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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
19/30

過去≪御伽噺の真実・参≫






僕と由妃奈の付き合いは順調過ぎるほど順調で、喧嘩も無く毎日を楽しく過ごしていた。

三年に進学すると学校は受験一色になり、窮屈な気持ちになったがそれでも由妃奈が側で笑ってくれていることが、唯一の心のよりどころだった。

僕は神学校を受験するにあたり、合格すれば地元を離れることが決まっていた。

その学校さえ父に決められたものだったからだ。

そうすれば数年は戻ってくることが出来ない。

だけど僕は由妃奈と離れたくない気持ちが、日々大きくなっていくのを感じていた。


大人になってからも、一緒に居られる約束が出来ないだろうか。

ふとそう思った時、その気持ちがストンと僕の中に落ちてくるのが分かった。そして気付いた。


そうか、僕は由妃奈と結婚したいのだ。

だって何より明確な、約束の形じゃないか。


単純な思考回路だと笑われても良かった。

そして僕は決めた。次のクリスマス、由妃奈にそう告げたい。

その場で約束を交わしておきたかった。


共に生きて行く約束が出来ないだろうか。


気持ちを決めた僕は羞恥心を押し殺し、有美に相談をした。

有美はよく女の子と付き合っていたから、そういったことに詳しいと思ったのだ。

僕の気持ちを聞いた有美は、からかいもせず笑いもせず、ただ嬉しそうに目を細めていた。

色々と助言をくれた有美の意見から、やはり女の子は結婚式に憧れを持っているから、真似事でもそういったことをしてみたらどうだろう、となんとも安直な結果に落ち着いたのだが、そうは言ってもドレスを買うお金などなく、途方に暮れる僕に「ベールくらいなら買えるだろ」と有美は言った。

調べてみると確かにベールは思ったよりも安価で、これならバイトをすれば手が届く金額だった。

何より一番それらしいアイテムでもあった。

ネットで色々調べ、僕は一つの候補を上げた。

それはマリアベールというもので、よくあるふわふわしたものでなく、綺麗な刺繍が施されたシンプルなデザインのものだった。


それが一番、由妃奈に似合うと思ったのだ。


時期は折りしも夏休みにさしかかろうとしていて、受験生ではあるけれど多少余裕のあった僕は補講の合間をぬって、短期集中で一気にバイトをして目標の金額を貯めてしまった。

あまりの迅速さに有美は「いつもそれならいいんだけどな」なんて笑っていた。

由妃奈に内緒で買ったベールを汚れないように袋に入れ、僕は机の引き出しにそれを隠しておいた。

何から何まで全てが順調で、僕は由妃奈がどれだけ喜んでくれるだろうかなんて考える日々を送っていた。


十二月に差し掛かると、受験勉強と教会の手伝いで日にちがあっと言う間に過ぎていき、気がつけばもう明日が教会のクリスマスパーティの日になっていた。

学校は自由登校に入っていて、午前中から手伝いに来てくれた由妃奈はちゃんと僕との約束を覚えていてくれて、笑いながら「明日、楽しみだね」と言って来る。


「うん、楽しみだ。」


今年は特別な年になると、僕の心は浮き足立っていた。

由妃奈はどんな顔をしてくれるだろうか。びっくりするだろうか、喜んでくれるだろうか。

想像するだけで心が躍った。

明日のパーティの支度が終わるとまた受験勉強に戻らなければならなかった。


「一緒に勉強する?」


そう声をかけるが、由妃奈は首を振った。


「ちょっと買い物があるの。」

「買い物?・・・付き合おうか?」

「大丈夫、一人で行けますー。」

 

じゃあね、と手を振りながら教会を出て行く由妃奈を見送ると、ため息をついてから僕は腰を上げた。

何も変わらない日のはずだった。

いつもと同じ約束された毎日がやって来ると、信じ込んでいた僕の日常はこの日、一本の電話によって壊された。

 


夜十時、僕の携帯が鳴った。着信は由妃奈の家からだ。



「・・・もしもし?」

いつもは携帯からかけてくるのにどうしたのかと思い電話に出ると、それは由妃奈の母親からだった。

焦りを帯びた声が「由妃奈がまだ戻っていない」と言った。

僕は壁の掛け時計を見た。

針は十時十五分を指していて、由妃奈と別れてからゆうに五時間が経過している。僕は胸がすうっと冷たくなるのを感じた。連絡も無く遅く帰るなんて由妃奈にはありえないことだ。

僕は「連絡を取ってみるから」とその電話を切るとすぐに由妃奈の携帯にかけた。

けれど、コールすらしない。


電源が落ちているなんてそんな馬鹿なことがあるものか。


僕は自室を飛び出し、有美の部屋へ行った。

「由妃奈から何か連絡来てない?」

 ノックもせずに扉を開け中に入ると、勉強をしていたらしい有美が目を丸くして僕を見てきた。

「・・・なんだよ急に。俺に連絡なんてある訳ないだろ。」

「じゃあどこへ行ったか知らないか?」

 有美は眉を寄せ、一瞬口ごもる。

「何かあったのか?」

「有美、お前何か知ってるのか?」

一度僕から目線を外した有美は、観念したように頭を掻くと、

「お前のクリスマスプレゼントを買いに行ったのは知ってる。」

「・・・クリスマスプレゼント?」

「お前と同じように由妃奈にも聞かれてたんだ。お前は何が欲しいんだろうって。だからお前が欲しそうなものを何個か言っておいた。で、取り寄せてもらって、今日それが届くんだって言ってたよ。それがどうかしたのか?」

僕は天井を仰いだ。


「由妃奈がまだ帰ってないって・・・今おばさんから連絡があった。」

「帰ってないって・・・・マジか?」

何だろう、すごく嫌な予感がするのだ。

体の奥から震えが湧いて出て止まらない。

僕は居てもたってもいられず、有美の部屋を飛び出した。

「穂紬!」

有美の声が背中に届いたけれど、僕は振り返りもせずそのまま家を飛び出した。


由妃奈が行きそうな場所を考えて、思いついた場所から手当たり次第探して回る。

色々な場所を走り回って探し続けたけれど、きらびやかなイルミネーションに彩られた町のどこにも、由妃奈の姿はなかった。

疲れに立ち止まると同時に握り締めていた携帯が鳴り響き、僕は緩慢な動作でそれに出た。

電話の相手は有美だった。


たった今、由妃奈のカバンが家から少し離れた林の側から見つかったという内容の電話だった。


なんでそんな場所に由妃奈のカバンが落ちていたんだろう、とか。考える余裕なんてこの時の僕には無かった。

詳しいその場所を聞いて、僕は有美の返事も聞かず、通話を切るとそこへ向かって走り出した。

僕が由妃奈を探し始めてから一時間が経過していた。


寒さに手足がかじかんで、思うように動かないのに苛立ちながら、ただ走った。

そして有美に言われた場所にたどり着くと、そこには警官の姿がいくつかある。

パトカーの赤色灯がチカチカとしていて、その光がやけに目に痛い。

ふらふらとした足取りで僕がそこへ歩いて行くと、林の中から真っ青な顔をした有美が出てきた。

顔を上げた有美が僕に気付く。


「来るな!穂紬!」


それは悲鳴だった。

こんな有美の声は聞いたことが無い。

そんな、そんな声を出さねばならないようなことが、起こっているのだろうか。

いったいなにが起こっているんだ。

どうして由妃奈の姿がないんだ。


いてもたってもいられず僕は再び走り出した。

有美は僕を引きとめようと体当たりをして、僕の腕を掴んで放そうとしなかった。

それを僕は渾身の力で振りほどき、林の奥へとまっしぐらに走る。


「やめろ!穂紬っ!・・・・見るんじゃない!」


必死に追いすがってくる有美に腕を捕まれ、僕はバランスを崩してその場に転んだ。

有美も一緒に地面に転がってしまったけれど、構っていられない。

倒れながらも僕の目に飛び込んできたものがあったからだ。

のろのろと体を起こし、地面に膝をついたまま僕はそれを見上げた。


見間違えるはずはない。最愛の恋人の、由妃奈の後姿を間違うなんてない。

「・・・・ゆ・・、き、な」

枝に輪っかにしたマフラーがかけてあって、それは由妃奈の首に引っかかっている。

つま先は地面から離れ、頼りなく揺れていた。



そんなことをしたら死んでしまうよ、由妃奈。



僕は呆然とその光景を見つめていた。

いくら考えても目の前の状況が飲み込めないのだ。

だけど、ボロボロと溢れ出る熱い涙が頬を濡らし始めていて、理解出来ないままに僕は由妃奈に何が起こったのかを知った。


絶叫が喉から迸る。


それは何を叫んだのか。彼女の名前か、意味の無い音なのか。

発した僕にさえ分からなかった。





ーーーーーーーーーーーーー





気がつくと僕は自分の部屋に居た。

自分がどうやって家に帰って来たのか思い出せない。ベッドから起き上がり、部屋を出るとリビングに向かった。

窓から差し込む太陽の光に、夜が明けたことを知った。

だけど、目に焼きついている光景は消えてなくならない。


あれは夢じゃない。


リビングにやってくると少し開いた扉の隙間から、母のすすり泣きの声が聞こえてきた。

そこで泣きながら父と話す母の言葉が、僕に事実を知らしめた。

由妃奈はレイプされたのだ。

警察の人間も目を覆いたくなるほどに蹂躙されており、それを苦にして由妃奈は自殺した。

約束の日を迎えることなく、自ら命を絶ったのだ。

由妃奈の死が確信に変わった瞬間、僕の中の時間は止まってしまった。

この世界のどこにも由妃奈はもういないのだと、頭が考えることを拒否したのだ。



何も出来ないまま時間だけが過ぎていった。

数日が経った頃、塞ぎ込む僕を見かねたのか、有美が部屋にやってきた。

その顔は憔悴しきっていた。

僕はのろのろとした動作で有美の顔を見て、そしてまたのろのろと視線を意味もなく壁に投げかける。

薄く開いていたせいで口の中はカラカラで、唾を飲み込むのにも労力を要していた。

生きているのが酷く億劫に感じられて堪らない。

「穂紬」

有美の声が無音の部屋に響く。

僕はぼんやりとしたまま呼びかけを無視した。するともう一度有美が言った。

「穂紬、由妃奈に会いに行ってやれ。」

言葉は強い力を持っていて、僕の耳に確かに届いた。ただ、意味は中々頭の中には入ってこなくて。

「・・・・会い、に?」

「もう、最期なんだ。」

「・・さいご?」

スイッチの切れた人形のように呟く。

僕の発した言葉は僕自身の中を循環し、徐々に言葉の意味が浸透し、理解していくことが出来た。

すると体の奥底から猛烈な怒りがこみ上げてくる。

「最期って、なんだよ。」

「穂紬?」

「最期ってなんだよ!」

 僕は立ち上がると有美に掴みかかった。

「勝手に終わらせるなよ!何でお前はそんな、冷静なんだよ!あの由妃奈の姿を見て・・・・、死んだからってどうしてそんなすぐに、切り替えられるんだよ。なぁ、なんで・・・・」

胸倉を掴んで激しく揺さぶっていると、その手が有美の手に覆われた。

顔を上げると有美は泣いていた。

後から後から溢れ出る涙を拭いもせず、ただ僕を見つめている。

「切り替えてなんかないさ。切り替えられるわけがないだろ。もう由妃奈はいないなんて俺だって信じられない・・・だけど、全部現実なんだ」

「・・・有美」

「頼む、由妃奈に会いに行ってくれ。一番・・・お前に会いたいはずなんだ」

その言葉に僕は脱力した。

有美の胸倉を掴んでいた手はダラリと体の横に垂れた。

僕は歯を食いしばって、込み上げてくる慟哭を必死に押し殺した。

少しでも力を抜くと泣いてしまいそうだったのだ。

少しして、僕はのろのろと動き出した。

机の引き出しに入れてあった、由妃奈へ送るはずだったベールの入っている袋を手に取ると、歩き出した。

 

家を出る時の、扉の閉まる音がやけに大きく響いた気がした。

 

足を踏み入れた由妃奈の家は沈痛な空気に包まれていて、奥の和室で家族に見守られながら、由妃奈はそこに寝かされていた。

おじさんもおばさんも、久々に会った由妃奈の兄も、目を真っ赤にしている。

「・・・穂紬君、来てくれたの」

そんなおばさんの言葉にもろくに返事も返さず、僕は一歩一歩由妃奈の元へ近づいていく。

そしてすぐ側までやってくるとその場に膝を付いた。

由妃奈は綺麗な顔をしていた。これで死んでいるなんて、信じられるはずがなかった。

「綺麗でしょう?生きている時と同じみたいにしてもらったの。」

そっと頬に触れると、そこはとてもひんやりしていて「ああ由妃奈は死んでいるんだ」と、実感させられた。同時に由妃奈の声が僕の中に響き渡る。

それは耳を覆いたくなるくらいに悲痛な叫びで、聞いているだけで胸が苦しくなってくる。

だけど、由妃奈の最期の声を一言すら取りこぼしたくなくて僕は、痛みを堪えてそれを最後まで聞き取った。

由妃奈の声を聞き終えると僕は持っていた袋からベールを取り出し、由妃奈の頭にかけた。

それは想像していた通り、とてもよく似合っていた。


「・・・由妃奈」


こんな渡し方になるなんて思ってもいなかった。

本当なら今この時、目の前の君は満面の笑みを浮かべてくれていたはずだった。

僕の中で悲しみが怒りに変わっていく。

由妃奈の悲痛な叫びを聞いたことで余計に拍車がかかったのかもしれない。

「おばさん、このベールを由妃奈の棺に入れてもらえますか。」

 

せめて最期まで君のものとして。


震える声でそう言うと、おばさんは泣きながら「約束するわ」と小さく呟いた。

誰もが悲しみに打ちひしがれている。

けれど僕の中にこみ上げてくるものはたった一つの怒りだけだった。

犯人を絶対に許さない。必ず見つけ出して報いを受けさせる。

 

そう決意した。









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