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第6章 23

 本日で、『白峰修一の激戦』投稿開始から丸一年となりました。

 ここまで続けてこられたのも、拙作を読んでくださる皆様方のお陰であります。

 どうかこれからも、最後までお付き合い頂ければ幸いに存じますので、宜しくお願い申し上げます。

 ◇




「えー、それでは僭越ながら、ご挨拶させていただきます」


 日も暮れ切った港町ファステム、町中の至るところが魔導ランプの淡い光に照らされていく時間帯。

 とある宿の主人が、なみなみと酒の注がれたジョッキ片手にそう切り出す。

 歳のころは五十を過ぎているものの服の下に覗く体は筋骨隆々としていて、禿げ上がった登頂部とちょび髭が特徴的なその男は、慣れない事をしているな、と思いながらも続きを述べる。


「本日ここに皆様が集まられましたことは、大変嬉しく思います」


 主人は室内をぐるりと見回す。

 実に多くの人間が自分を見ていた。

 皆の手には同じように酒の注がれたジョッキがある。

 自分が経営している宿の食堂だが、これほど多数の客が来ると流石に壮観である。


「この町に現れた幽霊船(ゴーストシップ)ウェイトノットスライス号は、勇敢なる冒険者の皆様の手によって、無事討伐されました。

 これもひとえに――」

「おーい」

「……なんだ?」

「長いし、似合わねーよ」

「……」


 馴染みの冒険者の男から飛んできた野次を受け、まだそんなに話してないだろうが、と主人は思うが、似合わないというのは自覚があったため、ゴホンと咳払いを一つした。


「まあいい、それならさっさと始めるぞ。大いに飲んで食って騒ぎやがれ!

 乾杯!!」

「「かんぱーい!!」」


 そして言うべき事を簡潔に述べると、手にしたジョッキを高らかに突き上げた。




 修一が船長の頭蓋骨を叩き割り、勝利の咆哮をあげたその後について述べよう。


 まず、クリスがその場にへたり込んだ。

 修一の勝利を間近で見届けて気が抜けてしまったのだ。

 両手の間から滑り落ちていた呪剣に視線を落としながら静かに息を吐き、安堵する。

 これで町は大丈夫だろう、と。


「クリスっ!!」

「あっ――」


 大きな声で嬉しそうに名を呼ばれ顔を上げると、修一がズンズンと大股で近寄ってくる。

 何か言おうとする前に、バシンと肩を叩かれた。

 痛いと思うよりも、修一が真っ直ぐに向けてくる視線に面映さを感じた。


「ありがとな、お前のおかげで助かった。本当に感謝してる」

「……いや、僕も」


 クリスは自分の内から湧き上がってくる衝動を抑えられなかった。

 この男に認めてもらえたと思うだけで、心が弾む。

 変な意味ではない。男として認められたのだと思うと、嬉しくて堪らないのだ。


「ありがとう、って言いたい。シューイチに。心の底から」

「ほう」

「僕を、男にしてくれて、――ありがとう」

「……はっ!」


 修一が、右手を差し出してくる。

 クリスもそれに倣って右手を出し、二人はがっしりと固い握手を交わす。

 男と男がお互いを認め合ったときにする、友情の証である。

 そこに。


「シューイチ! クリスライト君!」

「うわっ!?」

「おっと」


 立ち直ったメイビーが、握手する二人にバッと飛び付いた。

 クリスの背中側から、二人まとめて抱き締めるように力を込める。


「助かったよー!! ありがとー!!」

「お、おう」

「――!!」


 メイビーが感極まったように更に力を込めると、修一はその勢いに押されたように返事をし、クリスは自分の背中に押し付けられたメイビーの感触に、言葉を失くして赤面した。

 立派な膨らみなどなくても、十分に柔らかい。

 クリスには刺激が強過ぎるくらいであった。


「あ、あの、メイビーさん! だ、抱き付かれると、その……!」

「あ、ゴメンゴメン、嬉しくって、つい」

「は、はあ……」


 すぐさま体を解放され、クリスはホッとしたような残念なような、なんともいえない気持ちになる。

 が、その雑念を振り払うべく慌ててかぶりを振ると、目の前でニヤニヤと笑う修一と目が合い、別の意味で赤面する。


「ち、違うからな、シューイチ! これは別に!」

「何も言ってないだろうが、分かりやすく狼狽えてんじゃねえよ」

「違うからな!?」


 意味不明にあたふたするクリスを見て、やっぱコイツはアルの兄貴だな、と思いつつ、修一はメイビーに向けて一睨みしておく。

 メイビーは悪びれた様子もなく、ペロリと舌を出しただけだった。



 その後、船長室に入ってきた鎧姿の男から「よくやった、坊主」とお褒めの言葉を賜り、それから他の動ける冒険者連中も室内に入ってくる。

 一組目の斥候の男が室内の壁や床をくまなく調べ始め、双剣術士の女性は修一に「坊や、今度私と戦ってみない?」と持ちかけると同時に鎧姿の男から拳骨を喰らっていた。呪術師のお兄さんがそれを見て、痩せこけた顔でニコニコと笑っていた。

 クリスは魔術師の女の子からもお礼を言われ誇らしげにしていたが、町の神官の男性から「俺からもお前の親父さんに一緒に説明してやるから、帰ったら謝りに行くぞ」などと言われすぐさま顔を顰めた。二組目の神官の少女が困ったように笑いながら、野伏の女性と話し合っていた。


 しばらくすると、船長室の外で治療を行っていた神官の女性の「やったわ!!」という声が上がり、同時に室内を探っていた斥候の男が「見つけた」と呟いた。

 それぞれ、倒れた人間の解呪に成功したのと、隠し扉を見つけたことによる喜びの声だ。

 解呪成功に関しては、特筆すべき事項はない。

 各々が、無事に回復した仲間に寄っていって声を掛けたり、涙声で「何やってんのよこの馬鹿ぁ……」などと詰ったりしていたくらいのものである。

 なんとなくそっちに行きづらい修一とメイビーは、斥候の男が見つけた隠し扉の方に行く事にし、扉を潜ると中に隠されていた財宝に数々に思わず呻った。


「へえ、すげえな」

「いっぱいだねー」


 隠し扉の奥には三畳ほどの小部屋があり、そこには大量の古い貨幣や貴金属とともに、いくつかのアイテムが置かれていた。


 貨幣は、この船が活動していた地方で当時使われていたものらしく、大陸統一言語とともに統一貨幣が広まった現代では使えないものらしいが、どこの世界にもこうした古物を収集するコレクターというものはいるらしく、そうした連中に良い値で売れるのだそうだ。最悪、鋳潰して金銀にしてもよい。

 そして、貴金属やアイテムであるが。


「あ、これ」

「ん?」


 一つ一つ鑑定している斥候の男の横で、メイビーが思わずといった様子で声をあげる。

 修一が斥候の男の手元を覗き込むと、斥候の男も気を利かせてくれたのか見やすい位置に移動させる。


「これは、……イヤリングか?」

「うん、綺麗だと思わない?」

「ん、そうだな」


 綺麗な星型に作られたイヤリングは純度の高い銀で出来ているらしく、斥候の男が軽く磨くと、キラキラと銀色に輝いた。

 メイビーが、物欲しげにそれを見つめる。


「欲しいのか?」

「えっ、うん」

「そうか、なあアンタ、それ譲ってくれないか?」


 修一がお願いするように言うと、斥候の男は何も言わずそれを差し出す。

 「良いのか?」と聞いてみたが、「一番働いたお前が欲しいなら、お前が持つべきだ」との回答であった。

 流石に、大量の貨幣やその他の貴金属類に関してはこの船の討伐に参加した冒険者たちへの褒賞へ回す事になると言われたが、修一としてもこんなもの貰っても嬉しくもなんともないので、それは好きにやってくれよ、と笑った。

 斥候の男は「無欲だな」と呟くが、別に修一も一人の力で勝ったわけではないので、それは違うと言わざるを得ない。

 きちんと働いた者に正しい報酬が支払われるのは至って当たり前のことだろう、と思う。


 まあ、貰っていいと言うならありがたく頂戴する。

 斥候の男から受け取ったそれを、ポンとメイビーの手に乗せてやった。


「ほれ、メイビー」

「ありがと、シューイチ、……似合う?」


 長い耳の付け根に付けられた銀色の星は、メイビーのさらさらとした金髪によく映えた。

 修一は正直に「似合ってる」と答え、メイビーはそれを聞いて照れくさそうにはにかんだのだった。



 隠し部屋に置かれていた宝物の鑑定もほぼ終了し、メイビーがイヤリングを弄りながら「これ、クリスライト君にも見せてこよっと」と言って隠し部屋を出ようとしたとき、船長室の方から大きな音が鳴った。

 まるで炸裂弾でも打ち込まれたような衝撃と音に、修一はすぐさま臨戦態勢を取りながら船長室に躍り出たのだが、そこにいたのはよく知った顔であった。


「――ふむ、ここか」

「……アンタかよ」


 師匠であった。

 何故か、ウールがお姫様抱っこされていた。

 ウールは修一たちに気付くと慌てて師匠の腕から飛び下りたため、修一たちも見なかった事にしてやった。


 修一が誤魔化すようにして視線を動かすと、船長室の窓に打ち付けられていたはずの木板の一つが、無残にも吹き飛んでいた。

 おそらく、そこから侵入してきたのだろう。ここが、この船で一番高いところにある部屋だという事は気にしない事にする。

 他の冒険者たちも慌てて部屋に飛び込み師匠の姿を見て得物を抜こうとしたが、修一の「俺の知り合いだから」という言葉を受けて取り止める。

 そして鎧姿の男と神官の女性が揃って「あっ!」と声をあげた。


「アンタ、ひょっとして『とっても強い旅人さん』じゃないのか!?」

「ん? ……ああ、アーバインとエルメントラウトか、久しいな」

「うわ、覚えててくれたんだ!」


 二人は、嬉しそうに師匠に駆け寄っていく。

 どうやら、以前この町に来たときに知り合っていたらしい。

 神官の女性など涙ぐみながら話し掛けている。

 修一とメイビーも、ウールに労いの言葉を掛ける事にした。


「よっ、お疲れ。そっちはどうだった?」

「無茶苦茶だったよ、あの人は」

「だよねえ」

「小型の幽霊船を、殴って沈めてたからねえ」

「人間じゃねえな」

「シューイチたちこそ、やっつけたのかい?」

「ん? ああ、ここの親玉か? 俺が倒した」

「……そうかい」

「?」


 修一は、ウールが何かしら言いたそうにしているような気がしたが、ウールが何も言い出さなかったため気のせいか、と内心で結論付けた。

 それはウールの事を、思ったことをそのまま口にする困った奴、という風に見ている修一が出しても仕方のない結論であった。


 しばしの間、それぞれが話し合いをしていたのだが、師匠の「そろそろ外に出るぞ、道すがら他の冒険者たちも回収する」という言葉に従って外へ向かう。

 師匠は、入り組んだ船内において、まるで最初から知っているかの如き正確さで船内にいる冒険者たちのもとへ向かい、一緒に外に出るように声を掛けていく。

 冒険者たちも、亡霊たちがパッタリと現れなくなったことで討伐が完了した事を察していたらしく、大抵の冒険者たちはすでに外に出ていたため、あまり手間は掛からなかった。


 船外へ出て、住民たちからの喝采を浴びながら港に戻り、最後に残った仕事である船体の火葬を行う。


 三百年前、業火の中に消えていったはずの海賊船は、こうして今、再び業火に包まれ、海底に沈んで逝く。

 もう二度と目覚める事のない安らかな永久の眠りにつけるよう、町中の神官が総出で祈りの言葉を捧げ、幽霊船退治は終わりを告げた。



 そして、今に至る。




 多くの冒険者が参加した今回の幽霊船討伐は、結果として一人の死者も出すことなく終了した。

 それもあってか、冒険者たちは一様に明るく、元気に騒いでいた。


 店主の乾杯の音頭の後は、皆がそれぞれに騒ぎながら手元の酒やテーブルの上に所狭しと並べられた料理を摘まんでいく。

 どれもこの宿で作られた料理であり、店主をはじめとしたこの店の料理人たちが腕によりをかけて作った料理である。

 どれも、とても美味い。

 この店は、料理も酒も、格別に美味しいのだ。

 この店が冒険者たちの打ち上げ会場になったのも、ここが一番料理が美味しいからなのである。


 もちろんの事、他の食堂でも町の住人たちや船乗り連中が大いに騒いでいる。

 今夜は、町をあげての大騒ぎになる事だろう。


 その中で修一も、ノーラやメイビーたちとともに宴に混じり、美味しい料理を食べている。

 戦った後は、お腹が空いて仕方がないのだ。

 ひたすらに、口に詰め込んでいく。

 ノーラに一度窘められからはもう少し大人しく食べるようにしたが、それでもかなりの量だ。


「よくそんなに入りますね」

「身体強化して戦って、しかも奥義をこれでもかと連発したから、いくら食べても足りないくらいだよ」

「そうそう、僕だってまだまだ入るし」

「そうですか」


 ノーラはいつもの事だとばかりに自分の分を口にしながら、隣に座るレイに他の料理を取ってあげる。


「…………ありがとう、おかあさん」

「っ、……構いませんよ、レイ」


 という遣り取りのたびに微妙に頬が引き攣る事に関しては、修一とメイビーは気にしない事にしている。

 港で待つ間にいろいろあったらしいのだが、まあ、その辺の事はカブたちが活躍してくれた事だけ覚えていればいいだろう。


 そうそう、カブたちと言えば。


 修一が、蒸し鶏に甘辛いタレを絡めて葉野菜を添えた料理を次々と口に運びながら視線をやると、少し離れた席ではカブたち四人が他の冒険者たちに取り囲まれ、もみくちゃにされていた。

 取り囲んでいるのは修一とともに船長室で戦ってくれた冒険者たちだ。


 彼らは、新しく町にやって来た同輩であり、かつ、自分たちが町にいない間に人攫い集団を退治してくれた(という事にされている。主に師匠のせいで)カブたちに、それはもう嬉しそうに絡みながら酒をかっ喰らっている。

 各々が自分と立場の近い者に対して話し掛けていて、例えばヘレンなどは一組目の斥候の男と二組目の野伏の女性が、それぞれ自分の経験などを交えながら技術や知識を教えたりしていた。

 テリムには呪術師のお兄さんと魔術師の女の子が付いているし、ウールには神官の女性ことエルメントラウトと二組目の神官の少女が同席し、何事か密談を交わしていた。


 余談ではあるが、呪剣によって倒されていた冒険者三人は自室に置いて行かれていて、あとで余った料理と酒を持って帰る事で渋々納得してもらっている。不貞寝してしまっているので、納得しているとは言いがたいのかも知れないが。


「しかし、カブと言ったか、お前もなかなか男を見せたな。身を挺して弱者を守るのは男として当然の事だが、それを咄嗟に出来る奴はなかなかいない!」

「い、いや、そんな大層な事はしてないよ」

「照れるな照れるな!」


 カブには、鎧姿の男ことアーバインと双剣術士の女性が付いていた。特にアーバインが上機嫌に酒を飲みつつカブに絡むものだから、カブは恐縮しきりであった。

 アーバインは、パーティーのリーダーであり盾と鎧で仲間を守る戦士であるという風に共通点の多いカブの事を、いたく気に入ったのだ。

 カブたちの港での活躍を、それを見ていた知り合いたちから聞き、その内容が尚の事彼の琴線に触れたらしい。

 強めの酒をガンガン飲み干し顔を赤らめながらも、カブを放そうとしない。

 典型的な絡み酒である。


「よし分かった! 今度から手が空いたときには俺がお前に戦い方を教えてやろう!」

「え? いや、それは」

「若いもんが遠慮なんかするな、俺の持てる技術を全て叩き込んでやるからな! そうすれば、今日みたいにケガをする事もなくなるさ!」

「は、はあ、ありがとうございます……?」

「わはは! よーし、そうと決まればお前も飲め。ほらほら遠慮するな、グッと行けグッと!」

「あっ、――っ!?」


 無理矢理カブに酒を飲ませ、むせるカブを見て大笑いするアーバイン。

 まごう事なき絡み酒であった。

 その様子を見ているエルメントラウトが、あの酔っ払いめ、と溜め息を吐いた。


「ごめんなさいねウールちゃん、ウチの人がカブ君に無茶させちゃって」

「いやあ、あれくらいなら大丈夫だよ」

「そう?」

「そうとも」


 ウールは比較的強めの酒を一息にあおりながら答える。

 もうすでに何杯か空けているのだが、顔色に変化はない。

 そうとう、酒には強いらしかった。


「……ところでウールちゃんは」

「なんだい?」

「カブ君とは、どうなの?」

「……どう、かい?」

「あっ、それ私も気になるな!」


エルメントラウトが楽しそうに笑いながら問うと、一緒にいた神官の少女も興味津々といった様子で顔を近付けてくる。

 ウールは二人から好奇の視線を浴びるが、まるで気にした様子も見せずテーブルの上の酒瓶を手に取ると、自分のカップに酒を注ぎながら余裕綽々な態度で答えた。

 濃い酒精の匂いが、フワリと立ち上った。


「そりゃあ勿論、何もないよ、――今はまだ、ね?」

「おっ」

「それって、もしかして……!」


 注いだ酒を一気に飲み干す。

 アルコールが一気に頭に巡ってくる感覚を物ともせず、ウールは。


「でも、……アイツ(カブ)はあたしのもんだ、誰にも渡しやしないよ。

 いつか絶対に、あたしの方に振り向かせてみせる」

「……」

「おおぉ……!」


「あたしは、アイツのことが大好きなんだよ」


 ウールは、堂々と言い切った。

 何一つ恥じる事などないと、そう言わんばかりに。




 ◇




「シューイチ!」

「おん? おお、クリスか。良く来たな」

「僕もいますよ! あとアルちゃんも!」

「こ、こんばんは」


 修一の腹がそこそこ満ちてきたころ、アルとタツキを連れて手荷物を持ったクリスが『青狸亭』にやって来た。

 彼はあの後、神官の男性に連れられて自分の父親に謝りに行っていたわけだが、神官の男性の取り成しと何より師匠の説得もあって、それほど怒られずに済んだようである。

 例に漏れず、クリスの両親も師匠の知り合いなのである。


「どうぞ、空いてる席に座ってください、夕ご飯もまだでしょう?」

「はい、失礼します」


 ノーラに促されて席に着く。

 アルとタツキもレイの近くに座り、手近な大皿から料理を取り始めた。


「ほれ、これは旨いぞ、食え食え」

「うん、ありがとう」

「クリスライト君、これもどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


 そのまましばらくの間食事を続ける一同。

 ちなみに師匠は、後始末があるとかでここには来ていない。

 クリスにタツキを預け、クリスの両親を説得した後は、再びどこかに行ってしまったのだそうだ。

 修一が「忙しねえな」と呟くと、タツキに「師匠ですから!」と返された。思わず納得してしまいそうになった自分が恨めしかった。


 そんな中、ふとしたところでメイビーが、クリスの手荷物に興味を示した。


「クリスライト君、そういえばそれは何?」

「これですか」


 クリスの手荷物というのは、何か細長い棒状の物を布で包んだような物である。

 メイビーに問われたクリスがそれを丁寧に持ち上げ、布を取り払う。


 中に包まれていたのは、一振りの剣であった。


 一般的にサーベルと呼ばれる形状のもので、片手で持つことを前提とした長さと重さの片刃の剣である。

 柄は目立った装飾もなく、鍔は護拳のためか柄に沿って指二本分ほどの長さ伸びているが、それも大した物ではない。

 が、しかし、刃を包む鞘に関しては、はっきり言って物々しい事この上ない。

 おそらく、白塗りにした木製の鞘に金属の板で補強をした物なのだろうが、なにやら鞘全体にびっしりと、細々した文字が書き込まれている。

 修一が目を凝らすと、何と書いてあるのか読み取れた。

 これは。


「……もしかしてそれ書いたのって」

「えっと、タツキ君の師匠さんだよ」

「やっぱり」


 お経だ。


 しかも般若心経である。

 余談ではあるが、修一の実家は真言宗だったりする。


「漢字で書いてるあるし、そうだとは思ったが」

「カンジ?」

「シューイチさんの故郷の文字ですよね、確か」

「おう」


 やっぱり師匠は元の世界の事を知っているんだな、と改めて思わされたし、もっと言えば、よくここまで知ってるな、とも思った。

 修一とて、般若心経は唱えられるし書けなくもないが、これほど達筆では無理だ。

 鞘全体を隙間無く覆うようにしてつらつらと書かれた経文はきっちり三回分だが、きっと綺麗に収まるように計算して書いてある。

 普段の適当さはなんなのだ、と言いたくなるような出来である。


「ちょっと貸してくれよ」

「いいよ、はい」


 クリスから受け取った片刃剣を、修一は静かに鞘から引き抜く。

 思わず溜め息が出てしまいそうなほどに美しい、薄紫色に輝く刃が眼前に現れた。

 修一も、ここまでくれば気付く。

 この剣は、船長が使っていた呪剣だと。


 船長が使っていたときのような禍々しさは感じられなくなっているが、それでもこの剣に染み込んだ不可思議な力は失われていないように思う。

 不可視の鈎針を飛ばし、斬った相手を呪う力。

 そうした力を宿したこの剣を、いつの間に回収していたのだろうか。


「師匠さんが回収してたらしくて、タツキ君を連れてきたときに一緒に渡されたんだ。使っても危なくないように、処置はしてあるってさ」

「そうか」


 さもありなん、と言ったところである。

 この鞘も手作りなのだろう。


「まあ、お前が白羽取りしたんだから、お前のものにしても――」

「それ、あげるよ」

「――なに?」


 いきなり何を言い出すのかと思ったが、どうやらクリスは本気のようだ。


「僕が持ってても意味がないし、シューイチなら使いこなせるんじゃない?」

「うーん、しかし」

「それとも、この町を救ってくれたお礼だ、って言わなきゃ駄目かな?」

「……」


 修一は困ったような顔でクリスの顔を見る。

 迷いのない、意志の篭った瞳だ。

 何を言っても意見を覆さないだろうということが、ありありと分かった。


 ――気持ちは嬉しいんだけどなあ。


 とはいえ、修一としても使い道に困るのだ。

 サーベルとして使うなら刀の代わりにならない事もないため、今まで使えなかった技がいくつか使えるようになるのだが、単純に剣そのものの使いやすさとしては騎士剣の方が勝っているのだ。

 デザイアの特注品であるにも関わらず、今使っている騎士剣は不思議なほどに修一の手によく馴染むのである。

 呪授武器となり一般的な武器より遥かに優れた剣となっているとしても、修一としては騎士剣の方を使っていたかった。


 さてどうしようかと思っていたが、やがて名案が浮かぶ。

 とりあえず、この方向で説得してみよう。


「お前の気持ちはよく分かった」

「じゃあ」

「だから一旦は、この剣を貰う」


 クリスに何か言われる前に、修一は続きを述べた。


「そんで気持ちだけ貰えれば十分だから、この剣はカブに譲る」

「……カブさんに?」

「ああ。アイツだって、この町を荒らしてた人攫い集団を退治したんだ。この剣を貰うだけの活躍はしたと思うぞ?

 それにアイツ、そろそろ剣を買い換えようかと言っていたし、もっと言えばこの剣は、この町に残るカブが持ってる方が良いと思う」

「そう、……かな?」

「そうだとも」

「……それなら、さ、その剣の名前を付けてくれないか? 一度はシューイチが受け取った証として」

「いいぞ」


 修一は片刃剣を鞘に収めながら名前を決めた。


「鈎針を飛ばす釣竿だから、――『鉤竿(かぎざお)』、でいいんじゃないか?」

「単純だね」

「駄目か?」

「まあいいけど。……それならその呪授武器『鉤竿』は、確かにシューイチに譲ったからね。後は、シューイチの好きにしてよ」

「あいよ」


 それなら早速、と、いまだに冒険者たちに絡まれて酒を飲まされているカブのところに行こうとした修一を、一人の少年が呼び止めた。


「お父さんお父さん」

「ん、どうしたよ、タツキ」

「直接渡すより、もっと良い方法がありますよ」

「どういう事だ?」


 タツキはパッと笑うと、とあるテーブルを指差した。

 そして修一に対して、心底楽しそうに自分の考えを述べたのだった。




「おい、ウール」

「ううん? ……おお、シューイチじゃないか、楽しんでるかい?」


 同席している神官二人に際どい質問を浴びせかけ、神官の少女を涙目にしていたウールは、修一に呼ばれて振り返った。

 神官の少女は、自分が質問していたはずなのにいつの間にか自分の方が質問攻めにされていた、という展開に半泣きになっていたため、修一によってそれが中断されホッと息を吐いた。

 流石にエルメントラウトは、のらりくらりとウールの攻めを躱していたため平気な顔をしている。年の功、などと表現するとぶん殴られそうだが。


「それなりに楽しんでるよ、……お前それ、何飲んでるんだ?」

「? これは蒸留酒だよ? シューイチも飲むかい?」


 グイっと近付けられたカップに、修一は思いっきり眉を顰める。

 アルコール独特の芳香がツンと鼻についた。


「いや、遠慮しとくよ、――それよりだ」

「うん?」

「昨日は悪かったな、あんな、デリカシーのない事言って」

「……まあ、もう気にしてないよ」


 ウールは、楽しく酒を飲んでいるときに嫌な事を思い出させないでおくれよ、と思ったが、修一に言ったとおりもうそれほど気にしていないため軽く流した。


「そうか、ただ、やっぱり俺もけじめってやつは必要だと思うんだ。

 ……だから、これをやるよ」

「……これは?」


 ウールの前に差し出されたそれは、一振りの剣だ。

 よく分からない文字が鞘にびっしりと書き込まれている。


 有り体に言えば、非常に気持ち悪い。


「剣だ」

「剣だってことくらい分かるよ、聞きたいのは、これをなんであたしに渡すのかって事だよ」

「それはだな」


 修一は、本来はこれをカブに渡そうとしていたのだとウールに教える。

 ウールはますますもって意味が分からない。

 それなら最初からカブに渡せばいいだろうに。


「俺もそう思ったんだけどよ、タツキがな」

「タツキが?」


 修一は、いまいち納得していないような顔で理由を告げた。


「ウールさんから渡してやった方が喜びますよ、って言うんだよな」

「……へえ?」


 口元には笑みを浮かべながらもウールは、すうっと目を細めてタツキを見る。

 タツキもこちらを見ていたようで、目が合うと無邪気に手を振ってきた。

 そこには一片の邪気も感じ取れない。


 ――師匠さん、まさかとは思うけどタツキに言ってないだろうね?


 あれほど赤裸々に心情を吐露したのだ。

 あれが誰かの耳に入ったとなれば、いかにウールといえど悶死する自信があった。

 ただ、それを確認するわけにもいかない。

 本当に師匠が約束を守ってくれているなら、盛大なやぶ蛇だからだ。

 ウールはそうしてグルグルと脳内思考を活性化させていたが、焦れた修一が再度口を開く。


「で、どうする? どうしても受け取りたくないって言うなら、俺が直接カブのところに持っていくけど」

「……そうだね。それなら、受け取るよ」

「お、そうか?」


 修一から剣を受け取る。

 ウールには剣の良し悪しなどまるで分からないが、神官としての自分の感覚を信じるならば、ただの剣とは思えない。

 隣でその様子を見ていたエルメントラウトと神官の少女が、その片刃剣の正体に気付いた。


「それ、あの骸骨が使ってたやつじゃないの?」

「そうだな」

「うへぇ、なんでそんなの持ってるのよ……」

「そんなに危ないモノなのかい?」


 ウールが船に乗り込んだ時にはすでに骸骨を退治して治療も済んだ後だったため、この剣の恐ろしさを知らないのだが、実際に目の当たりにした二人からすれば、とてもじゃないが触りたくないそうだ。


「もう危なくないようにはしてあるらしいけどな」

「それは分かるんだけど……」

「それでもイヤ、よ」

「そんなもんか」


 まあいい。ウールは別に嫌がっていないし、カブたちも船内に入っていないのだから、嫌がったりはしないだろう。

 ということで、修一は遠慮なくウールに片刃剣を譲り渡した。


「さあ、カブに渡してこいよ。早くしないとあのオッサンたちに酔い潰されちまうぞ」

「そうだね、そうしようか」


 ウールは景気付けとばかりに手元に残った酒を飲み干し、椅子から立ち上がると悠々とした足取りでカブのところに向かった。

 まるで酔っている気配はない。

 ウールはザルらしかった。

 ただし、顔だけは上気したように赤らんでいたが、修一は「どんだけ飲んだんだろうな」としか思わなかった。



「カブ、飲んでるかい?」

「…………ウールか、もう、十分飲んだよ」

「そうかいそうかい」

「ああ、……うぷ」


 カブはそれほど酒に強くないためすでに三回ほど吐いているのだが、そのたびに口直しなどと言われて酒を飲まされたせいで顔が真っ青になっていた。

 ちなみに飲ませていた方は、まだまだこれからだと言いながらどんどん瓶を空けていっている。

 どいつもこいつもザルばかりである。


 よくよく見てみれば、テリムやヘレンもそれぞれの席で良い感じに酔っているし、他の席でワイワイやってる冒険者連中も軒並み酔っぱらっている。

 そろそろ、収拾がつかなくなりそうであった。

 まあ、ウールには関係ないのだが。


「カブ、実はさっきシューイチから良いモノを貰ってねえ、あたしが持ってても仕方ないから、アンタにやるよ」

「良いモノ? ……お前が何かくれるなんて珍しいじゃないか、一体何だ?」

「これだよ」

「? ……っ! おい、これ!?」


 カブは、酔った頭でもこの剣の素晴らしさを嫌というほど理解したし、もっと言えば、理解の及ばないほどの名剣にすら思えた。

 薄紫色の刃は鋭い輝きを帯びており、ぼんやりとした魔導ランプの灯りの下ですら、ゾッとするほどの魅力を感じる。


 自分が使うなど、到底分不相応だ。


「いくらなんでも、こんな……!」

「シューイチは、アンタにやってくれって言ってるんだから、素直に受けとりなよ」

「し、しかし」

「……はあ、それなら」


 ウールは、ここでまた押し問答になると面倒だと思い、カブの前に置かれていたカップを手に取った。

 中には、ウールが飲んでいたものより更に度数の高い酒が入っている。

 澄んだ琥珀色の液体を眺めながらウールは、これでいいや、と思った。


「今まであたしが借りてきた諸々の物があるだろ? ペンとかナイフとかランタンとか、ロープとかスプーンとか剃刀とか、あと――」

「お、おう」


 そんなに貸してたっけ、とカブは考えたが、酔った頭でははっきり思い出せなかった。

 というより、借り過ぎである。

 お金だけは借りていないのが、まだ救いであった。


「――とか。それら全部をひっくるめて、返す代わりにその剣をやるよ。

 それでどうだい?」

「う、うーん?」

「……あと、そうだね、この酒を半分貰おうか」

「ん、それくらい別に……」


 好きに飲めよ、と言おうとしたところでウールは、カップに残っていた酒を一息に口に含んだ。

 半分じゃないのかよ、とカブが思うより早く、ウールはカブの胸倉を掴んで一気に顔を寄せる。


 そして、そのまま――。



「んっ――――」



 カブの口に(・ ・ ・ ・ ・)



 酒を(・ ・)流し込んだ(・ ・ ・ ・ ・)



「…………、っ!!?」

「――――、ぷはぁ」


 何をされたのか理解して一気に顔が赤くなったカブから、ウールはゆっくりと唇を離す。

 少しだけ零れた酒をペロリと舌で嘗め取ると、あまりの出来事に言葉を失ったカブに向けて、


「ああ、ごめんよ、アンタがあんまりにも渋るもんだから、ついでにこれも貰っちゃったよ。 確か、初めてだったろう?」


そう告げながら、ニッコリ微笑んで自分の唇を指でなぞってみせた。



 カブは混乱の極地に達した。


「なっ、お、おま、えっ、ええ?」


 もはや、まともな言語の体を成していない。


 ウールは躊躇いなくトドメを刺した。


「あ、そういえば、――あたしの方も初めてだったんだった」

「……え」

「いやー、それならさっきのはおあいこだね、はっは、またなんか考えとくよ」

「…………え?」


 そうして笑いながら離れていくウールを、カブは呆然と見送るしかなかった。


 カブの手の中には鈎竿が握られたままであったが、ウールの暴挙によってそれをどうこうするという思考は根こそぎ吹き飛ばされていたのだった。




 ※ 予想以上に長くなったので分割します。

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