過去≪御伽噺の真実・壱≫
僕と有美が自分たちの特殊な能力に気付いたのは、祖母が亡くなった五歳の時だった。
僕たちはそれはそれは祖母のことが大好きで、祖母が亡くなったと聞かされてもそれを理解出来なかった。
「おばあちゃんにはもう会うことは出来ない」と母に諭された時、ようやくそれを理解し、二人で随分と号泣したものだった。
いつまでも泣き続ける僕たちを見かねたのか、父がいつも祖母が身に着けていた大きなストールを遺品として手渡してくれた時は、大喜びをして二人でその大きなストールに包まった。
そしてその時、僕は初めて死者の声を聞いたのだ。
穏やかな祖母の声が耳元で囁くように、何かを言った。
「ゆうび、おばあちゃんが今しゃべったよ。」
「・・・・おばあちゃんは死んじゃったって、ママが言ってたよ?」
「でも、本当に聞こえたんだもん。」
「僕は聞こえなかったよ?」
二人でストールに包まっていたのに聞こえないと言った有美が嘘をついていると、この時僕は思った。けれど、実際に有美には何も聞こえては居らず祖母の声を聞いたのは僕だけだった。
僕はその経験をどう伝えていいのか分からず、それがもどかしくて、泣きながら有美の手を強く掴んだ。すると有美は目を見開いたまま体を硬直させてしまった。
その様子があまりに異様で、僕は大声で泣いた。
泣き声を聞いた母が何事かと僕たちの部屋に飛び込んでくると、咄嗟に僕は有美の手を放し母にしがみつく。
「何があったの?」
優しく訊ねる母に、僕は今起こった出来事を告げた。
「おばあちゃんがね、ママに言いたいことがあるって言うんだ。でも、ゆうびには聞こえなかったって・・・・一緒に居たのになんで聞こえないの?ゆうびも絶対聞こえたはずなのに。・・・・・それでね、僕がゆうびの手を持ったら、ゆうびが動かなくなっちゃった。」
泣きじゃくりながらそう説明をした。
母は僕が何を言っているのか分からなかったのだろう、怪訝な顔をしていた。
「穂紬、おばあちゃんはもう亡くなって会えないのよ?」
「だけど本当なんだもん・・・」
確かに聞こえた祖母の声を、どうやって伝えていいのか分からなくて僕はただ泣いた。
「ママ。」
有美が母を呼んだ。元に戻ったらしい有美が、僕たちが振り返るのとほぼ同時に母に抱きついてきて、母はそんな僕たちの背を包み込むように優しく抱き締めてくれた。
「・・・・もう、おねむなのかしら。二人ともお昼寝しましょうね。」
僕の言葉を何かの勘違いと取ったのだろう。
母は優しくそう言うと僕たちを寝室へと連れて行ってくれた。
ベッドに横になり、いつものように母と手を繋ぐ。
「眠るまで、こうしていてあげる。」
柔らかな笑みに僕は安堵し、目を閉じた。
「ママ。僕にもおばあちゃんの声が聞こえたよ。ママにも教えてあげるね。」
眠そうな有美の声が確かにそう言った。
「え?」
母のその声を聞いたのが最後で、そこで僕は深い眠りに落ちてしまい、意識を手放した。
その後、何が起こったのかは知らないままに。
どれくらい眠っただろうか、目を覚ますと母の姿はなく、横を向くと有美はまだ眠っていた。
有美を起こさないようにそっと起き上がると僕は部屋を出た。
僕たちの家は祖父の代から教会を営んでいた。
僕は真っ直ぐ、礼拝堂に向かった。
この時間なら父も母もそこにいると知っていたからだ。
礼拝堂を抜けて奥の小部屋に続く扉に手をかけた時、中から父と母の声が聞こえてくる。
それはこんな内容だった。
有美に手を掴まれた母は何故かそのまま眠ってしまい、そして夢を見た。
その夢の中で祖母に会い、何かを告げられたようだった。
あまりに現実味を帯びたその夢の内容が気になった母は、その夢の中で祖母に告げられた場所へ行き、言われた場所を探った。
「・・・・そうしたら、探していたこれが出てきたのよ。」
「本当なのか?」
父の声は強張っていた。
「・・・ええ。穂紬がおばあちゃんの声を聞いて、それをどうにかして受け取ったらしい有美が私に教えてあげると言っていたわ。そしてあの夢を見たの。・・・・・こんなことが、本当にあるの?」
「・・・・分からんが、しかし・・・・もし事実ならば、それは他人に知られてはならないものだ。」
「ええ・・・」
「ただの偶然だったかもしれんが、二人には他言しないように言い聞かせておこう。」
声は途切れ会話は終わったかのように思えた。少しの沈黙の後、
「・・・あなた、私怖いわ・・」
怯えた母の声に、僕は幼心にショックを受けた。けれどそれ以上に、次に発せられた父の言葉に衝撃を受けた。
「私の子供がそんな恐ろしいものだとは・・・・どうすればいいんだ。どうか偶然であってくれ。」
僕はこの時、すごく心臓がドキドキしたのを今でも覚えている。
自分が聞いた祖母の言葉が、良いものでないと聞かされた上、父と母に否定されたのだ。
たった一度の経験だったが、僕は恐怖し、その場から逃げるように立ち去り有美がまだ眠る寝室へと戻った。そしてベッドにもぐりこみ目を閉じていると、そのまま眠ってしまった。
拒否されたことで傷ついた心を見ないふりをしながら。
それから数日が経ったある日、やっと母から言われた。
亡くなった人の声が聞こえること、それを夢にして見せられること。
もしそれが本当に僕たちのやったことならば、それらは決して他言してはならないと。
僕たちにそれを告げた時の母の奇異なものを見る目を、僕はいつまでも忘れることが出来なかった。
その日を境に僕たちは両親の前でも、他人の前でも極力この力を見せないようになった。
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翌年。空き家だった隣家に榊一家が引っ越してきた。
両親と兄と妹の四人家族で、妹の由妃奈が同じ年だったこともあり、僕たちはすぐに打ち解け仲良くなった。
仲が良くなればなるほど、子供と言うのはとにかく秘密を胸にしまっておくことが中々出来ないものだと思う。
僕たちはある日由妃奈に自分たちの不思議な力を、話してしまった。
信じさせる為に由妃奈の亡くなった祖父の遺品を用意させ、僕が言葉を聞きそれを有美が夢にして由妃奈に見せてまで教えてしまったのだ。
しかし父や母とは違い、由妃奈は目を輝かせそれを「すごい」と喜んでくれた。
それが嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
今にして思えば、きっとこの時にはもう僕は由妃奈に恋心を抱いていたのだと思う。
僕たちは三人集まるといつも夢を見る秘密の遊びを繰り返した。
そして何度もそうしているうちに、見られる夢が故人の言葉に伝えるものだけでなく、見たいものを見ることが出来ることに気がついた。
僕たちは更にその遊びにはまり飽きずに何度も繰り返した。
由妃奈の七つ年上の兄が大学進学の為に家を出て行くと、両親が共働きの由妃奈は夜まで一人になることが多くなり、よく僕たちの家で夕食を一緒に食べた。
その頃にはもう、幼馴染ではなく三つ子の兄弟のようですらあった。
それほどまでに僕たちの仲は良かったのだ。
中学に進学しても、高校へ進学しても、僕たち三人の関係は変わりなくいつだって三人で居た。




