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第6章 2

 ◇




 修一が拘束を解くとメイビーは、いつの間にか取り落としていた小剣を拾いその場で中位回復光魔術を行使して足の怪我を治した。

 そして模擬戦の終了とともに心配で近寄ってきていたヘレンに飛び付いた。


「うわあーん! ヘレンちゃーん!!」

「わわ、メイビー!?」


 修一の関節技がよほど痛かったのか、メイビーは抱き付く際に右腕を動かせていなかった。

 それに気付いたヘレンは、よしよしとメイビーの頭を撫で、それからむすっとした表情で修一を睨んだ。


「やり過ぎ、……じゃない、ですか?」

「そうだな、そうかもな」


 修一は平然とそう答えた。

 ヘレンはさらに不機嫌そうになる。


 彼女は、折角出来た新しい友人が徒に痛め付けられたのだと、そう感じたのだ。

 修一はそんなヘレンに対し、真顔で弁解を行う。


「でも、模擬戦の話を持ち出してきたのはメイビーの方だし、それに、あれだけ本気で構えてくれたのに手を抜くというのも、武術家として失礼だと思ったんだよな」

「……それは、」


 言い淀むヘレンに、修一は「それになあ」と続けた。


「俺も結構痛かったしな、多分、どっこいどっこい位だと思うぞ?」


 そう言って服を捲ると、鳩尾の少し下辺りにくっきりと青アザが浮かんでいた。


「あー、やっぱりアザになってる」

「っ……!」


 それを見たヘレンは一瞬で先程までの不機嫌さが消え、代わりに心配そうな表情になった。

 心根の優しい子なのだろう。


「大丈夫なんですかシューイチさん?」

「…………おとうさん、けがしたの?」


 修一の青アザを見たノーラとレイも、心配そうに声を掛けてくる。

 修一は何でもないことのように言ってのけた。


「ま、これくらいの怪我はしょっちゅうしてたからな。そんな騒ぐことじゃない。実際、メイビーの方が痛かっただろうし」

「そうなんですか?」


 実のところ、この世界に来てから受けたダメージの中でも最大値なのだが、それでもそこまで気にするほどのものでもない。

 痛いものは痛いが。


「まあ、メイビーがここまでやるとは正直思ってなかったし、嘗めてたといえばそうなんだろうな。だから、痛い目に遭った。それだけの事だよ」


 修一はそう言うと、ヘレンに抱き付いたままのメイビーに呼び掛ける。


「メイビー」

「……なにさ」


 若干不貞腐れたようなメイビーであるが、修一は構わずに続ける。


「全体的に、技の切れと鋭さはいい。

 が、素直過ぎて読みやすいし、なにより軽い」

「……」

「それに、俺が小剣以外にあんまり気を払ってなかったの、気付いてたろ?

 やっぱり小剣術以外の攻撃は怖くないんだよな。蹴りの威力も悪いわけじゃないけど、耐えられない程でもないから牽制くらいにしか効果がないし、もっと頑丈な奴なら、最初から全く気にしないだろうな」

「……」

「そもそも、メイビーは魔術と小剣術を複合的に使うのが基本戦術だろ? 魔術で距離を取りながら隙を窺い、防御されないタイミングで斬り込む。

 となると、魔術を使えない状況ではその戦力は半分以下になる訳だ。

 俺に勝てる筈がない」

「……シューイチだって剣を使ってないじゃん」


 修一がつらつらと述べる戦評を聞いて、メイビーが不満そうに言い返した。

 流石に、素手の修一に負けたのは収まりがつかないのだろう。

 しかし修一は、淡々とその辺りの説明を行う。

 メイビーの文句を予め予想していたようだ。


「ウチの流派は、剣が有ろうと無かろうと戦えるように出来てるんだよ。

 メイビーの使う魔術と小剣術はあくまで別々の技術だが、俺は剣を使うのも素手で戦うのも同じ技術で、本質的に変わりはない。

 だから、どちらでも戦える。勿論慣れ不慣れはあるけどな」

「……はあ、よく分からないけど、分かったよ」


 メイビーは、今の説明で凡そ理解出来ていたのだが、負けて気分が悪いときに小難しい事を言われても素直に聞き入れる事は出来そうになかったため、そんな風に言って誤魔化した。


 なにより、負けたのだ。

 その事実以外は、彼女にとってそこまで価値を持つものではなかった。


「あ~あ、晩御飯のおかず、一品取られちゃった」

「まあ、約束は約束だから、ありがたく頂くよ」



 カブから剣を返してもらった修一が、嬉しそうにメイビーの肩を叩き、宿に向かって歩き出した。




 ◇




 本日の宿にも当たり前のようにシャワーが備え付けられていないため、各人が、ノーラとテリムに軽洗浄魔術を使ってもらい入浴の代わりとした。


 メイビーは、修一に負けたのがよほど悔しかったのか、他の皆が宿に帰った後もヘレンと二人で特訓をしていたらしく、日が沈み、夜になるギリギリまで宿に帰ってこなかった。


 やがて汗だくで帰ってきた二人は、先に食堂に降りてきていたテリムに魔術を使ってもらうと、そのまま席に着いて夕食開始を待ったのだった。


 夕食は、村のすぐ近くを流れる川で釣れる鮎に似た川魚と、同じく川岸で捕れる沢蟹を使ったものであった。


 なかなか美味しい、と修一は素直にそう思った。


 なんでも、カブたちの故郷の村でも同じ魚が獲れるらしく、「この魚の上手い食い方を今度教えてやるよ」と、カブが焼いた魚に齧り付きながら嬉しそうに言っている。


 修一はそんなカブの言葉に頷きながら、メイビーから巻き上げた焼き蟹をバリボリと噛み砕く。

 この種類の蟹は、殻ごと食べるものらしい。

 固めの煎餅宜しく、歯応えのあるそれを咀嚼していると、隣に座るレイが服の裾を引いてきた。


「…………おとうさん」

「ん、どうした?」

「…………かたくてたべにくいから、あげる」


 焼き蟹は、レイのお気に召さなかったようだ。

 修一は好き嫌いをしないように注意しようかとも思ったが、確かに子どもには食べにくいかもしれないと思い直すと、差し出されたそれを受け取った。


「メイビー、優しいレイがこれをくれたけど、いるか?」

「いるに決まってるじゃん、ありがとねー、レイちゃん」

「…………うん」


 本当は、美味しそうに食べていた修一に食べてもらいたくてあげたのだが、メイビーがニコニコとお礼を言ってくれたため、レイは、それでもいいかと思うことにした。


「テリム、まだ骨は取れないのかい?」

「もうすぐですよ、だから、肩を掴んで揺するのは止めて下さい」

「ウール、お前はいい加減に骨ぐらい取れるようになれよ……」


 カブが心底呆れたように呟くが、ウールは一切聞こうとしてない。

 馬の耳に念仏状態である。


「……ほら、出来ましたよ」

「流石テリム、手先が器用だね」

「こんなことで誉められても嬉しくありません」


 テリムの疲れたような嘆きをウールは聞こうともせず、魚を食べ始めた。


「ヘレンは食べ方が綺麗ですね」

「……そ、そうかな? ……えっと、ノーラさんも上手、ですね?」


 ノーラに食べ方を誉められたヘレンは、いきなりの事に狼狽えた。

 その横でウールが、折角綺麗に骨取りをしてくれた焼き魚をぐしゃぐしゃにしてしまっていたため、余計にそう見えたのだろう。


 まあ、ウールは食べ方は雑だが横で見ていて実に美味しそうに食べるため、あまり嫌な顔はされないらしい。


 無論、好き嫌いが多いのは良くないのだが。




 食事後、レイを連れて自室に戻った修一は、手荷物の中から折り紙を取り出した。


 マリーの為に千羽鶴を折ったときの残りであるそれをレイの前に持っていくと、レイは不思議そうに首を傾げる。


「…………?」

「レイもやってみるか?」


 早くも眠そうにしていたレイは、修一が持っている折り紙を見てもそれがどういったものなのか知らないため、首を傾げたまま動かない。


 その様子を見て修一は、実際に見せた方が早いだろうとか、と思い、束の中から一枚引き抜くと、それを折り始めた。


「…………!」


 最初は何をしているのかよく分かっていなかったレイであったが、それが段々と何かの形になっていく様子を見て、徐々に興奮してくる。


 やがて完成したのは、実際に飛び跳ねるカエルであった。

 以前折った時にメイビーが楽しそうに遊んでいたのを思い出し、それにしたようだが、レイは予想以上に食い付いた。

 レイは、修一から手渡されたカエルを床に置いて指で押す。


「!! …………おおー」


 ピョンと跳ねるカエルに、普段よりも感情を表に出して喜ぶレイ。

 そんなレイに新しい紙を渡すと修一は、自分が隣で折ってみせながら折り方を教えていった。


 初めての事でなかなか上手く折れないレイが、それでも四苦八苦しながら折り紙を完成させると、修一は手を叩いて誉めてあげた。


 それに気を良くしたレイはさらに他の折り方を教えてほしいとねだり、修一は嬉々として教えていった。


 千羽鶴を折ったときの残りであり、それ以降補充していないため残りの枚数が心許ないのだが、修一は気にせずレイに紙を与え続ける。


 やがて元々眠たげにしていたレイの瞼が自然と閉じていき、そんなレイをきちんとベッドに寝かせると修一は、レイの寝顔と折り紙を一瞥し、ぽつりと呟く。


「メイビーよりは、センスがあるな」



 直後、なんだか親バカみたいなことを言ったな、と自嘲しつつも修一は、非常に満足そうに鼻歌を歌いながら作った作品を机の上に並べていくのであった。




 ◇




 空けて朝。

 朝食後しばらくしてから村を出た修一たちは、馬車に乗って過ぎ行く景色を眺めながら、のんびりとしていた。


 昼ごろには次の目的地であるファステムに到着できるところまできており、特に障害となるような事件が起こることも魔物が現れることもない。


 ブリジスタ国内における交通及び流通、商売の中心地であるファステムは、首都に程近いという立地もあって定期的に騎士団が警戒にあたっているのだ。


 この国は首都近郊の町村において、第四騎士団以外の騎士団が、その勇名と実力をもって魔物や盗賊などを排除しているため、首都に近ければ近いほど、基本的に治安は良い。


 勿論人の多い町ではそれ相応の問題は起きているが、少なくともそれは、人によって起こる犯罪や社会問題などがほとんどで、人外の化け物による騒動などは年に数える程度である。


 よって修一たちは無用な戦闘によって疲労することもなくその行程を進めることが出来ているのであった。


 さて、そうなった場合彼らが何をしているのかといえば、それはまちまちである。


 武器の手入れをしている者とか、普段の行動に似合わず熱心に神に祈っている者とか、教えてもらった折り紙を一緒になって折っている者とか、まあ、まちまちだ。


 その中でレイは、胡座を掻いた修一の脚の上に座り、修一にもたれ掛かった状態で足をぱたぱたさせていた。


 おそらく、暇なのだろう。

 揺れる馬車の中でも器用に紙を折っているノーラやテリムと違い、レイは上手く紙の角を合わせられない。


 だから折り紙は出来ず、かといってやることのないレイは、修一に構ってもらおうと考え、先程からずっと修一の上に座っているのである。


 修一は、それ自体は特に何でもないことだと考えているため、レイの望むままに頭を撫でたり遊んであげたりしていたのだが、時折、折り紙をしているノーラが何とも言えないような表情でこちらを見てきたりしていたので、何事だろうと首を傾げた。


 それが、修一にスリスリと甘えるレイへの羨望であるということは、ノーラ本人すらもはっきり自覚していないため、それを口にすることはなかった。

 しかし、レイが甘える様子を目の前でこれだけ見せつけられると、ノーラとしても少しだけ不満に思うのだ。


「先輩?」

「……え? あ、はい、何ですか?」

「そんなに折ってしまうと、後で開くときに見映えが悪くなるのでは?」

「あ……、」


 テリムに指摘され、ノーラは慌てて手を止めた。

 それから、恥ずかしそうに新しい紙を手に取るノーラを見てテリムは、一つ頷くと、修一に声を掛けた。


「先生」

「おう、……まだそうやって呼ぶつもりなのか?」


 修一が若干呆れたように問うが、テリムとしては何年経とうがこの呼び方を続けるつもりである。


「ちょっとこっちに来ていただけませんか?」

「分かった、レイ、ちょっと下りてくれ」

「…………ん」


 そうして呼ばれるままにテリムとノーラの隣に行き、手元を覗き込む。


「なんだ、折り方で分からないところでもあるのか?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

「じゃあ、どうしたんだ?」


 テリムは、いかにも当たり前の事として聞こえるように気を付けながら、用件を伝える。


「何も聞かず、先輩の頭を撫でてあげてください」

「あん? こうか?」

「!?」


 いきなりのテリムの提案に、何かを言う暇もないまま頭を撫でられたノーラは、そのままの状態で動きを止めた。


「なあ、これが一体――」

「じゃあ次は、手櫛をいれるみたいにしながらお願いします」

「……ほいよ」

「っ!? あ、あの!! ひぁっ!」


 ようやく動き出したノーラであったが、修一が手櫛を入れ始めた途端可愛らしい嬌声をあげた。

 その反応に戸惑いつつも修一は、声の感じからノーラが喜んでいるのだと察した。

 そのまま無言で手櫛を入れ続けていると、耳まで赤く染めたノーラが、俯きながら気持ち良さそうに目を閉じていた。


「気持ち良いのか?」

「……はい」


 赤い顔のまま、ノーラは小さく頷いた。


「そうか、それなら日頃のお礼を兼ねて、もうちょっと続けようか」

「……お願いします」



 その後は、痺れを切らしたレイが修一に飛び付いて、自分も撫でてと言わんばかりに頭を擦り付けてくるまで、ひたすらノーラの髪を梳き続けた。

 修一は、こんなことで本当に気持ち良いのかよ、と若干疑問に思っているようだが、ノーラからすれば気持ち良いのである。


 最後の一櫛が終わり、今度はレイの髪を梳き始めた修一。



 ノーラは先程とは違い、修一とレイのふれあいをにこにこと見守ることができていたのだった。




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