過去≪御伽噺の真実・弐≫
高校へ上がると僕と有美は教会の行事や仕事を本格的に手伝うようになっていた。
そして年の瀬も近づいた十二月中旬のある寒い日。高校二年だった僕と有美はいつものように礼拝堂の掃除をしている時のことだった。
「お前、進学どうすんの?」
「どうって、予定通り神学校に行くよ。」
「親父の跡を継ぐのか?」
「ああ。」
「お前それでいいのかよ。」
有美の声は少し苛立っていた。
それもそうだろう、有美は僕が父の跡を継ぎたくないことを知っているからだ。
僕の亡くなった祖父は牧師をしていて、父も当然のように跡を継いだ。
だから双子であっても長男である僕が跡を継ぐのは当然だと、考えているのだ。
家の手伝いもしているしこれまでも特に反抗はしていない。
でも僕は実際に神がいるのかどうか、その存在をいつも疑問に思っていた。
もし本当に神が存在するのならば、どうして僕たちにこんな奇異な力を与えたのか。
実の父母さえ異様なものであるかのように、時折僕たちを持て余しているのを知っているが故に、そう思う。
何故普通の人間として生まれてくることが出来なかったのだろう。
こんな力、欲しくなんてなかったのに。
幼い頃に刻み付けられた母の眼差しは、父の言葉は、深く深く、僕の胸を抉り傷つけた。
それは簡単に癒える傷ではなく、今もジクジクと鈍い痛みを伴っている。
だからどうしてもこれらを与えた神を信じることが出来ず、それはいつしか僕の中で負い目となっていた。
だけど神を心の底から信じていないのに、跡目だからと唯一つの理由で、僕は自分の未来を決めざるを得なかったのだ。
「仕方が無いだろ。」
諦め混じりにそう言った。次の瞬間、有美に胸倉を掴まれ僕は激しく揺さぶられる。
「少しは他人と争うことも覚えろよ。お前のそう言う所、大嫌いだ。」
「・・・神は争うなと言ってるだろ。」
「逃げてんじゃねぇぞ、穂紬。お前のそれは詭弁だ。諦めは許しじゃない。」
「・・・分かってるよ。」
睨み付けられ、僕は有美から目を逸らした。
有美は父に反発して、教会と関係のない進路へ進もうとしている。
僕だってそうすれば良いだけの話なのだ。本来なら世襲ではないのだから。
シンと静まり返る礼拝堂に立ち尽くしていると、有美が言った。
「お前、由妃奈のことが好きだろ。」
あまりに突拍子の無い内容に、僕は思わず顔を上げる。
有美は真剣な眼差しをしていた。
「急に、何を」
「今年の教会のクリスマスパーティが終わったら由妃奈と二人の時間を作れ。」
僕は数度瞬いた。
「有美、お前何言って・・・」
「お前ら二人を見てると、まどろっこしすぎてイライラするんだよ。何年も二人してモジモジモジモジしやがって。」
「・・・・・・・・・」
「言っておくが最近の由妃奈のもて方は半端じゃない。うかうかしてると鳶にかっさらわれるから、いい加減そろそろ腹括れよ?」
有美はニヤリと笑った。そして腕時計を見て時間を確認する。
「あとは本人と話し合え。」
その言葉とほぼ同時に扉をノックする音が聞こえ、ギィと音を立てて開かれた。
扉の向こうには由妃奈が立っていた。
はにかんだ笑みを浮かべ、寒さに頬を真っ赤に染めている姿はきっと誰が見ても可愛いと言うだろう。
「お掃除お疲れ様。コーヒー持って来たよ。」
パタパタと小走りにやってくる由妃奈を、僕は赤くなった顔で見つめた。
有美には一度も自分の恋心を言ったことがなかったのに、双子だからなのか、ずっと側で見てきたからなのか、どうやらバレバレだったみたいだ。
でもだからって、由妃奈が僕のことを好きだとは限らないのに。
有美の奴、余計なことをしてくれた。
僕はどんどんと鼓動が上がっていくのを感じていた。
「はい、どうぞ。」
僕らの真横に来た由妃奈に熱い缶コーヒーを手渡され受け取ると、僕は一つを有美に渡した。
そして由妃奈自身はポケット中からココアの缶を取り出し満面の笑みでプルトップを開けると、それに口をつける。
「まーた馬鹿みたいに甘ったるいもん飲みやがって。」
「いいじゃん、好きなんだから。」
頬を膨らませる由妃奈を軽く小突くと、有美はもらったコーヒーを一気に飲み干し「じゃーな」と缶を椅子の上に置くと、スタスタと礼拝堂から出て行ってしまった。
その様子を由妃奈はキョトンとした様子で見ていたが、
「有美がここに来いって言ったのに!」
と、一人怒り出してしまった。
有美の意図は分かる。気を利かせてくれたつもりなんだろうけど、自他共に認める奥手の僕がどうこう出来ると思っているのだろうか。こんな時、有美の積極性が酷くうらやましかった。
口から心臓が飛び出してしまうんじゃないかと言うくらいに緊張していると、ふと由妃奈がこちらを振り向いた。その仕草に胸がギュッと掴まれたみたいに締め付けられた。
神学校へ行けば数年は由妃奈には会えなくなってしまう。
そして父の跡を継げば、今のように自由には振舞えないのだろう。
恐らく結婚に関しても、口出しをされるはずだから。
自由の無い未来が待っているのなら、せめて今だけでも好きな人と近い距離にいたい。
僕は決心した。
「・・・由妃奈」
「ん、なぁに?」
小首を傾げる由妃奈に恐る恐る手を伸ばし、手を掴んだ。
「あのさ・・・・・・今年のクリスマスパーティ、来るだろ?」
「もちろんよ。」
「それが終わったらさ・・・・」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。拒絶されたらどうしよう、だって由妃奈が僕を好きでいる保障なんてどこにもないのだ。もし駄目だと言われたら、きっともうまともに由妃奈と口を聞くことさえ出来なくなってしまう。
こんなに近くに居たって相手の心は分かりっこないから。
「それが終わったら・・・」
喉がカラカラになって、僕はその先を言いよどんでしまう。
由妃奈を好きだという気持ち以上に今までの関係が崩れ去ってしまうのが怖くて仕方が無かった。
泣いてしまいそうだ。目元が熱くなるのを感じながら、僕は顔を伏せた。
すると掴んでいた由妃奈の手が、僕の手を強く握り返してくる。
「穂紬・・・私ね、高校に上がった頃から毎年クリスマスは大好きな人と二人で過ごしたくてしょうがなかったの。」
「え?」
それはどういうことなんだろう。
好きな人が居るから、その人がいいって言いたい?何も言えなくなってしまった僕に、由妃奈は続けた。
「私の好きな人はね、神様に取られちゃうことが決まっている人なの。だからせめて側に居られる間は「あなたには渡さないんだから!」って一人占めしたかった。」
「・・・由妃奈」
うぬぼれていいのだろうか。それが僕だと、思っても。
僕は真っ直ぐに由妃奈の目を見た。由妃奈も僕を見つめ返してきた。
「クリスマスパーティが終わったら、僕と一緒にいて欲しいんだけど・・・」
由妃奈は見たことのない柔らかな笑みを浮かべてくれた。
目がキラキラと輝いて見えたのは少し潤んでいたからなのかどうかは分からないけれど、それがとても綺麗だった。
「うん。」
そっと僕の胸に額を押し当ててくる由妃奈の華奢な肩に手を乗せ、繋いだ手を放さなかった。
数日が経ってクリスマスがやってきた。
教会のクリスマスパーティが夕方で終わると僕たちは三人で遊ぶと言って出掛けた。
途中で有美と別れると、二人きりでイルミネーションが有名な公園に行った。
嬉しくて幸せで、あまり言葉は交わさなかったけれど、繋いだ手から伝わってくる由妃奈の温もりが愛おしくてたまらなかった。
二時間ほどで二人きりのデートを終え、僕たちは家に戻った。
二人で、なんともなしに教会の前まで歩いていくと、そこはもう人の気配はなく。
繋いだ手がいつまでも離せずにいると、横で由妃奈が「ふふ」と笑う。
「何?」
「初めて神様から穂紬を取っちゃった。」
あまりに嬉しそうに言う由妃奈の姿に、僕は胸が苦しくなる。
その痛みは不快なものなどではなく、喜びに近いものだった。
ずっと、ずっと彼女と一緒に居たい。
強い思いに突き動かされた僕はそこで立ち止まった。
自然と引っ張られる形になった由妃奈も立ち止まり、僕を振り返る。
「僕と付き合ってください。」
「・・・穂紬」
「子供の頃からずっと、ずっと・・・・君が好きだった。」
僕が言葉を発する度、由妃奈の顔がくしゃくしゃになっていった。
目に涙が溜まり、瞬きの瞬間大粒の雫が零れ落ちる。
「由妃奈が、大好きだよ。だから・・・・僕の恋人になって下さい。」
これまで僕は由妃奈の笑顔は数え切れないほどに見てきたけれど、こんなに綺麗な笑みは見たことがなかった。輝いているんじゃないかと勘違いしてしまうくらい、由妃奈はとても綺麗に微笑んで、
「はい。」
嗚咽交じりだけれど、はっきりとした声でそう、言った。
僕たちは見つめあい、寄り添った。寒空の下、音もなく舞い落ち始めた白い雪が、今この時の僕たちを、せめて隠してくれたら。
僕は身を屈ませ、そっと由妃奈の唇に自分のそれを押し当てた。
初めて触れた由妃奈の唇は柔らかくて温かくて、もう離れたくないとすら思ってしまうほどだった。
名残惜しく思いながら、唇を離すと由妃奈と目が合った。
「来年も一緒に、二人でイルミネーション見に行こう。」
「・・・うん。」
微笑んで抱きしめ合った僕たちはこの時、確かに幸せだった。
この約束は必ず守られると信じて疑いもしなかったから。




