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18:40。
古着のTシャツにレザーパンツ、ラバーソール、シルバーのアクセサリーをありったけ身に付ける。ショートウルフの髪をセットし、サングラスをかける。僕は……俺は、浜田源介、革ゲン。探偵だ。
ヘンドリックスをショットグラスに注ぎ、ストレートで一気に飲み干す。両手で顔を叩いて、気合いを入れた。
「じゃあ、行ってきます」
「……オトさん、気を付けて」
瑞穂とユラが、心配そうに僕を見送ってくれた。僕は事務所を出て、ススキノへ向かった。函館から札幌への長距離移動による疲労はあったが、それよりも緊張が勝ってしまっている。
事務所に瑞穂とユラをかくまって、リキッドに護衛を頼もうと思ったが、彼の格闘能力は前線で使いたい。やむを得ず、源介の仲間の男性を二人、事務所に回してもらった。リリィやリキッドには及ばないものの、彼らも腕っ節にはある程度定評がある。源介から彼らには、僕が戻るまで戸締りの徹底を指示されており、スタンガン、ガス式エアガン、特殊警棒などの護身アイテムも渡されている。瑞穂とユラは、ひとまずは安心だろう。
19:00。
僕は、ルアージュのあるビルに到着した。エレベーターで二階に上がり、店に入る。
「いらっしゃいませ。本日、ご指名などはございますか?」
蝶タイとインカムを付けた若い黒服が、僕を迎えた。
「美奈さんをお願いします」
「かしこまりました。すぐにご案内できます、どうぞ」
大きなBGM、大勢の客とキャスト達の喧騒、派手派手しく色が移り変わる照明。アルコール、香水、化粧品、汗、タバコが混じりあった夜の匂い。それらの中を、黒服に連れられ奥へと進む。すりガラス調のアクリルで作られたパーティションに囲まれた、二人がけソファと小さな丸いテーブル。僕はそこに腰掛け、美奈を待つことにした。黒服が注文を聞いてきたので、グラスビールを頼む。すぐに黒服がグラスビールを運んで来て、片膝を付いて渡して来た。
「今しばらくお待ちくださいませ」
グラスビールを飲み干す。全く酔う気配がなかった。五分後、黒服のエスコートで、美奈が現れた。
「革ゲンさん!お待たせして申し訳ありませんでした!」
およそ二十日ぶりくらいだろうか。久しぶりの美奈の笑顔だ。髪は、ゆるくパーマがかった品の良い茶色のボブ。細身の体に、青いワンショルダーのミニスカワンピース。整った魅力的なデコルテライン。前回、面談の時には気付かなかったが、意外にも胸は豊かで、細いウエストとのメリハリが美しい。20歳そこらの学生の女の子を、夜はここまで変えるのか。これが、ナンバーワンか。
「お久しぶりです。今日は、いらしてくださってありがとうございます!」
美奈が、僕の右隣に足を揃えて優雅に座り、会釈した。彼女はソファに浅く腰掛け、いつでも僕のオーダーに応えられるよう、テーブルを少しだけ前に引いた。大きな瞳をパチクリさせる度に、わずかに引かれたラメ入りのアイシャドウがキラキラと輝いた。
「ご無沙汰してました。その節は、何のお力添えもできなくて、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなこと。こちらこそ、面倒ごとに巻き込んでしまいまして」
「今日は、美奈さんと是非お話がしたくて、お邪魔しました。何を飲みます?」
「いいんですか?では、ごちそうになります。お願いしまーす!!」
美奈はそう叫び、右手を天井に向かって高く伸ばし、ライターに火を付けた。それを見たフロアの黒服が、小走りでやって来て、美奈の前で片膝を付く。賑やかな雰囲気のニュークラ、キャバクラでのオーダーの作法だ。うるさいBGMによって呼び出しが聞こえにくい為、キャストは大声で黒服を呼ぶ。ライターに着火する動作は、黒服が目で見てキャストからの呼び出しに気付けるようにする為の工夫だ。
「鍛高トニックお願いします!」
鍛高トニック。リリィが美味しそうに飲むので、僕も少し飲ませてもらったことがある。北海道は白糠町で生まれた、しそ焼酎の鍛高譚と、トニックウォーターのカクテルだ。元々、鍛高譚そのものがしその香り豊かで飲みやすい上に、さらにトニックウォーターの柑橘系の風味と炭酸が加わって、非常に爽やかだ。若い女性は好むだろう。
「革ゲンさんは、何を飲みますか?」
テーブルの上には、灰皿、ポップコーンとナッツの盛られたチャーム、ウイスキーと焼酎甲類のボトル、水差し、アイスペール、逆さに置かれたエイトオンスタンブラーがある。キャストが目の前で水割りを作る様を眺めていたいなら、ウイスキーか焼酎を頼めばよい。このテーブルの上にある安いボトルと、ビールは飲み放題が基本だ。しかし、僕は美奈と話がしたいのであって、特に美奈に水割りを作って欲しいわけではない。
「……じゃあ、悪いんですが、ジンライムをお願いします」
「あっ、革ゲンさん渋いですね!お願いしま〜す!!」
また、美奈が叫びライターで黒服を呼んだ。やがて、僕達のドリンクが出揃ったので、乾杯した。
「いただきま〜す!」
やるぞ。大丈夫だ。僕は、いや俺は革ゲンだ。震える手で、一気にジンライムを飲み干した。そしてピースを取り出すと、美奈がさっと両手で包み込むようにして、火を着けてくれた。紫煙がゆっくりと立ち上る。落ち着け。
「あの〜美奈さん」
「はい!」
「僕達が吾妻を尾行していた時、美奈さんも、僕達を尾行していたんですね」
「……えっ?」
美奈が、首を傾げる。
「あなたは、探偵の僕達を利用して、吾妻を見つけた」
「えっと、はい。吾妻の行方がわからなかったので、革ゲンさんにお願いしたのですが、いけなかったですか……?」
「給料の未払いを取り立てる為に?」
「はい、そうでしたけど……」
「吾妻を殺す為にではなくて?」
美奈が、やや僕から距離を置いたのがわかった。間違いない。脇の下を汗が伝った。
「えっ、あの、革ゲンさん?何?」
「僕が吾妻の死体を発見した後、僕はあなたに電話をかけた。あの時あなたは、円山のレストランにいたんですよね?」
「はい、そうですけど、どうなさったんですか?」
「シックスの女の子のアパートではなくてですか?」
美奈から笑顔が消え、目付きが鋭くなった。僕は、恐怖で一瞬目を逸らしてしまった。しかし、負けられない。
「あたし、吾妻の店で給料の未払いがあったんですよ?警察が、動機がありそうな関係者を調べたら、当然あたしだって調べられる。事件の時間、どこにいたのかって。そんなことをしてたら、今頃あたしは捕まってますよ?携帯の位置情報なんかでどこにいたかわかるって、革ゲンさんが言ったじゃないですか!」
「あなたは、警察から取り調べなんて受けてないんじゃないですか?本当に給料の未払いなんてあったんですか?いや、そもそも、あなた本当に吾妻の店で働いてたんでしょうか?」
美奈が、明らかにうろたえた。
「……いや、だったら何であたしが吾妻を殺さなきゃいけないの?」
働いてなかったことを否定しない。僕の推理は今の所、当たっている。怯えるな。攻めろ。
「復讐ですか?」
「はぁ?」
「柳川……瑚乃葉。それがあなたの本名だ」
美奈の、いや瑚乃葉の顔が引きつった。
「……あんた、何者なの?」
瑚乃葉には、もうすでにさっきまでの愛想の欠片も残ってはいない。
「僕ですか?探偵ですよ。革ゲン」
足がガクガクと震える。悟られまいと、必死に押さえ付けた。ここだ。一気に行け。
「二年前に、あなたのお兄さんを轢き殺した男が、吾妻なんじゃないですか?あなたは、お兄さんの仇を打つ為に、吾妻を探していた」
「……革ゲン、さすがね。吾妻探しは、もっとそこらの適当な探偵にさせるべきだった」
瑚乃葉が、急に余裕を取り戻した。この女の余裕は何だ?




