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元には戻らない

 謝るつもりだったのに、責められるつもりでいたのに、逆にサラを責めて泣いてしまった。挙句にサラに、ありがとう、だなんて言われてしまっては、逆に申し訳ない。

 激情が去った後は、サラの顔を見る事すら恥ずかしかった。結局私はいつだって、サラに甘えてしまっているのだ。今日ここに来れたのも、心のどこかで思っていたからだ。サラなら許してくれると。サラの許しが欲しいから来たようなものだ。

 涙を拭ってサラを見上げると、サラは大きな目を優しく細めて笑った。

「リィリヤが泣くの、初めて見た。酷い転び方しても泣かないのにね」

「……酷い、ですか?」

 確かにサラの前で転んだことなら何度かあるけれど、そんな酷い、なんて言われるような物だったのだろうか。

 サラが思い出したようにくすくすと笑う。

「リィリヤ、運動苦手でしょ?」

「……得意、ではありませんが」

 実を言えば数あるレッスンの中で最も苦手なのはダンスだ。

「だろうね。あれは運動できない人の転び方だもん。受け身が全然とれてなくて痛そうっていつも思うんだよね。ローアがリィリヤの年の頃はずっとマシな転び方してたよ」

「痛いですが、顔に傷を作らなければ服に隠れますし」

 顔に傷を作ると怒られる。それはもう怒られる。お母様になど、絶対走るな、と言われたことすらある。その言いつけは今の所あまり守れていない。貴族として、あまり走らないようにはしているけれど。

「そう言う問題? ローアが転んだ時は、リィリヤ程痛そうじゃなくてもギャンギャン泣いてたけど」

「私は子供らしくないですか?」

「転び方はとっても子供らしいけど」

「……。そうでしょうか」

 何の話をしているんだろう。自分で良く分からなくなってきた。

 サラが私の頭を撫でる。

「確かにリィリヤは子供らしくない所も多いけどさ、まだ子供なんだよ。ちゃんとね。だから、もっと甘えていいんじゃないかな」

「私は……」

 充分甘えているし、甘やかされている。サラとローアが酷い目に合っているときだって、ずっとぬくぬくと守られていたのだから。

 けれども、それを言おうとする前にサラが私の言葉を遮った。

「今回の事はね、リィリヤが謝る事じゃないよ」

「でも……本当なら、私が」

「今のリィリヤの仕事は守られる事。それくらいに思っておきなよ。子供だってだけじゃない。リィリヤは貴族なんだから。

 あたしたちが危ない目にあっても自己責任だし、精々お父さんとお母さんが自分を責めるくらいなもんだけど、リィリヤはそうじゃない。リィリヤが危険な目に合う事でいろんな人が責任を取る事になるんじゃないかな。カルアさんとか」

 そう言ってサラがカルアに目を向けると、カルアが少し驚いた顔をして躊躇いがちに頷いた。

「リィリヤ様をお守りするのは私の役目の一つですから」

「……でも、サラだって」

「リィリヤがそう言ってくれるの、すごく嬉しい。だから謝らないで。無事で良かったって、それだけにしてくれるかな。公爵様が謝るんならともかく、何にも悪くないリィリヤに謝られるとあたしも困る。『私が攫われるべきだったのに』とか言われるともっと困る。

 それは、さっきあたしが言った『仕方ない』と同じような言葉だよ」

「……はい」

 困る、と言われた上に、さっきサラを泣いて責めてしまった事を出されると反論できない。

 でも、自己責任、とサラが言った言葉は違うと思う。サラとローアは私達(ローゼルグライム)に巻き込まれたのだから。巻き込んで置いて、見捨てようとした。その事で私はお父様を許せそうにない。

 けれどもお父様は私を守ろうとした。

「公爵様には、まあ、思う事もあるけど。でもリィリヤが責任感じることじゃない。リィリヤに悩まれるの、あたしも辛いし。そんなの気にしないでわら…………いつもどうりにしててよ」

 にっこり、サラが笑う。少し誤魔化すような照れたような笑顔だった。

 私は頷いた。

「努力します」

 サラが苦笑して私の頭を撫でた。


 サラと別れ、ローアに会いに行くと言うとカルアが反対した。

「どうしても行くと言うのでしたら、サラ様と一緒に行ってください」

 私は首を振った。

「駄目です。この事については、サラに甘えてはいけないと思うのです」

 サラは許してくれた。でもローアがそうとは限らない。私はちゃんと私自身でローアに向きなわなくてはいけない。

「ですが、ローア様はサラ様とは違って、旦那様に……」

「魔法なら私も使えます。気を付けますし、もしローアが私に攻撃してきたらすぐに逃げますから」

 サラと話す前だったら、攻撃されてもそれを受け止めたかもしれない。けれどもサラが言った事……私が傷ついたらカルアが責任を負う、という事を聞いてしまえば、そんな勝手な事はできないと分かる。

 それでもローアに会いに行くことは譲れない。

 カルアと、半ば睨みあうようにして目を合わせる。そうやって見つめ合い、折れたのはカルアの方だった。

「……分かりました。」

 カルアがはあ、とため息を吐く。

「くれぐれも気を付けて下さいね。役目を抜きにしたって心配なんですから」

 私は、疲れた様にそう言うカルアの手を握った。

「カルア、ありがとうございます」

 サラの様ににっこり笑う事なんて私にはできない。だからせめて真剣にカルアの目を見上げて言えば、カルアが顔を赤くして目を逸らした。

「私、こうまでリィリヤ様に仕える事を厄介だと思ったことはございません」

「すみません」

「謝るのでしたらお気を付けて下さいませ。ローア様にお声を掛けるときは、少し離れたところからに。魔法を防ぐ準備をした上で。いいですね?」

「はい」

 ローアをそうやって警戒するのは悲しいけれど、心配してくれるカルアに反抗したくもない。だから私は頷いた。


 別邸の庭は広い。薔薇の生け垣で作られた迷宮や、東屋や小川の配置された寛ぎの場など、普段は広く開放されて、多くの客人を迎える。今は外部への公開はしていないらしい。サラとローアが居るからだと思う。

 庭のやや奥まった所には、小規模な泉がある。十分もあればぐるりと一回りできてしまうような小さな泉だけれど、程よく水連が浮かび、中々美しい。私は気に入っている。そこに至るまでの道がやや悪路で、あまり貴族の客人が足を踏み入れないのも好ましかった。

 ローアは毎日、その泉に行くと聞いた。カルアが予め聞いておいていたらしい。会うのに反対していながら、一方でこうして準備をしてくれていたカルアには感謝するしかない。

 泉へ向かう土がむき出しになった木立の中の小道を抜けて、視界が開けると、そこにローアが居た。

 ローアはこちらに背を向けて、泉を見ている。何となく足を留め、その後ろ姿を見ていると、泉に向けられたローアの手のひらから、火球が飛び出した。

 魔法だ。

 見てみると、泉に浮かぶ水連は殆ど消えていた。ローアの魔法の炎で焼かれたのだろう。その為に、水連を焼くために魔法を使っているのだろうか。泉に浮かぶ水連に怒りをぶつけたいくらいに、私達(ローゼルグライム)が憎いのだろうか。

 そう考え掛けて、泉に向けられたローアの手が震えている事に気が付いた。

 ローアもサラも、魔法の炎で焼かれたと聞いた事を、思い出す。

「ローア」

 カルアとの約束通り、魔法が飛んできても打ち消せる心構えをして、数メートル離れたところからローアに声を掛けた。

 ローアが振り向く。

「リィリヤ」

 驚いた様な顔で私を見るローアに、敵意は伺えない。私はローアに歩み寄った。二、三歩の距離で立ち止まって向かい合う。

 ごめんなさい、と謝ろうとして、サラに「謝られたら困る」と言われた事を思いだした。どういっていいか分からなくなる。

「……無事で、良かった…です。」

 何とかそう言えば、ローアが顔を暗くして俯いた。何か間違えたのかと焦る。

「リィリヤ、泣いたの?」

 思わず自分の目に触れた。涙はもう乾いているけれど、目が赤くなっているのだろうか。

「さっき、サラと話して、それで少し」

 少し、どころでなく大泣きしたのにそう言ってしまった。やはり泣いてしまったのは恥ずかしい。

「お姉ちゃんと……? どうしてた?」

「どうしてた、というのはサラの事ですか?」

「うん。元気、だった?」

「え、はい、いいえ、少し、痩せたように見えました。あと、髪が短くなっていて、でも笑ってくださいました。それは元気なのでしょうか?」

 ローアにサラの事を聞かれると思っていなくて、答えになっていない答えを言ってしまう。どうして聞くのだろう。私よりも、ローアの方が分かるに決まっている。

「ローアはどう見えますか?」

 私の答えに少し呆れた顔をしたローアは、そう問うと顔を伏せた。

「会ってないから、どうか分かんない」

「会ってない……」

 同じ屋敷に居るのに? ここの使用人が二人を合わせないようにしているのだろうか。

「会ってはいけない理由があるのですか?」

 ローアは曖昧に首を振った。

「……会いに、行かないし、来ないから。ここ、広いから。会おうとしなければ会わないんだな」

「……そうかもしれません」

 私もエリックと同じ家にいながら、数日間全く顔を合わせないという事もあった。夜会などが連続して、家族で夕食を取らない晩が続くとそうなる。お父様とお母様、どちらかが居なければ私達が夕食を取る時間はバラバラだ。最近ではエリックと話す機会も多いけれど、それは私達がそうしようとしているからだ。

「どうして、会おうとしないのですか?」

 サラとローアは仲がいい。それがずっと顔を合わせていないなんて、事件の事以外の何の理由があるというのだろう。でも、どうして。サラも、ローアも。

「……どんな顔して行けばいいか分かんない」

 ローアが深く俯く。亜麻色の優しい色の髪が垂れて、ローアの顔を隠す。その髪の色が日の光を弾いて綺麗でも、髪が作る影は暗い。

「お姉ちゃんも、きっと、俺に会いたくない」

「そんな事、」

 無い、と言おうとして、言葉を途切れさせてしまう。サラもローアに会おうとしなかったという。それは私の知るサラじゃない。だから、分からなくなってしまう。

 代わりに聞いた。

「どうして、そう思うのですか」

 ぽたり、とローアの足元に水滴が落ちた。

「……傷つけた、から」

 ぽたり、ぽたり、と落ちる水滴と連動するように、ローアが言葉を紡ぐ。

「守れって言われたのに、何にもできなかった。守ってくれたのに、俺……、お姉ちゃん、凄く痛そうな顔して、なのに、俺の為だったのに……」

 ローアがぽつぽつと零す言葉は、半分は独り言の様だった。伝えようとしている、というより、思うまま言葉を並べている。そこからは、何があったのかは分からない。けれどもローアが後悔しているのだけは、痛いほどに伝わる。

「何があったんですか……?」

 私の問いかけに、ローアが答えて顔を上げる。暗く沈んだ目が私を見返した。

 そうして私は、ローアの口から、誘拐されていた間、サラとローアに起こった出来事を聞いた。


 全てを聞き終わって私に言える事は一つしかなかった。

「ローアは、サラと話すべきだと、思います」

 守れなかった事も、サラに怯えてしまった事も、悔いているなら、サラにそう言うべきだ。

 そういうと、ローアはしばらく迷うように瞳を揺らして、やがて頷いた。

「話聞いてくれて、ありがとう」

 ローアにそう言われて、やっぱり少し申し訳なくなる。どうしてこう、サラもローアも優しいのか。

 私ばかりが恵まれている。

「お礼を言わなければならないのは、私の方です」

 そう言うと、ローアは笑った。

「なんでだよ。ホントお前、変な奴」

 サラとローアは元々似ているけれど、笑うと一層良く似ている。それを見て何の根拠もなく、二人は仲直りできると確信した。


 実際、少しして聞いた所によると、サラとローアは無事に仲直りできたらしい。喧嘩と言うわけでもないから、仲直りと言っていいのかも分からないけれど、以前のように仲のいい姉弟に戻った事は確かだ。時々ぎこちないそぶりがある時もあるけれど。

 ローアとの仲直りについて聞いた時は、サラは「ちゃんと話したよ」と言ったあと、遠い目になってぼそりと、

「可愛いと思ったことは今までもあったけど、まさかローアに萌える日が来るとは……」

 と呟いていた。サラは時々、良く分からない事を言う。一体どんな話をしたんだろう。

 ローアがお父様を魔法で攻撃したことをサラはずっと知らなかったらしく、ある日ローアがそれをサラに言ってしまった時、サラに拳骨付で怒られていた。頭を押さえて痛そうにしているローアが少し嬉しそうに見えたのは、多分気のせいじゃない。

 でもそれから少し考え込んだ様子のサラが、

「一発殴らせてもらうっていうのは、有りかな……?」

 と呟き、それからしばらくしてお父様が左頬を腫らせていた。サラと伯父様(サラの父親)に殴られたらしい。

 ローアはその事について、

「俺には怒ったくせに……」

 とちょっと納得がいかなそうな顔をしていた。

 傷の治療が終わっても、サラとローアは別邸に居る。時々屋敷に伯父様が訪ねてきて、お父様と二人について話し合っているらしい。

アーク様(サラの父親)の望みは今まで通りに暮らす事であるらしいのですが、旦那様(公爵)としてはそれを是とできないようです」

 そう教えてくれたのはジーハス先生だ。

「今回の様な事にならないように、ですか?」

「……ええ、そうですね」

「では、サラもローアも、ずっと別邸に?」

 嬉しい気もするけれど、本当にそれでいいのか、と思ってしまう。サラもローアも、パン屋を営む自分の家を好きなようだったのに。

「どうでしょう。恐らくは、ここから人を出す事で決着するのではないかと」

「人を出す、ですか?」

「はい。誰か、ここの使用人か旦那様の部下になるかは不明ですが、アーク様のご家族と一緒に暮らす事になるのではないかと」

「護衛、ですか?」

「そこまで大仰なものではございませんが、今回のような事が起こった時に旦那様がすぐに対処できるように。もしかしたら居も移って頂く事になるかもしれません」

「そうですか……」

 何か違和感を感じる。お父様がそうする事は、自然な事なのだろうか。

「……旦那様も、サラ様やローア様の事を案じているのですよ。犯人の連絡を真っ先に王城に伝えたのも、一刻も早く犯人を捕らえてお二人を助けたいがためでもあったのです」

 ジーハス先生の言葉に考えてしまう。カルアは、私が取引の求めるまま行った所で二人は無事では無かっただろうと言う。どうすれば二人が傷つかずに済んだか、など、分からないのだ。

 だとしたら、一番いいのは事件が起こる前に防ぐことで、お父様がサラとローアの所に人を置こうとするのも、変ではないのかもしれない。本当にそうだろうか。分からない。

 ただ確実に分かるのは、サラの背中とローアの腕に傷跡が残ったように、事件の前と同じに戻る事は無いのだと言う事だった。



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