腕を掴まれた少女は振り返り、怯えた視線を香織に向けてきた。表情は強張っている。


「お願い、さっきの話、もっと詳しく聞かせてくれない?」


 唖然とした少女の表情が凍りついたように固まっている事に、ついに香織は気付かないままだった。





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