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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
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≪最終話≫ 君と生きる未来






僕と由佳は少し離れた場所から香織たちを見ていた。

たくさんの人々が主役の二人を祝福する姿が、どこか現実味がなく思えてしまう。


幸せに満ち溢れたこの場所にいても、ここまで来ても、僕は何も変われないのか。


ふと、式の招待客の中の一人がこちらに視線を向けてくる。

見覚えのないその人物は僕たちを凝視すると、一呼吸置いてからこっちへと歩いてきた。


「あ」


由佳が声を上げた。

「・・・知り合い?」

「お母さんを担当してくれた弁護士さん。榊先生の友達だって・・・、先生のお葬式で会って聞いたの」

「・・・榊の知り合い・・」

人の良さそうな顔をしたその人物は僕たちの前までやってくるとニコニコと笑みを浮かべながら頭を下げた。

「やあ、由佳さん。今日はいつもに増してお綺麗ですね」

「・・・そんなことないです」

薄っすらと頬を染める由佳の姿に、その人物は更に笑みを深くした。

「こちらは由佳さんの恋人の方ですか?」

「そ、そんなんじゃないです・・・」

 顔の前でぶんぶんと手を振り、一気に顔を朱に染めると由佳は俯いてしまった。

「初めまして、和久利と申します」

和久利と名乗った僕よりも幾ばくか年上に見えるその男性は体をこちらに向け、人好きのする笑みを浮かべ、名乗った。

「・・・ご丁寧にどうも。青柳です」

手を差し出すと和久利は僅かに目を見開いた。

そして僕の顔を繁々と見てくる。

「・・・・何か?」


「もしかして・・・・青柳、穂紬さんですか?」


「・・・・そうですが、どこかでお会いしたことが?」

一度会った人の顔を覚えるのは得意なのだが、さっぱり記憶にない。

僕は差し出していた手を下ろすと和久利を凝視した。

すると和久利は「いえいえ、お会いしたことはありませんよ。」と苦笑する。


「不躾にすみませんでした。そうですか、あなたが。・・・・ああ、確かに面影がある」


うんうんと頷く和久利はどうも僕の存在を知っているようだった。


「昔、あなたの写真を見たことがあるんですよ」

「・・・・・僕の?」

「ええ、私は榊とは下宿先で部屋が隣同士だったんですが、よく顔を会わせる内に意気投合をしましてね。その時酒の席で見せてもらったんです。多分あなたが高校生の時ではないかと思いますよ、制服を着ていましたから。そして、可愛らしい少女と一緒に写っていました」

由妃奈との写真だろうか。

確かに由妃奈とは携帯の写メで時々写真を撮ったことがあったけれど、まさかそれが榊に渡っていたなんて思いもしなかった。


「目に入れても痛くない、大事な妹さんだと言っていましたよ」

「ええ、年が離れていたせいか、とても大切にしていましたから」

「そして一緒に写っているあなたのことを、自分の義弟になる男だと言っていました」


「・・・・え?」


「『あいつになら由妃奈を預けられる』と、たった一度だけですがそう言ったことがあります。何故かそれがとても印象的で・・・よく、覚えています」


そんな。

そんな、馬鹿な。

僕は全身がわなわなと震えるのが抑えられなかった。

だってそんな素振り、一度だって見せなかった。


和久利は言葉を切ると「ちょっと待っていてくださいね」とどこかへ行ってしまった。

しかし僕はそれどころじゃなかった。

頭の中はもうグチャグチャになってしまっていて、何も考えられないのだ。

ずっと利害だけの関係だと思っていたのだ。それ以上も以下もなく、ただ互いの目的の為だけに。

それなのに。


「・・・・榊が?」


ひたすら呆然とし立ちつくす僕を案じたのか、由佳が「穂紬さん」と声をかけてくる。

ハッと由佳を振り返ると、心配そうな表情をしている。

彼女の存在を感じ、僕の体から緊張が抜けていった。


「ごめん、変なところを見せたね」

「ううん。榊先生、穂紬さんのこと・・・そんな風に思ってたんだ。何だか嬉しいね」


嬉しい?

果たしてそうだろうか・・、もしそうだったとしても、それは和久利が昔に聞いた話であるし由妃奈が死んだ後は違ったかもしれないし、それが分かったところでもう榊はいない。


何を聞いても心が動かない。

体の真ん中に穴が開いてしまったみたいだ。


「すみません、お待たせしました」

小走りに和久利が戻ってきた。

その手には紙袋がある。


それを見て僕は心臓が掴まれたように息苦しさを覚える。


それに見覚えがあったのだ。


「あなたが青柳穂紬さんであるなら、これをお渡ししなければなりません」


和久利は額に浮いた汗をハンカチで拭きながら手に持っている紙袋を僕に差し出してくる。

僕はそれを受け取った。


「あなたに会ったら渡して欲しいと榊から託されていたものです。・・あいつが死んだ日に送られてきました」


和久利は少しだけ、苦しそうに顔を歪めた。

 

僕には見覚えがあった。

これはあの日、榊に頼まれ僕が送ったものだ。

その確信があった。


音を立てて紙袋の口を開け中身を取り出すと、それは更に白いビニールに包まれていた。

僕は丁寧にビニールを開き中のものをゆっくりと取り出す。


息を呑んだのは由佳が先だった。


「穂紬さん・・・それって」


何故これがここにあるのだろう。僕の頭の中は完全にストップしてしまった。


「・・・由妃奈さんの・・・・?」


 和久利から渡されたもの、それは僕があの日由妃奈に贈ろうと用意した純白のマリアベールだった。

あれは由妃奈の棺に入れてもらったので、もう存在しないはずなのに。


「・・・・・どうして」

 

掠れた声で僕は呟いた。


その時。

微かな声が僕の頭の中に響いた。

徐々に大きくなってくるその声は、間違えるはずもない・・榊の声だ。

僕がうろたえて由佳に視線をやると、由佳は察したのか僕の手をギュッと握り締めてくる。

 

これがきっと、榊からの最期の言葉になる。

僕の目から涙が零れ落ちていった。






ーーーーーーーーーーーーー







お前がこれを受け取るのがいつになるかは分からんがその頃俺はもうこの世にはいないんだろうな。

おそらく最期までお前たちに迷惑をかけたんじゃないかと思う。

本当にすまなかった。

俺はお前と有美がもう全てをやめたがっているのを随分前から気付いていたよ。

だが、どうしても俺の中の怒りが治まらなくて、いつまでもお前たちを巻き込んでしまっていた。

お前たちが前に進む未来を選び始めても、俺の中では何も変えられなくて前に進むなんて到底出来そうになかった。

だからお前と由佳が出会った時、もう駄目なんだろうと思ったよ。

そしてやはり本当にその通りになってしまうと、いよいよ終わりが近づいてきたと思った。

女がいるとやっぱり男は変わるもんだな、あの子と出会ってお前は良い風に変わっていった。

俺はそれを引き止めたくなかった。

だが俺自身の心を変えられないのはもう分かっていた。

だから、あいつを道連れに自分を終わらせようと思う。

このベールは由妃奈の棺から俺が抜き取っておいたものだ。

正真正銘お前があの時持って来たものに間違いない。

最初はただ単に、由妃奈の死を受け入れられずに棺から抜き取ったものだったが、いつからか俺の心の拠りどころになっていた。

幼い恋愛であったとしても、あの時のお前たちの気持ちは間違いなく通じ合っていた。

俺は心から添い遂げて欲しいと切に願っていた。本当にそう思っていた。

これが幸せだった頃の俺たちの象徴のようで、これがあったから俺はどん底まで落ちずに済んだと思っている。このベールが本当に唯一の、俺の救いだった。

だがもうその役目はもう終わりにさせてやりたい。

どうか、本来の使い方をしてやってくれ。

お前が由佳を好きなことは分かっているよ。

そして由佳もお前のことが好きだ。

苦しみを一緒に乗り越えたお前たちならきっと、共に生きていける明るい未来が待っているはずだ。

長い間お前たちをずっと見てきたが、実の弟妹のように思えてならないんだ。

だからもう幸せになってくれ。

お前たちが大切なんだ。


穂紬、由佳・・・幸せになれ。


有美にもそう伝えておいてくれ。頼むぞ。








ーーーーーーーーーーーーー









僕は涙を止められなかった。

涙腺が壊れてしまったんじゃないかと言うくらい、後から後から涙が溢れ出る。

由佳も号泣していた。

嗚咽を漏らし、しゃくりを上げて僕の腕を掴んで離そうとしない。


「・・・榊っ」


風が吹き、僕の手の中にある、綺麗にたたんであったベールがするりと震える指から抜け、ふわりと風に舞い広がる。

端を掴んだまま、僕は広がるそれを見上げた。

そして泣きながら僕たちは互いを見つめあった。

涙を拭いもせず頬を濡らしながら。


人は言葉にしなければ思いは伝えられない。


だけど今の僕たちに言葉はいらなかった。

言葉で伝えるのと同じ意味を持つものが手の内にある。

僕は微かに笑みを浮かべながら、そのベールを由佳の頭にそっとかけた。

由佳も涙を流しながら、静かに微笑んだ。

込み上げるものが抑え切れなくて、僕はきつく由佳を抱き締めた。

由佳も僕の背に腕を回し、泣きじゃくる。

 

どれくらいそうしていただろうか。


遠くからパチパチと拍手の音がし始め、それは少しずつ大きくなって僕たちを包んでいった。

僕たちが顔を上げると式の参列者たちがこちらを見て、微笑んでいる。



「由佳ちゃーん、受け取ってー!」



大きく手を振り香織がチャペルの階段からそう叫ぶと、持っていたブーケをこちらへ勢いよく投げた。 

弧を描きながら空に舞うブーケを見つめながら、僕は思った。


 

僕たちの未来がどうなるかは、まだ分からない。

けれど、とりあえず二人でお前の墓参りに行くよ。

遅いなんて怒るなよ、何せ今お前の本心を知ったんだ。

榊、僕たちは前を見て、進んでいくよ。

一歩一歩を踏みしめて、未来へ向かって歩き始める。

生きて行く・・・そして幸せになってみせるよ。

 


だから、どうか見守っていて欲しい。



由佳の手元にブーケが落ちた。

歓声がワッと沸き、由佳の表情が花咲くようにほころんだ。













読んで頂きありがとうございました。この話はこれで終わりますが、実はこの話の方がスピンオフ的なものとなっております。

本編である夢見処の短編がポツポツとアップしていければと思っていますので、よろしければそちらも読んで頂けると喜びます。


ありがとうございました! 川角檀弓

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