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愛をつたえる  作者: 川角檀弓
11/30

出会い





由佳はその日も学校帰りに兄の居る病院へとやってきていた。

いつもと違うのはその両手に大きなダンボールを持っていることだった。

和歌子の姉・香織から借りた本を溜めていたらいつのまにかこんなになってしまっていたのだ。

これくらいなら持って行けるだろうと思っていたのだが、考えが甘く、病室にたどり着くより前に由佳の両腕はすでに痺れきってしまっていた。

後もう少しで兄の病室にたどり着く、と最後の力を振り絞り、箱を抱えなおすとふらふらと覚束ない足取りで廊下を歩く。そして角を曲がった時。


「きゃっ!」


丁度角を曲がってきた人と正面衝突をして、思いっきり尻餅をついてしまった。

箱も床に落ち、中に入っていたたくさんの本が辺りに散らばってしまう。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて起き上がり本を拾い集めていると、ぶつかった人も一緒になって拾ってくれていた。

いくつかの本を拾うとその人は顔を上げて、由佳に済まなさそうにそれを差し出した。

整った顔立ちをした男の人だ。


「申し訳ない、考え事をしていて・・・」

「こっちこそ、ごめんなさい・・・・あ」


顔を見て、声を聞いて。由佳はその男の人を思い出した。

ちょっと前に病院の前で封筒を拾ってあげたあの男の人だ。

由佳が食い入るようにその男の人を見ていると、見られていることに気付いたのか彼も由佳を見て

「あれ?」と首を傾げた。


「もしかして少し前にここの前で」

「あ!はい!封筒を」

「やっぱり。」

男の人はふわりと笑みを浮かべた。

こんな偶然ってあるのだろうか。やっぱりこの人かっこいいな、と内心思いつつ由佳はドキドキする胸をそっと押さえた。


「今日もお兄さんのお見舞い?えらいね。」

「・・そんな事ないです。」


顔を真っ赤にしながら残りの本を全部拾い上げると箱を持ち上げようとした。

そんな由佳を制するようにその男の人が先にひょい、と持ったのだ。

「重たそうだから手伝うよ。」

「そんな、申し訳ないです。」

「いいよ、この間のお礼。」

慌てて箱を取り返そうとしたが彼は軽々と箱を持ちあげると「こっち?」と由佳が向かう方向へ歩き出してしまった。慌てて後を追いかけ、その後ろ姿について行く。

由佳は歩きながら彼の背中を見つめた。

クラスメイトの男子とも先生とも違う普通の男の人と接する機会なんてほとんどないから、なんだか胸がくすぐったかった。

この胸がふわふわする感覚は何なのだろう。

「病室はどこかな?」

ぼんやりと後をついていくだけだった由佳に、その人は振り返ると訊ねてきた。

由佳は慌てて「その先の、八0八号室です。」と言った。

兄の病室はもうすぐそこだった。せっかくなら、もっと長い距離を一緒に歩きたかったのに。

小さくため息をついたが、その時にはもう病室にたどり着いてしまっていた。


由佳は彼の前に回り込むと扉を開き、中に入ってもらうように促した。

そしてベッドの足元にある小さなテーブルセットの前に立つと「ここにお願いします」と指差した。

軽々とした動作で箱をそこへ乗せると彼が振り返る。由佳はぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました、助かりました。」

「どういたしまして。」


お礼を言うと彼は、また笑いかけてきてくれた。優しい笑顔だ。

「しかしまた、随分たくさんの本だね。」

「友達のお姉さんがここで看護師をしてて、私がいつもここに来てるから時間つぶしにってたくさん貸してくれたんです。面白かったから家に持って帰ったら、こんなにたまっちゃってて。」

「いつもって、そんなによくお見舞いに来てるんだ。」

「あ・・・毎日、来てるんです。」

由佳の言葉に彼は少し驚いたように目を開いた。引かれただろうか、と由佳は震えた。

女子高生が毎日兄のお見舞いだなんて、普通に考えてもおかしいのだから。

けれど彼は違った。

すぐに目を細めて、眩しそうに由佳を見てきたのだ。


「お兄さんが好きなんだね。」

「・・・・・・・え、と。」


由佳は顔を伏せた。真っ赤になってしまっているのを隠す為と、もう一つ。

彼の問いに正直に答えられなかったから。

兄は好きだ、早く目を覚まして欲しい気持ちもある。けどそれらは一番の理由ではなかった。

そのまま由佳は黙り込んでしまった。静まった部屋に広がる沈黙を破ってくれたのは彼だった。

開いたダンボールの中身が見えたのか、彼が少しだけ箱を開け中を覗き見ると言った。


「これ、もう全部読んだんだよね?僕この作者の本、他のシリーズをたくさん持ってるんだ。良かったら、貸そうか?」


彼の言葉は由佳の意表をついた。ハッと顔を上げた由佳は真っ直ぐに彼を見つめた。

「迷惑?」

「・・・い、え。いいえ。貸して下さい!」

「じゃあ、近いうちに持ってくるよ。大体いつもこれくらいの時間に来てる?」

「はい。」

「それじゃあ、都合がついた時に持ってくるから。」

 そう言うと彼は、兄の寝ているベッドを覆うようにひかれているカーテンをチラ、と見た。

「お兄さん、寝てる?長居して申し訳なかったね。」

「あ!・・いえ、大丈夫ですから」

「そう?じゃあ、また」

そのまま彼は病室を出て行こうとした。そこで由佳はハッとした。

「あの!」

今まさに扉を開けて出て行く背中に呼びかけると、彼は顔だけで振り返った。

「私、斉木由佳と言います。」

「・・・そうか、名前も名乗らず失礼しました。」

彼は由佳の居る方へ向き直るとゆっくりとした足取りでこちらへ戻ってきた。


「僕は、青柳穂紬と言います。」 


差し出された右手は大きくて、男の人の手だった。

恐る恐る自分の手を差し出し緩く握り締める。その手はとても温かかった。









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