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 狸小路商店街は、東西1km弱くらいに伸びたアーケードであり、その歴史を辿ると明治時代まで遡る。北海道では最古の商店街だろう。東から西へ一丁目から七丁目まで、飲食店や土産屋を始め様々な専門店がひしめき合い、人通りも多い。アーケードの東端には、創成川(そうせいがわ)が流れている。

 一丁目の路地裏に入って少しの所に大きく開けた場所があり、そこに源介の自宅兼事務所が建っている。舗装されていない敷地に、先日大活躍したであろう、傷だらけのデリカスペースギアがとまっていた。

 カマボコ型の資材倉庫を改装し、中を上下に区切って二階建てにしている。シャッターがあった部分はガラスに替えられていて、外から中の様子が見える。


 一階は60畳ほどの広いワンフロアをそのまま事務所として使用しており、間仕切りはされていないが、源介達のデスクや本棚、コピー機などがある事務エリアと、ソファやテーブルのある応接エリアとが明確に分けられている。

 ガラス扉の入り口から、応接エリアの辺りまでは綺麗な土間なので、来客が靴を脱がなくてもよい。その先の事務エリアからは、床が持ち上がってカーペットになっている。

 二階の半分は源介の生活エリアで、もう半分は吹き抜けになっている。スキップフロアと呼ばれる作りらしく、二階から一階を見渡すことが可能。つまり、建物の中で風呂トイレを除く全ての空間が繋がっている作りであり、開放的だ。

 内装はチップボード、鉄板、コンクリートなどばかりで、階段に至っては工事現場などでよく見かける縞鋼板(しまこうはん)剥き出し、全体的に無骨なデザインに統一されているが、実は階段以外はよく見ると、どれもそれらの材質のように見える壁紙だった。つまり、本当はしっかりと断熱材を仕込んだ、木造の内壁になっている。さすがに本物の鉄板やコンクリであれば、真冬は寒過ぎてとても住めないだろう。倉庫だった建物を住宅用に作り変えるとなると、相当な手間がかかったはずだ。僕は源介の経済力に、改めて驚かされた。


 リリィは、僕と源介の洗濯物を、ドラム式の洗濯機に放り込んでいる。

 入り口の大きなガラスに、僕の姿が映っていた。ショートウルフにサングラス、古着のTシャツに、レザーパンツ、白いラバーソウル。多数のシルバーアクセサリー。今までの僕とは正反対の、ガラは悪そうだが、強くて頼れそうな男の姿。何となくポケットに両手を入れて、足を開き気味に、顎を出して、ふてぶてしい立ち方をして見た。これはこれで、悪くないかも知れない。


 建物の中の至る所に、源介が趣味で集めて来たと思われる、大小様々な雑貨が賑やかに飾られている。特に映画や音楽に関する物が多そうだ。

 ピカピカに磨かれたP150Xのベスパが、土間部分で存在感を発している。屋内にあるということは、オブジェとして置かれているだけで、乗られてはいないのだろうか。源介は松田優作にも憧れているのかも知れない。

 関心して見回していると、リリィの用意が終わったようだ。何やら、仕事で使う書類や道具をまとめたバッグを持っている。


「さて、行くよー」


 リリィが男だなんて信じられない。こんな美人過ぎる男が存在するのか。確かに声はハスキーで低めだし、背も女性にしては高いし、初めて会った時は、肩や腕が引き締まって見えた。でもどれも普通の女性にだってありえることだ。控え目だが、胸だってある。いや、僕の体だってこんなことになってるわけで、それに比べたら驚くことでないのかも知れない。この際、証拠を見せろ。


 見せてください!!


 心の中でそう叫んだ。僕はホモではない。



 13:45。


 狸小路三丁目から駅前通りを左折し、少しススキノ側へ歩く。駅前通り沿いの地下にある、「椿屋(つばきや)珈琲(コーヒー)」に入った。ここで、これから美奈との面談を行う。この店は渋くオーセンティックな喫茶店で、夜はジャズバーに変わるらしい。


「お待ち合わせ二名様です!」


 元気で可愛らしいウェイトレスが僕達を導いてくれた。ボックス席のテーブルと椅子は、木製の無骨なデザインであり、それらがピアノのある小さなステージを囲むようにいくつも設置されている。僕達は奥側の席に通された。そこで、すでに美奈はコーヒーを飲んで待っていた。緊張するが、さっき歩きながら練習した成果を見せなくてはならない。


「は、はじめまして、は、浜田ともも申します」


 震える手を全身の力で押さえつけながら、浜田源介の名刺を両手で差し出した。


「お待たせしてしまって。リリィと申します、この度は、よろしくお願いします」


 リリィの名刺には本当にそのまま「リリィ」と書かれている。社会人としてそれはどうなんだ。


「美奈です。その、何と言うか、本当に、ご迷惑をおかけすると思うのですが……」


 美奈の、お店の名刺を受け取った。店名は「ルアージュ」。デザインフォントで大きく印字された「美奈」の文字のバックには、キャストとしてドレスを纏いアクセサリーで着飾った、美しい美奈の写真がプリントされている。

 だが、実際にこうして目の前にいる美奈は、今時の控え目な学生という感じの女の子だった。髪は、店内が暗いのでわかりにくいが、やや明るめの茶色だろうか、ゆるくパーマがかかったボブが可愛らしい。ニュークラに興味はないが、美奈のお店での変わり様を、一度見てみたい気もする。


「革ゲンさんとリリィさんとお会いできて、感激です。お噂は聞いておりまして。すごい探偵さんだって。その、緊張してしまって……ごめんなさい」


「恐縮です、ありがとうございます」


 リリィは、若い依頼人の緊張をほぐそうと、笑顔で接している。やはり、革ゲンとリリィはかなりの有名人らしい。それは探偵業をする上で、不利にならないのだろうか。知名度があるということは、仕事が多く来るというメリットもあるが。


「リリィさん、噂以上に綺麗。すごい。あ〜緊張する」


 美奈は、20歳そこそこの女の子らしい照れ方をして、モジモジしている。確かにリリィは綺麗だ。僕も恋をしそうだ。しそうではあるのだが。


「美奈さんも、評判以上の美人さんで。お店の方も、お忙しそうですね」


「そんな、全然です!あぁ恥ずかしい!」


「美奈さんと店外でお茶とか、嫉妬されちゃうかも。気を付けなくちゃ」


「なな何を仰るんですか!私なんて全然ですから!」


 この、女どうしの褒め合い、謙遜し合いの応酬はすごい。それでいて陰では、平気で180度ひっくり返したことを言っていたりするから、恐ろしい。いや、そもそもリリィは女にカウントしてよいものか。僕は、何だかいたたまれなくなって、店員に声をかけた。


「すみません、コーヒー二つ」


「何のコーヒーになさいますか?」


 ウェイトレスが、首を傾げて聞いて来た。しまった。コーヒーにも種類があるのか。面倒だ。


「マンデリン二つ!」


 すかさず、リリィが助け舟を出してくれた。


「かしこまりました、お待ちください」



 美奈は札幌市内の私立大学に通っており、今年で20歳。かつての僕と同じく道内の田舎から出て来て、一人暮らしをしている。

 親からの仕送りはアパートの家賃と学費だけであり、食費、光熱費、お小遣いは自分で稼がなくてはならない。収入の良いアルバイトを探すうちに、同じ大学の友人から誘われ、一年前にこの業界に足を踏み入れることになった。

 素朴で飾らない雰囲気と素人っぽさ、マメな営業、聞き上手なスタイルがオヤジ達に見事に刺さり、美奈はすぐに店のナンバーワンに上り詰めた。

 当時の店は「ブレンダ」という、キャスト常時20名以上の、小中規模の店だった。開店からしばらくは流行ったが、一年以上もてば御の字と言われるこの業界、やはりブレンダもマンネリ化の一途を辿り、二か月前には畳まれてしまった。その時の最後の二か月分の給料、合計80万円ほどが、美奈にはまだ支払われていないのである。これを取り立てて欲しいという依頼だった。

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