能力
目覚めるとそこは病室だった。
真っ白の天井と風にはためくクリーム色のカーテン、そして病院独特のにおい。
窓枠に腰掛け外を眺めていた榊が衣擦れの音に気付いたのかこちらを向いた。
「気分はどうだ。」
声に僅かな怒気を感じ取り、僕は苦笑した。
「ごめん。」
「謝るくらいなら初めからもっと注意を払っとくんだな。」
「だって、まさかあんな爆弾みたいな感情だなんて思わなかったから。」
肘をシーツに突き、重い体を何とか起こす。頭の奥がまだしびれているようだった。
「久々にくらったよ。」
「全く、ここが俺の働いている病院だったことに感謝しろ。」
つっけんどんな言い方に、いたたまれず僕は頭を掻いた。
「田島のは依頼なのか。」
「・・・ああ、聞いたの?」
「詳しく聞かせろ。」
その俺様な物言いもいつものことで、僕は少々ぼんやりしている頭を振ってから、ゆっくりと話しはじめた。
この病院に入院中の香織の恋人、野中に彼の両親を夢で会わせること。
そしてそこへ至った経緯も順を追って僕は話した。
榊は香織の強引さを聞いて、小声で何か悪態のようなものを呟いていたようだったけれど、最後には盛大なため息をついた。
「あいつの話を聞いてやるべきだったな。そうすればこうはならなかった。」
「まあ、仕方ないよ。それに職場の上司にそんなこと相談出来やしないだろう。」
「それは・・・そうだが。もう引き受けたんだな?」
「ああ。さっき、カウンセリングをしてたんだ。そこでご両親の遺品を用意して欲しいと言ったら、彼、いつも身に着けてるみたいで。」
「あの指輪か?」
僕は頷いた。榊の眉が跳ね上がった。
「お前は、人が死ぬ時でも身に着けているようなものを、何の考えもなしに触れたのか。」
「・・・・・・」
「少し考えればどうなるかなんて分かりきったことだろう。お前自分の能力、みくびってんのか?」
「・・・いや」
違うけど、と言いかけた言葉は榊の険しい形相を前に消えてしまった。
今回の件は完全に僕の落ち度だった。
榊の言う僕の能力。それは死者の声を聞くことだった。
その人物の最期の想いや遺された言葉を、亡くなった当人もしくは遺品から読み取る、と言えば近いのかもしれない。
そうして僕が読み取った言葉や人の心を、夢にして見せることが出来るのが僕の弟なのだ。
僕たちの元へ舞い込んでくる依頼はいくつかあるが、その中で特に多いものが二種類ある。
一つは僕が故人の言葉を聞き、内容を伝える為に弟がそれを夢にして見せ会話をしたりするもの。
そしてもう一つは、依頼をしてくる本人が見たい願望の夢を見せるものだ。
仕事内容としては後者が圧倒的な割合を占めている。
例え夢の中だけであっても、せめて思い通りになればいいと願っている人間は驚くほどに多いのだ。
この仕事を始めて二年になるが、途切れない依頼に驚くばかりだった。
「少し休めば落ち着くだろう。体調が良くなれば勝手に帰っていい。」
「・・・分かった。」
榊は病室から出て行った。一人きりになると、いよいよ自分の失態を痛感し僕は項垂れる。
帰る前にもう一度野中の所へ顔を出しておかなければと思うと、もう居てもたってもいられず、僕はベッドから降りると身支度を整え、野中の病室へと戻った。
しかし、さぞ憤慨しているだろうと思っていた僕の気持ちとは裏腹に、野中は怒りどころかむしろ心配をしていたようで、僕が病室に顔を覗かせると安堵のため息をついてくれさえした。
僕は彼に謝罪をし、日を改めてまたカウンセリングをすることを伝え頭を下げた。
野中は快くそれを了承してくれた。
野中の病室を出ると廊下を歩きながら僕はさっき読み取った、野中の両親の言葉を思い浮かべた。
それはとてつもなく悲痛な叫びで、今も尚、訴えかけられている気さえしてしまう。
本当にこの叫びをそのまま彼に伝えていいのだろうか。
僕は熱くなった目頭をギュッと押さえ、唇を噛んだ。
少し短いので今日はもう1話更新しようと思います。




