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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
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榊の真実




翌朝、由佳から着信があった。

由佳は余程のことが無ければ電話はして来ない。僕は嫌な予感を覚えながらそれに出た。

病院に来ているが兄の病室が無人になっている、何か聞いていないか。

由佳からの電話はこんな内容だった。

しかし僕は何も聞いていないし、榊も昨日は何も言っていなかった。

妙な胸騒ぎがする。僕は一旦由佳からの電話を切るとすぐに榊にかけた。繋がらない。


「くそっ!」


僕はコートを羽織ると家を飛び出した。

病院への道のりを僕は必死になって走り続けた。

妙な不安に胸が押しつぶされそうになるのを堪えるのが苦しくてたまらなかった。

病院の正面玄関に着くとそこには由佳がいた。不安そうな顔をしている。


「穂紬さん!」


手を振る由佳に僕は息を切らせながら駆け寄る。


「由佳ちゃん、榊は?」

「それが、看護師さんたちも何も聞かされてないみたいで・・」


医師と患者が揃って行方不明であることにようやく気付いたらしい病院側も、二人を探し始めているようだった。

僕は外に出てもう一度榊に電話をかける。


「出ろよ、榊・・」

 

祈るような気持ちできつく歯を食いしばった。するとさっきまでコールもせず繋がらなかった電話が、呼び出し音を鳴らし始めた。僕は息を呑んだ。


『・・・・よお』


五回目のコールの後、聞き慣れた声が聞こえてきて、僕は息を震わせた。

「榊・・・今どこに居る?」

『何だ、もうばれたのか』

「茶化すな・・・・いいから、どこにいる?」

『・・・・・・・・・』

「榊!」


 叫んだ僕の声が玄関ホールに響き渡り、通りすがりの人たちが何事かと不躾な視線を投げかけてきていたが、僕はそれにも気づかないまま、電話の向こうから聞こえてくる息遣いばかりに意識を集中していた。

『中庭に来いよ』

「そこに居るのか?」

『・・・・ああ。斉木和真も一緒だ』

 予想していた事態を突きつけられ、僕はきつく目を閉じる。

「すぐに行く・・・電話、切るなよ」

 榊の言葉を聞き届け、僕は一目散に中庭に向かって駆け出した。

 中庭に着き辺りを見まわすが、しかしそこに榊の姿は見当たらない。

苛立ちに僕は髪を掻き毟る。

「・・・どこに居る?」

『よく探せよ、俺は見えてるぞ』

「何?」

 僕は再び周りを見回す。

だが、やはり榊の姿は見当たらなかった。


僕からは見えなくて、榊からは見える位置?


 まさか

 

僕は泣きそうになりながら見上げた。視線の先は屋上、そこに人影が二つある。

「・・・・どうして」

風に白衣をなびかせているその人影は間違いなく榊本人だった。

そしてどう見てもフェンスの外側に立っている。

『やっと見つけたか』

「そんな・・所で何してるんだよ」

歯の根が噛み合わないくらい、僕の声は震えていた。

榊は電話の向こうで笑った。

『おい、夕べこいつが意識を取り戻したんだが・・・・・イカレてたぞ。完全にぶっ壊れちまってる』

「・・・・・・」

『お前、分かってたんだろ。こいつの頭が壊れていること』

榊はさもおかしげに言った。僕は僅かに目を伏せた。

「・・・・・そうかもしれないとは、思ってたよ」

『それなのに起こしたのか』

僕は返事をしなかった。

これは予想していたことだった。

悪夢の中に十年以上も放り込まれていた人間の精神がまともであるはずは無い。

斉木和真の精神が崩壊しきっているだろう事実はもう随分前から分かっていた。


『・・・・まあいい。どのみちもう引き返せないことに変わりはない』

「榊、お前・・」

『お前たちは前に進んで行こうとしているのに、俺にはどうもそれが出来ないんだ』


諦めか、疲弊か。

いつもの力強い声ではなく、それは今にも風に掻き消されてしまいそうだった。

僕は今にも力が抜けて崩れ落ちてしまいそうな足を奮い立たせ、榊を見る。


『どうしてもこいつが許せないんだよ。どれだけ時間が経っても・・・由妃奈のあの姿が忘れられないんだ』


「榊・・・」


僕は拳を握り締めた。

そして遠い過去が記憶によみがえる。


あの日、由妃奈の葬式が終わった後、僕と有美は僕たちの能力を知っていた榊の強い要求に抗えず、由妃奈が死んだ日の出来事の一部始終を榊に見せてしまった。

たとえ懇願されたのだとしても、由妃奈の最期の姿を夢であっても見せるべきではなかったのだと。

今の言葉で気づかされた。

恐ろしいほどの後悔が込み上げて止まらなかった。


「・・・さ」

『本当は・・お前と有美がずっと苦しんでいたのも知っていた。終わりたがっていたのも知っていたんだが・・どうしても解放してやれなかった』

「榊・・」

『長い間すまなかった』

「待てよ、何言って・・・・」


初めて聞く榊の思いに僕は驚きを隠せなかった。

そんな風に思っていたなんて。

だって、そんな風には見えなかった。

いつだって余裕を見せていたこの男が、まさかこんな弱音を抱いていたなんて。


『だが・・・それも今日で終わりだ』

「おい榊、お前何言って」


 急に胸の奥からゾワッと何か気持ちの悪いものが込み上げてくる。

 あの日。由妃奈が死んだ時もこんな風に嫌な感覚を覚え、それは的中してしまった。

 そして今もあの時と同じような感覚が胸の中に渦巻いている。


やめてくれと必死に願いながらも体の震えが止められない、そんな僕の腕にそっと触れる何かがあった。

振り返るとそこには僕と同じように青ざめた顔をした由佳が立っている。

僕は咄嗟に由佳の手を掴んだ。

言葉を紡ごうとした僕を遮るように榊の声が言った。


『せめてもの償いに、こいつは俺が連れていってやるよ』


「・・っ!やめろ、榊!」

『穂紬・・・・・・じゃあな』

「やめろ――――っ!!」


通話がプツリと途切れ、僕は絶叫した。

直後。屋上にある二つの人影が一つになり、揺らいだかと思うとそれは拍子抜けするくらいあっさりと、そこから落ちて行く。


数秒後、遠くから何か重たいものが地面に落ちる音がした。





「いやあああぁぁ!せんせぇっ!!」


由佳の悲鳴がその場に響き渡り、消える。


時が止まってしまったかのようだった。








皮肉にも、榊が斉木和真を伴って自殺をした日は由妃奈の命日だった。

これが偶然ならばもう、神を呪わなければ僕は息をすることも出来なかった。


担当医師が患者と共に自殺したニュースは世間を騒がせ、色々と過去の繋がりを詮索する人間も現れたが、榊と斉木和真の繋がりは誰にも見出せず、結局一ヶ月もするとその事件は忘れ去られてしまった。


繋がるはずもない。だって斉木和真と関わっているのは僕たちだけなのだから。

だから、誰にも過去は暴かれなかったし、暴けるはずもなかった。


こんな形で終わりを迎えるなんて。



僕たちの心は誰もが傷つき、一片の光すら届かない闇の底へと落ちて行った。








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