第6章 20
* 残酷描写にご注意ください。
◇
ブリジスタの沖合い約二キロメートルの地点にある岩ばかりの小島に一人で取り残されたウールは、眼前に広がる霧の向こう側で戦う師匠の、人間離れした戦闘能力をまざまざと見せ付けられていた。
炸裂音に似た鈍い音が波間の彼方から一つ聞こえるたびに霧の奥で粘ついた邪気を撒き散らしていた敵船の影が一つ消えるのだ。
もう、何が何だか分からない。
あたしもやれる事はやろう、とそれなりに決意していたウールに出来る事といえば、時々思い出したかのように島に戻ってくる師匠に、武器聖化神術を掛ける事くらいだ。
はっきり言って、いてもいなくても大して変わらない。
それにおそらくだが、やろうとしていないだけで師匠は、もうちょっと本気を出せば神術などなくても霊体を素手で殴れるのではないかとすら思えた。
有り得ない、と笑い飛ばすのは簡単だが、それで裏切られるのは御免なので、取り合えず出来ると信じておこう。信じる者は救われるのだ。
「……そろそろかねえ」
ウールの呟きに合わせて水柱の立ち上る音が聞こえ、それとともに霧の奥から何かが高速で接近してきた。
最初のころはこっちにも敵が来たのかと身構えていたウールも、今では自分の髪を弄くって枝毛を探しながらそれを眺めるようになっていた。
勿論この影というのは師匠の事であり、神術の効果時間を考えればそろそろ効果が切れて戻ってくるころだと分かっているのである。
ただ、それにしてもテンションが低い。
今の様子をカブが見れば、明日は天変地異が起きるぞ、と震え出す事だろう。
普段のような、お調子者じみた元気の良さは完璧に鳴りを潜めている。
そして、もうどうでもいいよとでも言わんばかりのウールの投げやりな態度に、海面を蹴って小島に戻ってきた師匠は不思議そうな顔をして彼女に歩み寄った。
もはや師匠の動きはこの世界における人間の範疇を大きく逸脱したものとなっているのだが、ウールはそれに突っ込もうとも思わないし、ましてやいちいち驚くのも馬鹿らしいとさえ思えていた。
自然と、会話の内容も事務的なものになる。
「おかえり、また神術を掛けるからちょっと待っておくれ」
「ああ、頼む」
そうして神術を行使すれば、師匠はまた一人で海上に向かって駆けて行き、近くに現れた幽霊船から順に沈めていく。
ウールは、「あれだけ強けりゃ人生楽しいだろうねえ」などとぼやきながらゴツゴツした足場の中で比較的平らになっているところを探すと、そこに腰を下ろした。
立って見てるのも億劫なのだ。
肉体的には兎も角、気分的に。
「……はあっ」
自然と溜め息が零れた。
ちっとも、楽しくない。
ウールにとって冒険とは、皆でするから楽しいものなのだ。
自分がバカやっても、カブとかが何だかんだと言いながらもフォローしてくれる。
ちょっと無理目の相手に戦いを挑み、皆の力を合わせて勝利する。
見たことないような景色を皆で揃って見て、その場で思い思いの事を語り合う。
そういうのが、いいのだ。
こんな、作業のような事を延々繰り返すだけの仕事は、つまらないったらありゃしない。
元々が、故郷の仕事がつまらないからと言って飛び出して来たような少女である。
ジッと待って頑張るような仕事は、退屈で堪らないのである。
それでも文句を言わないのは、これ自体はとてつもなく重要な仕事であると、ウールだって分かっているからだ。
あの馬鹿デカイ幽霊船を沈めるのにどれくらいの時間が掛かるのかウールには見当も付かないが、少なくとも他に気を回す余裕などあんまりないはずだ。
そこに、ここを抜けた小型船どもが押し寄せれば、あっという間に冒険者たちは窮地に追いやられるだろう。
いやそれだけじゃない、町の住人たちだって対処出来ないはずだ。そうなれば、ファステムの町が亡霊どもに蹂躙されてしまう。
海上で会えば船を、港にやって来れば町を。
どちらにせよ、幽霊船ウェイトノットスライス号は人々を襲い、その平穏と生活を奪い去ろうとする。
それを黙って見過ごせるような性格はしてないし、なにより太陽神様の敬虔な信徒として、あんな邪悪な存在を放っておくつもりはさらさらない。
「これも、太陽神様の思し召しかねえ……」
幸いな事に、師匠は冗談抜きで強かった。
あんな風に小型船から中型船くらいのサイズの船を拳一つで沈めるなど全くもって馬鹿げた話だが、ともあれそれによって、一先ずのところは一隻たりとて通していない。
そもそもの話、ウールの座るこの小島にすら近付けていないのだ。
全て、霧の向こうにいる内に師匠が沈めてしまっている。
少なくとも、何かしら不測の事態でも起きない限りは、ここより先に敵が進むことはないだろう。
よって現状ウールが気になるのは、港に残ったカブたちがどうしているのかという事くらいだ。
強いて言うならもう一つ。
「誰でもいいから、さっさと本命も沈めておくれよ」
――あたしの我慢が保つ内にさ。
ちょっとだけ、尿意を催してきたくらいのものであった。
◇
そうやって、師匠とウールが沖合いで頑張っているわけだが、現段階では船内での戦闘は冒険者側が不利な状況であった。
まず、突入開始からすでに三十分近くが経過している訳だが、当初この船に乗り込んだ冒険者の半数近くが継戦不能に陥っていた。
これは、ある意味仕方のない事である。
こちらが生身の人間であるのに対して、相手は痛みも疲れも知らぬ亡霊たちなのだ。
戦闘能力は勝っていても、どこからともなく溢れ出てくる化け物どもに体力と気力を削り取られ、しぶしぶ退却せざるを得なくなったのである。
現在のところ、船の甲板まで引き返した者たちは冒険者グループごとで交互に警戒員を立てながら休憩を取り、体力と魔力を回復させて再び船内に挑もうとしている。
幸いにして同行してくれている神官たちによって怪我の治療などは容易であったし、冒険者側も各自で持ち寄った魔香草などを神官たちや魔術師に渡し、魔力の回復に努めさせていた。
しかし、死者が出るような事態になっていないとはいえ、冒険者たちの雰囲気は重い。
キリがないのだ。いくら倒しても沸いてくる骸骨とゴーストに、皆うんざりとしている。
行く手を阻むこれらのアンデッドは、強くはなくてもひたすらに鬱陶しいもので、無視して行こうにも後続に大群となって押し寄せる危険があるため、出来る限り倒さなくてはならない。
結果、なかなか先へ進む事が出来ず、気持ちばかりが焦れてしまう。
「中、どうなってんだろうな」
「さあなあ」
おそらく、ここにいない何組かの冒険者たちはまだ先へ進んでいるか、ひょっとしたら最奥まで辿り着いているのかもしれないが、この船や亡霊どもが消えていないところを見るに、まだ討伐には至っていないのだろう。
それならば、やはり自分たちも出来る限りの事はしよう。
少なくとも自分たちが中で戦っていれば、いかにこの幽霊船が強大であったとしてもダメージの一つくらいは与えられるだろうし、町に向かってちょっかいを掛ける事もしないだろう。
町に残っている知り合いの冒険者もいるが、彼らの腕ではどうしても不安が残るため、出来ればここから外へは手を伸ばさせたくない。
一先ずチラと見る限りでは、船の周りを飛び回るゴーストやイビルヘイズはいるが、町の方まで飛んで行っているやつは見当たらない。
「まあ、精々暴れ回って引っ掻き回してやろうや」
「そうだなあ」
回復の終わった冒険者たちが順次装備の確認を行い、それから船内に戻っていく。
戦況は悪い。悪いが、それでも諦める訳にはいかないのだ。
彼らとて意地はあるし、なによりこの町が好きなのだから。
そんな中、船内の最上階で船長フォスダイクと戦っている冒険者たちは、少しばかり危機的状況にあった。
まず何より、戦闘開始早々に後衛の神官二人を潰されたのが痛かった。
この船において一番の頼みの綱である町の神官が倒れた時点で彼らは、即座に一旦退却を選択し、船長室の出入り口にある大きな扉の陰に隠れた。
しばらく様子を窺っていたが、どうやらあの船長は船長室の外に出ようとはしないらしく、追撃を受ける心配はなさそうであった。
しかし、斬られた神官を治療していた冒険者の神官が何かに気付くと、事態は思ったよりも深刻であると分かった。
傷自体はそれほど深くなく、治療もすでに済んだのだが、斬られた神官の体調が思わしくなくない。青褪めたような顔をしていた二人は、次第に高熱や発汗といった症状が現れ始めると見る間に意識が朦朧としてきたのだ。
明らかに、何かの病気に掛かったかのような状態であり、それはすなわち船長の使っている剣が原因であると考えられた。
黒紫色の刃は遠目に見ても禍々しい気配を放っており、おそらく長い年月の間に怨念を纏い、呪授武器となっている事が予想される。
どういった効果を持つのかまでははっきりしないが、少なくとも遠くの敵を斬る事ができ、斬った相手を病気に掛かったみたいにする事が出来る。
非常に性質の悪い武器であると言えた。
そうして、冒険者の神官がなんとか治療しようと四苦八苦しているところに、二組目が到着。
倒れた神官と、その原因たる亡霊を見た二人の戦士が怒りに駆られ、仲間が止めるのも聞かずに船長に斬り掛かると、船長はまるで生きている人間のように靭やかな動きでもって剣戟を躱し、瞬く間にその二人の戦士を斬り付けた。
生前と変わらないであろう流麗な剣捌きに見とれている暇もなく、倒れた二人を助けるために残った冒険者たちが一斉に室内に飛び込み、どうにか攻撃を捌きながら戦士二人を回収。
その際更にもう一人、一組目のパーティーの魔術師が剣戟を受けてしまい、室外に撤退した時点で最初の神官を含め五人の人間が意識朦朧とした状態になってしまっていた。
この場にいるのは、二組の冒険者が合わせて十一人と神官が三人の計十四人だ。
実に三分の一以上の人間が敵の攻撃に倒れた事になる。
扉の陰から室内を監視している鎧姿の男が、後方に声を掛けた。
「どうだ、治せそうか?」
それに答えるのは、同じ冒険者グループの神官の女性である。
「駄目だわ。おそらく、実際に病気になっているわけじゃなくて、病気の症状を再現する呪いなんだろうけど……」
神官の女性は、悔しそうに唇を噛む。
「思ったよりも呪いが強くて、解呪には時間が掛かりそう」
「そうか」
鎧姿の男も苦り切った顔で頷く。
油断していたつもりはなかったが、ここまで出てきた亡霊たちがそれほど強くなかったため、どこか気の緩みが生まれていたかもしれない。
その結果がこれでは、少しばかり情けないな。
男は、苦しそうに呻く仲間の声を聞きながらその様に考えた。
「どうするの?」
「どうする、とは?」
「このままもう一度攻めるか、安全なところまで退いて態勢を立て直すか、よ」
「……うーむ」
鎧姿の男は改めて自分の仲間たちを見る。
呪いを浴びた者たちの顔色が先程よりも悪くなってきていた。
すぐに死ぬことはないだろうが、それでもこのままにはしておくとどうなるかは分からない。
早急な解呪が必要だ。
だか、ここまで来た以上甲板まで戻るには時間が掛かるし、戻れたとしても再びここまで来るのは難しくなる。
それに戦えない人間を大勢連れて船内を進むのはやはり危険だ。
戻るという選択肢は、選びかねる。
ならば。
「時間さえ掛ければ、解呪は出来そうか?」
「やってみる。ただ、戦闘には参加出来そうにないわ」
「仕方ない、そっちを優先してくれ」
「ええ」
――やはり戦うしかないな。
ならば、戦わねばならない。
だが、こちらもはっきり言って並大抵の事ではない。
仲間の神官が戦闘には参加出来ないという事は、つまり魔術師と神官という後衛二人を欠いた状態での戦闘となる訳であり、その様な不完全な陣形であの化け物を仕留められるかといえば、微妙だ。
二組目のパーティーにしても、前衛二人が倒れた今、まともな戦闘が出来るとは言い難い状況であり、残ったメンバーは心なしか怯えている。
斬られた二人の戦士の技量を思えばあれほどあっさり負けるとは思わなかったのだろうが、今のままでは到底戦えそうにない。
「……」
それならと鎧姿の男は、自分たちともう一つのパーティーとで協力し合い、戦闘が出来るかどうかを念入りに検討する。
お互いに足りないのであれば、補い合えば良いのだ。
即席のパーティーでは連携が不安であるし、怯えの見える彼女たちがどこまで戦えるかは分からないが、それでも、出来ないことはないだろう。
そもそも、やらなければやられるのだ。
ここでオメオメと逃げ帰ったとして、町が亡霊どもに好き勝手される事になれば、結局は一緒だ。
勝たねばならない。
自分たちは、そのためにここにいる。
「おい、お前たち」
そう結論付けた鎧姿の男が共同戦闘の提案をしようとした、その時。
「……ねえ、何か聞こえない?」
二組目のパーティーの、野伏と弓士を兼任している女性が、そのように呟いた。
鎧姿の男は思わず黙り込み、皆と同じように耳をそばだててみた。
確かに、聞こえる。
これは足音のようだ。
最上階である船長室、その扉から少し離れたところに長い階段があり、足音はその下から響いてきている。
野伏の女性が、ハッと顔を明るくした。
「もしかして、他の組が来てくれたんじゃない?」
「新手の化け物、という線もあるぞ」
「うえぇ……、それは勘弁」
鎧姿の男にそう言われ野伏の女性は途端に顔を顰めるが、どっちにしても間もなく姿が見える。
冒険者なら御の字、亡霊なら、腹を括って戦うしかあるまい。
「……」
「……来た」
そうして、身構える一同の前に現れたのは。
「とうちゃーく」
「? ……誰、アナタ?」
金色の髪と長く尖った耳が特徴の、歳若く見える少女であった。
冒険者の知り合いにこんな子居ただろうか?
そんな疑問が浮かぶなか、細身の小剣を携えた少女はこちらに気付くと一瞬目を丸くし、それから階下に向かって声を掛ける。
「おーい! ここがそうみたいだよー!
他の冒険者の人たちも沢山いるー!!」
「おーう」
返事が返ってくるとその少女は、軽やかな足取りでこちらに駆け寄り、話し掛けてきた。
「ねえねえ、何人か苦しそうにしてるけど大丈夫? 体調復元魔術なら使えるけど、使おうか?」
「い、いえ、これは病気じゃなくて呪いによるものだから、それじゃあ治せないわ」
「あ、そうなんだ、残念」
がっかりしたように唇を尖らせた少女に、神官の女性は自然と微笑んだ。
「でも、ありがとね、気持ちだけは受け取っておくわ」
「そう?」
「ええ」
そんな風にしていると、階下から更に二人の男が上がってきた。
一人は、神官服を着た少年だ。
こちらは、何人かの冒険者も見たことがある気がした。
「ん、お前クリスか? どうしてここにいるんだ?」
二組目に同行していた神官の男性がそう言うと、少年は「しまった!」と言わんばかりに目を泳がせた。
ということは、町の教会にいる少年神官ということだろうか。
そして。
「おお、確かにこれはラスボスっぽい雰囲気だ、なんかこう、……叩き潰したくなるな」
「……坊主、お前も冒険者なのか?」
「ん?」
そして、最後の一人はこの辺りでは珍しい真っ黒な髪の毛の少年だった。
上がってくるなり船長室の入口の前に仁王立ちし、中にいる化け物をじっと見据えている。
彼は、鎧姿の男に問われて首を傾げ、それから真顔で「違うよ、俺は冒険者じゃない」と答えたが、視線は船長室内に向けられたまま微動だにしなかった。
「オッサン、あの骸骨が、この船の元締めなんだろ?」
「……ああ、そうだ。
そこで寝てる奴らも、アイツにやられた」
「……そうか」
そこでチラリとこちらに向けられた黒々とした瞳には、ゾッとするほどの激しい怒りが湛えられていた。
何人かの冒険者は、その気迫に思わずたじろいだ。
ただ、それが自分たちのために怒ってくれているのだと何となく理解出来た鎧姿の男は、仄かに感じるむず痒さに似た気恥ずかしさを誤魔化すように、少年の腕を引いた。
「坊主、そんな風に仁王立ちしてないで、取り合えず今は隠れとけ。
部屋の外までは追ってこないようだが、奴の剣は遠くを斬れる。
もし斬られたら、ああなるぞ」
「ん、分かった」
素直に頷いた黒髪の少年は、鎧姿の男の隣にしゃがみ、それからボソリと呟いた。
「――化け物如きがが調子に乗りやがって、バラバラに叩き割ってやる」
「……!」
その言葉に篭められた多大な怒りに、鎧姿の男は、恐ろしさとともに頼もしさを感じたのであった。
◇
港町ファステムにおいて数か月ほど前から活動していた人攫いの集団は、その人員のほとんどがこの町出身の若い男たちであった。
彼らには、町のために何かをしようという思いなど一切ない。
ただ、自分たちが遊ぶために必要なお金を手に入れるためなら犯罪だろうがなんだろうがやってやる、という到底理解に苦しむ思考回路を持っており、彼らはこの仕事を始める前までは、船に乗ってやってきたお金を持ってそうな人間を襲い、金品を巻き上げていたのだ。
それによって他の人間がどうなろうと、全く持ってどうでも良かった。
そんな彼らがこの仕事を始めたのも別段大した理由がある訳ではなく、単純に自分より年上で偉そうにしている先輩に誘われてこの組織に入った者が大半であった。
この人攫い集団では、人一人を縛り上げて連れてくるたびに一律でお金が貰える。
この金が、どこから出てきているモノなのかはほとんど誰も知らなかったが、そもそもそんな事に興味を持つような人間もあまりいなかった。
ただ、何人かの幹部のような扱いを受けている先輩に引き渡せば、その場で金が貰えるのだ。
実に単純なシステムであった。
そして、どんな人間を連れてきても一律で金が支払われるというシステム上、どれほど屈強な男を連れてきても、目の覚めるような美人を連れてきても、よぼよぼになったお年寄りを連れてきても、――小さな子どもを連れてきても、その労力に関わらず、金が貰えた。
そうなれば、こんな下劣な仕事を平気な顔でしている彼らである。
より手間の掛からない、力の弱い少年少女――時には幼児すら――を、好んで連れ去っていくようになった。
当たり前のように。
なんの良心の呵責も感じることなく。
連れて行かれた子どもたちは、知らない大人に知らない場所に連れて行かれて大いに泣き喚いたりしたが、そのたびに彼らは、容赦なく顔といわず腹といわずを殴り付け、両親の名を呼びながら泣く子どもを黙らせていた。
生きてさえいれば、例えどれだけ傷付いていようと、ぐったりとして動かなくなっていたとしても、問題なく金をくれるのだ。
集団の中には、連れてきた子どもを幹部に引き渡す前に、好き放題している者もいた。
そうしたとして何の問題もないのだから、ヤれるだけの事をヤってから引き渡したほうがお得だと、そういう考えだったわけだ。
およそ楽しみ方は人それぞれであった。
泣き喚く子どもを、動かなくなるまで殴る者。
幼い少女を裸に剥いて、思う様に蹂躙していた者。
男でもいいという者もいた。その男は子ども特有のふにふにとした肌に自らのモノを無理矢理押し付け、気の済むまで欲望を解き放っていた。
柔らかいお腹にナイフを突き立て切り開いている狂人もいた。死ぬギリギリを見極めて切開し、死なない程度に腸を引き出して遊んでいたのだ。
他にも、色々な目に遭っている。
ここには、これ以上は記せない。
子どもたちは、どうして自分がこんな目に遭うのだろうと、そう思っていたことだろう。
だが、理由など、何一つない。
連れ去られた子どもたちは、何の比喩誇張もなく、不運であったのだ。
そんな、考えるだにおぞましい行為をしていた彼ら人攫い集団であったが、昨夜、壊滅した。
人員のほとんどが、夜の内に魚の餌となった。
生きている間に二百以上の肉片に千切られた者もいたし、つま先から順番に磨り潰された者もいた。
身体中の骨を一本ずつ砕かれた者もいたし、この世界には存在しないはずの毒薬を打ち込まれ全身を掻き毟りながら息絶えた者もいる。
その全ては、誰の目に付くこともなく行われた。
誰一人として、人攫いたちがどうなったのかを知る者はいない。
だから今、この港にやってきている者たちは知らないのだ。
すでに組織が壊滅したことも、自分たちが偶々何かの間違いで生き残っているに過ぎないという事も。
それすらも分からない若者たちは、港に入ってきた幽霊船など見向きもせず、どの子どもなら手間なく連れて行けるだろうかと、考える。
やがて、一人の女の子に目を付けた人攫いの男は、ゆっくりと人ごみに近付きながら、仲間たちに目配せをしていく。
人垣の最後尾に立ち、前を見ようと懸命に身体を伸ばしている少女も、その隣にいる母親も、後ろから近付く男に気付いた様子はない。
男はニンマリと笑いながら小瓶に入った薬品を布に垂らし、それを少女の口に押し当てて昏倒させるべく背後に近寄り、そして――。
「“サンダーボルト”っ!!」
「!? ぐおっ!!」
港に突然雷鳴が響き渡り、男は、一瞬で意識を失った。




