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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
13/30

回りだす運命の歯車

田島香織の依頼は僕が予想していた通り難航した。

弟が「絶対にこの病院に足は踏み入れない」と宣言をしたからだ。

僕は何度も説得したが、けんもほろろとはこのことで、取り付く島すらなかった。

仕方が無いので今度は香織側に場所を変更してもらえないか頼みに、現在病院へと足を運んでいるのだが。

足を踏み入れるのも嫌だった病院に足しげく通っている自分を僕は笑った。

確かに他の仕事もあってここへ来ているのも事実だが、本当はそれだけではないからだ。


最近知り合った、斉木由佳の存在があるからこそここへ来ているのだと、僕は自覚していた。

何故あの時、彼女にあんな提案をしてしまったのか自分でも良く分かっていない。

けれど、由佳を誘う言葉が自然と口をついて出てしまっていた。

好意を持っているかと聞かれれば、分からないと答えるのは卑怯かもしれない。


ただ、気になったのだ。彼女のことが。


「・・・・・」

記憶の奥底に閉じ込めてある一人の少女と、姿が重なってしまっているのだろうか。

彼女と同い年の由佳は、どこか雰囲気が似通っている。

微笑みかけてくる眼差しが、時折重なって見えてしまう。

僕は廊下に立ち止まり窓の外を見た。いつも待ち合わせ場所にしている中庭の噴水横のベンチにまだ由佳の姿はなかったが、チラリと腕時計を見ると、もうじき待ち合わせの時間になろうとしていた。


その前に野中の件をどうにかしなければ。

そう思い一歩を踏み出そうとした時、僕は背後から強く肩を掴まれていた。咄嗟に振り返ると、そこに居たのは榊だった。

 いつになく険しい表情をしている。


「何?」

「ちょっと来い。」

そして腕を掴まれ有無を言わせず、いつもの部屋へと連れて行かれる。

部屋の中央に突き飛ばされた僕はよろけた体勢を整えると振り返り、榊を睨みつけた。

「何だよ、急に。」

「斉木由佳にこれ以上関わるな。」

「・・・・は?」

予想外の言葉に、僕は間の抜けた返事をしてしまう。

しかし榊にはそんなものは関係なかった。


「お前が最近あの子と会っているのは知っている。先日は盛大に泣かせていたのも知っている。だがそんなことはどうでもいい、もうこれ以上あの子に深入りするな。」


ここは榊の勤めている病院だ。僕らの動向がこの男に知られていても不思議ではないが、深入りするなとは何だ?

捲くし立てるような榊の物言いに僕は口を開こうとした。

「ちょっと待てよ。急に何を」

「お前の意見を聞く気はない。いいか、もう二度とあの子には会うな。」

榊は聞く耳を持たず、しまいには僕を指差し、睨みつけてすらいる。

どこか苛立っているようにも見えた。しかしそれ以上に榊の言い方に僕は怒りを覚えていた。

こんなことまで指図されるいわれはないからだ。


「僕がいつどこで誰と会おうがそんな事、関係ないだろう。」

「ああ、関係ないさ。だが今回は事情が違う。あの子に関わることは絶対に許さない。」

「・・・・許さないって、お前に僕の行動を制限する権利があるとでも、思ってんの?」

「あるなしの話しじゃない。今回だけは言うことを聞け。」


 まるで子供に言い聞かせるように、榊は僕の二の腕を掴んでくる。それが僕の怒りを煽った。


「いつも聞いてるだろう!」

強引に腕を振りほどくと、僕は榊を睨みつけた。

榊は臆することなく僕の視線を受けると僅かに目を細めた。

「仮にあの子に関わらないとするのなら、その理由は?何が問題なんだよ。」

「・・・それは、お前が知る必要はない。」

「はぁ?何だよそれ。」

「・・・・・・一つだけ言えるのは、それがお前たちの為なんだ。」

 榊はそれきり言葉を発しなかった。ただ、これまでに見たことのない表情を僕に向けていた。

「意味が分からない。・・話はそれだけ?」

「お前はあの子が好きなのか。」

唐突な問いに僕はわずかに目を見開いた。

けれど問いには答えず再度榊を睨みつけると、その横を通って部屋を出た。

この時、どうして榊がこんなことを言ったのか僕は理由を考えもしなかった。

ただ子ども扱いされているようで、それが不愉快だったから、まともに話を聞けなかったのだと思う。


意味のないことを言う男ではないのだと、少し、考えれば良かっただけだったのに。




田島香織からの依頼は、野中が退院してから行うことになった。

急ぎではないし、そもそも無理を言ったのはこちらだから、と。僕はその言葉に甘えた。

都合のいい日を改めて連絡してもらう約束をして、僕はその場を後にした。

真っ直ぐに向かったのは中庭の噴水の前。

別に由佳の兄の病室の前で落ち合ってもいいのだが、どうにもここで会うのがくせになってしまっていたのだ。

 

少し待っていると「青柳さーん」と手を振りながら駆け寄ってくる由佳の姿が見え、僕はベンチから立ち上がった。

彼女は手に小さな花束を持っていた。

「遅くなってごめんなさい。」

「いや、そんなに待ってないから大丈夫だよ。」

「お兄ちゃんに花を選んでたらつい迷っちゃって。」

「今日って何かの日なの?誕生日とか。」

「ふふ。内緒―。」

由佳は嬉しそうに笑った。それから僕たちは連れ立って由佳の兄の病室へ向かった。

他愛の無い会話をしている時が何よりも楽しかった。

エレベーターで八階まで上がり廊下を歩いていると、すぐ目の前にナースステーションがある。

そこに、榊が居た。

由佳と共に歩いている僕をジッと見てくるが、僕はそれを無視した。


「榊先生!」


弾けるような由佳の呼びかけに、榊は手を振っているようだった。

由佳もそれに振り返し、満面の笑みを浮かべていた。


「あの先生と、知り合い?」

「うん、ずっとお兄ちゃんを担当してくれている先生。十年以上になるから、なんかお父さんみたいなの。」

ふふ、と頬を染める由佳に僕は何か引っかかるものを感じた。

十年以上。ずっと榊が担当している患者。


「・・・お兄さんって、入院してから何年経つ?」


「えーっと、私が六歳の時だったから・・・・十二年かな。」

「十二年」

そんな偶然があるのだろうか。僕は体の奥底から震えが湧き上がるのを感じていた。

 

そんなまさか。こんなことが、あるはずが無い。

 

考え付いてしまった一つの仮説を、僕は必死になって否定した。

それだけを頭の中で考えて、考えすぎてパンクしてしまうほどに。

気がつくと僕らは目的の病室の前に立っていた。 

由佳がドアを開けて中に入る後に続いて、病室内に足を踏み入れた。


今日はカーテンはひかれていなかった。窓から差し込む燦々とした日の光は、ベッドに横たわる人物を暖かく照らし出していた。

一歩一歩、僕はベッドに近づく。

全ての情景がスローモーションのように流れていった。

ベッドの真横に立ち、僕はその人物を見下ろした。ベッドヘッドのネームプレートに目をやる。


 斉木(さいき)和真(かずま)


「お兄ちゃん、お見舞いに来てもらったよ。」

 嬉々とした由佳の声だけが病室内に響く。 

 僕は頭から冷水をかぶせられたような気分に陥っていた。

 そこで思い至る。

「・・・・斉木」

ああ、同じ苗字じゃないか。頭を働かせていれば気付いた事実だったはず。

自分が一体どれだけ間抜けになっていたのかを知り、僕は含み笑った。


「青柳さん、どうかした?」


固まって動かなくなった僕に気付いたのか、由佳が覗き込んできた。

愛らしい顔立ちにこの男との共通点は見受けられない。

少しでも似通った箇所があれば、まだ気付いたかもしれないが。

この男とこんな再会を果たすなんて、皮肉にも程がある。


だからこの世に神などいないのだと、唾を吐き捨てたい気分だった。


僕は由佳の兄、斉木和真を見下ろした。

十二年の歳月を、寝たきりで過ごしたせいか、斉木は痩せ細りかつての面影は消え失せていた。

だが、それでも本人だと分かる。

 

姿を見ただけであの頃と何も変わらない怒りが、体の奥底から込み上げてくるからだ。月日は何も癒さなかった。記憶を消し去りもしてはくれなかった。


「・・・・青柳さん?」


不安そうな表情を浮かべる由佳に僕は「すまない」と低く呟いた、丁度その時。

ピリリリリリリ――。

僕の携帯の着信音が病室に鳴り響いた。携帯電話を確認すると榊からメールが届いている。

内容を確認し、僕は由佳に向き直った。

「すまない、急な用事が入ってしまった。また今度、仕切りなおさせてもらってもいいかな。」

由佳は残念そうな顔をしたが、小さく頷いてくれた。もう一度「ごめん」とだけ言い残し僕は後ろも振り返らず病室を後にした。








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