表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/190

第6章 21

 ◇




 人攫いたちの姿を認めたカブはその事をノーラに告げたあと、テリムの一番の大技である落雷魔術サンダーボルトを準備させたうえで人攫いたちの動向を監視する事にした。


 正直な話、アイツらが何もせずにどこかへ行ってくれるのであれば、わざわざそれを追い掛けるつもりはカブにはなかった。

 しかし、案の定というか、やはり彼らは幽霊船の登場によってざわめき立つこの機会を利用してやろうと思っているのか、見るものから見れば非常に挙動不審な動きでもって人ごみに接近していく。

 そして、ポケットから取り出した小瓶の中身を手にした布に掛け始めたのを見てカブは、隣に立つ魔術師の名前を呼んだ。


「テリム」

「はい」

「やれ」

「分かりました」


 テリムの生み出した眩い雷光は狙い違わず人攫いたちの脳天に降り注ぎ、罪深いその身を焦がした。

 バタバタと数人の男が地に倒れていく。


 テリムは昔から手先が器用であったわけだが、その器用さは魔術の行使にも役立っており、彼は魔術の命中精度が同レベル帯の魔術師たちの中では抜きん出て高かった。

 今回の落雷魔術に関しても、一度にまとめて数人を狙いながらもその誤差はほとんどなく、人攫いたちが揃って電撃に身を焼かれて倒れるなか、その近くにいる住民たちには怪我一つ与えていない。

 せいぜいが、いきなり間近に落ちた雷の音に酷く驚いていた程度だ。


 崩れ落ちた人攫いの男たちが動き出さないかを確認しながら、カブが叫んだ。


「これで全部か!?」

「いや、まだ……!」


 ヘレンが指差した先で、仲間が倒れた事に動揺した人攫いの一人が慌てたように逃げ出そうとした。

 まだ潜んでいたようだ。

 ヘレンがダガーを抜きながら駆け出し、テリムの詠唱が響く。


「“~~~、~~~、~~~~、サンダーアシスト”!」


 ヘレンの肉体に魔力が宿り、静電気のような音がパチパチと鳴る。

 そのまますり抜けるようにして人ごみを抜けながら、逃げる男を追った。


 雷帯補正魔術サンダーアシストは、雷属性の補助魔術だ。

 メイビーの風追加速魔術が速度を底上げするように、雷帯補正魔術は肉体の器用さを底上げする事が出来る。


 もともと身の熟しは鋭かったヘレンにそれを掛ける事で、人の波など存在しないかのように人の間を駆け抜けていく。

 逃げ切れないと悟った男が反転し待ち構えるなか、ヘレンは速度を緩めずに接近した。


「このおっ!」

「!」


 破れかぶれに振られた拳を悠々と掻い潜り男の背後を取ったヘレンは、ダガーの柄を男の首筋に叩き付けて昏倒させた。

 魔術の効果もあって実に手際が良い。


 そうしていたところで住人たちも、自分たちの後方から聞こえる大きな音に何が起こっているのかと振り返り始める。

 倒れた数人の男たちを見て目を丸くする人々に、カブが大声をあげて伝えた。


「みんな、ソイツらは人攫いだ! 間違いない!

 俺は今、そこに倒れてる男がそこの嬢ちゃんに不埒な事をしようとしていたのを見たんだ! だから気絶させた!」


 倒れた男を指差し、次いで女の子を指差したカブ。

 女の子はいきなりの事に目を丸くしたが、隣にいた母親が、倒れた男の手に握られた小瓶と布を見てゾッとしたように我が子を抱き締めた。

 その様を見た住人たちの目に、義憤の炎が宿り、そこにカブは畳み掛けた。


「俺はソイツらを警備隊に突き出そうと思う! 頼む、捕まえるのを手伝ってくれ!」

「お、おう!」

「分かった!」


 体格の良い若い男たちがバッと動き出し、気絶している男たちを近くにあった係留用のロープで縛り上げていく。


 中には顔見知りもいたらしく、捕まえていた男たちから「おいこいつ誰々さんとこの次男坊だ」とか、「お、お前、なんでこんな事を!」などという声が聞こえてきていた。


 そしてヘレンの足元で伸びている男も縛り終わり、一段落したような弛緩した空気が漂い始めた時。


「きゃああああっ!?」

「あっ!」



 カブが振り向いた先では、最後まで隠れていた人攫いの男が、抱え上げたアルの首筋にナイフを突き立てていた。




 ◇




「ウールよ」

「なんだい?」

「不機嫌そうだな」

「……まあね」


 小島の上で、師匠とウールが向かい合っていた。

 何故か知らないが数分ほど前から新しい船影が現れなくなったため、師匠は小島に戻ってきている。

 そして、連れてきた時よりも不機嫌になっているウールを見て首を傾げ、それを問うたのだ。


「何故だ?」

「何故って、そりゃあアンタ――」


 座ったままの姿勢で、ここにいたって面白くないじゃないか、と言おうとしたウールに、師匠が言葉を被せる。


「仲間と喧嘩したのだろう?

 だったら、ここにいた方が気苦労がないと思ったのだが」

「――!」

「カブ、だったか? あの男の心配を無視していたのは、そういう事だからだろう?」

「……」


 ウールは、何かを言おうとしたままの状態で固まり、ゆっくりと口を閉じた。

 「違う」とも「そうだ」とも言わない。


 いや、違うはずだ。

 カブたちとケンカなどしていない。

 していない、のに言葉が出てこない。

 否定も、肯定も。


「……」


 師匠は何も言わず、ただじっとウールの顔を見据えている。

 相変わらず、何の感情も篭っていない目だ。

 なのにウールは、心の奥底まで覗き込まれているような錯覚を覚えた。

 ゴクリ、と唾を飲む。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、不用意に動く事すら出来そうになかった。


 ウールは、たっぷり一分ほど視線だけを揺らしながら考えるが、それでも何も浮かんでこない。

 自分が何を言いたいのか、何を思っているのか、何が、気に食わなかったのか、ということが。

 ウールは、それでも何か言わなければ、という焦燥感に駆られる。

 師匠に見つめられていると、何故か、そうしなければいけないような気にさせられる。

 だからウールは、何も思い浮かばないまま口を開いた。

 親に叱られた幼子のように、唇が微かに震えていた。


「カブが、さ」

「ふむ」

「……」

「……」


 言葉が続かない。

 カブが、どうだというのだ。

 自分が何を言おうとしているのか、自分の事なのに分からなかった。

 それでも師匠は、黙って続きを促す。

 いや、無言のまま、「言え」と言っているのだ。

 泣きそうな気持ちになるが、泣くわけにもいかない。


 そして、ふと、思い浮かんだのは。


「カブが、言うんだよ、……いつまでも不貞腐れてないで、いい加減機嫌直せよって」

「……」

「……あたしもさ、別にもうそれほど怒ってなかったけど、カブがえらくシューイチの肩を持つもんだから、言ってやったんだよ。どうしてそんなにシューイチの肩を持つんだって、そしたら」

「……」


 ウールは唐突に、自分の抱く心の澱の、その源を理解した。


「『何て言ったかは知らないけど、お前が貸した物返してくれたってことは、俺の言いたい事を代わりに言ってくれたと思ったんだ、だから、』……って、――――ふざけんじゃないよっ!!」

「!」


 ウールはいきなり立ち上がると、ここにはいないカブへの怒りを、目の前の師匠に対して吐き出した。


「何が、代わりに言ってくれた、だ! 言いたい事があるなら自分の口から言えばいいじゃないか!! どうして、それを人任せにしたりするんだい!? いつもいつも! 口うるさい事ばかり言うくせに、肝心な事は言ってくれない! あたしが、本当はどんな気持ちでいるのかなんて、これっぽっちも分かっちゃくれない! 本当に言ってほしいのは! そんな言葉じゃないんだよ!! あたしは――!!」


 息もつかせぬ勢いで、ウールは頭に浮かぶ言葉を吟味することもせず口にする。

 自分が何を言おうとしているのかすら、考える事ができなかった。


「だいたい、カブは昔からそうなんだ。いつもあたしに対して色々言ってくるけど、その内容ったら小言みたいなのばっかりだった。やれ人様に迷惑を掛けるなだの好き嫌いをするなだの、あげくの果てにはきちんと女らしくしろだって? アンタはあたしのお母さんかってんだ!」

「カブは男では?」

「分かってるよ! そんな事!」

「ふむ」


 腕を水平に振り抜いて、師匠の言葉を切って捨てる。

 師匠はその後も、火の付いたように喚き散らすウールの言葉を聞きながら時折相槌を打ち、その先を促がした。

 半ば支離滅裂な内容ではあったが、脳内で話を統合していけば大体の流れは掴める。

 カブがウールに対して思うところがあったように、ウールもカブに対して思うところがあったのだ。

 ウールは今それを吐き出しているのであり、それは、無関係な師匠に対してだからこそ出来ることであった。


「あたしだって、失くしたくて物を失くしてるんじゃないんだよ。本当に、知らない間にどっかに行っちゃうんだ。どうしてそれを、分かってくれないのさ」

「ふむ、……ん」


 その途中で一度、師匠はピクリと身じろぎし、港に視線を向ける。


「……」

「ちょっと、聞いてるのかい?」

「む、ああ」

「でさ、カブのやつは――」


 しかし、それだけだった。

 まるで、自分が行くまでもないと分かっているような反応であった。



 そして港では。




「そこのお前ら、動くんじゃねえ!」

「っ!」


 踏み込もうとしたカブが、その言葉に足を止める。

 アルにナイフを突き付けた男は、カブやテリムから離れるように、一歩二歩と後ずさりする。


「武器も捨てるんだ!」

「っ! ……分かった」


 カブは剣と盾を、テリムは杖を地面に置く。

 ノーラは、震えながらしがみ付いてくるレイを強く抱き締めた。

 男に目は真っ赤に血走っており、切羽詰ったような雰囲気を醸し出している。

 不用意に刺激すると、何をするか分からなかった。


「あ、あ、」


 抱え上げられたアルは、呆然とした様子で目を見開いている。

 男の手が震え、突き付けたナイフが首筋に当たる度に「ひうっ」と短い悲鳴をあげる。


「お前ら、道を開けろ! コイツがどうなってもいいのかあ!?」

「……!」


 男は、人ごみからこちらを睨み付けている人々に対し、その様に告げた。

 カブたちがいたのは港の岸壁付近であり、アルを捕らえた男はカブや人々から逃げるように岸壁ギリギリに移動しているのだ。

 そこから町中に逃げ込むためには人ごみを掻き分けて行く必要があり、そのためにアルを利用しようとしている。


 逡巡する住人たちに対して、男は尚も喚き立てる。

 ナイフを振り回し、そこをどけ、道を空けろと。

 カブは、内心で自分を強く罵った。

 何をやってるんだ俺は、と。

 一番肝心な、守ってやらなければならない対象を、こうして人質に取られるなど、最悪の展開だ。


「さっさとしやがれええ!!」

「! 皆、道を空けてやってくれ!」

「し、しかし、」

「頼む!」


 カブが苦しげな声でそう言うと、住人たちも少しずつ下がり、道を空け始める。

 それを見て、男は顔に醜悪な笑みを浮かべ、この後の事を考える。


 このまま、このガキを人質にして町中に逃げ込み、アジトまで行って上納する。それで、どうせもうこの町にはいられないから、組織から金を貰ったら町の外に逃げちまおう。


 そんな風に、到底上手く行くとは思えないような事を男が考えている中、カブも必死に、この状況を何とかしなくては、と考えていた。

 だが、カブはどうやっても上手く行くとは思えなかった。

 男がアルを放さない限り、アルがケガをするおそれがあった。

 しかし、かといってこのまま行かせてしまえば、アルがどうなるか分からない。

 どうする、どうすればいい。


 カブが額に汗を浮かべながら頭を捻っている間に、人垣が割れ、町へと続く道が出来上がる。

 男は、周囲を牽制するように視線を彷徨わせながら、ゆっくりと出来上がった道へ進もうとする。

 カブの焦りがピークに達しようとした、まさにその時。



「お兄さんお兄さん、アルちゃんは僕の大切なお友達です。連れていかれると困ります」

「ああっ? ……なんだお前」



 男の目の前に、一人の少年が現れた。

 いつの間にか、人ごみを掻き分けてそこまで移動した少年の姿を見て、カブは。



「っ!? なっ! タツキ!!」



 あまりの事態に、思考が真っ白になった。




 ◇




「――と、いう状況だ」

「ふうん、成程ね」


 修一たちは、最上階に達したところで合流した冒険者の一団と情報の交換を行っていた。

 骸骨こと、船長フォスダイクを倒すために。


「あの剣は、俺が構えていた盾の真裏にいたはずの神官たちを斬った。

 どういう仕組みか知らないが、防御が効かないとなれば非常に厄介だ。

 それに、まともに戦っても強い。そこで寝てる二人の戦士はかなりの技量を持っているのに、いとも容易く切り倒されているんだ」

「はっ、それは何とも、潰し甲斐のある化け物だ」


 あの後、いくつか思い付いた事を試してみたようだが、どうやらあの化け物は、誰かが船長室に入らなければ動けない代わりに、実体化もしていないらしい。

 室外からいくら魔術を打ち込んでも効果がなかったし、入室してから数秒は経たないと干渉できないようだ。

 代わりに、こうして室外で待機している分には何も手出ししてこないし、この階には他のゴーストやスケルトンなどは現れないらしい。

 ゲームなんかのボス部屋みたいだな、マジで、と修一は苦笑いした。


「まずは、あの不気味な剣の能力が分からないと、戦いにくいな」

「そうだな」

「じゃあ、一回見てみようか」

「なに?」


 修一はひょいと立ち上がり、そのまま船長室に入ってしまった。

 唖然とした表情でそれを見送った鎧姿の男を尻目に修一は、室内の入口近くで骸骨に向き合う。


「よう、化け物」

「――――」


 返事はなかったが、代わりにどこかおぼろげであった存在感が明瞭になっていく。

 それにつれて船長の持つ戦闘能力をはっきりと感じ取れるようになり、修一は沸き上がる闘争心を抑え込みながら、船長の持つ呪剣を凝視した。


 ――周囲の熱が、妙に揺らいでるな。


 修一が熱流を操作するチカラを使ったうえで船長を見てみると、やはりというべきか、その辺りだけ気温が低い。

 これ自体は、亡霊の温度が生物に比べて低いという事を知っている修一にとって、なんら興味を抱く事ではない。

 注目すべきは、今まさに振り上げようとしている呪剣の刃、その周囲を覆うようにして何かが纏わり付いている事だ。

 その部分は周囲との温度差がほとんどなかったが、流動的に揺らめくその何かこそが、呪剣の秘密の正体に思えた。


「……ちっ」

「――ギャギャ!」


 船長が剣を振り抜く。

 修一の目には、剣の先から何かが伸びてきているところまでは見えるが、それが何か分からない。

 それに速度も速く、温度差自体が少ないため非常に視認しにくい。

 仕方なく修一は、剣の動きに合わせて弧を描くように飛来してくる何かを、出来る限り大きく跳び退いて躱す。

 直前で軌道が変わるのを警戒しての事であったが、飛来する何かはそのままの軌道で修一の立っていた地点を抉り取った。


「おいっ、大丈夫かっ!」


 部屋の事から、鎧姿の男の声が聞こえる。

 心配するなと片手を振って、修一は更に船長を見据える。

 こんな時こそ『看破慧眼』が使えれば良いのだが、無い物ねだりをしても意味はない。

 有るものを、有効に使わなくては。


「……霊装填」

「――ギャガガ!」


 再び剣が振るわれる前に、修一は左手で自分の両目(・・)を瞼の上から撫でた。

 そして今度は二度振るわれた剣戟を霊力の篭った瞳で確認し、


 ――見えた!


ようやくその正体を見抜いた。


「陽炎!」


 迫り来る二筋の剣閃が肌に触れる直前、掻き消えるようにしてそれを回避して室外に出た修一。

 初めて修一の戦いぶりを目にした冒険者たちが驚きの篭った目で見ていたが、そんな事よりも。


「坊主、いくらなんでも無茶し過ぎだ!」

「すまん。でも、分かったぞ、アイツの攻撃の正体が」

「……本当か?」


 修一は、自分が見た事をそのまま全員に伝えた。


「あれは、おそらく釣竿(・・)なんだ」

「釣竿?」

「ああ、そうだ。

 アイツが剣を振った時、剣先から釣り針のような形をした何かが飛び出しているのが見えたから、多分間違いない。

 アイツの攻撃が防御を掻い潜ったのは、疑似餌(ルアー)を放った時みたいに、軌道が弧を描いているからだ。

 盾を避けるように大きく回り込んでいったから、一番後ろにいた神官が斬られたんだよ」


 修一にも、薄っすらとした半透明状にしか見えていなかったのだが、それでも断言出来る。

 あの剣は、刃を竿に見立てて剣先から鈎針が飛び出すのだ。

 鈎針は実際の釣竿を振った時と同じような軌道で空中を舞い、何かに衝突した時点で消滅する。

 そして剣先と鈎針の間は細い糸状の何かで繋がっており、おそらくやろうと思えば軌道を変えることも出来るのだろう。

 あの骸骨ではそこまで知恵が回らないからそうしないのであろうが。


「そんで、釣った獲物が逃げないように毒を打つ、と。

 底意地の悪い剣だよな、あれ」

「……そうだな」


 鎧姿の男は、頭痛を堪えているような顔で頷く。

 それは、どちらかと言えば修一の見立ての鋭さに対してのものであったが、まあ、どうでもいい事である。


「しかし、そうなれば……」


 修一は、いまだ治療に専念している神官の女性に声を掛けた。


「えーと、神官のオ、……姉さん」

「なにかしら?」


 一瞬、オバサンと言いかけて、流石に失礼すぎるかなと思って止めた。

 まだ二十代の後半くらいに見えるし、女としての矜持は捨ててないようだったから。


「アンタに任せとけば、呪いは治せるんだろ?」

「ええ、任せて。さっきまではちょっと難しいかなって思ってたけど、貴方たちがこの船の由来を教えてくれたから、時間さえ貰えれば確実に治してみせる」

「そうか」


 幽霊船ウェイトノットスライス号は、伝染病に倒れたあげく火を放たれて果てた船の成れの果てである。

 あの呪剣によって掛けられた呪いの症状が、当時爆発的に流行し、この船すら飲み込んだ伝染病の症状と同じだということを、修一が神官の女性に伝えたのだ。

 それによって、この船そのものと剣の呪いに対しての理解が深まった神官の女性は、この呪いを確実に解呪してみせる、と、そう言ったのである。

 そう言ってニコリと浮かべられた女性神官の笑顔は、非常に勝気で、それでいて頼り甲斐のある大人の雰囲気を醸し出していた。

 それなら。


「それならあとは、アイツを倒すだけだな」


 修一が、なんでもないことのようにそう呟いた。

 鎧姿の男もそれに関しては同意見であるため頷くが、そのための手段はどうしたものか、という部分は決めかねた。

 ただそれも、修一の次の発言までであった。


「オッサン、アンタらの中で、俺より強い人間は何人いる?」

「……どういう意味だ」


 いやほら、と少々言いにくそうにする修一に、鎧姿の男は先を促がす。

 曰く。


「アイツの攻撃、アンタたちじゃあ見えないんだろう? だったら、多少なりとも見て躱せる俺が戦うのが、一番手間が少ないと思うんだよ。ただ、俺はあんまり他人と連携して戦うっていうのは慣れてないから、下手にオッサンたちが一緒に戦っても、余計に危ないと思うんだよな」

「……ああ、そうだな」


 連携に不慣れなら、むやみに共同戦闘をするのは避けるべきだ。


「で、だよ。オッサンたちが俺よりも遥かに強いってんなら、そりゃまあ、その辺のマイナス差し引いても一緒に戦うべきなんだけど、そうじゃないなら……」

「……邪魔だから引っ込んでろ、と?」

「うーん、はっきり言えば」

「…………はあ、クソったれが」


 うんざりした様に、鎧姿の男が言い捨てた。

 ただしその表情は「仕方ないな」と言わんばかりのものだったが。


「坊主、一人で戦って勝てる自信があるのか、正直なところを言え。流石に、勝てるか分からないっていう若者に任せっ切りにはしたくないし、俺たちもそこまで落ちぶれちゃいない」

「まあ、なんとかなるとは思うな。さっきの剣筋を見る限り確かに強そうだけど、勝てないほどじゃないし、何よりオツムがパッパラパーの骸骨相手に負ける気はしない」

「……そうか」


 気負いなく答えた修一に、それが本心から言っているのだと分かる鎧姿の男は、「それなら、頼んだぞ」と、そう告げた。

 そして。


「まあ、そうは言っても、だ、坊主」

「うん?」

「餞別くらいは持っていけ」

「餞別?」


 「ああ」と言ってニヤッと笑った男が、後方で控えていた他の冒険者たちに振り返る。

 そして自分のパーティーの呪術師と、二組目のパーティーの魔術師と神官、それと先程までクリスに対して軽く説教をしていた町の男性神官に対して。



「お前ら、この坊主に、目一杯の強化呪文を掛けてやれ」



 鎧姿の男は、笑いながらそう告げた。




 ◇




「――ふむ」

「あ、あのー、師匠さん」

「うん?」


 沖合いの小島の上で、ウールが恥ずかしそうに顔を染めて、師匠を呼ぶ。

 師匠は、先程まで愚痴を言い続けていたクセにふと我に返って自分は何を言っているんだ、と羞恥のあまり顔を隠してしまっていたウールに向き直る。


「さっき、あたしが言った事は、その、カブには……」

「心配するな、誰にも言うつもりはない」

「そ、そうかい? ……はあ」


 ウールはホッと溜め息を吐いた。

 普段が普段だけに、ウールがそうやって歳相応の少女らしく恥じらっている様は、何というかこう、非常に可愛らしいものがあった。

 ただし、師匠は何の感慨も抱いていない。

 基本的に、人の感情を理解してもそれが自身の感覚と結びつかない人間なのである。


「しかしウールよ」

「なんだい?」

「それほどカブの事を愛しているなら、さっさとつがいになれば良いものを」

「!?」


 師匠の言葉に、ウールは思わず師匠の足を蹴り飛ばしたが、逆に蹴った自分の足の方が痛かった。

 頑丈な壁を蹴ったみたいに、つま先を押さえてうずくまる。


「おい、大丈夫か?」

「~~っ! 大丈夫じゃ、いや、足は大丈夫だよ、けど、つ、番って、アンタ!」

「逆に不思議なくらいだ。お互いに好き合っているなら、さっさと一緒になって子を成せばいいだろう」

「なっ!?」


 ウールが大いに狼狽えるが、師匠は気にしない。


「ワとて、それなりに長く生きた。そのくらい見てれば分かる。お前らのような若者もたくさん知っている。そういえば、この町に以前来た時もちょうどお前たちのような二人がいたな。あの後どうなったかは知らんが」


 師匠が懐かしむようにそう言った。


「それに、だ。カブという男はなかなか見所がある。きちんとした師の下で鍛錬を積めば、おそらくもっと強くなるだろう。ああいう将来有望な男は、早めに自分のモノにしておけ。誰かに取られてからでは遅いぞ?」

「……」


 まさか、師匠からそんな事を言われるとは思わなかったウールは、どう返事をしてよいやら分からなかった。

 ただ、カブを褒められた事自体は素直に、その、嬉しかったりした。

 だからウールは、師匠に問い返した。


「そ、それを言うなら、シューイチはどうなんだい? 正直、カブよりもアイツの方が――」


 だが、師匠は。



「修一は確かに良いが、……今のアイツは、いくつか失って(・ ・ ・)いるからな。将来性という意味なら、カブの方が高い」



「……どういう意味だい?」

「そこまでは言えないな。本人にも言っていないし、ワに勝てれば伝えてやるつもりだったが、それも達せなかったのだから。ただ……」


 師匠は、遠くを見つめるように目を眇めた。


「それも、もうすぐ(・ ・ ・ ・)知ることになるだろうな。修一が首都に向かっているというなら」

「……首都に、何かあるのかい?」

「在る、ではなく、居る、だな。首都ブリジスタには、奴が居る(・ ・ ・ ・)

「それは?」


 師匠は言うべきかどうか逡巡したが様子だったが、結局言った。ウールには、「誰にも言うな、言えば先程のお前の言葉をカブに一言一句違わず伝えてやろう」と前置きをしたうえで、その名を、告げた。


「あの町には、ブリジスタ騎士団の本部があるだろう。そこに、奴はいる」

「……」

「ブリジスタ騎士団、魔術師隊(・ ・ ・ ・)隊長(・ ・)

「……!」



「――()()()()()()()()()。通称、継ぎ接ぎゲドー、だったか」




ワの(・ ・)同類(・ ・)だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ