第2章 7
◇
岩陰から、ぞろぞろと山賊たちが姿を現す。その数は全部で二十人ほど。剣や斧、鉈や棍棒を持った男たちが修一たちを取り囲み、その中には昨日の三人の姿もある。
「……!」
ノーラは、突然現れた男たちを見て思わず身を竦ませた。昨日の恐怖が蘇ってしまい心臓が早鐘を打つ。
気を抜けばうずくまりそうになるが、修一が自分の前に立って堂々としているのを見てなんとか堪えた。
そして、修一の正面に立つ一際背の高い男が、二人に話しかけてきた。
「よく分かったな、俺たちがここにいるって」
「そりゃあ、あれだけ敵意をむき出しにされたら猿だって分かるさ」
「はは、なるほどな」
修一は周りの男たちを見回し、目の前の男がこの集団の中で一番の実力者だろうな、とあたりをつけた。
「あんたがこの連中のボスか?」
「そうだな、こいつらは俺のことをお頭って呼んでるな」
「それで? 俺たちに何の用だ?」
「分かり切ったことを聞くんじゃねえよ」
お頭と呼ばれる男は修一をジロリと睨んだ。男の身長は百九十センチメートル近くあり、百七十五センチメートルの修一を見下ろすような格好になる。
「あんたにはウチの連中がお世話になったみたいだからな。悪いがここで死んでもらう」
ノーラは、男の言葉にビクリと体を震わせるが、修一は全く気にした様子もない。
「死んでもらう、ねえ。昨日の三バカに何言われたか知らないが、二人相手にこの数はビビり過ぎじゃないか?」
「何だと!!」
挑発するような修一の言葉に、剣を奪われた男が咆える。三バカと言われたのが許せないようだ。
「この数相手にそんな生意気が言えるとはいい度胸だ、糞ガキが。
なあに、そろそろ俺たちもここを離れようと思ってな。アジトを引き払って全員で移動することにしたんだ」
「ふーん、俺を殺すのはそのついでってことか」
「そうさ。お前を殺すのなど俺一人で十分だが、逃げられても面倒だからな」
そう言ってお頭は剣を引き抜く。周りを取り囲む男たちは、武器を持っているものの、手を出すつもりはないようだ。
その様子を見た修一は一つ頷き、目の前の男に問う。
「なあ、アンタ」
「何だ」
「俺を殺したとして、ノーラはどうするつもりなんだ?」
「はあ?」
剣を構える男は、ニヤニヤと笑いながら周りの味方たちを見回し、それに釣られて男たちも笑い始める。
「心配しなくてもお前を殺した後は一緒に始末してやるよ。まあその前に、時間が許す限りみんなで楽しませてもらうがな」
そうして、下劣な笑みを浮かべる目の前の男に対し、修一はこれ以上の会話は無意味だと判断した。
まあ、分かりやすくていいかな、とも思うことにする。
「そうかそうか分かったよ。――ノーラ」
後ろにいるノーラに声を掛けつつ剣を抜く。
しかしノーラは、返事をしようとして声に詰まる。緊張で喉がカラカラに乾いているせいか、うまく声が出なかった。
そんなノーラの様子を感じた修一は、目の前の男に意識を置きながらも、僅かに振り返り、自信に満ちた顔で笑ってみせた。
「そんなに怯えるなよ、――ノーラには指一本触れさせねえからさ」
「っ! は、はい!!」
「おらあ!!」
ノーラの返事と同時にお頭は修一に斬りかかった。
修一は素早く前に向き直り、振り下ろされる剣を躱すと同時に右手に持った剣を振り上げる。
自分の初撃を躱されたと分かったお頭は、修一からの反撃を予測し一歩下がる。振り上げられた剣が目の前を通過した後、再び踏み込み、今度は水平に剣を薙ぐ。
振り上げた剣を体の傍に引き戻しながらお頭の剣戟を防ぐと、修一は自らも踏み込みつつ、相手の腹部の向けて膝蹴りを放つ。
膝蹴りを喰らったお頭はその衝撃で後ずさりするも、強靭な腹筋に阻まれてダメージはほとんど入っていない。
お返しとばかりにお頭は右足で中段蹴りを繰り出すが、修一は剣の腹で蹴りを防ぐ。
更にお頭は剣を二度三度と振るうが、修一はことごとく剣で防いでしまう。
「なかなかやるじゃあないか!」
「うるっせえ! ノーラ、もう少し下がってろ!」
お頭の勢いに押し込まれそうになった修一は、ノーラが巻き込まれないように大きく剣を振るいながら前に出る。
ノーラに下がれと言ったが、周りを敵に囲まれているため下がらせすぎると敵に捕まるおそれがある。
目の前の男の攻撃がノーラに当たらないように捌きつつ、ノーラから離れ過ぎないように距離を調整する。
修一は、目の前のお頭と周りの男たち全てに気を払いつつ、ノーラと自分の身を守るために立ち回っている。
当然、お頭もその事実には気付いているのだが、それでも攻めきれずにいる。
何度斬りかかっても剣を使って捌かれるうえ、力ずくで押し切ろうとすれば狙い澄ましたかのように急所を狙って剣を突き出してくるため、迂闊に踏み込むことも出来ない。
しかも。
――――パチン
「っ!!」
お頭の僅かな隙をついて、右手で指を鳴らす修一。
お頭が素早く身を引くと、目の前の空間が一瞬だけ燃え上がる。
近くの木から飛んできた木の葉を燃やしたのだ。
昨日の夜にこの事を三人から聞いていなければ、今の技を喰らっていただろう。
魔術のような技を使うのだと聞いたときは半信半疑だった。
通常魔術というものは、詠唱や体の動き、若しくは何らかの道具などを用いて使用するものだ。
お頭も、昔戦場にいた際に魔術師の使う魔術を見ていたので、発動には一定の時間が必要だと知っている。
しかし、修一の技は指を鳴らすだけで発動しているため、避けるのが非常に難しい。
そして、それを剣術と組み合わせ、相手の隙を作るために使っている。
少なくとも、実戦の場で十分に通用するほどの技術を目の前の若造は使いこなしている。それどころか、周囲全てに意識を向けながらも自分の攻撃を一度も喰らっていないのだ。
――ふざけるんじゃねえ。
お頭と呼ばれる男は、今は山賊として活動しているとはいえ十年以上傭兵として戦ってきており、戦いの中で自分の身を守ってきたのは自分の実力だと信じている。
その自分の剣が、目の前の若造に当たらない。部下たちを束ねてきた自らの武力を、否定されているような気になってしまう。
いや、事実否定されているのだ。ふと周りを見渡せば部下たちも中々勝負がつかない現状に困惑している。俺が始末するからお前らは周りだけ囲んでいろと言った手前、ここでこれ以上の時間を掛けるのはマズい。
そう考えたお頭は、修一から少し離れ間合いを取る。
修一はノーラを庇っているため、お頭が下がっても追撃せずに剣を構える。
お頭は、剣を大上段に振りかぶり、力を溜める。
修一は、お頭の狙いを考えながら、攻撃を待つ。
そして。
「はあああ!!」
お頭が踏み込むと同時に修一目掛けて足元の土を蹴り上げた。
修一は、咄嗟に目を庇うように腕を振るうが、それは大きな隙となる。
――もらったあ!!
お頭は、その隙を見逃さず全力で剣を振り下ろした。
「シューイチさん!!」
ノーラの悲鳴が響き。
次の瞬間には脳天に直撃するだろう。
誰もが、お頭さえもがそう思った。
だが。
「――油断したな?」
修一は、腕を振るう動きそのままに、体を回転させながら、振り下ろされる剣をまるで見えているかのように紙一重で躱すと。
全力で剣を振り下ろしたせいで無防備になったお頭の脇腹目掛け、回転する勢いを乗せて剣を水平に振り抜いた。
「がっ、――あああああああ!?」
修一の剣戟をまともに喰らうお頭。
血反吐を吐きながら数メートルほど吹き飛び、周りを囲う山賊たちの何人かに突っ込んでいった。
誰もが信じられないといった顔でその様子を見ていた。
誰一人として言葉を発する者がいない。
その中で、
「――危ねえ、思わず殺しちまうところだった」
と言った修一の言葉が響き、
「ごあっ! はあぁあ、はあ、はあ……」
と、お頭が苦しげな声を上げた。
「お頭!!」
いち早く我に返った男がお頭に駆け寄る。確かに剣で斬られたはずなのに、お頭の体は斬られていない。少なくともアバラが何本か折れているのだろうが、それだけだ。
男には理由が分からない。憎い男が使っている剣は、間違いなく昨日、自分が奪われた剣だ。傭兵時代からきちんと手入れをしてある。斬れないという事はないはずだ。
「刃引きをしといて良かったよ」
修一の声に、男が自分の物だった剣に目を向ける。よく見てみれば、両刃のはずだった剣の片側は、刃が欠けたり歪んだりしていた。あれでは、とうてい物を斬れるような状態ではない。
修一は、山道を登る途中で見つけた大岩に対し、剣を何度となく打ち付け、こすり付け、叩き付けたうえで片側の刃を潰していたのである。
これは、山賊たちからの襲撃があった際に剣で対応しても相手を斬らぬようにするための安全策である。
いちいち気を遣うのが面倒だったのだ。
そして修一は、お頭が生きてはいるが戦えるような状態ではないと判断すると。
「ノーラ、行くぞ」
と言って、峠に向かって歩き始めた。取り囲んでいた男たちは、修一が近づいてきたのを見て思わず道を空ける。
「ま、待ちやがれ!」
そんななか、剣を奪われた男が修一を呼び止めた。
足を止めて、修一は問い返す。
「なんだよ、今度はお前がやるのかよ?」
「違う、なんで、そんな剣を使ってやがるんだ」
修一は剣を鞘に納めながら答える。
「うん? なんでって、お前らを殺さないためだよ。分かり切ったことを聞くなよ」
「なっ……」
修一は体ごと振り返り、問いかけてくる男に正対した。
「お前らさ、俺の事殺すとかなんとか言ってたけどさ、よくそんな事が平気で言えるよな。
ここでは、人の命ってのはそんなに軽いものなのか?
――――俺は人を殺さない。何があっても、だ。
これはあくまでも俺の持論だが、」
そこで一度言葉を切った修一は、額の傷を指でなぞりながら続きの言葉を発する。
「人殺しは人間のクズだ。
俺は、そんなクズが、大嫌いだ」
「っ!!」
その言葉を聞いた男は、今まで傭兵として働き、大勢の敵を斬ってきた自分や仲間の事を侮辱されたように感じ、屈辱と怒りで顔を歪める。
男は、ギリギリと奥歯を噛み締めながら修一を睨むが、修一は再びノーラに呼びかけ、慌てて駆け寄ってくるノーラとともに、男を無視して峠に向かって歩き始めた。
そして、山賊たちの包囲を抜ける際、修一は近くにいた若い男に対して告げる。
「お前らがどこへ逃げても気にしないけどよ、俺の後を追ってくるなら今度は容赦しないぞ」
不機嫌さを滲ませながら、念を押すような言葉。
若い男は、恐ろしさに頬を引きつらせながら無言で頷くことしかできなかった。