閑話 ヘレン 2
※ 今回、表現の都合上読みにくい部分があります。ご了承ください。
◇
「へっ? 俺たちに客、ですか?」
修一たちが町を出た日のさらに翌日、起き抜けの眠い目を擦るカブの部屋に宿の主人がやって来た。
なんでも、カブたちに会いたいという客が来ているのだという。
そんな相手の心当たりがないカブは、欠伸を噛み殺しながらぼやく。
「どうしてまた、こんな朝早くに……」
「儂もそう思うが、すでに下の食堂で待ってもらっている。全員揃って、早めに下りてきてやってくれ」
「はあ」
気のない返事を返すカブであるが、あまり待たせても失礼だろうと思い直し主人の言葉に頷く。
まだベッドで寝ているテリムを起こそうと室内に振り返り、それから思い出したように主人に問うた。
「えっと、その相手って、一体誰なんですか?」
「……まあ、会えば分かるよ。
一応は、お前らの先輩に当たる人物だしな」
「……?」
カブは余計に怪訝そうな顔をするが、主人はそのまま踵を返して部屋を出ていってしまった。
仕方がないのでカブは、取り合えず一番朝の弱いテリムを無理矢理起こすと、客が来ている事を伝えて顔を洗いに行かせた。
それからウールとヘレンが寝ている部屋まで赴き、部屋の前で立ち止まると、一つ咳払いをしてからドアをノックする。
数秒ののち、中から「……はーい」という声が帰ってきて、カブはこっそりと安堵の息を吐いた。
足音がドアまでやって来ると、ガチャリとドアノブが回る。
顔を出したのは、すでに身だしなみを完璧に整えたヘレンであった。
「おはようカブ、……どうしたの?」
「ああ、おはよう。いや、なんか俺たちに客が来てるみたいでな、揃って食堂に下りてきてくれってさ」
「お客さん?」
不思議そうに首を傾げるヘレンだったが、カブとしても同じ気持ちなので何も言わない。
ただカブは、何故か少しだけ焦ったようにしていた。
「ああ、兎に角そういう訳だから、早めに準備して俺たちの部屋まできてくれ」
「うん、分かった」
「よし、それじゃあ俺も部屋に戻って準備を――」
「おや、そこに居るのはカブかい?」
「!!」
カブは、背後から聞こえた声にビクリと体を震わせた。
なぜ、俺の後ろにいるんだ、と恐怖したのだ。
「あ、ウール、お客さんが来たんだってさ。すぐに準備してカブの部屋に集合だって」
「へえ、そうなのかい。あたしはてっきり――」
「ウール、……今日は早起きしたんだな」
「ん? まあ、今日は朝のお祈りがある日だからねえ、曇ってて朝日は見えなかったけど、きちんとお祈りしてきたよ」
「……そうか」
こういう時ばっかりしっかりしてやがる、とカブは内心で舌打ちをする。
それに対しウールは、ニヤリと笑いながらカブの背中に抱き付いた。
ヘレンが半ば呆れたようにその様子を見ていた。
「あたしはてっきり、朝からあたしに会いに来てくれたのかと思ったってのに」
「!? ええい! 抱き付くな!!」
「おっと、つれないねえ」
振り解こうとするカブにウールはサッと体を離すが、口元は笑ったままだ。
反対にカブは、イライラしたように唸る。
昨日から、ずっとこの調子なのだ。
事あるごとに抱き付いてきたり、腕を絡めてきたりする。
しかも人前であろうと堂々と。
昨日、酒で痛い頭を抱えながら四人で町を歩き、魔物討伐の報奨金を貰ったりその金で買い物をしたりしている間も、ずっとだ。
ウール曰く「鈎竿をあげた対価だよ」との事だが、いくら何でもやり過ぎだ。
「ウール! いい加減にしろ!」
「何がだい?」
「子どもじゃあるまいに、ベタベタとくっついて来るな!」
「んー?」
面と向かっての怒声にも顔色一つ変えないウールを見て余計に苛立ちを募らせるカブであるが、それでもそれ以上は何も言わない。
まあ、カブとて理解はしているのだ。
ウールのアプローチが、マジだという事くらい。
――くそっ、何だってこんな……。
そもそも、一昨日唇を奪われた時点で何となく察していた。
伊達に何年も一緒に居たわけではないのだから、当然と言えば当然なのだが、それでも一昨日のアレは、酒の勢いによる気の迷いだと思いたかった。
しかし、昨日の態度を見れば、否応なしに理解できてしまう。
別にそれが嫌な訳ではないし、カブだって男だからむしろ嬉しかったりもするのだが、それよりも困惑と羞恥の方が強いためどうしても苛立ちが募るのだ。
「ああっ、くそ! とにかく、さっさと着替えて集合だからな!」
「あいよ」
「うん」
乱暴な足取りで部屋に戻っていくカブを見送った少女二人は、お互いに顔を見合わせて、それから困ったように笑い合った。
「おお、君らが例の冒険者諸君か!」
男の第一声は、これであった。
カブたち四人が一階に下りると、まだ人影もまばらな食堂内で、一人用の小さなテーブルに座ってお茶を飲んでいる男がいた。
その男は、カブたちの姿を認めるとやにわに立ち上がり、それから嬉しそうな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
一見して三十代の半ばほどの歳に見えるのだが、明朗快活に笑う様はまるで十代半ばの少年のようであり、男は人当たりの良い笑みを浮かべたまま良く通る声で話し掛けてきた。
「いやー、朝早くに済まないね、うん! でも、僕の上司がどうしても君らに会いたいって言うんだよ、勘弁してくれないかな!」
そんな男の姿を見て、何かに気付いたカブとテリムが驚いたように目を見開く。
「なっ……!?」
「……!」
「……誰だい?」
「?」
その男が誰なのか分からなかったウールとヘレンは揃って首を傾げる。
そしてカブが慌てたように背筋を伸ばしたのを見て、男は眉尻を下げながら頬を掻いた。
「はは、そんなに畏まらなくてもいいのに」
そう呟くその男は、上等な生地で作られた紺色を基調とした服を着ている。
上着として着ているジャケットの襟元には精緻な意匠の施されたバッジを付けていて、カブは、つい先日そのバッジと非常によく似た物を、手に取って見たことがあった。
また、よくよく見れば立ち姿にまるで隙がない。
彼が一角の実力を持った戦士であると、容易に想像が付く。
何よりカブにとってその制服は、憧れの対象なのである。
間違えるはずがない。
ここでようやく、ウールとヘレンも気が付いた。
「ん? ひょっとして」
「あ、……もしかして」
「おっと、そういえば名前も名乗ってなかったや、うん、ごめんごめん」
男はそう言うと、ピシリと姿勢を正して自己紹介を行った。
騎士団式の敬礼とともに。
「僕の名前は、ハクジューク・カトレオート。
ブリジスタ騎士団、第五騎士団の副団長なんだ。
僕の上司、エナミ団長が君らに会いたがっているんだけど、一緒に来てくれないかな?」
◇
カブたち四人は副団長に乞われるまま、その後に続いて宿を出る。
向かう先は、この町の警備隊詰所。
先日確保した、人攫い集団の生き残りを収容している建物である。
「ハクジューク副団長」
「ジュークさんでいいよ。堅苦しいのは嫌いだし、他の団員にもそう呼ばせてるからさ」
「えっと……、それならジュークさん」
「何だい?」
「どうして俺たちは、エナミ団長に呼ばれたんですか?」
ジュークは肩越しにこちらを振り返る。
イタズラっぽい光を纏った瞳で、カブたちを見てきた。
「はは、どうしてって、君たちが人攫いたちを捕まえてくれたんだろ? その時の話を、ちょこっと聞かせて欲しいんだよ」
「はあ……」
カブは、他のメンバーと顔を見合わせ、困ったように相槌を打つ。
確かに、捕まえはしたけれども。
それはあくまでも、あの場に居合わせたたかだか数人だけの事だ。
それよりも、組織そのものを壊滅させた『赤茶けた怪物』の方が、よっぽど聞くべき事はあるのではないだろうか。
まあ、その怪物は昨日の夕方ころには弟子を連れて町を出ていってしまっているのだが。
次の目的地は、ここより更に北にある帝国らしい。
「僕らは元々、今回の人攫い集団を潰すために派遣されてきた訳なんだけど、それとともに、どうして人攫いたちが人を攫っていたのかも探らなくちゃならないんだよ。
で、今、君たちが捕まえてくれた男たちを順番に尋問してるんだけどさ、これが中々面倒でね」
「……黙秘してるのですか?」
テリムが問うが、ジュークは笑って手を振った。
「違う違う、アイツらにそんな根性ある奴なんていないさ。だって、団長が直々に話を聞いてるんだよ? 普通の奴なら、すぐさまゲロっちゃうだろうね」
「ふーん? そうなのかい?」
「勿論さ。何なら、見てみるかい?」
「えっ、見てみるって……」
「団長が尋問してるとこ。
多分、びっくりするよお?」
そんな事を話している内に、警備隊の詰所に到着した。
この町の規模に合わせて隊員数も多いため必然的に建物も大きく、つまり悪さした人間を留置するための施設も大きい。
カブたちが宿泊している宿よりも、よっぽど大きかった。
「おはようございます! 副団長殿!」
「はいはいおはよう、ご苦労様」
「はいっ!」
建物入り口で立番をしていた壮年の警備隊隊員に軽く挨拶し、玄関を潜る。
カブたち四人も隊員に会釈しながらその後に続くと、ジュークは建物の奥へと軽い足取りで進んでいった。
「さっきの玄関の人、もう結構な歳だけど声がハキハキしてて良いよね。うん、若々しい」
「そうですね」
カブが同意するように頷く。
歳を取っても元気なのは良い事だ。
「僕たち騎士団の中でも、歳食っても元気な人は多くてねえ、まだまだ僕らみたいな若造には負けたくないんだってさ。僕なんてもう三十五だし、団長も来年には四十になるんだけどね? やっぱり子ども扱いしてくれる人は居るもんだねえ、うん」
「……そう、なんですか?」
自分たちの倍は生きている目の前の男が子ども扱いとは、とヘレンは何とも複雑な気分であった。
そしてジュークは、「そうなんだよお」と話を続ける。
この男、基本的にお喋りが大好きなのだ。
返事をしてもしなくても、勝手にどんどん話を進めていくのである。
「ファニーフィール姐さんとかゼンさんとかならまだ分かるんだけどさあ、ブライアンさんとかチャスカさんとかは、まだ五十そこそこなんだよね。それなのに僕の事を小僧とか呼んでくるのは、やっぱりちょっと止めてほしいなあ、って思うんだけどどう思う?」
「は、はあ……」
「や、ほら、君たちから見たら僕だって立派なオジサンなんだからさ、それをそこらの少年少女と変わらないような呼び方で呼ぶのは変だと思うし、何より僕がまだ半人前みたいだっていう印象を、聞く人たちに与えてしまうじゃないか。それは僕としても避けたいわけさ。僕もほら、一応副団長という立場があるからさ、部下から嘗められるても困るし、うん。それにさあ――」
「……」
次第に返事を返す間もなくなってきた。
よくそんなペラペラ喋れるものだと思う。
この男、ひょっとして口から先に生まれてきたのではなかろうか。
そんなこんなと話を聞いていたら、やがて通路の先に一人の男が立っているのが見えた。
磨かれた鎧を着込んだ歳若い男である。
おそらくジュークの部下なのだろう。
副団長の姿が見えた途端、こちらに正対して敬礼をしてきた。
「お疲れ様です! ジュークさん!」
「うん、ありがと。団長は中かな?」
「はい! 現在も尋問の最中です!」
「分かった」
中、というのは、すなわち尋問室の中である。
部下の男の背後には頑丈そうな木の扉があり、おそらくだが、その扉の向こうが尋問室なのだ。
「それじゃあちょっとだけ見てみようか?」
「本当に良いんですか? 邪魔になるのでは?」
「はは、大丈夫だよ、そんな事気にするような柔な人じゃあない――」
その時である。
扉の奥から怒声が響いた。
「しゃあ、おんしゃあ!! ええ加減にせぇっ!!」
「!?」
と同時に、バァン、と何かを叩きつけたような音が聞こえ、それからガンッ、と固い物を蹴ったような音がした。
どちらも、扉の向こうからだ。
「お、やってるやってる」
「……えっ、あの?」
思わず身が竦みそうなほどの怒気を孕んだ大声であったが、ジュークは気にした様子もなく 申し訳程度にドアをノックすると、返事も待たずにドアを開けた。
カブたちは、そんな事して大丈夫なのか、と一瞬思うが、扉の奥の人物――おそらく四十代くらいの男だ――はこちらに見向きもせずに再び吼えた。
「我がの都合ばあ言うち、ひとっちゃあ反省してないがかや!? おんしゃあ何を考えちゅうがな!!」
「……で、でも」
「でもち何なあ!! ああっ!? ふざけた事抜かすなあっ!!」
「ひっ……!?」
男は、怒りに任せて手に持っていたペンを机に投げ付ける。
机に当たってへし折れたペンが、対面に座る少年の頬を掠めた。
その少年というのが、先日の港での騒動にて、テリムの落雷魔術を浴びて気絶していた連中の一人であったのだが、カブたちがそれに気付くより早く、男が少年の胸倉を掴んだ。
頭突きでもするのかという勢いで自分の眼前に少年を引き寄せると、唸るようにして恫喝する。
少年の顔は恐怖のあまり真っ青になっていた。
「なんなおんしゃあ、その目は」
「…………い、いえ」
「まだ、自分がやってきた事の重大さが分あっちゃあせんみたいやにゃあ?」
「そ、そん、な事は」
「あればあ目の前で他の者がづきたくられちゅうゆうにその態度、……嘗めちゅうろう? にゃあ? 俺らあ相手にそんな口聞くらあ、嘗めちゅうがよな? おお?」
「ち、違――」
男は、少年の胸倉を片手で掴んだまま、もう一方の手で壁を殴り付けた。
ドゴン、と激しい音が鳴る。
怯えた少年はそれ以上言葉を発せなかった。
「違わなあやっ!! おんしゃあらあが我がの遊ぶ金の為に連れていった人間が何人居る思うちょらあ!? 十や二十じゃ利かんがぞ! しかもその半分以上は子どもやろうが!! どうしたらそんな事が出来るがなや!? 頭おかしいがやないかっ!? ああっ!?」
「……!」
「何より許せんがはにゃあ! おまんらあの誰に聞いたち、揃いも揃って『先輩に言われたからやった』ち抜かす事よや! だから俺は悪くないとでも言うつもりかあっ!? 糞馬鹿どもが! おまんらあのした事は重罪や! 覚悟しちょれよ!! 全員、縛り首にしちゃるきにゃあっ!!!」
と、言ったところで男は、乱暴に少年を突き飛ばす。
男に引き寄せられて足が半分浮いていた少年は、背後にあった椅子を巻き込みながら床に尻餅を付いた。
少年は、呆然としたような表情を浮かべている。
顔の色は青を通り越して土気色だ。
手足や唇がブルブル震えていて、立ち上がろうにも立ち上がれないといった様子である。
完全に、恐怖で打ち拉がれている。
そこに男は、トドメとばかりに机を蹴り、倒れ込んでいる少年にぶち当てた。
そこまでされた事で少年は、とうとう泣き出してしまう。
しかし男は「泣いたち許さなあ、このびったれが」と冷たく言い放った。
心底軽蔑しているような、ゴミ以下のクズを見るような目で、少年を見下ろしている。
「流石だねえ」
「…………」
そしてあまりの苛烈さにカブたちが言葉を失っていると、男がギロリとした目でこちらを見てきた。思わず、身構える。
「……おお、ジュークかえ、もんちょったか」
「はい、エナミ団長。あ、そうそう、この四人が例の冒険者たちです」
「そうか。そいたら、済まんけんどちょいと代わってくりや」
「了解」
そう言うと男――エナミ――は、尋問室を出る。
身構えるカブたちの横を無言で抜けて通路を歩き始める団長を、副団長は指差し。
「皆、ゴメンだけど、団長に付いていってあげてよ、うん」
と、告げてきた。
「は、はい、分かりました……」
カブは、俺たちまで巻き添えで怒られたりしないよな、と不安に思いながらも、団長の後に続いたのだった。
◇
結論から言えば、カブの不安は杞憂であった。
カブたちが、応接室のような少し広めの部屋でエナミと向かい合わせにソファーに座ると、団長は先程までの怒り方が嘘のように柔和な顔付きになる。
強い訛りと顔を横一文字に走る刃物傷を持つこの男は、まるで親戚の子どもたちを迎えるオジさんのように優しく話し掛けてきた。
「よう来てくれたにゃあ、おまんら」
「あ、いえ」
「もう飯は食うちゅうかえ? まだやったら済まざったわえ、後で何か奢っちゃるき、堪えてや」
「は、はい……」
カブは恐縮したように頷く。
なんせ、いくら優しく話し掛けられても、目の前に座る男は第五騎士団の団長なのだ。
この国の、最高戦力の一人である。
本来なら、おいそれと話が出来る相手ではないのだ。
「ほいたら、しゃんしゃん用件を済まそうや。
おまんらを呼んだがは他でもない。あの人攫いらあを捕まえた時の話を聞きたいがよ」
「はい」
「今の見たろう? おまんらあが捕まえちくれた糞餓鬼よえ。アイツらを順番にづいていきゆうがやけんど、なんちゃあ分かってないき、困っちょらあ」
「と、言いますと?」
「アイツらにゃあ、皆が皆、他の先輩に誘われて組織に入ったち言いよらあ。誰が一番偉いやら、何の為に人を攫いよったやら、攫われた人らあがどこぞへ行ったのかやら、誰一人知らなあえ」
「……」
訛りが強すぎてちょっと聞き取りづらい時もあるが、大体は理解出来るため、無言で先を促す。
「昨日の夕方にこの町に着いたら警備隊の者から、もう人攫いたちは捕まえてあります、ち言われたき、そしたらすっと終るろうて思うたけんど、よくよく話を聞きよったら、ひとっちゃあ人数が足らなあ。ここに居るがは八人やけど、少なくとも組織全体では、五十人は居ったらしいき」
「……あー、実はですね」
カブは、自分たちが捕まえるより先に師匠が組織を壊滅させたらしい、という事をエナミに教えた。
エナミは、最初は半信半疑であったが、ヘレンが師匠の特徴を話すと、一転して納得した。
エナミ団長とハクジューク副団長は、二十年前当時冒険者をしていたため、師匠とは面識があるらしいのだ。
「ま、あの人やったらそれっぱあの事はやるろ。バケモンやったし。しかし困ったにゃあ、そしたらここに居るが以外はもう居らんゆう事やろ? どうりで、昨日から団員に探させても見つからん訳よ。
なんとかして、ここに居るアイツらから情報を取らなあいかんかにゃあ……」
そう言って、エナミはしかめ面で悩み始める。
どうでもいいが、その顔でしかめ面をされると恐すぎる。
エナミは、筋肉質でガタイも良く、肌は日に焼けたように浅黒い。
顔の真ん中には、横一文字に走る大きな刃物傷があり、見る者に畏怖心を与えている。
そして声が大きく、そのくせ強い訛りのある言葉は、先程のように怒ったときの迫力が半端じゃない。
正直、カズール組のワイズマンなど目じゃないほどに、ヤクザ者みたいである。
そんな男が目の前でうんうん唸っているのだから、ウールはつい、軽口を叩いてしまった。
「はっは、団長さん、そんな風に悩んでたら禿げちゃうよ?」
「!? ばっ! ウール!!」
慌ててカブがウールを叱ろうとするが、エナミは突然笑い出す。
「がはは! 嬢ちゃん、えい事言うた! 俺ぁ、そうやっちズバッと言う者は大好きよえ!」
そう言いながら膝を叩くエナミは大層ご機嫌そうであった。
「団長、尋問終わりました」
「おう、ご苦労」
それから暫くの間、テリムが人攫い集団についての詳しい話を質問したりしていると、ジュークが部屋にやってきた。
先程の少年の尋問が終わったらしい。
「やっぱり駄目だったね、アイツも本当に何も知らないみたいでした」
「そうかえ」
両手を肩の高さにあげてやれやれといったポーズをするジュークに、エナミは残念そうに呟く。
それから二言三言言葉を交わした後、ジュークは再び尋問室の方に戻っていった。
「まあ、しゃあないか、もう一回順番に聞き直してみんといかんろうにゃあ」
と言ったエナミは、カブたちに向き直って「わざわざ来てもろうて済まざった」と告げる。
「約束どおり飯ばあは奢らあ、どこがえいで?」
「あ、それなら、あたしたちが泊まってる宿の食堂がいいかな」
「分あった、そうしょうか」
そう言って立ち上がろうとするエナミに。
「――ちょっと、構いませんか?」
「ん、何ぜ?」
テリムが、手をあげた。
「実は僕たち、先日立ち寄ったテグ村という村で事件に巻き込まれていまして。その時に、そちらの銃砲隊隊長のエイジャ・ワークリング氏に会っているのですが」
「エイジャに? ほんまかえ? なんでまたアイツが、そんなところに居ったがで」
エナミは、いきなり出てきた知人の名前に驚くが、テリムはその反応を見て、やっぱり知らなかったのか、と考えた。
と、なると、もしかしたら。
「エイジャ氏は、その村で発生していた住人の連続失踪事件を調査していたようなのですが、……その最中に、オーガによる襲撃を受けました」
「……何やと?」
「僕たちもオーガと戦闘になりましたが、エイジャ氏と、当時僕たちと一緒にいた先生がオーガたちのアジトを壊滅させてくれたそうなので、一先ずのところその村の安寧は保たれています」
「ほう」
「……ですが、先生に聞いたところ、そのアジトに居たのはオーガだけではなかったのだそうです。
……時に、エナミ団長」
「……なんな?」
テリムは、一呼吸置いてから続きを述べた。
「僕たちが捕まえた人攫いたちの中に、組織のアジトで、白い髪の女を見たことのある者はいませんでしたか?」
「…………ちょいと待て、――ジューク!!!」
エナミが、建物中に響くような大声で、部下の名を呼ぶ。
返事はすぐに返ってきた。
「どうしましたー!」
「すぐに来てくれ!!」
「りょーかーい!」
どうやらすぐ近くにいたらしく、数秒経たずに部屋の前に姿を現した。
「何ですか?」
「ジューク、おまんが尋問した者の中に、アジトの中でフードを被った白い髪の女を見たち言いよった者が居らんかったか?」
「え? ……あー、居ましたね、二人ほど。
それがどうしました?」
「……という事やが?」
テリムは「そうですか」と頷いた。
その表情は、険しい。
カブたちは、テリムの言わんとしている事を理解し、そんなまさか、と思っている。
「その女性というのは、おそらく――」
と、そこに、慌てたような足音が響き、テリムは言葉を止める。
すぐさまやって来たのは、先程尋問室の前に立っていた若い騎士の男だ。
「だ、団長! ジュークさん! 大変です!!」
「一体なんなあ!?」
「先程房に戻した少年たちが、突然胸を押さえて苦しんでいます! 八人全員です!!」
「なんやとお!?」
それを聞いた途端、エナミは弾かれたように立ち上がり、ジュークとともに駆け出す。
遅れてカブたちも立ち上がると、若い団員に案内してもらい、捕まえた犯罪者を入れておく房に向かった。
房の中は、さながら地獄絵図のようであった。
カブたちが房の前に着いた時点で、すでに動いている者はいなかった。
全員、胸や喉を掻き毟り、顔中の穴から血を流している。
口から流れ出た血で、床一面が真っ赤である。
恐怖によるものか苦痛によるものかは分からないが、全員、凄まじい形相となっていた。
先程まで尋問を受けていた少年も、アルを人質にしていた男も、ヘレンに殴り倒されていた男も、女の子を攫おうとしていた男も。
一人残らず、死に絶えている。
「……口封じのつもりかえ」
「おそらく、そうでしょうね。――強力な、呪術によるものでしょうか?」
「俺にゃあ分からなあ。けんど、多分そうやろう」
「……はい」
エナミとジュークが、淡々と意見を交わす。
若い団員は口元を押さえて顔を青くし、カブたちも、あまりにも凄惨な目の前の光景に、頭が付いていってない。
これほどキツイ光景は、まだ見た事がなかったのだ。
堪え切れなくなったのか、テリムが口を押さえて顔を伏せ、ウールもフラフラと後退りする。
それを見てカブは、若い団員に、二人を洗面所に連れていってもらうようにお願いした。
団員も、自分自身危ないと思ったのかすぐさま二人を連れていってくれた。
カブは、立ち尽くすエナミの背中に向かって、告げた。
「エナミ団長」
「……おう」
「さっき、テリムが言おうとしていた事ですが……」
「……」
「その女性というのは、おそらく、……リャナンシーです」
エナミは、ゆっくりと振り返ると、静かに頷いた。
「…………そうかえ」
その後、第五騎士団団長エナミ・イースヴィレットは、カブたちを宿に送り届けた後、対話鏡によって本部へ連絡。本部の指示を受け、団員の指揮を副団長に任せると、同日昼過ぎ、単騎駆けで首都スターツへ戻っていった。
※ 十一日に次話を投稿、……出来たらなあと思います。




