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同じ言葉でも、言う人によって印象は違うもの

 サラとローアと友達になり、彼らが時々遊びに来てくれるようになった事を、私は単純に喜んでいた。

 彼らが遊びに来てくれるのは、週に一日くらいだろうか。遊びに来てくれたからといって私に何かできるわけでもなく、遊べと言われても何をしていいか分からない。だから三人でお茶を飲んで話をする。

 話す、と言っても、私は大抵聞き役だ。サラやローアの話はいつも生き生きとしていて面白く、私の単調な日常と比べてとても鮮やかだ。普段から特に何をするでもなく、代わり映えのない日々を送っている私は、「リィリヤは何をしていたの?」と聞かれると困ってしまう。

「普段と変わりなく過ごしていました」

 としか答えようがない。

 そう言うと、ローアは「ふーん」とつまらなそうに呟く。

 サラはと言うと、

「じゃあ、普段何してるの?」

 と聞いてきた。

 普段何しているか。

 私が普段していること。まず朝起きる。起きる時には侍女のマリアが起こしてくれて、でも偶にマリアじゃなくてソフィが起こしに来る。それから朝の支度を……とこんな話をするのでいいのだろうか。違うような気がする。

 それにどう答えようかと迷っていると、ローアが呆れたように話題を変えた。助かったような、寂しいような、そんな気持ちになる。次に同じ事を聞かれた時には答えられるように考えておこうと心に決めた。


 そんな私だけれど、時にはサラやローアに話す事ができるような事を経験する。

「先日、王城でのパーティに行きました」

 と言うと、ローアが驚いたように目を丸くし、サラはと言うと、

「い゛っ」

 と良く分からない声を出して顔を顰めた。どうしたんだろうか。ローアも

「お姉ちゃん?」

 と訝しげにサラを見る。

「う、あ、気にしないで。王城? 何で?」

 少しぎこちないながらサラが笑って先を促してくれたので、私は頷いて答えた。この話題は面白くないのかもしれないと少し不安になる。

「殿下のお誕生日のパーティです」

「誕生日……リィリヤは王子と知り合いなの?」

 ローアが少し元気がないような声で言う。やっぱりこの話題は面白い話題ではないのかもしれない、と思うけれど、急にやめるのもそれはそれで失礼だろうか。

「この前初めて顔を見ました」

「第一王子? 第二? どっち?」

 サラが身を乗り出す様にして聞いて来るのに少しほっとする。少なくとも興味を持ってもらってはいるらしい。ローアが変な顔でサラを見た。サラに向かって何か言いたそうに口を開いて、やっぱりやめたと言うかのように閉じる。

 どうしたんだろうと思いながらもサラの質問に答えた。

「第二王子です。ラグラス殿下と仰るそうです」

「話した?」

「殿下とですか?」

「うん」

「少し」

「どんな?」

 サラに聞かれ、私はあの日の記憶を掘り起こした。




 多くの人が集まるパーティに私のような幼い子供が参加する事は滅多にない。社交界にデビューするのは学校卒業後になるだろう。デビュー前の子供まで広く招待されるというのはそれだけで特殊なのだ。ましてや開催場所が王城である。

 飲み物にアルコールは一切なし。食事も食べやすい、子供でも服を汚さずに食べる事ができるものがほとんだ。このパーティは子供をメインにするために開催されたものなのだろう。

「ねえさま」

 エリックの小さな手が私の腕に縋りつく。私がエリックに目を向けると、ビクリと一瞬体を竦ませた。こういう時に安心させるように微笑むことができればいいと思うのに、上手くできた試しがない。サラの笑顔の可愛らしさにあこがれて鏡の前で練習した結果は惨憺たるものだった。可愛らしいどころか不気味な顔にしかならない。もしローアが見たと言う私の笑顔がこんなものなのだったら、私はローアに謝らなければならないのかもしれない。

「どうかしましたか?」

 怯えるエリックにそう問いかければ、エリックは不安そうに、おずおずと、

「むこうに、おかしがありました。いっしょに」

 エリックが指さした先にあるテーブルには、確かにお皿の上に載ったお菓子がある。一緒に食べに行こうと言ってくれているのだろうと思えば嬉しい。けれども、お父様とお母様はどうしたのだろう。あの二人……特にお母様がエリックを一人にするなど、珍しい。

 パーティ会場となっている大広間を見渡せば、お母様が知り合いらしき女性と歓談しているのが目に入った。話しに夢中になっているようだ。エリックが自分から離れた事にすら気づいて居ないのかもしれない。お父様の姿は見当たらない。会場は広い。その上私の身長では、大人たちに阻まれてそう広くは見通せない。

 二人ともエリックの面倒を見れないとなれば、私が面倒を見なければならないだろう。

「分かりました。行きましょう」

 頷くと、エリックがほっとしたように笑った。お母様がよく天使の様な、と言うその笑顔は、確かに愛らしい。思わず頭を撫でる。サラが私にしたように。

 エリックの髪は、私のように色の薄い金ではなく、濃い蜜色としている。瞳の色味も濃く、良く晴れた日の空のように、明るい美しい色だ。その色彩も顔立ちも、お母様にそっくりである。お父様はと言えば、寧ろサラやローアと似た亜麻色で、どうして私ばかりがこうも薄い色彩を持って生まれて来たのか、不思議に思う。

 エリックの髪は、サラサラしていて柔らかい。思っていたよりも遥かに手触りが良かった。私がエリックの近くに居る事をお母様はあまり喜ばないので、実はエリックとまともに話す機会はあまりない。髪を撫でるのは初めてだった。

「ねえさま?」

 エリックが驚いたように目を見張り、身を引こうとするので手を止める。

「すみません。お嫌でしたか」

 エリックはふるふると頭を振ると、困ったように私を見上げる。なので私は手を差し出した。

「お菓子を食べに行くのでしょう? 行きましょう」

 恐る恐る、といった風に私の手を握ったエリックが、嬉しそうに笑う。私はその手を引いてゆっくりとお菓子のあるテーブルへと進んだ。

 立っていた壁際から離れれば、人の視線がこちらに向くのを意識した。エリックもそれを感じるのか、私の手を握る力が強くなる。人の視線は苦手だ。植木鉢の陰に程よく隠れた、壁際に逃げ帰りたくなる。けれどもエリックの手を握り返せば、勇気が出てくるような気がするから不思議だ。

 テーブルについて、そこに置かれたクッキーを渡すと、エリックの顔が幸せそうに綻ぶ。私もまた甘いクッキーを口に含んだ。

「お前、どこの子供だ」

 突然話かけられたのはその時だった。傲慢と言っていいような口調だけれど、その声は幼い。見れば、私より少し年上らしい少年が立っていた。

 パーティ始まる前、壇上に立っていた、とそう思いだせば、彼が誰であるか分かる。

 アールデルト王国第二王子、ラグラス。

 王族特有の深い紺色の髪と、紫の目。それは美しいとしか言いようのない容姿だった。壇上に立つのを見た時もそう思ったけれど、近くでみれば一層、その顔立ちの隙のなさに驚く。エリックは天使のように愛らしさや、サラやローアの見てるだけで心が凪ぐような優しい顔立ちとも違う、単純に美しいとしか言いようのない顔だ。

 彼はその綺麗な顔でぐっと眉をしかめると、私を睨んだ。

「聞いているのか? どこの子供かと聞いているのだ」

 その顔に、私は何か彼を不愉快にさせる事をしただろうかと思いを巡らすけれど、特に心当たりが無い。単純に、顔に見とれて呆けていた事を咎めているにしては険が強い。

 ひとまず私は、慌てて名乗った。

「リィリヤ・ローゼルグライムと申します。この度はお誕生日おめでとうございます。」

 スカートの端を持ち上げ、礼をする。片方の手はエリックの手を握ったままだったから、少しぎこちなくなった。エリックが私を真似するかのように、

「おめとう、ござ、ます」

 と舌足らずの声で言った。可愛い子だと思う。

 エリックの可愛らしさにか、殿下は少し頬を緩めた。

「ローゼルグライムか。歳はいくつだ。」

「私は四歳です。弟……エリックは三歳でございます」

 自分の名前が呼ばれたことで、エリックがニコリと笑う。

 ラグラス殿下がすっと手を伸ばして私の顎に触れた。

「四歳か……四歳にしては……」

 私の顎に手を添えたまま殿下が距離を詰めたので、思わず後ずさる。すると殿下の眉がまた不愉快そうに顰められ、私は硬直した。このパーティに来る前に、王族の不興を買う事だけは絶対にいけないと言い含められている。

 殿下が私の顎を再度摘み、そのまま顔を近づけてくる。ほんの数センチのところまで顔を寄せられ、私は綺麗な殿下の顔を凝視するより他、どうしていいか分からない。

「ローゼルグライム夫人は美貌で名高いが……なるほど、お前は美しいな」

 殿下にそう言われ、一瞬何を言われたのか分からなかった。今、彼は私の顔を美しいと言ったのだろうか。これほどまでに綺麗な顔をしている殿下が?

「……ありがとうございます」

 美しいという言葉は嬉しいはずだけれど、殿下の目がどうにも怖くて心から喜べない。そうでなくても動きの少ない私の顔が強張る。

「折角この俺が美しいと言っているのに、お前は笑う事すらできんのか。」

「こういう顔なのです。笑うのは得意ではありません」

 ローアに笑っていた、と言われる前であったら、私は笑えないのだとでも言っていたかもしれない。きっと鏡の前で笑う練習だってしなかっただろう。

 練習しても笑えるようになれそうにもないけれど、けれども私は、全く笑えないわけではない。ローアは私の笑顔を見たと言ったのだから。

「ならばお前はどういう時に笑う?」

「さあ……?」

 聞かれても分からない。私が知りたいくらいなのだから。

「自分の事なのにわからんのか」

「申し訳ございません」

 頭を下げたいけれど顎にある殿下の手が邪魔でできない。私は殿下の顔を見る以外の選択肢がない状況にされていた。

「変な奴だな」

「よく言われます」

 そうやって返すけれど、考えてみれば、私に面と向かってそう言う人は結構少ない。良く言われる、というのはほとんどの場合において、私が聞いていないと思われている場合に言われている事……所謂陰口だ。どうにも私は、そう言う事を聞いてしまう機会が多い。

 変な子だとか、変わっているだとか、私に直接そう言ったのは、ジーハス先生と……あとはサラとローアくらいだろうか。

 こっそりとささやかれる「変な子」呼ばわりは決していい意味で言われていたものでは無い。どうして「普通」に振舞えないのかと思ったこともあるけれど。


 ――リィリヤ様は中々興味深い思考回路をしておいでですね。

 ――お前、変な奴だな。

 ――変わってるねえ。寧ろ素直すぎるのかな?


 彼らの言葉は、そんな私ごと笑って受け入れてくれているかのようで、思い出せば心が安らぐ。

「何を考えている?」

 不意に殿下に言われ、私ははっと殿下の顔を見直した。エリックがぎゅっと私の手を握る感触を意識する。

「……はい? あ、……変なやつだと言われた時の事を」

「……そうか」

 殿下の手がようやく顎から離れ、上向かされていた首が解放される。微かに痛みを訴える首を撫でると、殿下が奇妙な顔をしていた。

「リィリヤ、と言ったか」

「はい。リィリヤと申します」

「……覚えておこう。俺はラグラスだ」

「はい。お誕生日おめでとうございます」

「……それはもう聞いた」

 呆れたように息を吐いて、殿下が立ち去る。

「ねえさま、だいじょぶ?」

 エリックがくいっと私の袖を引いてそういい、心配そうな顔をするので、私は頷いた。

「はい。大丈夫です。エリックはもうお菓子はいいのですか?」

「……あっち」

 エリックが恥ずかしそうに指し示す先には、このテーブルとは違う種類のお菓子が摘まれたテーブルがあった。

「では、行きましょうか」

 私はエリックの手を引き、そのテーブルへと向かった。




「今思うと……名前を覚えておくと言って頂いた事にお礼を言うべきでしたでしょうか」

 失礼な事をしてしまったかもしれないと思いつつ話し終えると、サラが頭を抱えていた。

「これはセーフ? アウト? フラグが折れたのか立ったのか判断できない……。いや名前覚えるって興味持たれてるかなアウトかな? ああ、こういうのはあたしじゃどうにもできないって。防ぎようがないじゃん……」

 小声でぶつぶつつぶやいているサラは本気で苦悩しているようで、その意味は分からないなりに心配になる。

「サラ、大丈夫ですか?」

 突っ伏すその頭に手を伸ばす。髪を撫でてみれば、エリックよりも固い髪質ながら、やっぱりサラサラとした手触りで手に心地よかった。最近私の中では、人の髪の毛を触るのは楽しい物なのだと言う認識が芽生えつつある。

「……大丈夫」

 サラがゆるりと顔を上げる。少し残念に思いながらサラの髪から手を離した。

「ねえ、リィリヤは殿下の事、どう思ったの?」

 サラに聞かれ、私は言葉に詰まった。

 どう思ったかと聞かれても、どう思ったのだろう?

 少しの間考えて、出て来たのはこんな言葉だった。

「とても綺麗なお顔でした」

「そっかまあ、そうだろうね。他には?」

「……? …………」

 どう思ったかを考える。綺麗な、少しつり目がちな目は意思が強そうで、眉をひそめて見られると

「少し、怖かったでしょうか」

 不愉快な思いをさせてはいけない、と言われている人に、眉をひそめてみられたら恐ろしい。その目が如何にも意思が強そうなものであれば尚更だ。

 そう言えば、終始、殿下は笑わなかった。私を美しいと言ったその時さえも。だから私は、殿下に美しいと言われても嬉しくなかったのかもしれない。殿下はきっと私の事を良く思っていない。

 だとしたら、名前を覚えておくと言うあの言葉も、お礼を言うどころの話では無かったのかもしれない。私の名前。ローゼルグライムの家の名を含めて覚えておくという、そう言う意味だったとしたら。

 私が原因で、お父様やお母様が咎めれるかもしれない。

「リィリヤ?」

 ローアが心配そうな顔で私を覗き込んで来た。その手が私の額に触れる。

「顔が真っ青。どうした?」

「いえ、大丈夫です……」

「え? その顔本当に大丈夫!? 殿下そんなに怖かったの!? 何されたの!?」

 サラが慌てて私の隣に回り込み、私の背を擦る。隣に座るサラの体温と手のひらが背を撫でるリズムに、少しだけ落ち着いた。

「何か、されたわけではなく……もし、私が殿下に不愉快な思いをさせてしまったとしたら……ローゼルグライムにお咎めが……」

 口にしてしまうと一層恐ろしい。私は絶対してはいけないと言われていたことを、してしまったかもしれないのだ。

「お、落ち着いてよ。大丈夫だって。四歳児の行動で家まで巻き込まれる事なんてそうそう無いから。それに六歳児の言う事で公爵家にどうこうするほど王様はトチ狂ってないと思うよ? 大丈夫だって!」

 背に、サラの手のひら。そして頭にはローアの手が乗ってぎこちなく私を撫でる。二人とも私を慰めようとしてくれている、と分かるから、それがとてもありがたかった。

「では、どうして私の名前を覚える、と言われたのでしょう」

 特に二人に聞くと言う意識も無いまま、そう呟けば、サラがそれに答えた。

「……興味を持たれたってことだと思うよ。良くも悪くも」

「興味、ですか……」

 自慢ではないけれど、人と接して良い印象を抱いて貰った事は滅多にない。友達になってくれたローアですら、最初は私の事を魔女だと言ったのだから。サラも少し前に、「無表情怖いよ」と言っていた。私の頬をぐにっと持ち上げながら。

 少しも笑わない相手と話す事の難しさを、私は殿下と話して思い知ったように思う。笑わない相手は怖い。嫌われているのではないかと思ってしまう。私と話す人も皆、きっと似たような怖さを味わっているのだろうと思う。

 興味、と言っても碌な物ではないのではないだろうか。

 それに、さっきからサラの顔が浮かないのが気になる。

「気にすんなよ。確かにちょっと変な奴だけど……お前、いい奴だから」

 いい奴。私の事を、ローアが。

 ローアが私の頭を撫でた。拙くも優しく髪をすく手が心地よい。

「ありがとうございます。」

 可愛い、とか、いい奴、とか。こうも私を褒めてくれる人は、サラとローア、あとはジーハス先生意外には居ない。

 人を怖がらせてばかりで、上手く笑う事すらできない私に、彼らはとても優しい。

 そんな彼らと一緒にいられる私は、とても幸運な人間であるに違いなかった。



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