第6章 17
◇
「お、やっと貸してくれた。やれやれ、カブも段々とケチになってくるね」
「いえ、そんな問題ではないと思いますが……」
男湯に向かって大声を上げていたウールは、天井の隙間から飛び込んできた手拭いをキャッチして、暢気にそう呟く。
それを隣で聞いていたノーラが、若干顔を赤らめながらもウールに突っ込んだ。
他の女性客たちも、カブとウールの包み隠さない遣り取りを聞いて何人かが顔を赤らめ、何人かは楽しそうに壁の隙間を眺めながら、向こうで声を荒げていた若い男を想像していた。
三十路も大分過ぎた方々ではあるが、声だけからカブの姿を想像して黄色い声をあげられる位には若々しいようだ。
「さてと」
騒ぎの元凶たるウールは、騒がせた事を謝りもせずそのまま剃刀を使い始めた。
「ふふん、ふーん」などと鼻唄混じりで良い気なものである。
あれだけの事を言っておきながら、恥ずかしがる様子は微塵もない。
この女には羞恥心というものが無いのだろうか。
ところで、そんなウールを見ていたノーラに一つ疑問が沸いた。
「……」
「ふふーん」
果たしてこの少女は、この剃刀を使った後にカブに返すつもりはあるのだろうか。
とてもこの場では描写出来ないような処まで剃っているのだが、その辺りはどうするつもりなのか。
ノーラの感覚で言えばそんな処を剃った剃刀を男性に返すなど到底出来ることではないし、かといって返さないというのもよろしくないだろう。
そもそもからして借りる事自体おかしいでしょう、とさえ思えてしまい、よってノーラは、ウールに確認してみることにした。
どうするつもりなのかを。
……止せばいいのに。
「……ウール」
「ん?」
「その、剃刀は、……ええっと、その」
若干恥ずかしそうにモゴモゴしているノーラに、ウールは首を傾げてみせる。
「なんだい? ノーラも後で使いたいのかい?」
「い、いえ! そういう訳では!」
「ふうん? でも、綺麗にしとかないとシューイチに見られたときに困るだろう?」
「――!?」
途端にノーラは顔を赤く染める。
ウールは、分かりやすいねえ、と内心で笑った。
「はっは、そんなに狼狽えないでおくれよ、ちょっとしたジョークじゃないか。
それで、何て聞こうとしたんだい?」
「……その剃刀は、カブに返すのですか?」
「ああ、これ?」
ウールは、手に持った剃刀をヒラヒラさせながらニヤリと笑った。
「勿論返すよ」
「……!」
「ただし、カブが返してくれと言ったらね。
ちなみに、今まで一度も返してくれと言われたことはないから、実際に返したこともないけどねえ」
「は、はあ……」
実につまらなそうに、ウールは言葉を続ける。
「まったく、カブも意気地がないんだから。
あたしだって返してくれと言われれば返すつもりなんだから、恥ずかしがらずに一言、『返せ』と言えばいいのに」
「いや、それは」
「まあ、それで返した後は、その剃刀であたしがどこを剃ったのか、使う度に囁いてからかってやろうと思ってるんだけどね?
残念なことに、いまだ一回も出来てやしないよ」
「……」
どう考えても、そうされるのが目に見えているから言わないのだと、ノーラは確信した。
事実、そうであった。
要するにカブは、ウールに剃刀を貸す度に新しい剃刀を買い直す羽目になり、その内また失くしたウールがさらにそれを持っていく、というのが何度も続いたため、あれほど貸すのを渋ったのだ。
気持ちは分からなくもない、というかウールが剛田主義過ぎると言えた。
ウールの行状の悪さにノーラが頭痛を覚え始めるなか、ウールが誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。
「まったく、――本当に意気地無しなんだから」
当然、その言葉はノーラには聞こえなかった。
「何か言いましたか?」
「いいや、何も」
「そうですか?」
「そうだとも」
ノーラが、解せぬとばかりに首を傾げる。
ウールは、取り繕うように切り替えした。
「……あー、ところで」
「なんですか」
「実際のところ、シューイチとはどこまで進んでるんだい?」
「……どこまで、とは?」
「決まってるじゃないか」と言って、ウールはにやりと笑う。
「もう、胸くらいは揉ませたのかい?」
「むっ……!? あ、あのですね、ウール、私とシューイチさんは、……別にそういう関係ではありませんから」
「へええ?」
ウールはまるで信じていないような顔付きで相槌を打ち、なんとも悪い笑顔を浮かべたままグイと顔を近付けた。
俯くノーラの顔を、下から覗き込んで見上げる形だ。
ノーラは思わず「うっ」と呻いた。
「本当に?」
「ほ、本当です」
「キスしたことは?」
「あ、ありません」
「添い寝してあげたことは?」
「それもありません……!」
「下着姿を見せてあげたことも?」
「~~っ、ありませんってば!」
必死になって否定するノーラであるが、そうやって必死になればなるほどウールの嗜虐心を刺激するらしく、実に楽しそうに、際どい質問を重ねていく。
数分後、まだ湯船に浸かってすらいないのに、すでにノーラの全身は羞恥で真っ赤になった。
まるでのぼせてしまったかのようだ。
あんまりやると流石に可哀想なので、「続きは宿に戻ってから」と告げたウールは、身体に残った泡を洗い流してから湯船に向かった。
ノーラはしばらくそのままでいたが、おもむろに頭から冷水を被り始める。
何度か繰り返して全身の火照りを冷ますと、それからフラフラと湯船に向かったのだった。
「はあぁ、生き返る~」
そう零して、湯船の中でグーっと伸びをするのはメイビーである。
隣には、頭に手拭いを乗せたへレンが、レイを膝の上に抱えて座っている。ヘレンの身体に体重を預けているレイは、とてもリラックスした気分のまま湯の中で手足を伸ばしていた。
「…………はー」
「レイちゃん、気持ち良い?」
「…………うん」
頭のすぐ後ろから聞こえてくるヘレンの言葉に、レイは甘えたような声で返事をする。
そういう風にされると、ヘレンとしても気分がいい。
いい子いい子、と頭を撫でてあげるとじゃれ付くようにして頭を擦り付けてくるので、ヘレンは大層緩み切った顔でレイの頭を撫で続ける。というか、あまりに気持ち良さそうにしているものだから止めるタイミングが見出せない。なんというか、レイの仕種一つ一つがヘレンのツボを強烈に押してきた。必然、ヘレンには抗う術がない。
――ど、どうしよう、レイちゃんが可愛すぎる……!
へレンが、目を輝かせたままメイビーに助けを求めた。
このままでは、色々とヤバい。何がヤバいのか良く分からないが、とにかくヤバい!
「メ、メイビー」
「んー? どったのー?」
「ちょっと、レイちゃんを抱えるの交代して、くれない?」
「いいよー」
そう言って、浴槽の縁にだらしなくもたれ掛かっていたメイビーは身体を起こし、レイを受け取った。
レイはヘレンから離れるとメイビーに対しても同じように擦り寄っていったが、集落に住んでいたころから小さい子どもの扱いには慣れているメイビーであるからして、レイの小動物じみた可愛らしさを享受しつつも適度に相手をしてあげる事が出来ていた。
すると、レイが何かに気付いたようにヘレンの方を向いた。
「…………」
ジッと見つめられて何事かとヘレンは思ったが、その視線が、自身の膨らみに乏しい胸元に向けられていると分かると、少しだけムッとした表情となった。
それからレイは、膝の上で反転しメイビーと向かい合うような形で座ると、そのまま顔を、メイビーの胸に押し付けた。
流石に、メイビーも驚いたような声をあげた。
「うひゃっ! な、どうしたのレイちゃん?」
「…………うん、やっぱり」
一人で納得したようなレイ。
無表情のままメイビーを見上げ、それからはっきりと告げた。
「…………へれんのほうがやわらかい」
「え? ええー……?」
そんな事わざわざ言わなくてもいいのに、とメイビーは渋い顔にならざるを得なかった。
ヘレンは内心で喜んだ。
◇
「さあ、俺らもそろそろ上がろうか」
「そうですね、もう、カブも落ち着いたころでしょうし」
湯船の中でのほほんとしていた修一とテリムは、揃って立ち上がると、タツキを連れて脱衣所に向かう。
浴場の出入口付近で身体を拭き、それから脱衣所に出ると、すでに着替え終わっているカブが備え付けのベンチに座って項垂れていた。
表情が見えないためはっきりとは分からないが、握り締められた拳を見るに怒りはまだ治まっていないのだろう。
まだ放っておいた方が良いだろうかとも思えたが、タツキがカブに駆け寄っていってしまった。
「お兄さんお兄さん」
「……ん、タツキか」
「えへへ」
タツキは、いまだ不機嫌そうなカブに対しても物怖じすることなく笑顔で話し掛けた。
なんとも、この子は相当に図太い神経をしているらしかった。
「約束ですよ、オゴってください」
「……ああ、そうだったな」
「わあい!」
タツキの無邪気な笑顔を見て少しは気が晴れたのか、はたまた、いつまでも腹を立てているのが馬鹿らしくなったのか。
カブは困ったような笑顔を浮かべながらも、タツキの言葉に腰を上げた。
「適当に皆の分も買ってくるから、風邪引かないうちに服着とけよ」
「おう」
「ええ」
そう言い残してカブは、財布を取り出しながら売店に向かった。
ただ、売店といっても大したものではなく、番台みたいなところで石鹸とか手拭いとかを並べて売っており、そこで一緒に冷やした果実水とかを売っているのだ。
ちなみに牛乳は置いてないらしく、着替え終わってカブと合流した修一は、ちょっとだけ不満顔であった。
「まあ、これはこれで美味しいけどさ」
この世界、ガラスを作ったり加工したりする技術はあるのだが、牛乳瓶なんかを作ったりはしていないらしい。
少し高めのお酒などは瓶に入っていたりするし、窓ガラスなんかもそこそこ普及していたりするのだが、いかんせん日用品までは手が回っていないようだ。
「お兄さん、美味しいです!」
「おう、こぼさないように気を付けろよ」
「はい!」
あと、ここの果実水は風呂屋の従業員が独自に作っているようで、木で出来たカップの中には何種類かの果実の絞り汁と砂糖を混ぜたものが、よく冷やされて注がれている。
どうやら冷却魔術が使える者を雇っているようだ。
ぬるかったらチカラを使って冷やしてやろうかと思っていた修一は、「ちゃんとしてるな」と呟いてから残りを飲み干した。
甘く冷たいジュースが風呂上がりの身体によく沁みる。
四人とも飲み終わりカップを番台に返してから外に出たが、女性陣はまだ上がってきていなかった。
仕方がないので、出入口の近くで出てくるのを待つことにする。
待っている間、カブは思い出したようにウールに対する愚痴を零した。
ウールに物を貸すと大抵返ってこないとか、もうちょっと物を大事に扱ってくれよとか、そもそも失くしたら自分で買えば良いのにとか、とにかく思うところは多いらしい。
修一は、それに適当に相槌を打ちながら思案顔で額の傷を掻く。
一度カブが「ちゃんと聞いてるのか?」と聞いてきたが、修一はぬけぬけと「勿論だ」と答えたりしていた。
「……」
その様子を見ていたテリムは、なにやら、非常に嫌な予感がした。
こういう予感は大体当たるものだし、かといって回避できるものでもないと理解していたテリムは、「眠くなりました!」と元気に言いのけて背中に飛び乗ってきたタツキに文句も言わず、ただただ「酷い事になりませんように」とだけ祈った。
ちなみにタツキは、早くもよだれを垂らしながら寝てしまっている。普段着にしているローブの背中がよだれで汚れ、後で軽洗浄魔術を使わなくては、とテリムが考えていたところで女性陣が風呂屋から出てきた。
「お、出てきた出てきた」
「あ、おい、シューイチ」
そこにすたすたと近付いていった修一。
こちらに気付いたメイビーが手を上げるのにも構わずウールの目の前に行った修一は、少しだけ驚いたような神官娘に対して二言三言、何かを言った。
テリムにはその言葉は聞こえなかったが、何か、とんでもない事を言ったのだとは分かった。
「――!」
何故なら、修一の言葉を聞いたウールが急に顔を赤く染めたかと思うと、修一の膝下を思いっ切り蹴り飛ばしたからだ。
いきなりの事に蹲って足を押さえる修一を無視して、ウールがカブに大股で歩み寄る。
その勢いと表情にたじろぐカブに、ウールは乱暴に何かを押し付けて、そのまま宿に帰っていってしまった。
ポカンとするカブに近寄ると、手元には先程貸した剃刀が握られていた。
「アイツ、一体どうしたんだ?」
「……」
呆気に取られたままのカブから視線を外し修一を見る。
蹲ったまま、他の女性陣から微妙に冷めた視線を向けられている修一を見てテリムは、「さあ?」とだけ答え言いたい言葉を呑み込んだのだった。
◇
「しっかし、あんなに怒るとは思わなかったなあ」
「……あんな事言われたら、誰でも怒りますよ」
膝を押さえてぼやく修一に、ノーラが冷静に指摘する。
修一は一足先にベッドで寝息を立てているレイを一瞥し、それから拗ねたような視線をノーラに向けた。
「ウールだって、普段から似たような事言ってるし、やってたぞ?」
「それを、男性から面と向かって言われるのは、また別ですよ」
「うーん……」
ノーラは、自室で一人むくれているウールの後ろ姿を思い出し、そう返す。
結局あの後、宿に戻り、皆で夕食を食べている間もウールの機嫌は悪いままで、いつも以上に嫌いな物を残したウールは、それを咎められる前にさっさと自室に戻ってしまっていた。
明らかに修一の発言が原因だった。
ウールの常ならぬ態度にカブは非常に困惑していたが、ヘレンやテリムが「そっとしてあげましょう」と言うので、今のところはそのようにしている。
「本当に、シューイチさんはデリカシーがないですね」
「……悪かったよ、マジで」
この男は、挑発的な言動を戦闘技術の一環として習得しているため、いちいち言葉がえげつない。
攻める事はあっても攻められた事などなかったウールがヘソを曲げてしまうくらいには、酷い言葉を使ったらしい。
一体、何と言ったのだろうか。
「まったく、あ、あ、あんな事を真顔で言うんですから……!」
「……」
そのときの様子を思い出したノーラが、頬を染めながら口ごもる。
本当に、何と言ったのだろうか、この男は。
しかし、いまいち自分のした事にピンときていない修一は、ちょっと見当違いな心配をしていた。
「それにしても、ウールがそんな調子じゃあ部屋に戻りづらいんじゃないか?
なんなら、この部屋で寝てもらってもいいぞ、俺はカブたちの部屋か、最悪下の食堂で寝るからよ」
「……いえ、寝るときになったら戻りますよ」
相変わらずな修一に、ノーラは内心で溜め息を吐く。こうした修一の不用意な言動が問題となるのも、もう何度目になるか分からない。
一先ず、部屋に戻ったらなんとかウールを慰めてやらなければ、とノーラは静かにそう決意する。
「でも、借りた物返さないウールだって悪いだろ?」
「それを、第三者であるシューイチさんが口出しするのもあまり良くない事ですよ」
「む……」
その後もしばらくの間二人で意見を交わしていたところ、ノックの音が響き、返事も待たずにドアが開いた。
そこにいたのは、タツキと師匠であった。
タツキは寝間着に着替えて眠い目を擦りながらであり、師匠は戦いの後と全く変わらない姿であった。コートに空いた穴は縫い付けたようになっていたが、血の滲んだシャツはそのままで、腹回りにベッタリと付いた血痕が、赤黒く変色していた。
そんな格好でウロウロするなよ、と修一は思った。
「こんばんはー」
「失礼する」
余談ではあるが、夕食の時間になっても師匠は宿に帰ってきていなかった。
テリムは、誰もいない部屋にタツキを置いていくのは可哀想だということで、背中で寝ていた少年を自室のベッドに寝かせたうえ、夕食時には一緒に連れてきてご飯を食べさせていた。ベタベタと口周りを汚すタツキの口を拭いてやったり、食後も部屋に連れて行って遊んであげたり、面倒見の良い男である。
タツキも、同室のカブがウールの事を心配してそわそわしているのを、なんだかんだと宥めたりしていたので、おあいこなのだろうが。
ともあれ、今は師匠も帰ってきたらしく目の前にいるし、タツキに至ってはもう寝る準備は万全だ。
そんな状態で何の用だと思いつつ、修一は取り合えず椅子を勧めたが、師匠は「結構だ」とだけ告げ、タツキはフラフラとレイの寝ているベッドに歩み寄ると、そのままレイの隣に倒れ込み、くうくうと寝息を立て始めた。
その事に修一が何か言う前に、師匠が口を開く。
「一晩、タツキを預かっていてくれ」
「はあ?」
いきなり来て何を言い出すかと思えば。
「何でだよ」
「ワの部屋で一人にさせておくのは不安だ」
「一人?」
「ああ」
「……アンタ、子どもを置いてどこ行くつもりだ?」
修一は、僅かに怒気を滲ませて問う。
師匠も申し訳なく思っているのか、どことなく疲れたように答えた。
「修一は、この町に人攫いの集団がいるのは知っているか?」
「? それは知ってるが」
ノーラも話していたし、メイビーたちを襲ったというのもその集団だ。
知らないわけがない。
「そいつらを叩き潰してくる」
「……なんだと?」
「一晩も掛からんとは思うが、念の為だ」
「……」
修一は、タツキがすでに起きそうにないのを見て、軽く嘆息する。
「まあ、もう寝てるからそれはいいけどよ」
「そうか、……それと」
「まだあるのか?」
「明日はまだこの町にいるか?」
「まだ馬車を頼んではいませんが、明日の午前中には出発するつもりです」
その問いにはノーラが答えた。
それを受け、師匠はノーラに視線を向ける。
濃い隈に縁取られた師匠の瞳は相変わらず無感情であったが、それでも何か、微かに険しさを滲ませているように思えた。
「この町の為にも、出来ればもう少し滞在してもらいたい」
「この町の為、ですか?
……出来ないこともありませんが、何かあるのですか?」
なにやら不穏な気配を感じたノーラが、やや緊張した面持ちで尋ねた。
師匠は、淡々とこう告げた。
「ウェイトノットスライス号、を知っているか?」
「! ……はい、知っています」
修一は「なんだそれ?」と疑問符を浮かべたが、ノーラは知っているようだ。師匠は、それなら話が早い、と先を続けた。
「それが、明日の昼ごろ、ここの港にやってくる」
「なっ……!」
「ワも対応するが、人手は多いほうがよい」
「それは、本当なのですか?」
「今日の昼ごろ船に乗っているときから気配を感じていたし、先程もう一度海上に出て確認したから間違いない。
おそらく、明日は朝から霧が掛かる。それがどんどん濃さを増していき、太陽が見えなくなれば、現れるだろう」
ノーラは、頭痛を堪えるように頭を押さえた。
その様子に、どうやらとんでもないモノが来るんだろうな、と察した修一は、取り合えず、聞いてみる。
「なあ、その、……なんちゃら号、ってのは何なんだ?」
「……ウェイトノットスライス号ですよ、シューイチさん」
「そうそれだ」と言う修一に、師匠が一言で答えた。
「――幽霊船だ」




