表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/45

「オーナーは、今どこにいるの?」


 リリィは、メモを取りながら質問をしていく。僕は一生懸命に頷きながら、話をよく聞いている感じを頑張って出そうとしている。それしかできない。


「全くわからなくて。携帯はもう、使われていないみたいなんです。住所も知らないし」


「よく行く店なんかはご存知?」


「あまり女の子のいるお店には行かない人みたいだったから……あ、写真があります」


 オーナーの名前は吾妻智(あがつまさとし)。30代後半から40代前半。細身でスラリと背が高く、髪も豊かで、女性にモテそうな容姿をしている。


「ごめんなさい、何も手掛かりがなくて」


「いや、大丈夫ですよ。では、成功報酬は10万円でよろしいですか?」


 本当に大丈夫なのか。


「はい、それはもちろん。でももし、ダメだった時は……」


「一円もいただきません」


「えっ、それでいいんですか!?」


「代表の浜田が決めたことですから。ねっ?」


 リリィはそう言って、テーブルの下で僕の膝をトントンと叩いた。


「そ、そうです。ご安心ください」


 これは事前に源介が決めていたことであり、本当だ。


「この写真、お借りしていい?」


「どうぞ」


 その後は、吾妻の特徴や人柄、着ていた服装など、細かいことをいくつかヒアリングした。これ以上の情報はもうなさそうだったので、面談終了。美奈の分の会計もまとめて僕らで支払い、店を出て別れた。



 15:00。


 手掛かりは写真のみ。さてどうするのか。


「写真があれば見つけたも同然だよ。ホシ(・・)がススキノから離れてなければ、の話だけどね」


「えっと、聞き込みとか、やるんでしょうか……」


「聞き込みやるよ、一人だけ」


「一人だけ?」


 リリィはニコッと笑って携帯を取り出した。今日だけでこの笑顔に、何度もやられかけている。頑張れ僕。


「もしもーし、源介?」


 リリィは、源介に進捗の報告をし、何やら指示を受けている。


「オッケーわかったー」


 電話が終わった。


「高くつくけど、メンワリやっていいって。行くよー」


「メンワリ?」


 話を飲み込めないまま、リリィの後ろをついていく。人混みを避けながら、ススキノ交差点を渡り、地下鉄南北線すすきの駅にたどり着いた。

 すすきの駅三番出口のすぐ隣に、小さい昔ながらのタバコ屋がある。周りがビルばかりなのに、その一角だけは古いままだ。その店は切手も扱っていて、何だか昭和のノスタルジーを感じさせる店だ。


「オト、今からあたしの言う通りにして。できる?」


「が、がんばります」



 ①.このタバコ屋のお婆さんに、まずは堂々と挨拶をする。

 ②.缶ピースを注文し、二万円と吾妻の写真を渡す。

 ③.言われたことを脳に焼き付ける。

 ④.礼を言って立ち去る。


 以上の一連の動きを軽快に、さり気なく。


「お婆ちゃん、源介じゃないと相手にしないから、これオトにしかできないんだよ。期待してるからね」


 全く何が何やらわからない。だがしかし。


 僕はできる僕はできる僕はできる。


「行ってこい!」


 リリィに背中を叩かれた時、僕は奇妙な快感を覚えた。僕は喜んでいるのか?そうだ。これが無事に上手くいったら、リリィに告白しよう!

 緊張で頭がドンドンおかしくなっていくのを自覚しながら、タバコ屋の開いたガラス戸の前に立った。ショートウルフとサングラスの僕の顔が、ガラスに映っている。この僕なら、やれる。まずは手順①だ。



「ちょりーっす」



 自分でも耳を疑ったがもう遅い。だってそう口から出てしまったのだ。すぐに、ガラス戸から驚いた様子でお婆さんが顔を出した。


「革ゲンかい!?あんた、変なもん食べたんでないべね」


 しまった。警戒されているが、何とかコミュニケーションは取れた。


「うぃっす。別にっす」


「いや〜革ゲン。あんた、しばらくぶりでしょや。マルボロでいいのかい?」


 その②。


「うっす。違うっす。缶ピースください!」


 その瞬間、お婆さんの表情が険しくなった。これは成功、失敗、どちらのサインなのか。ドキドキしながら、僕は万札を二枚と、吾妻の写真を小銭受けに置いた。お婆さんは、無言でまず万札を素早く手元に収め、それからじっと写真を見つめている。


 来た。メンワリとは、これのことか。面割(めんわ)り。そして、ここからが③だ。


「この人だら、だいたい平日の19時過ぎくらいに来て、23時くらいに戻る。曜日は決まってない。飲んで顔ば赤くしてるけど、女の店では飲んでないと思う。同伴連れてるとこ見たことねえも。必ず右行って右から戻るから」


 僕は衝撃を受けた。このお婆さんは、すすきの駅三番出口から出入りする不特定多数の人間の顔を、一人一人判別し、それぞれの特徴を把握しているのである。


「それくらいだんだ」


 ④で終わりだ。


「ありっす!超やべえ!パねえ!お疲れっす!!」


「酔っ払ってるんだべか……」


 本気で心配するお婆さんの声が去り際に聞こえた。缶ピースを抱えて、小走りで戻る。上手くいった。世の中には、こんなにもすごい人がいるのか。達成感と驚きの二つの感情で、胸が満たされていく。


「おっ、お疲れ!どうだった?」


「ううう上手くいきましたよ!」


 気分が大きくなる。タバコは吸えないこともないが、普段は吸わない。しかし何故か、勢いで缶ピースの蓋を開け、一本くわえて源介のジッポーで着火してみたくなった。


「あっ!」


 リリィが驚いた顔をした。僕は、盛大にむせた。口の中にタバコの葉が入り、急いで吐き出した。


「それ両切りだし、20ミリもあるのに」


 リリィが手を叩いて笑っている。嬉しくて、むせながら僕も笑った。おかしくておかしくてたまらなかった。



 15:30。


 ススキノ交番の並びにある、大手チェーンのドーナツショップに入り、リリィと打ち合わせをすることにした。

 メンワリ婆さんの情報によれば、平日の19時過ぎにすすきの駅三番出口から出て来て、23時頃に駅に戻って来るとのこと。その時間の間は、ススキノのどこかで酒を飲んでいることは間違いない。女のいる店ではなさそうであるという情報は、美奈が言っていたことと一致する。行き帰りいずれかの時間帯に駅近くで張り込み、吾妻を見つけ次第、尾行を開始。これで間違いなく吾妻の自宅を突き止めることができる。


「オト、頑張ったじゃん。見直した」


 リリィの言葉が嬉しかった。


「な、何か、ちょっと楽しかったです」


「じゃあできる子のオトに問題。吾妻はどこに住んでるでしょうか?」


 吾妻の住所?それはこれから尾行して突き止めることではないのか?


「えっと、あの、それはまだわからないですよね……?」


「ピンポイントではわからないよ。でも、少なくともこの辺りかな〜っていう絞り込み」


 全くわからない。


「す、すみません……」


「札幌市内、地下鉄沿線。駅から徒歩すぐの場所ってことまではわかるでしょ」


「えっ、そうなんですか?」


「23時過ぎに地下鉄に乗って帰っても、降りた後にはもう、札幌ってバスなんてどこも走ってないでしょ。そこからわざわざタクシーを使うってのも考えにくいし。だから地下鉄駅の近くだよ」


 なるほど。確かに、言われてみればそうだ。


「成功報酬が10万円しかないの考えるとさ、もうメンワリで二万使っちゃったから、これからは経費あんまりかけられないな〜」


「吾妻がすぐ見つかるといいんですけどね……」


 源介に途中経過を報告した。せっかくなので、今夜から張り込みを行うことに決定した。吾妻が現れる時間帯まで、まだかなり時間がある。それまでは自由行動でよいことになった。

 他にもいくつか依頼はあるが、リリィ以外の人員に割り振ったそうだ。僕はリリィにマンツーマンでサポートしてもらい、この案件に集中するようにと言われた。僕が早く慣れるように、配慮してくれているのだろう。当初は気が進まなかったが、今はかなり気持ちが変わって来ている。源介とリリィからの期待に、応えたいと思えている。そう言えば、人から何かを頼まれ、必死にこなそうとするのは、何年ぶりだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ