第2章 8
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修一とノーラが山賊たちから離れ、山道を歩くことしばらく。
ノーラを先頭にして若干の急ぎ足で道を登っていたところ、昼前になったあたりで峠を越えた。
なだらかに道は下り始め、途中、道の傍に小さくて平らな空き地を見つけた二人は、昼食のために休憩を取ることにした。
ノーラは、後ろから山賊たちが追いかけてこないか不安なようだが、修一の脅しが効いたからか、今のところ追っ手は来ない。
「まあ、お頭があれだけボロボロにされたんだ。治療も必要だし、アジトを引き払って逃げる準備をしてたんなら、これ以上俺と遣り合って被害を増やすわけにはいかないと思ったんだろ」
「そ、そうですよね。もう、来ませんよね」
「多分な。だから、そんなにビクビクしなくてもいいんじゃないか?」
硬いパンをものともせずモグモグと食べる修一と、手で小さく千切りながら少しずつ口に運ぶノーラ。
塩漬けの肉とチーズを一緒に口に入れつつ、沸かしたお茶で流し込む。
味気ない保存食だが、二人とも気にする様子もなく胃に入れていく。
食べ慣れているノーラはともかく、修一は昨日の夜に食べたのが初めてだったわけだが、正直言って美味しいとは感じていなかった。
食べないよりはマシだし、お腹も膨れるから文句はないのだが。
「それにしても、シューイチさんって、本当に強いんですね」
食事の途中、ノーラがポツリと呟いた。
修一は、「んー……」と唸ったあと、口を開いた。
「そりゃあ、三歳の時から親父に鍛えられたからなあ……。もうかれこれ、十五年くらいになるのかな」
「じゅ、十五年ですか?」
修一は、お茶を飲んで口の中に残っている物を押し流すと、再びパンに噛り付きながら喋る。
「俺の家は昔から剣術の道場をしてるんだよ。その名も白峰一刀流剣術道場。
なんの捻りもない名前だけど、これでも二百年以上続いている流派なんだってさ」
これは余談だが、修一の家の敷地には道場と、小さいながらも蔵がある。中身は戦前戦中頃に使っていた生活用品とか壊れた家電品など、有り体に言ってゴミばかりだ。
修一も何度か中に入ったことがあるらしいが、懐古趣味のない修一にとっては本当にただのゴミ置き場である。
床の間に飾ってある家伝の品がここの奥から見つかったという事実以外、修一にはなんの益もないものであった。
「それは、凄いですね」
「いや、あんまり凄くないぞ。
俺の世界では別に剣が使えてもほとんど役に立たないからな。そのせいで門下生とかも全くいなかったし。……昔は結構いたらしいんだけどな」
「……役に立たないんですか?」
「ああ。それどころか刃物なんか持ってウロウロしてたら捕まる」
いわゆる銃刀法違反である。
通報待ったなしだ。
「それでは、どうして……?」
「剣術をやってるのかって?
そりゃあ、俺だって考えたこともあるよ。俺はなんでこんな事してるんだろうな、って。
痛くて苦しくて、他の皆が楽しく遊んだりしてるときに、親父からはボコボコにされて」
「……」
ノーラは思わず眉を顰めた。
その反応を見て、修一はヒラヒラと手を振った。
「けどさ、剣術の修行は厳しかったけど嫌いじゃなかったよ。特にこれといって他にしたいこともなかったし、強くなっていくのは素直に嬉しかった。
中学の時には剣道の大会に出て強いやつらと戦ったりもしたし、高校入ってからは地元じゃ敵なしだったからな。
それに、なによりも親父とか婆ちゃんとかが喜んでくれたんだよ」
「……それで、ずっと続けていたんですか?」
修一は手の中のパンを全て口の中に押し込むと、お茶ごと流し込み、口を拭った。
「お前には才能がある、とか言われたら子供心に嬉しかったんだよ。そういうのって、理解できないかな?」
はにかむようにして問い掛ける修一。
ノーラは、首を横に振った。
「……いえ、私も幼いころに勉強をしていて、よく出来ましたと言って母が笑顔で褒めてくれるのがとても喜ばしかったです。
……今まで勉強を続けることが出来たのは、きっと母のおかげです」
ノーラは、自然と母の笑顔を思い浮かべていた。
自分が留学すると言ったとき、母は同じ笑顔で送り出してくれたのだ。
「それに、全くの無駄ではなかったからな。親友のピンチを救ったこともあるし、街の問題を解決したこともある。そんで今は……」
修一は、そこまで言って悪戯小僧のように笑った。
「ノーラを守ることが出来たからな」
「!!」
ノーラは、一瞬驚いたように目を丸くする。
それから。
「……そうですね」
修一と同じように、笑顔を浮かべた。
ふわりとした、見る者を和ませるような笑顔だった。
「はあ、やっと笑顔になってくれたか」
「ふふ、ありがとうございます」
笑顔のままお礼を述べるノーラ。
修一は、照れたようにそっぽを向いた。
なんとなく、気恥ずかしそうにしている。
「あいあい。それじゃあ、もう少ししたら出発しようぜ」
「はい、そうですね」
その後山道を下り続けた二人は、夕方ころには平地に戻り、遠くに薄っすらと見える町の明かりを見ながら野宿をしたのだった。