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「オーナーは、今どこにいるの?」
リリィは、メモを取りながら質問をしていく。僕は一生懸命に頷きながら、話をよく聞いている感じを頑張って出そうとしている。それしかできない。
「全くわからなくて。携帯はもう、使われていないみたいなんです。住所も知らないし」
「よく行く店なんかはご存知?」
「あまり女の子のいるお店には行かない人みたいだったから……あ、写真があります」
オーナーの名前は吾妻智。30代後半から40代前半。細身でスラリと背が高く、髪も豊かで、女性にモテそうな容姿をしている。
「ごめんなさい、何も手掛かりがなくて」
「いや、大丈夫ですよ。では、成功報酬は10万円でよろしいですか?」
本当に大丈夫なのか。
「はい、それはもちろん。でももし、ダメだった時は……」
「一円もいただきません」
「えっ、それでいいんですか!?」
「代表の浜田が決めたことですから。ねっ?」
リリィはそう言って、テーブルの下で僕の膝をトントンと叩いた。
「そ、そうです。ご安心ください」
これは事前に源介が決めていたことであり、本当だ。
「この写真、お借りしていい?」
「どうぞ」
その後は、吾妻の特徴や人柄、着ていた服装など、細かいことをいくつかヒアリングした。これ以上の情報はもうなさそうだったので、面談終了。美奈の分の会計もまとめて僕らで支払い、店を出て別れた。
15:00。
手掛かりは写真のみ。さてどうするのか。
「写真があれば見つけたも同然だよ。ホシがススキノから離れてなければ、の話だけどね」
「えっと、聞き込みとか、やるんでしょうか……」
「聞き込みやるよ、一人だけ」
「一人だけ?」
リリィはニコッと笑って携帯を取り出した。今日だけでこの笑顔に、何度もやられかけている。頑張れ僕。
「もしもーし、源介?」
リリィは、源介に進捗の報告をし、何やら指示を受けている。
「オッケーわかったー」
電話が終わった。
「高くつくけど、メンワリやっていいって。行くよー」
「メンワリ?」
話を飲み込めないまま、リリィの後ろをついていく。人混みを避けながら、ススキノ交差点を渡り、地下鉄南北線すすきの駅にたどり着いた。
すすきの駅三番出口のすぐ隣に、小さい昔ながらのタバコ屋がある。周りがビルばかりなのに、その一角だけは古いままだ。その店は切手も扱っていて、何だか昭和のノスタルジーを感じさせる店だ。
「オト、今からあたしの言う通りにして。できる?」
「が、がんばります」
①.このタバコ屋のお婆さんに、まずは堂々と挨拶をする。
②.缶ピースを注文し、二万円と吾妻の写真を渡す。
③.言われたことを脳に焼き付ける。
④.礼を言って立ち去る。
以上の一連の動きを軽快に、さり気なく。
「お婆ちゃん、源介じゃないと相手にしないから、これオトにしかできないんだよ。期待してるからね」
全く何が何やらわからない。だがしかし。
僕はできる僕はできる僕はできる。
「行ってこい!」
リリィに背中を叩かれた時、僕は奇妙な快感を覚えた。僕は喜んでいるのか?そうだ。これが無事に上手くいったら、リリィに告白しよう!
緊張で頭がドンドンおかしくなっていくのを自覚しながら、タバコ屋の開いたガラス戸の前に立った。ショートウルフとサングラスの僕の顔が、ガラスに映っている。この僕なら、やれる。まずは手順①だ。
「ちょりーっす」
自分でも耳を疑ったがもう遅い。だってそう口から出てしまったのだ。すぐに、ガラス戸から驚いた様子でお婆さんが顔を出した。
「革ゲンかい!?あんた、変なもん食べたんでないべね」
しまった。警戒されているが、何とかコミュニケーションは取れた。
「うぃっす。別にっす」
「いや〜革ゲン。あんた、しばらくぶりでしょや。マルボロでいいのかい?」
その②。
「うっす。違うっす。缶ピースください!」
その瞬間、お婆さんの表情が険しくなった。これは成功、失敗、どちらのサインなのか。ドキドキしながら、僕は万札を二枚と、吾妻の写真を小銭受けに置いた。お婆さんは、無言でまず万札を素早く手元に収め、それからじっと写真を見つめている。
来た。メンワリとは、これのことか。面割り。そして、ここからが③だ。
「この人だら、だいたい平日の19時過ぎくらいに来て、23時くらいに戻る。曜日は決まってない。飲んで顔ば赤くしてるけど、女の店では飲んでないと思う。同伴連れてるとこ見たことねえも。必ず右行って右から戻るから」
僕は衝撃を受けた。このお婆さんは、すすきの駅三番出口から出入りする不特定多数の人間の顔を、一人一人判別し、それぞれの特徴を把握しているのである。
「それくらいだんだ」
④で終わりだ。
「ありっす!超やべえ!パねえ!お疲れっす!!」
「酔っ払ってるんだべか……」
本気で心配するお婆さんの声が去り際に聞こえた。缶ピースを抱えて、小走りで戻る。上手くいった。世の中には、こんなにもすごい人がいるのか。達成感と驚きの二つの感情で、胸が満たされていく。
「おっ、お疲れ!どうだった?」
「ううう上手くいきましたよ!」
気分が大きくなる。タバコは吸えないこともないが、普段は吸わない。しかし何故か、勢いで缶ピースの蓋を開け、一本くわえて源介のジッポーで着火してみたくなった。
「あっ!」
リリィが驚いた顔をした。僕は、盛大にむせた。口の中にタバコの葉が入り、急いで吐き出した。
「それ両切りだし、20ミリもあるのに」
リリィが手を叩いて笑っている。嬉しくて、むせながら僕も笑った。おかしくておかしくてたまらなかった。
15:30。
ススキノ交番の並びにある、大手チェーンのドーナツショップに入り、リリィと打ち合わせをすることにした。
メンワリ婆さんの情報によれば、平日の19時過ぎにすすきの駅三番出口から出て来て、23時頃に駅に戻って来るとのこと。その時間の間は、ススキノのどこかで酒を飲んでいることは間違いない。女のいる店ではなさそうであるという情報は、美奈が言っていたことと一致する。行き帰りいずれかの時間帯に駅近くで張り込み、吾妻を見つけ次第、尾行を開始。これで間違いなく吾妻の自宅を突き止めることができる。
「オト、頑張ったじゃん。見直した」
リリィの言葉が嬉しかった。
「な、何か、ちょっと楽しかったです」
「じゃあできる子のオトに問題。吾妻はどこに住んでるでしょうか?」
吾妻の住所?それはこれから尾行して突き止めることではないのか?
「えっと、あの、それはまだわからないですよね……?」
「ピンポイントではわからないよ。でも、少なくともこの辺りかな〜っていう絞り込み」
全くわからない。
「す、すみません……」
「札幌市内、地下鉄沿線。駅から徒歩すぐの場所ってことまではわかるでしょ」
「えっ、そうなんですか?」
「23時過ぎに地下鉄に乗って帰っても、降りた後にはもう、札幌ってバスなんてどこも走ってないでしょ。そこからわざわざタクシーを使うってのも考えにくいし。だから地下鉄駅の近くだよ」
なるほど。確かに、言われてみればそうだ。
「成功報酬が10万円しかないの考えるとさ、もうメンワリで二万使っちゃったから、これからは経費あんまりかけられないな〜」
「吾妻がすぐ見つかるといいんですけどね……」
源介に途中経過を報告した。せっかくなので、今夜から張り込みを行うことに決定した。吾妻が現れる時間帯まで、まだかなり時間がある。それまでは自由行動でよいことになった。
他にもいくつか依頼はあるが、リリィ以外の人員に割り振ったそうだ。僕はリリィにマンツーマンでサポートしてもらい、この案件に集中するようにと言われた。僕が早く慣れるように、配慮してくれているのだろう。当初は気が進まなかったが、今はかなり気持ちが変わって来ている。源介とリリィからの期待に、応えたいと思えている。そう言えば、人から何かを頼まれ、必死にこなそうとするのは、何年ぶりだろうか。




