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学友のお誘いについての相談会

 「王女の学友!?」

 ローアが叫ぶ。驚いたんだろう、驚いているんだろう。あたしも驚いた。驚いたけど、それは寧ろ……

 あたし、何で忘れてた!?

 というそれである。

 ミオリル王女の学友。もの凄く聞き覚えのあるフレーズだ。ゲーム(前世の記憶)の中で、過去の話としてその事が語られていたのだから。


 ミオリルは、リィリヤの弟、エリックの攻略ルートでのライバルキャラだ。エリックはミオリルの学友として幼少時から王女と親しくし、一つ年上の彼女に姉の様な親愛を抱く。そしてミオリルもまたエリックを弟の様に可愛がるのだ。

 ゲームの中のエリックは凝り固まった選民思想の持ち主で、平民出のヒロインの事を最初の内は酷く見下す。それはゲーム内の学園の風潮の所為でもあるのだろうけれど、母親(公爵夫人)の影響でもあるのだろう。けれどもエリックは立場としては対立構造(貴族VS平民)のどちらにも属さない中立派だ。

 それというのも、ミオリルが貴族サイドにも平民サイドにも属さずに、中立を貫くからだ。彼女は学園の中に数少ないながらも居る、貴族も平民もどうでもいいから平和に暮らしたい、という一派を守っていた。

 それでも彼女は、抗争には殆ど介入しない。ヒロインが、同じ王族であるミオリルならラグラスを止める事ができるのではないかとミオリルに助けを求めても、

「争いたくないと言うのなら守ってあげましょう。けれども下らない争いに私を巻き込まないで頂戴。お兄様(ラグラス)のやっている事は気に食わないけれど、貴方たち(平民サイド)だって同じよ」

 と切って捨てる。

 エリックが主人公に惹かれはじめると、

「あの子に関わる事は下らない争い(貴族と平民の抗争)に関わると言う事よ。やめておきなさい」

 とエリックを諌める。

 エリックを攻略するには、ミオリルに認められる必要がある。エリックの好感度を幾ら上げても、ミオリルに認められない限りエリックルートのハッピーエンドは得られないのだ。エリックの好感度を上げるよりも、ミオリルに認められる方が難易度が高かったりする。求められるステータスも結構高いし、一定数以上、ミオリルとの接触イベントを起こす必要もある。

 エリックルートのハッピーエンドでは、ミオリルはヒロインとエリックの二人を祝福するが、それと同時に、エリックに対して弟としてではない愛情を抱いていたと仄めかす。ミオリルが目に涙を滲ませ、切ない微笑を浮かべて二人の手を握っているシーン(スチル)もそのエンディングも、結構評価が高かった。

 で、問題はそれにリィリヤがどう関わるか、である。

 リィリヤは弟のエリックに全く関心を向けない姉として語られる。

 ゲームの中ではリィリヤとエリックの関係は本当に冷め切っている様だった。ヒロインを攻撃しに来たリィリヤから、エリックがヒロインを庇う場面(イベント)があり、その時リィリヤは何の遠慮も無くエリックに攻撃をする。それに傷つくエリックを慰めるのが、エリック攻略ルートの重要なイベントだったりする。

 そもそもエリックがミオリル王女を姉と慕い始めるのも、リィリヤからの愛情が得られなかったからだ。言い方は悪いがリィリヤの代わりをミオリルに求めたのである。ミオリルがエリックを男として愛するようになってもそれを伝えられなかったのも、自分に求められているのが「姉の代わり」だと理解していたからだという話だった。

 エリックの好感度がある程度高くなると、ミオリルを姉の様に慕うようになったきっかけとして、学友になった時の事が語られる。

 その内容は……


 リィリヤとエリックは、一時だけ一緒にミオリルの学友になる。けれどもすぐに、リィリヤはミオリルの学友から外される事になる。

 いや、リィリヤの意思で外れた、と言うのが正しい。

 理由は学力……というよりは学習の進度の問題だ。リィリヤはエリックよりもミオリルよりも遥かに先の内容を既に学んでいた。だからリィリヤは、二人と共に学ぶ事は無駄な事だと、そう判断して学友を辞める。

 密かに姉と学べる事を楽しんでいたエリックは、姉に遠く及ばなかったことにも、「無駄」と切り捨てられた事にも、深く傷つく。リィリヤに追いつこうとがむしゃらに努力するが、それでも全くリィリヤに関心を向けられない事に絶望していく。

 そして、そんな中でエリックを導きつつ支えるミオリルを姉の様に慕うようになっていく。


 ……とまあ、こんな感じだ。

 エリックが一応、中立派なだけあって、エリックルートは比較的穏やかだと言える。リィリヤの死亡フラグに直接関わりがないからすっかり忘れていた。そもそもあたしたちはエリックと会ったことがほとんどないのだ。そういやリィリヤの弟いたんだったっけ、あ、攻略対象じゃん! と思ってしまったくらいに。

 しかし、どうしたもんか。

「お受けしようか迷っております。光栄な事ですが、サラやローアにあまり会えなくなってしまうと思うと……」

 リィリヤがあたしたちに相談している。王女の申し出を受けるべきかどうかについて。

 賛成すべきか、反対すべきか。

 ローアも迷っているらしい。ローアは反対したいだろう。ローアだってリィリヤと会う機会が減るのが嫌な筈だ。あたしだってそうだ。でも王女様の学友ってすごい事なんだと思う。平民が気楽に反対できるようなスケールじゃ無いんだよね。

 ゲームの知識を信じるならば、反対しても賛成しても大して変わらない。リィリヤはどうせそう時を経てずにして学友を辞めるんだから。その理由が違うだけだ。リィリヤはゲームで語られているような冷たい人間では絶対に無いけれど、「学習進度が違うから一緒に勉強しても無駄」と言わないとは言い切れない。というか結構言いそうだと思う。

 冷たいから、じゃ無くて真面目だから。「学友」というのはお互いにライバルになれるような人が望ましい。その中に遥かに先に進んだ人間が居れば、お互いにとって良くない。とそれくらいは考えそうだ。

 エリックが自分と勉強するのを楽しみにしてたなんて、思いもしないだろうし。

「エリックは何て言ってるの?」

「エリック、ですか?」

 あ、しまった。呼び捨ててしまった。リィリヤは友達だからいいけど、エリックは呼び捨てにしちゃまずいだろう。

「ごめん、エリック様」

「いえ、でもどうして、エリックなんですか?」

「え、だって……」

 エリックも王女の学友になるんでしょ?

 と、言いかけて、慌てて止めた。

 リィリヤはエリックについては何も言っていない。ここであたしがそれを口にしたら、不自然過ぎる。……あたしはどうしてこう、迂闊なんだろう。

 何とか誤魔化せないかと必死で頭をめぐらす。

「……お姉ちゃんと一緒に居る時間が減ったら、弟としても寂しいんじゃないの?」

 我ながら不自然過ぎる。リィリヤと友達になってからずっと、ほとんどエリックの事に触れなかったというのに、このタイミングでいきなりとか。

「サラとローアだったら、そうかもしれませんが」

 リィリヤも不自然に感じているのだろう。首を傾げている。

「別にお姉ちゃんと遊べなくなっても寂しくないし」

 ローアがむすっとして言う。あたしはにっこりと弟の頭を拳で挟んでぐりぐりする。

「ローア? ここに来たくなる度に、あたしの袖を引くのはどこの誰? 少し前まで夜中トイレに行くのが怖いからって人の事起こしてたのは誰かな?」

「トイレはもう一人で行ける!」

 ローアがあたしの拘束から抜け出ようとぎゃあぎゃあ騒ぐ。けれど力であたしに敵うと思うなよ?

「そうだねえ、じゃあ、先月……」

「ちょ、お姉ちゃ、わああああああああああああ!!」

 叫んであたしの言葉を打ち消そうとするローア。あたしがどれだけお前の恥ずかしい話を知っていると思っている。リィリヤの前で口にされるのは耐えられまい。

「うるさい」

 拘束を解いて後頭部をべしっと叩いてやれば、ローアがむっつりとあたしを睨んだ。痛かったのか恥ずかしかったのか、少し涙目だ。あたしに逆らおうなんて、五年は早い。

「まあ、生意気ローアはともかく、エリック様だってほら、寂しいかもしれないし」

 何とかこの方向性で誤魔化せないものだろうか。

 リィリヤが微かに俯いた。

「サラとローアとは違います。……エリックと私は、普段からほとんど話をしません。昔は、私の手を握ってくれた事もあったのですが、今ではそれも無いですし」

 握ってくれた(・・・)……ね。やっぱり、リィリヤは冷たい子では無いのだ。

「でもお話してみたら如何でしょう」

 そう言ったのはカルアさんだった。何時の間に図書館に入っていたのか、紅茶とお菓子のセットを手際よくテーブルに並べる。どこから話を聞いていたんだろう。

「エリックと、ですか?」

「ええ。エリックさまはリィリヤ様がお話をお受けすべきだと考えておいでの様ですよ? エリック様は王女様のご学友になる事を既にお決めとの事で。奥様が喜んでおいでです」

 カルアさんは、この屋敷の中の事に詳しい。カルアさん曰く、「情報収集も良き侍女(メイド)の仕事ですから」という話だ。屋敷の中のゴシップを把握しておくことは大切らしい。

「エリックは、確かにそうでしょうけど……」

 リィリヤの顔が僅かに強張る。あたしはこの二年で、リィリヤの表情を読むことに随分熟達した。ローアも勿論である。良く見れば、少しながら変化があるのだ。リィリヤの表情も。

「私がエリックの意見を尊重する理由はありません」

 僅かに強張った顔で言う言葉は、リィリヤには珍しい。基本的に素直なリィリヤは、人の意見を頭から拒絶することは滅多にない。

 何かあったんだろうか。

「喧嘩でもしたの?」

「そういうわけでは……」

 言い難そうなリィリヤに代わって答えたのは、カルアさんだった。

「エリック様は、リィリヤ様がお断りになろうとする理由がお気に召さないのですわ」

「あたしたち、ですか」

「はい。それでリィリヤ様は、エリック様がそのように仰ることがお嫌なのですよね?」

「……はい」

 いつもと変わらない笑顔で飄々としているカルアさんと対照的に、リィリヤが纏う空気は重い。多分、平民ごときに、とかそう言うニュアンスの事を言われたんだろう。

 あたしは敢えて気楽に笑ってみせた。

「ふうん……あれかな? あたしたちにお姉ちゃんを取られたとか、そういう気持ちなのかな?」

「いえ……そんな事は、無いと思います」

 リィリヤが否定するのを、カルアさんが

「案外、サラ様の仰った事が当たってるかもしれませんよ?」

 と笑った。

「でも、エリックは」

「サラ様やローア様のお声が聞こえる度に、そわそわしていると噂ですし」

「それは」

「お庭を三人で走っているのを羨ましそうにご覧になっていたとか」

「……あの、」

「エリック様には、リィリヤ様たちを追いかけて庭でお転びになり、泣いている所で奥様(公爵夫人)に見つかり『平民と遊びたがるとは何事か』とお叱りを受けたと言う、涙ぐましいエピソードもあるのだとか。私がここに雇われる前の話だそうですが」

「初めて知りました……エリックが?」

「使用人の間では、リィリヤ様とエリック様の御関係をハラハラと見守っている一派が居るのでございます。奥様(公爵夫人)がお二人が親しくするのを望んでいないものですから、表だって活動できないのが辛い所ですが」

「お母様は、そう、ですね」

「ですから、私がこのような事をお耳に入れたという事も、どうか御内密に」

 にっこり笑って締めくくるカルアさんは、そう言って頭を下げると颯爽と立ち去った。

 紅茶とお茶菓子を残してカルアさんが立ち去ると、図書室に沈黙が訪れた。何やら考え込んだ様子のリィリヤを皆で見つめる形になる。

「……エリックは私をあまり好きでは無いと思うのです。今は、もう」

 沈黙の果てに、リィリヤが呟いたのはそんな言葉だった。あたしは「そんなこと無いよ」と言いたくて言えない。

 ゲームのエリックは確かに、リィリヤと一緒に勉強できることを密かに楽しみにしていた。でも、それが本当にそうかなんて分からない。あたしたちとリィリヤが友達なのもゲームの中とは違う筈で、平民を軽蔑している(と思われる)エリックがリィリヤを本当にどう思っているかなんて分からない。

 意外な事に、それまで沈黙を保っていたジーハス先生が口を開いた。

「リィリヤ様はエリック様とどうなりたいとお考えですか?」

「私、ですか?」

「はい。サラ様やローア様を平民と蔑むエリック様と、親しくしようとは思えませんか?」

 リィリヤは自分の内面を覗き込むように机を見つめる。それから考え考え、言葉を探しながら口を開いた。

「……エリックが二人を……蔑むのは、悲しい事です。」

「エリック様を嫌いになってしまわれましたか?」

「よく、分かりません。……仲良くなれない、とは思いました。けれども……私は、エリックが私たちと遊びたがっていた事も、知りませんでした」

「今もそうとは限りませんが」

「はい……今はそんな風に思っていないと思います。でも、私はあまりにエリックの事を知らなくて、それが、……寂しい、と思います」

 誰がこの子(リィリヤ)を冷たいと言えるだろう。(エリック)に嫌われているかもしれないと、そう思いながらだって、こんな風に言えるこの子を。

「それで、どうしたいとお思いですか?」

「……もっと、エリックと話したい、です」

奥様(公爵夫人)がお喜びにならないでしょうね」

「……そう、ですね」

 だからこそ、王女の学友の話は貴重な機会になりうるのだ。ゲームの中でも公爵夫人については触れている。その貴重な機会をリィリヤがあっさりと捨てた、というのがエリックの傷になっていた。

 今、リィリヤは悩んでいる。

「だったらさ、リィリヤ。王女様のお話、引き受けたら?」

「……でも」

「あたしたちとも全然会えなくなるわけじゃ無いよ。きっとね。リィリヤがここに来れなくなっても遊びに来るから」

 まあ、来づらくはなるだろう。でもまあ、ジーハス先生の所に遊びに来ること自体、咎められはしないと思う。多分。今だってリィリヤと居る時間よりもジーハス先生と居る時間の方が長いんだし、そんなに変わらない。多分。……ハルトさん辺りは、「御嬢様(リィリヤ)が居ないのに何しに来たんだ」とか言いそうだけどね。

「……別に、ちょっと会えなくなったくらいで友達じゃなくなるわけでもないし」

 ナイスだローア。良く言った。お前は偉い。リィリヤと会えなくなるのは辛いだろうに。何せ一週間会えないだけで覿面に不機嫌になるんだから。

「弟の勉強の面倒を見るついでに、親交を深めるくらいのつもりで引き受けたら? 王女様だっていい人そうなんでしょ?」

 リィリヤの口調からは、ミオリルに対しての好意は感じられても嫌悪は感じられなかった。

 リィリヤはまた少し考え込んで、それからこくりと頷いた。

「……そうですね。このお話、引き受けてみようと思います」




 後日また図書室で会ったリィリヤに聞いたところによると、変則的な形で学友になる事で落ち着いたらしい。

「私は王女様とエリックが学んでいる事を既に習ってしまっているので、お二人が先生に付いているときには参加しない事になったのです」

 聞けば週に一日、先生に付かずに課題を進める日があるらしい。その日に、二人の課題を手伝いながら話をする、という事になったらしい。

「王女様と私は同い年なので、王女様が悔しがっておいででした」

 エリックと二人ですぐに追いついてやるから! と言われたらしい。幼年期の貴族の教育は、その家の方針や本人の資質、財力等で様々で、同い年だからどうこう、というのはあまり無いらしいけれど、同じ年だからこそあるライバル心だってあるのだろう。

「サラに引き受ける事を勧めて貰ったとエリックに言ったら、謝られました。『姉様の友達を悪く言ってごめんなさい』と」

「許してあげた?」

「許す、ですか……? サラとローアが私の大切な友達だと理解して頂けたらそれでいいのですが。そう言ったら少し不機嫌にさせてしまった様です」

「……そっかー」

 それって拗ねてるよね?

 エリックの平民のあたしたちに対する認識は浮上したような気がするけれど、やっぱりお姉ちゃんを取られた的な嫉妬を向けられてしまうんじゃなかろうか。

 公爵様だって未だにお母さんの事嫌いらしいし。それにはお父さんも苦笑するしかないらしい。だからお父さんに避けられてるんじゃないの? と言いたくなる時がある。お父さんもお母さんも、誘われても極力ここに来たくないと思っているらしい。お父さんは別に公爵様の事嫌ってる訳じゃないみたいだけど。あたしたちがここに来ることだって黙認しているけれど、やっぱり少し心配そうにされる。

「でも、エリックに嫌われてはいないかもしれない、ような気がしてきました」

「よかったじゃん」

「はい。サラとローアくらい、とまではいかなくても、もう少し姉弟らしくなれたらいいと思います」

 そうやって大真面目に言うリィリヤは、不器用ながらも(エリック)と向き合おうとしている。

 ゲームの流れに、変化は生じているのだ。

 あたしの影響って言うより、カルアさんとジーハス先生のお手柄って感じだけどね。

 リィリヤとエリック、ミオリルが仲良くなってくれたらいいと思う。少なくとも、リィリヤが冷たい人間なんかじゃないって、エリックが理解してくれたらいい。

 そうすればきっと、リィリヤは氷人形(アイスドール)になんかならない。

 あたしの影響何て微々たるものでも、変化は起こりうるのだと、そう思えた。


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