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良い奴なのは分かった。だけど幽霊に付き纏われるのはごめんだ。そして、幽霊は帰路にも現れた。
「いい加減帰ってよ!」
「帰るって…家ないし。」
「ストーカーで警察に言うよ!?」
「それ本気で言ってる?」
幽霊は、馬鹿にしたように笑った。
警察に言ってもダメだ。信じるわけがない。私もまだ信じてないのに。
「ねぇ、幽霊見えるのは何回目?」
幽霊に尋ねられた。
「はじめて。」
「そうなんだ。」
「そもそも、私は幽霊の存在を信じてないタイプだから。今も夢なんじゃないかって思ってる。」
「ほっぺつねってみたら?」
「昨日から何度もつねってるけど必ず痛い。」
「じゃあ、現実だよ。」
「そうみたい。」
夜道は人が少なくて幽霊と喋っていても問題なかった。
「名前!教えてよ!」
「幽霊に名乗る名前などございません。」
「けち。」
幽霊はどう見たって私より若い。年下にケチと言われるなんて。
「年上に向かって失礼。」
「生まれたのは僕の方が早いと思うけど?」
そうか。幽霊は、私より若く死んだってことだ。
「可哀想って思った?」
「まぁ。」
「人間は、いつ死ぬか分からないから。今を精一杯生きた方がいいよ。」
「それじゃあ、こんな風に幽霊と話す時間が無駄かも。」
「説得力のあるアドバイスになると思ったんだけどな。」
「説得力はあるわね。」
そんな話をしていたら私の住むアパートに着いた。ポストから薬局からのキャンペーンのはがきを取り出して部屋へ向かう。
鍵を開けて、中へ入った。玄関に置いた昨日の盛り塩が減っている。
「あなた、舐めたの?」
「この塩は、あんまりおいしくなかったよ。」
「卵焼きは食べれないのに塩は舐められるのね。」
「卵焼き食べれないのバレてたんだ。」
「だって、減ってなかったもの。」
「そっかぁ。」
靴を脱いで、部屋へ上がる。幽霊も勝手についてくる。はがきをテーブルに投げ捨てる。幽霊がそのはがきに顔を近づけている。私は、その間に部屋着に着替えた。
すると、幽霊が興奮した様子でこちらへ向かってきた。
「わかったよ!あなたの名前!ようこ!」
「残念。違います。」
「嘘つかないでよ。これ!」
幽霊が指したのは先程投げ捨てたはがきの宛名。-永沢 陽子と書いてある。
「嘘じゃない。」
「ながさわようこって書いてあるじゃん。」
もう名前なんて隠さなくていいか。
「ながさわ、はるこだよ。」
「はるこ?」
「そう。はるこ。」
「じゃあ、ハルだね!」
「ハル?」
「うん。」
私はそれからこの幽霊に、ハルと呼ばれるようになる。
「私の名前だけ聞いて、あなたは名前を言わないのは不公平だと思う。」
「ささや、ゆう」
「ささや、ゆう?」
「あんまり、好きな名前ではなかったんだけど。」
「漢字は?」
「パンダの好物の笹に谷。それと優しいの優。」
「なんで、好きじゃないの?」
「優って女みたいって笑われたことがあって。」
「私はいいと思うけど。幽霊のゆうだね。」
私はそれから幽霊を、ゆうと呼ぶようになる。