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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
29/30

愛を伝える




「しばらく仕事を休むから調整をしておいてくれないかな」

榊が死んで一週間後、僕は事務所で奥園まどかに言った。

まどかも察していたようで「分かりました」といつもと同じ様子で呟くと自分のデスクに戻った。


しばらく休む、そうは言ったものの復帰することが出来るのだろうか。

僕は、僕たちは打ちのめされていて立ち続けることも出来ず、膝を折ってしまった。


あの日の光景が目に焼き付いていてうまく眠れず、寝てもうなされて目を覚ます。

毎日がその繰り返しだった。

もしかしたらもう二度と立ち上がれないような気がする。

それ程に限界を感じていた。

夢も希望も何もなく悔恨に苛まれながら他人を満たす夢を見せるなど出来るはずもない。


「元々・・夢も希望もなかったんだけどね」


椅子の背もたれに体を預け、逆さまの視界で窓の外に視線を投げた。

外は雪が降っていた。

榊の葬儀の日も雪が降っていた。ただ、僕は行かなかったけれど。


だって行けるはずがないじゃないか。榊を死に追いやったのは、僕自身なのだから。

あの日、斉木和真を解放した日。


あの日にきっと僕は何かの選択を間違えたのだ、だから榊は斉木を道連れに死を選んだ。

長い付き合いだからそこまでは容易に想像がついた。

だけどそれが何なのかわからない、ずっと考え続けているけれど答えは出ない。

答えを知りたくとも、その相手はもう死んでしまっていて聞くことは出来ないのだ。


「・・・知ろうと思えば知れる。なら、どうして」


知ろうとしない?

一人呟き、僕は両手で顔を覆った。

僕なら簡単な話だ、榊の意思を知る方法を僕は持っている。


 だけど出来ない。

 知ってしまう恐怖が僕の身を竦めていた。


「所長」

凛とした声が僕を呼ぶ。

椅子を軋ませながら体を起こし体勢を直すとデスクを挟んで真向かいにまどかが立っていた。

「何、どうした?」

「いえ、ご指示通り来週から全ての予定を空けてあります。再開は所長が復帰されたい時にいつでも出来るようにしています」

淡々と告げるまどかの様子に、相変わらず仕事が早いと苦笑う。

「ありがとう」

「いいえ、仕事ですから」

そう言うとまどかは少しだけ影のある笑みを浮かべた。


「所長がここを再開されたいと決心されたら、連絡を下さい。・・・それまで待っています」

「・・・保証は出来ないんだ。君はまだ若いんだから他を探した方がいいよ」

「いいえ。ご迷惑かもしれませんが私はこの仕事が好きなんです。どうしても続けたいんです」

「まどか君」

「私同様に、ここで見せてもらった夢に救われた人は多く居ます。きっとまだ、沢山いるはずなんです。その人たちを救う場所をどうか無くさないで下さい。ここはなくてはならない場所なんです。・・お願いします」

腰を折り、深々と頭を下げるまどかに僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。


そんな僕の返答を待たず、体を起こすとまどかは再び自席へと戻って行った。

僕たちは確かに一歩を踏み出したはずなのに、まるでそこには穴が空いていたかのようだ。

深みに落ちて動けやしない。

「情けないな・・・」

髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら呟いた声はその場に落ちるかのように消えてなくなった。

 

日々は止まることなく進んでいく。

折れそうになる心に鞭を打ち、それでも決めた最後の日まで僕は必死になって毎日を生きた。

最後までこれからをどうするか結論が出せないまま、最後の日がやってきた。


そしてその日、事務所に田島香織がやってきたのだ。


「お久しぶりです」 

まどかに案内され僕たちの前にやってくると、香織は深々と頭を下げる。

僕はぎこちない笑みを浮かべた。

「珍しいですね、ここへ来るなんて。何か?」

「今日は折り入ってお願いがあってきました」

香織は僕を見つめると、カバンから一通の白い封筒を取り出した。

手渡された封筒は封が開いており、僕は中身を取り出してみる。

 

結婚式の招待状?・・眉を寄せた僕に気付いたのだろう、香織が続ける。


「どうか、私たちの結婚式に出席していただけませんか?」

「・・・・・・・・・僕が?何故」

「失礼を承知で申します。榊先生の代わりに出席して頂きたいんです」

「・・・僕は、榊ではありませんよ?」

「分かっています。それでも、お願いします。そしてどうか、私たち夫婦が新しい人生を歩んで行くことを・・・榊先生の墓前に、知らせて頂けませんか?近しい存在の青柳さんから・・・・お願いしたいんです」


香織は一粒の涙を零した。

それでも毅然と僕を見つめている。

涙の跡がなければ泣いているとすら思えないくらい、強い眼差しだった。

「・・・・強いですね 」

いつまでも立ち直れない自分をまざまざと思い知らされて、僕は卑屈にそう言った。

「いいえ。強くなどありません。私はあなたほど榊先生に近い存在ではなかった。だから受けた苦しみはあなたとは比べ物にはならない、小さなものだっただけです」

僕は香織の眼差しを受け止めきれず、封筒を見るふりをして視線を床に落とした。


それでも、悲しく苦しい事実に変わりはないだろうに。


「・・・・・僕なんかが出席して、本当にいいんですか?」

榊が死んでから、僕は墓前に一度も足を運んでいなかった。葬式にも行かなかったのだ、それなのに墓前になど会いに行けるはずがない。あのまま現状を変えなければきっと榊は今も生きていた。そうと思うと怖くて足が竦んでしまった。

「はい」

香織が封筒を持つ僕の手を包み込むように強く握り締めてきた。

顔を上げると彼女の頬には幾筋もの涙の跡がある。


「・・・・・来て、頂けますか」


震える声。

それは僕の胸を打った。

苦しさに唇を噛みしめる。

そして必死に立ち直ろうとしている香織の姿に僕は自分の小ささを恥じた。

僕はくしゃりと顔を歪め、小さく頷いた。


香織は嬉しそうに笑った。





ーーーーーーーーーーーーー






四月某日。

あつらえたように桜が咲き乱れる中、香織たちの結婚式が行われた。

純白の美しいウェディングドレスを纏った香織は誰よりも美しく、幸せそうだった。

そこで僕は久しぶりに由佳に会った。

色々なことを乗り越えた由佳の表情はどこか大人びていて、綺麗になったように見えるのは気のせいではないのだろう。

「穂紬さん」

僕に気付いたのか由佳が駆け寄ってきた。

「やあ、久しぶり」

「・・・はい」

淡いブルーのドレスを着て髪を高く結い上げている大人っぽい姿に、僕は眩しいものを見るように目を細めた。

「・・・短大に進学したって?」

「あ、はい。お母さんのことも心配だったから、実家から通える所と思って」

「色々大変だったのに、頑張ってえらかったね」

「・・・・いいえ、私なんか」

僕たちはタブーであるかのように、榊のことを口にしなかった。

口にすれば共に見てしまった榊の最後の姿を思い出してしまうからだ。


チャペルの鐘が鳴り響き、暖かい風が吹いて桜の花びらが舞い散っている。

美しい光景と美しい花嫁。

幸せの光景であるのに、僕はそれを真っ直ぐに見られないでいる。


香織にああ言われてここへ足を運んではみたが、榊に何をどう言えばいいのか分からない。

彼女は未来へ向かって歩き出し始めた、一方で僕もお前も立ち止まって進めなくなってしまったのに。


「そう言えば、香織さんたちも穂紬さんに夢を見させてもらったって言ってたけど、そうなんですか?」


唐突に、二人を見つめながら由佳が言った。


「・・・ああ、香織さんの旦那さんがね。自分が両親にどう思われていたのかずっと気に病んでいたんだ」

「ヒデさんが?」

「由佳ちゃん、知り合い?」

 由佳はコクリと頷く。

「香織さんと和歌子と一緒に・・・あ、和歌子は香織さんの妹で私の友達なんだけど、二人には色々と遊びに連れて行ってもらったことがあって」

「そうなんだ」

「それで、ヒデさんはどうなったんですか?」

僕は記憶を思い返した。


夢を見せ終えた後の二人の、吹っ切れた晴々とした笑顔が瞼の裏に思い出され、一人微笑んだ。


「こんなにも人の親というものは子供を愛せるんだなぁって・・思えるような素敵な人たちだったよ。野中さんとご両親は色々と事情があって離れて暮らしていたんだけど、やっと一緒に暮らせることになって彼を迎えに行ったんだ。でも・・その道中にご両親は事故にあって亡くなってしまってね。悔やみ切れない後悔と、彼への愛がとめどなく溢れている、そんな最期の言葉を僕は二人に伝えたんだ。野中さんは、自分が両親と離れて暮らしているのは愛されていないからかもしれないと思っていた。だけどそれが勘違いだと分かって・・自信がついたんだろうね。夢から覚めて一番に香織さんにプロポーズをしていたよ」


黙って僕の話を聞いていた由佳は、嬉しそうに微笑むと、日の光の下にいる二人を眩しそうに見つめた。


「良かった」

「ああ」



「だけど、人に愛を伝えるって、すごく難しいね」



「・・・本当にね。たった一言で済むはずなのに、誰もがそれを出来ずに苦しんでる」

「穂紬さん」

「・・・人間だけだよ、こんなに不器用なのは」



そう呟く僕を、悲しそうな目で由佳が見ていたことに、ついに僕は気づかないままだった。













次回、最終回です。

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