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第6章 11

 ◇




「そういえばレイちゃん!」

「…………なに?」


 頭上・・からのタツキの声に、レイが返事を返す。

 レイの隣には、心配そうな顔でタツキを見上げるアルがいて、その少し後ろでは、メイビーとクリスが三人の遣り取りを眺めていた。


「聞きたいことがありました! 聞いてもいいですか!」

「…………いいよ」

「ありがとうございます!」


 そう言って、タツキは木の枝からピョンと飛び降りた。

 目の前に降りてこられたアルが、少しだけ驚いて後ずさりした。



 数分前に宿を飛び出していったタツキたちは、宿の近くにあるこじんまりとした空き地にやってきていた。

 特に遊べるようなものなど置いていなかったが、適当な広さがあれば、子どもというのは勝手に遊びだすものである。

 現にタツキたちは、空き地に着いて早々、空き地の隅に生えていた大きな木を見つけると、そこに向かって走り出した。

 そしてドングリに似た木の実が足元に沢山落ちているのを見つけ、誰が一番大きい木の実を探せるかの競争を始めたのだ。

 最初は三人仲良くしゃがみ込んで探していて、手とか服とかを土に汚しながら楽しそうに木の実を拾っている少年少女に、メイビーは微笑ましいものを見る目で、クリスはアルが服を汚しているのにちょっとだけ呆れを交えた目で、見守っていた。

 するとしばらくして、落ちているものを拾うだけでは満足できなくなったタツキが、木を登って木の実を集め始めたのである。


「…………おおー」

「お、落ちたら危ないよぅ……」


 レイは、スルスルと大木を登っていくタツキを羨ましそうに眺めていたし、アルは、心配そうな声を出してタツキを引き止めようとした。

 タツキは下から見上げてくる二人の声を聞き、笑顔で手を振ってから、枝の先に進んでいく。

 なるべく大きい木の実を見つけようとしているようだ。


「落ちそうになったら助けようと思ったけど、必要ないかなあ」

「アルを心配させるのは、いただけないけどね」


 メイビーとクリスは肩を並べたまま、元気一杯なタツキに視線を向けている。

 肩が、並ぶようだ。

 メイビーとクリスの身長は、ほとんど差がないのである。


 そして、ある程度枝の先でゴソゴソしていたタツキは、ふと思いついたかのように冒頭のセリフをレイに投げ掛け、枝から飛び降りてレイたちの前に着地したのである。


 その身の軽さを見ていたメイビーが、ヒュウと口笛を吹いた。



「レイちゃんのお父さんって、本当のお父さんなんですか?」


 そうして放たれたタツキの問い掛けに、レイは少しだけ驚いたように目を見開いた。

 感情をあまり顔に出さないレイにしては、珍しい反応であった。


「…………ううん」

「……へっ?」


 一拍置いて首を横に振り、その返答にアルが不思議そうな声を出す。

 アルは、修一がレイの父親だという話を普通に信じていた。

 そもそもが、疑うような話ではない。

 お互いに親子のように振舞っていたし、他の誰もそれを否定していない。髪の色は違うが瞳の色は一緒だし、顔立ちも、親子だと言われれば「ああ、確かに」と思える程度には、似ているからだ。


「やっぱり! 何かトクベツなジジョウがあるのですね!」

「えっ? えっ? そうなの、レイちゃん?」

「…………うん」


 だからレイの返事には驚いた。

 本当のお父さんじゃない、というのは、どういうことなのだろう、と。


「その、トクベツなジジョウは、聞いちゃダメですか?」

「…………」


 タツキの更なる問い掛けにレイは、悩むように口を閉ざす。

 アルも若干興味があるようで、そんなレイを見つめていた。


「…………」


 しかしレイはまだ、両親の事について、完全には折り合いが付いていないのだ。

 いつかは乗り越えなくてはならない、と漠然とした思いはあるが、それは、まだまだ五歳の少女に出来ることではなかった。


「タツキ君」

「あ、お姉さん」


 だからメイビーは、少年少女の間に割って入った。


「女の子が言いたくないことを、むやみやたらと聞くのは良くないよ?」

「? どうしてですか?」


 叱るというよりは、アドバイスをするようにそう告げたメイビーに、タツキは純粋に疑問を覚え、理由を問う。

 くりくりとした黒い瞳は、真っ直ぐにメイビーに向けられていた。


「女の子はね、秘密があったほうが綺麗に見えるものだからだよ」

「!!」


 そしてその言葉を聞いた途端タツキは、まさしくこの世の真理を教えてもらったかの如く驚きをあらわにして興奮した。


「お、おおお!! す、スゴイです! カッコいいです!」

「へへー、でしょでしょ?」


 メイビーに向けていた視線に、キラキラとしたものが混じる。

 今のタツキは、メイビーの発言に心底感動していた。尊敬しているといっても良かった。

 メイビーは内心で「この子単純だなあ」と思った。

 もっとも、この言葉自体は母親であるフラジアからの受け売りであり、メイビー本人も、この言葉を教えて貰った時には今のタツキと同じようなキラキラとした目で母親を見つめていたりしたのだが。


「分かりました! それならレイちゃんの両親についてはもう聞きません! そのヒミツがあった方がレイちゃんがキレイになるということですもんね!」

「うん、そういう事だよ」


 メイビーの適当な返事を受けて、タツキはくるりとレイに向き合った。


「レイちゃん、女性はだれでも美しくなるケンリがあると、先生も言ってました。だから、レイちゃんのヒミツはヒミツのままにしておきます!

 僕も、レイちゃんがキレイになってくたらうれしいですし!」

「…………ありがとう」


 幾分ホッとしたようなレイに、アルが申し訳なさそうにする。


「あの、ゴメンね、イヤな事聞いちゃって、……怒ってる?」

「…………おこってない」


 その言葉を聞いて、アルもホッとした。

 もし、自分が同じ立場で、同じような事を聞かれたら、やっぱり悲しい気持ちになるだろうな、となんとなくそう思ったのだ。


「…………あるには、……おとうさんも、おかあさんも、……いるの?」

「えっ? うん、お父さまもお母さまも元気だよ、今日も協会でお仕事してると思う」

「…………そう、……だいじに、してあげてね」

「! ……うん」


 悲しそうな顔でそう言われ、アルは大きく頷く。

 その様子をなにやら沈痛な面持ちで眺めていたクリスは、レイのために、無言で祈りを捧げた。

 そこには、一人の敬虔な神の僕がいるのみであった。



「ところでお姉さん」

「なにかなタツキ君?」

「女の人はヒミツがたくさんあると、それだけキレイになるのでしょうか?」

「そうなんじゃない? 多分だけど」

「それでは、ノーラさんにはたくさんのヒミツがあるのでしょうか?」


 その言葉の意味を正確に読み取ったメイビーは、首を横に振る。


「いやあ、ノーラはそんなものなくても美人だから」

「なるほど!」

「……ちなみに、僕にはどれくらいヒミツがありそうかな?」

「二つです!」


 タツキは邪気のない笑顔で言い切った。

 メイビーはしばらく悩んだが、そもそも基準となるべきものがない以上、悩んでも無駄だと悟る。

 そこで、他の者にも聞いてみることにした。


「クリスライトくーん」

「えっ!? は、はい……?」


 レイのために祈りを捧げていたクリスは、いきなり名前を呼ばれてびっくりする。


「僕ってヒミツがありそう?」


 そしてそんな事を聞かれたのだが、はて、と首を傾げた。

 要は、多ければ多いほど綺麗だということになるのだが、直前の会話を聞いていなかったクリスは、自信満々な態度で答えてしまった。


「メイビーさんは秘密なんてなさそうですね」


 それはクリスの本心であったし、彼なりにメイビーを褒めたつもりだった。

 それが、相手に伝わるかどうかは別としても。



「……へー、ふーん、クリスライト君はそう思うんだあ?」



 そしてメイビーは、露骨に不機嫌そうになった。

 クリスは、メイビーの態度が急変したことに大きく狼狽えた。


「へ? あの、何か、変な事言いましたか?」

「べっつにー? 正直な意見が聞けて良かったなー、って思ってるよー」

「??」



 拗ねたように頬を膨らませるメイビーと、それを見て慌てふためくクリス、タツキはそんな二人の遣り取りを見てニコニコと楽しそうに笑っていた。




 ◇




「…………あれ?」

「おやおや?」

「どうしたの、二人とも?」


 大人気なく拗ねたままのメイビーに、クリスがあたふたとしながら謝罪しているのを眺めていた年少組の三人であったが、レイとタツキが何かに気付いたような声を出し、釣られたアルが二人に問い掛ける。

 果たして二人は、同じ方向を指差しながら、問いに答えた。


「…………おとうさんが――」

「シショーが来てます! レイちゃんのお父さんと一緒ですね!」

「…………」


 レイは、言いたいことをタツキに言われたため、むっつりと口を閉ざした。

 ヒトが話してるのを邪魔しないでよ、くらいのことは思ったかもしれない。


「あ、本当だ、ノーラさんもいるね、こっちに来てるけど、何の用だろう?」


 アルも、こちらに向かって歩いてきている修一と師匠を発見し、そう呟いたが、なんだか様子が変だな、とも思った。

 ピリピリとしているというのだろうか、こう、まるでケンカしているときのような、そんな不穏な空気が漂っていた。

 レイやタツキもそれに気付いたらしく、二人揃って首を傾げている。


 やがて無言のまま空き地に入ってきた修一と師匠、その少し後ろを難しそうな顔をしているノーラが追従し、同じように空き地に入ってくる。

 そして、こちらを不思議そうに見つめてきている子どもたちと目が合うと、無言のまま目を逸らした。


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったメイビーが、先程までの様子から一転して、真剣な顔でノーラに近寄った。


「ノーラ、一体何があったの?」

「……シューイチさんと師匠さんが、戦うことになりました」

「ええ? なんで?」


 ノーラは、空き地の中央で向かい合ったまま睨み合っている二人を横目に見ながら、出来る限り簡潔に、事情を説明する。


「師匠さんが、シューイチさんの故郷について何か知っているかもしれない、ということが分かりました。

 そして、戦ってシューイチさんが勝てば、シューイチさんの質問に答えてくれるそうです」

「何それ、本当なの?」

「少なくとも、師匠さんはシューイチさんのご先祖様の名前を知っていました。

 他に何か知っている可能性は、十分にあります」


 ノーラとメイビーが言葉を交わしている間に、二人が構えを取った。


 それを見たクリスは、慌てたようにレイとアルの手を引いて(タツキは勝手に背中に飛び乗っている)ノーラに駆け寄ってくる。

 浮かんでいる表情は、困惑に近い。

 彼にしても、この二人が戦おうとしている理由が分からないのだろう。

 ほんの十数分の間に何が起こったんだ、と内心で考えている。


 手を引かれているレイとアルも、同様に何が起きているか分からないといった表情を浮かべており、唯一この場で能天気そうに笑っているのは、タツキ一人だけだ。


「シショー、ガンバってくださいねー!」


 そして手を振りながら師匠にエールを送る。

 師匠は返事をしなかったが、一瞬だけ、目線をタツキ向けた。

 タツキは、それだけで満足した。




「……おい、アンタ、弟子が応援してくれてるぞ、返事しなくていいのかよ?」

「必要はないな」

「そうかい」

「そもそも、だ」

「あん?」

「戦って勝つ、……それ以外に報いる方法はないだろう?」

「……それもそうだな」


 修一は、グッと両足に力を込める。

 拳は、握らない。

 白峰一刀流に、拳を使う技術はないからだ。


 師匠は、全身から力を抜いたようなゆったりとした立ち姿のまま両手を前に突き出した。

 空手道における前羽の構えに近い、と修一は感じた。

 この世界にも空手に似た武術はあるかも知れないが、それ以上に、やはりコイツは元の世界の事を知っているんだな、という感慨を抱かせた。


「修一よ」

「なんだ?」

「必要になったら、剣を抜け」

「……ああ?」


 それは言外に、剣を使わなければ勝てないぞ、と言われたようなものだろう。


「遠慮はいらん、ワも、必要になったら抜く(・・)

「……武器を持ってるように見えないが?」

「そう見えるか?」


 師匠に問われ、修一は丁寧に師匠を観察するが、少なくとも、判る範囲では、武器を帯びているとは思えなかった。


 ――何か、暗器でも持ってやがるのか?


「さて」

「……!」


 修一の思考を遮るように、師匠が言葉を吐いた。


「折角だ、名乗ろうか。

 ――『達法(たっぽう)』、……ジョー・サイン」

「……『白峰一刀流剣術』師範代、白峰修一」




 戦いが、始まる。




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