第四部その2 再び政争の中に
そんな逸見と美登の感情は、当然良治にも分かっていた。だが、二人が今違うステージに居る以上、自分にはまだ割り込める余地があると思っている。彼は美登を諦めては居なかった。更に強かなのは、良治は逸見と言う一人の才能を持ったギタリストを、HDIAから切り離す事で、自分が彼への主導権を持つと言う立場になる。ここはどす黒い感情では無いにしても、この二人の関係には自分がその鍵を持つ事になるだろうと言う立場に居るのだと思っている・・。このように、何故人は、自分の思いそのままに純粋に互いに好きあっているのに、様々な状況や感情がそれを妨げるのか。この関係は、だから今がその時では無いのだ。美登は、逸見の両腕に飛び込んで行きたい自分を必死で抑えていた。逸見はどうか・・自分の美登の歌詞に返答する形で楽曲を付け足し、短い決意と美登に対する変わらぬ思いを込めた。逸見は宣言したのだ、美登が好きだと。そして、今やっと君に対して宣言する・・自分の進む道が見えた。俺はこの道を行くけど、君はどうする?と・・問いかけだった。彼は、美登が父親に会えず、寂しい心を抱えていた時を知っている。美しく、あでやかで、誰よりも目立っていた存在でありながらも、何時もどこかで入り込めない壁を作り、自分の内面に触れさせようとしなかった。彼は、分かっていたのだ。ここに俺達のスタイルで演奏しているサルタンズと言う曲を演奏するコピーバンドが居るぞ、ここに俺達は居るんだ・・と。美登は訴え続けていたのだ。自分の内面を抱擁してくれる父を・・通常の両親と過ごす過程を。その時の逸見には、それを受け止める力も勇気も無かった。しかし、美登が望むダイア―ストレイツの曲を極めて、少しでも彼女の心に近づこうとしたのだ。
美登にもそれは分かっていたのだろう。しかし、その時の彼女には突き進める勇気も無かった。彼女は、ルポライターと言う道を選んだ背景には、きっとそう言う思いを断ち切る決意もあったのかも知れない。そして、一志にも会った。彼女は大きく強烈な彼との出会いによって、自分の心が破壊させそうな生きる事の切なさ、理不尽さ、苦しみ、激情・・体験したのだった。そこからマスコミに追い回され、安永家と隣接する別荘に籠った時から、自分の母すらも血縁の無い事。父のやっと吐露された真実。生きると言う事への意味を分かったのである。美登にとって、どんなに苦しい事が待ち受けているかも知れない人生の荒海に出る事は、自分が何故ルポライターの道を選択したのかの答えである。いや、それは答えと言うものは、人生の終焉において「ああ・・良い人生であったなあ」と思える人「つまらない人生だったな」或いは、突然に息絶えその感情すら無いのかも知れない。しかし、それはその途上であっても、達成感が全てでも無い。人は、結果が全てであると言う考え方を否定はしないが、どう生きるかと言う方向性が大事であると今の美登は思っている。そして、逸見はその道を見つけたようだ。そこに美登は涙をしたのである。恋・・結婚と言う形が幸福と言うものであれば、勿論それで良いが、必ずしもそうならなくても、互いに男女の垣根を超えた信頼感における友情的な姿であってもと良いと思う。美登達がどう言う信頼感を築く事が出来るのかは、今は分からない。二人ともその思いを今吐露し合う時では無いのだろう。
良治もそうだった。少なくても逸見を潰してやろうかとは一時的に思った。しかし、それは壊してはならない才能だと感じた。しかし、今自分はこの厳しく、激しく流動する世界情勢の中で常に情報をキャッチし、経営者として動く事。そこに勿論美登が居てくれれば最高の至福だろう。しかし、その美登と少なくても今は距離を開けず、そこで信頼感を持つ事だ。今がその自分の思いを告げる状況でも無いし、又ライバルが現れて圧倒的にも不利である。しかし、この立ち位置を見失ったら自分は落伍者になると思っている。彼も常に前を向いているのだ、向く事が、唯一自分をアピールできる事だと思っている。