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弟と王女と出世

 ミオリル王女の学友となった事で、私には以前よりお茶会や園遊会の誘いが来るようになった。学友として王城に行くのが週に一回になって、サラやローアと会う機会も減らずに済んだと思っていたのに、毎日の様にお茶会に行くことになって、結局はあまり会えていない。

 今までお茶会に参加しても誰も私に話しかけたりしなかったのに、今では多くの人が私に話しかける。

「ミオリル王女のご学友になられたとか」

「とても優秀だとお聞きしていますわ」

「御兄弟そろって王女様に気に入られておいでだそうですね」

「ラグラス殿下とも親しくしておいでだという噂がございますが、本当ですの?」

 話しかけて来るのは多くは同い年ではない。多分学園入学の少し前らしき年上のご令嬢たちと、その親である大人たちだ。同じ年の子に話しかけられた時に聞かれるのはラグラス殿下の事で、ラグラス殿下と親しいというのは本当かと聞かれる。

 どうして、私とラグラス殿下が親しいという事になったのだろう。

 確かに、ミオリル王女の学友として王城に行くと、大抵ラグラス殿下に会う。王女様は「会う機会なんてほとんどない」と言っていたけれど、やはり兄妹だ。妹の学友が私の様な無愛想では、大丈夫かと心配になるのだろう。様子を見に来ては、王女様としばらく話して帰って行く。

 私とラグラス殿下が話す事はそれほど無い。私の学習がミオリル王女よりも大分進んでいる事を知った時は、

「ならば俺の学友の方になればいい」

 と言ったけれど、ミオリル王女が呆れていた。

「お母様が許すわけがないでしょう。お兄様に女の子の学友なんて。そもそもリィリヤにこんな頻繁に会いに来ること自体、お母様は許しているの?」

「俺はお前の様子を見に来ているだけだ。それに俺が誰に会おうと俺の勝手だろう」

私たち(王族)はそんな事を言える身分じゃないわ」

「リィリヤは俺の婚約者候補だ」

「だからこそ、でしょう。今は候補者の誰にも会うなと言われているのでしょう?」

「……下らない」

「それには同意するわ」

 ミオリル王女とラグラス殿下は仲がいいのか悪いのか良く分からない。でも、お互いを良く知っている、という様子は伺える。サラとローアとはまた違った形で、やっぱり少し羨ましい。私とエリックも話すようにはなってきたけれど、ぎこちなくなってしまう事が多いし、私には分からない理由でエリックを不機嫌にさせてしまう事も多い。

 それでも嫌われては居ないのだと分かるようになってきた。それだけでも、嬉しい。


 ラグラス殿下と私について言うと、そもそも王子にこんな幼い内から婚約者候補が付くこと自体があまりない事らしい。

 ラグラス殿下に敢えて婚約者候補を付けたのは、王妃様が決めた事だという事だった。ラグラス殿下が王位を継ぐことを望んでいる王妃様は、その為の味方を得るための餌として、ラグラス殿下と結婚と将来王妃になる可能性を与えたのだとか。

 勉強ばかりはミオリル王女よりも進んでいても、大人たちの力関係や思惑については、ミオリル王女の方がずっと詳しかった。私には全く分からない事を沢山知っている。元々私よりずっと聡明な方なのだ。

「選出された婚約者候補だって、お母様が強引に決めたのよ。ローゼルグライム公爵の考えている事は良く分からないけど、少なくとも彼から望んだことではないわ。お母様が勝手に決めたようなものよ」

 お父様が考えている事は、私にもよく分からない。

「でも、ラグラス殿下との繋がりを求める方は多いようですね」

 同い年の少女だけでなく、老若男女、色々な人に、ラグラス殿下について聞かれるのだから。

 それを言うと、ミオリル王女は顔を顰めた。

「そんな噂があるのね……それ、ローゼルグライム公爵はご存知なのかしら?」

「お父様、ですか? それは、どうでしょう。多分ご存知だと思いますが……」

 お父様も社交の場が得意なわけではないけれど、避けているわけでもない。何より公務で王城に来ているのだから、噂を聞いている可能性は高いと思う。

「そう……ならいいのだけれど。リィリヤもエリックも気を付けて頂戴」

 王女様の言葉に、私とエリックは首を傾げた。そんな私たちに、王女様がくすりと笑う。

「嫉妬ややっかみは怖いものだから。ローゼルグライム公爵はご自身だって公務での評価が高いわ。最近出世の話も出ているし……その子供たちまで王族との縁が深いとなれば……。

 私なら王位を継ぐ可能性も引くいし、お母様とあまり仲が良くない事も知られているからいいけれど……お兄様(ラグラス)は王位を継ぐ可能性が十分にあるわ。その分取り入ろうとする人間も多いのよ。」

 気を付けて頂戴。という王女の言葉にエリックと二人、頷いた。


 その話をした帰りの馬車の中で、エリックが言った。

「姉様は大丈夫ですか?」

 その声が心配そうで、少し嬉しくなってしまう。

「大丈夫です」

「でも、先日はドレスを汚して帰って来たって……嫌がらせをされてるんじゃ……」

「あれは、ジュースを零してしまっただけです」

 ジュースを受け取った時に走っている少年にぶつかってしまい、それでうっかり零してしまっただけなのだ。ぶつかった子は謝ってくれたし、怪我をしたわけでもない。あの様子からして、わざとでも無かったと思う。

「でも姉様、偶に辛そうにしています」

「それは……人と話すのが苦手なので」

 疲れてしまうのだ。連日のお誘いは、前の様に一人で居れば良かったのならもっと楽だったかもしれないけれど、今は多くの人と話さなければならない。

 それでも友達が作れないから、お母様にもがっかりされてしまう。

「僕が一緒に行ければいいのですけど」

 エリックが俯いた。王城に居る事が多いエリックは、あまりお茶会などの誘いに来ない。それでも偶に一緒に行くときは、傍に居てくれるようになった。私と違ってエリックには社交性があるから、私に話しかけて来る人たちの話題を上手に変えてくれるから助かる。

 弟にそうやって庇われるのも少し情けないけれど。

「その気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます」

 言うと、エリックは少し頬を染めて俯いた。


 王女様がそんな心配をしていた事をカルアに話すと、カルアも頷いた。

「そうですね。実際、嫌がらせ、というより脅迫めいたお手紙も届いていますし」

「そんな事が?」

「ええ。前からではございますが。元々、ローゼルグライム家は領地からの税で充分に収入があるのです。代々、あまり王城の政治に関わっていなかったのが、旦那様が公務に付きまして。それだけでも当時は話題になったそうです。急に政治に野心を出し始めたと、当時から反発はあったそうですよ」

 その話ならジーハス先生に聞いたことがある。

 ローゼルグライムは地方に豊かで広大な領地を持っている。王都に来るのはそれこそ社交期(シーズン)の時だけで、それ以外の時は地方の領地にある屋敷で暮らしていたそうだ。

 それがお父様が公務に付き、王都の屋敷から離れなくなった。

アーク様(駆け落ちした兄)が王都に居る事が分かっておいででしたから……王都に留まりたかったのかもしれません。奥様(公爵夫人)も田舎である領地があまりお好きでなかったようですし」

 そうジーハス先生が言うように、お父様に政治的な野心はあまり無かったんじゃないかと思う。お父様の考える事は良く分からないけれど、お父様と野心は、私の中であまり結びつかない。王女様の学友の申し出についても、引き受けなさい、と目を吊り上げたお母様と違って、好きにしなさい、と言ってくれた。

「お父様が権力をお求めになっているようには思えません」

 カルアに言うと、カルアは苦笑した。

「そうかもしれません。でも奥様はどうでしょう」

「お母様は……」

 ある。と思う。

 お母様ご自身も人脈作りに励んでいるし、子供である私たちにも同じ事が求められている。

「それに旦那様に野心があろうがなかろうが、出世しているのは確かでございますから。今など、財務大臣に就任するのではないかと噂されておりますし」

「財務大臣?」

 お父様は財務庁の仕事をしている。仕事の内容は王城でのお金の流れの管理だ。国の事業のどんな事にどれくらいのお金が使われたのかを見て、そこに問題が無いかを確認するらしい。主な業務は計算と纏めの書類仕事で、地味な役職と言える。けれども不自然に多額のお金が動いていないか、削減できる無駄が無いか、そう言った監視をする役割もある、との事だった。

 財務大臣は税や国の予算をどう使うかを決定する上で大きな権限を持つ、大変な重職だ。お父様も同じ財務庁に居るとはいえ、お父様の役割と財務大臣では随分違うのではないだろうか。

「旦那様が現財務大臣の不正を発見なさったとか」

「そんな事が……? カルア、その話、どこから聞いたのですか?」

 現職の大臣の不正の話など、そうそう簡単に噂になる筈がない。正式に裁かれるまで箝口令が敷かれるのだから。

「王城に務める友達からです」

「王城の……侍女(メイド)ですか?」

「いいえ。財務庁の下っ端役人です。とは言ってもあくまで噂でございます。庁内に不穏な噂があり、それがローゼルグライム関わっているからと、友人も私に教えてくれたのです」

「そんな噂があると、お父様はご存知なのですか?」

「セイズさんには伝えています」

「セイズは何て?」

「分かりました、とそれとみだりに人に話さない様にとの事でした。リィリヤ様の身辺にも気を付けるように言われましたが」

「……そんな」

「けれどもこの類の噂は、結構良く出回るものですよ」

「え?」

「そのほとんどが眉唾です。本当である事は極稀でございますから。今回も果たしてどうだか。どちらにせよ、もし本当なら時間が経てば王城が動くでしょう」

 現財務大臣が不正をしたというのが本当ならば、確かに近いうちに裁かれる筈だ。少なくとも、財務大臣は変わるだろう。それを暴いたという父様も出世するかもしれない。

「それが本当だとしても、お父様が財務大臣、というのは考え難いのでは」

 大臣の下には、後継となるべく学んでいる人々が居る筈だ。大臣の補佐をしている補佐官だっている。多分最も大臣の仕事に詳しく、後継に適した人だろう。

「そのあたりは私には良く分かりませんが、教えてくれた友人も同じような事を言っていました」

「そうですよね」

 少しほっとする。お父様が出世するのは良い事かもしれないが、ミオリル王女に人の嫉妬ややっかみの話を聞いたばかりで、出世という言葉が恐ろしい。

 そう言えば、ミオリル王女も、お父様に出世の話が出ていると言っていた。その事に不安を覚える。

 そして、その噂の一部が真実だったことを知ったのはそれから一月ほどした頃の事だった。


 あんな話を聞いた後しばらくして、財務大臣が本当に辞職なさり、お父様が出世した。けれども役職は財務大臣では無い。監察官だ。

 これまでの役職は、事務仕事、それにおまけして内部監査のような役割を果たしていた。書類に不審な点があれば、監察官に報告するのがお父様の仕事の一つだったが、今度はその監察官になるのだという。

 監察官には独自の権限がある。王の直属であり、調査の為に本来関係者しか見る事のできないような書類を見たり、会議への参加が認められたりする。そして、個人の権限で業務を一時停止させる事ができる。例え大臣であっても、一時拘留と言って隔離された部屋に監禁することもできる。更にはある程度なら軍の兵を動かす事もできるらしい。すべてそれで確実な不正の証拠を集められなければ咎められる、諸刃の剣の様な権力ではあるけれど。

 政治に直接に関わる権力ではないが、大きな権力である事は確かだ。

 お父様が不正を発見したと言うのはもしかしたら本当だったのかもしれない。

 そう思って、ミオリル王女に聞いてみたら、もう少し詳しい事を教えてくれた。

「元財務大臣のフィールズ伯爵の不正の噂はでたらめよ。不正を働いたのは補佐官で、気付かなかった自身にも責任はあると、自ら辞職したらしいわ」

「お父様が不正を暴いた、というのは」

「ああ、ローゼルグライム公爵は書類の不自然な点に気が付いて、しばらく前から監察官に報告を上げていたらしいけれど、全く監察官に動きが無い事に不信を感じて、フィールズ伯爵(元財務大臣)に直訴したらしいわ。元々お知り合いだったそうで、ローゼルグライム公爵もフィールズ伯爵の事は信頼してたらしいわね」

「お父様が……そんな事を」

「本来なら褒められた判断ではないわ。でも結果的に、それで補佐官と監察官の不正が明らかになったのよ。フィールズ伯爵が任を退いてしまったのは返す返すも残念だけれど、ご自身には勤まらないと、引き留めても聞かなかったらしいの」

「でも、お父様と一緒に不正を暴いたのもその方なのでしょう?」

「不正を働いた補佐官は侯爵だったのよ。元から、自分より爵位の低いフィールズ伯爵を侮る傾向があったらしいの。だから、自分の身分では務まらないと。実際に苦労は多かったらしいわね」

「……そうですか」

 王城では近年、爵位が低くても優秀な人材を出世させるようになった。けれども爵位が高い人間の中には、自分より爵位が低い人間を見下す人間が多く、軋轢も生じている。それは先生に習った知識だったけれど、実際の人の名前で聞くと悲しくなる。

「人を見下すしかできない、そんな爵位に何の価値があるのでしょう」

 私が呟いた言葉に、エリックが目を丸くした。私とミオリル王女の会話をよく分かって居なそうなキョトンとした顔で聞いていたエリックが私の手を握る。

「……姉様?」

 エリックも、平民であるサラやローアを見下す。お母様が酷い態度をとっても、サラは笑って受け流しているけれど、ローアは不愉快そうな顔をする。

「エリック……私はエリックにはそのような人になって欲しくありません」

「そのような人って」

「身分を理由に誰かを貶めないで欲しいのです」

「……姉様、姉様の友達の事は、もう別に怒ってなんかいません」

「サラとローアに限った事ではありません」

「……」

 戸惑ったように瞳を揺らして私を見上げるエリックの頭を撫でた。随分久しぶりな気がする。柔らかい髪の感触が心地よい。

 お母様は平民を嫌っている。そんなお母様に大事にされて、当たり前の様に平民を見下しているエリックにこんな事を言うのは、エリックを悩ませてしまうだけかもしれない。

 それでもこの言葉が届けばいいと思いながら、エリックの目を見て髪を撫でていると、やがてエリックが小さく頷いた。

 王女様が軽やかな笑い声を立てた。

「リィリヤが今までで一番姉らしく見えるわ」

「姉らしく……ですか?」

「ええ。エリック、良かったじゃない」

 王女様がエリックに言うと、エリックが顔を赤くした。

「ミオリル様!」

 慌てるエリックの髪を撫でると、エリックは余計に顔を赤くした。それを見て王女様が一層楽しそうに笑う。

「私が、少しでもエリックの姉らしくなれたのでしたら、それはとても嬉しいです」

 言うと、エリックはぽかんとした顔をして私を見つめた。

「姉様は、僕の姉様であることが嬉しいのですか?」

「はい」

 顔を隠す様に深く俯いたエリックが小さな声で呟く。

「僕も……姉様が姉様で嬉しいです」

 その言葉は、思いにもよらないものだった。嬉しい。心臓が熱くなるくらいに、嬉しい。

「ありがとうございます」

 そう言うと、顔を上げたエリックが私の顔を見て絶句する。首を傾げて、

「どうしましたか?」

 と言うと、エリックは酷く目をこすり始めた。目にゴミでも入ったのかと慌てて目を覗こうとしても逃げられてしまう。終いには立ち上がって部屋を出て行ってしまったエリックを目で見送り、王女様が私に微笑みかけた。

「貴女の笑った顔、初めて見たわ」

「笑っていましたか?」

「ええ。エリックのあの様子だと、相当貴重な顔らしいわね。お兄様が聞いたら何て言うかしら」

 どうしてここで、ラグラス殿下の話が出るのだろう。

「エリックの様に笑えるようになれればいいのですけれど」

「その無表情も慣れれば味があるわよ」

 王女様はそう言って笑った。


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