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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
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過去≪御伽噺の真実・四≫





由妃奈が死んで二ヶ月が過ぎたころ、僕と有美はある一人の男を人気のない公園に呼び出していた。

僕たちはいくつかの残された手がかりと、ネットを駆使し、由妃奈を死に追いやった人間を探し出した。そしてようやくその目星がついたのが、今日呼び出した男だった。


「こんにちは、斉木和真さん。」


 声をかけるとベンチに座っていた斉木が僕らの方を向く。


「お前ら何だ?」


 吸っていたタバコを地面に投げ捨てそれを踏み躙ると立ち上がり、僕たちに近づいてきた。


「俺を呼び出したのはお前らか?」

「そうですよ、斉木和真さん。」

「・・・何の用だよ。」

「それはメールで言った通り、二ヶ月前の女子高生暴行事件に関してですよ。」


まだ確証はなかった。だからそれを確認する為に僕たちはこの男をわざわざ呼び出したのだ。

僕は後ろに居た有美をチラッと見やる。

すると有美は頷くと斉木に駆け寄り一気に羽交い絞めにする。


「おい!何するんだ!」

「ジッとしてろよ。」


僕は有美に動きを封じられた斉木に近づくと、左腕を乱暴に掴み顔の位置にまで上げた。

手首には皮とシルバーの、シンプルなデザインのブレスレットが付けられている。

僕はなんの躊躇いもなくそれに触れた。

目を閉じると懐かしい声が聞こえてきて、僕は確信を得る。


「やっぱりあんたが由妃奈を暴行した男だったんだな。」


見据えると斉木は一瞬たじろいだ。しかし次には平然とした表情に戻ると、


「何言ってんだよ。何を根拠にそんな馬鹿げたことを言ってんだ?バーカ。」


そう言うとヘラヘラと笑った。僕は無表情のまま斉木から視線を外さなかった。

するとそれに苛立ちを覚えたのだろう、斉木が僕の手を振りほどこうと暴れ始める。

僕は手を放した。有美も拘束していた手を放し斉木を突き飛ばす。

勢いを持った斉木はそのまま地面へと体から倒れこみ少しの間呻いていたが、のろのろと立ち上がると僕たちを睨みつけてくる。


「お前ら、証拠もなくこんなことして、ただで済むと思ってんのか?」

「証拠はないけどあんたがやったのは確かだよ。・・・そのブレスレット」

「・・・あ?」


スッと指差し僕は斉木を睨みつけた。


「由妃奈から奪ったものだろう?」


斉木は真顔になったかと思うとすぐに声を上げて笑い出す。


「バーッカ、これは貰いもんなんだよ。」

「誰からもらった?」

「・・・・それをお前らに言う必要があるとでも思ってんのか?」

「そうでないから言えないんだろう。言っておくけどそれ、限定発売の品で日本に百個しか流通してないんだ。ついでに言うとシリアルナンバーが入ってるから持ち主って簡単に特定出来る。このことはまだ警察に言ってないけど、言えばあんたはすぐに捕まるよ。」


斉木の顔から血の気がサッと引いたのが目に見えて分かった。

今僕が言ったのは真実味を持たせるための嘘八百だ、そんな限定品を一介の女子高生である由妃奈が手に入れられるはずがない。

僕が「それ」を由妃奈が手に入れたものだと確信を得たのはそのブレスレットから由妃奈の声が聞こえてきたからだ。


由妃奈が暴行された現場にも鞄の中にも、どこにも由妃奈が買ったはずの物は無かった。

何を買ったのかは有美が知っていたので、店に行って聞いてきた。

確かに由妃奈は、僕へのプレゼントとして僕がずっと欲しがっていたブレスレットを買ったのだ。

だけどそれはどこにもなかった。それはつまり誰かに持ち去られたことを意味している。

もちろん犯人でない可能性だってあるのだろうけれど、あの短時間で他の誰かが持ち去るなんて出来るだろうか?

僕たちは由妃奈を暴行した人間がそれを持ち去った、という仮定にすべてを賭けた。

そしてその人物が今でもそれを持っていると。

そして探し出したこの男、斉木和真はそれを身につけていた。

どう考えても偶然などではないだろう。

当人が触れなければ、声は決して聞こえてくることはない。

だから僕は、あのブレスレットは由妃奈が買ったものだと断言する。

そしてもう一つ確信的な証拠があった。


僕は犯人の顔を知っていた。

由妃奈の遺体に触れた時、由妃奈の最期の言葉と、そして鮮明に焼きついた恐怖の瞬間の記憶が僕の中に流れ込んできたのだ。

その犯人の顔は目の前に居る斉木和真と全く同じ顔をしている。

しかしこんなことが証拠になるはずがない。

警察だって誰だって信用してくれないことも十分承知している。

だから、僕は斉木を騙した。そして斉木はそれに騙されてくれた。

慌ててそのブレスレットを外し遠くへと投げ捨てると、斉木は引きつった笑いを僕らに向ける。


「お前らさ、どうしたい訳?警察に言うっつっても証拠なんて」

「警察に言うつもりはないよ。」

「だったら、金か?」

「金も要らないよ。やったかどうかだけ、今言えよ。」


警察に届け出たって証拠もない。それに刑は軽く済んでしまうだろう。

由妃奈は死んでいるのだ、そんなもので許せるはずがなかった。

僕たちは無表情で斉木と視線を交えていた。

雲りだった空に重く暗雲が立ち込めてきて、ポツポツと降り始めたかと思うとあっと言う間にスコールのような土砂降りになる。

雨に降られていると斉木が裏返った声で喚き始めた。


「あの女が悪いんだよ!せっかく俺が声をかけてやってんのに無視しやがって。・・・だから思い知らせてやったんだ、身の程をわきまえないクソ女がどうなるかって。あのブレスレットはその授業料に貰ってやっただけだ!」


僕は黙ってそれを聞いていたが、ふと有美に目線を送った。

有美の目は怒りに燃えていた。その深く暗い深淵のような目を、きっと僕もしているのだろう。


「大体、あの女だって最後はイイ声出して感じてたんだ。たった一回ヤられた位で・・・普通死ぬかぁ?まるで俺が殺したみたいじゃねーか。こっちの方がよっぽど被害者だぜ、ったく。」


何なのだろう、この男の存在は。こんなものが存在する必要性があるのか。それを神は選んだのか。


由妃奈を棄てて。


この世に神はいない。居たらこんなことにはなっていない。

こんな下衆が存在しなければならない未来を選び取った神など、僕はもう絶対信じない。

有美が斉木に向かって歩き出した。

途中で一度僕に目配せをしてきたが、僕たちは言葉を交わさなかった。

けれど思うことは一つだった。

斉木が何かを喚き続けていた。

しかし強くなっていく雨にその声は全てを吸い込まれ僕らの耳には届かなかった。

そうしているうちに斉木と有美の距離はどんどんと近づき、そして立ち止まる。

 振り返ることなく有美が言った。



「罪を犯す人は罪の奴隷なり」



全てが雨音に掻き消され聞こえるはずのない声だった。

それなのにその声だけは不思議とクリアに聞こえたような気がした。


きっと最後の機会だった。

それは僕たちがどうすべきかを選ぶ最後の選択。


「ごめんな・・どうしても許すことが出来ないんだ。・・・お前が生きていることがどうしても許せないんだ。だから」


僕は空を仰いだ。目じりから零れて行く涙は雨に溶けて消え、僕たちの中の迷いや罪悪を全て流した。

こんなにも怒りに燃える心が抑えられない。

どうしても、許すことが出来ない。

だからといって死など生ぬるい、死ねば終わってしまうじゃないか。


そんなことは許さない。


ゆっくりと有美の手が斉木の顔を覆った。

僕たちが決めた斉木の罪の贖い、それは死も選べない悪夢の中の生。


死すら生ぬるいんだ、由妃奈。

君を失って僕の心は死んでしまった。

それなら、


「死ね」




お前の心も死んでしまえ。








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