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第2章 6

 ◇




 翌朝、ノーラは日の出とともに起き出した。

 寝袋から抜け出し小さく伸びをすると、修一が挨拶をしてくる。


「おはようさん」

「あ、おはようございます」


 そう言いながら欠伸をするノーラに対して、修一は借りた毛布の上に座り、昨日手に入れた剣の確認をしていた。

 軽く確認した限りでは目立った錆などは見当たらず、きちんと手入れされていたことが窺えた。剣そのものはおそらくどこにでもあるような量産品だろう。両刃で全長が一メートル程度、鉄製で飾りのない実用的な剣だ。


「それって、山賊たちから奪った剣ですよね」

「山賊から貰った(・ ・ ・)剣だな」


 微妙に訂正しながら答える修一。


「これからは首都に着くまでノーラの護衛をするわけだからな。そのための武器はきちんとしておかないと」


 そうして剣の柄を握り、ゆっくりと振ってみせる修一。座ったままであったが、素振りをする動きに無駄はなく、素人のノーラが見てもそれなりの実力を持っている事が分かる。


「綺麗ですね」

「分かるのかよ?」

「私にも分かるくらい、って事ですよ」

「ふむ、まあ実家が道場をやってるからな。嫌でも上手くなるさ」


 その後も修一は剣の重さを確かめるように素振りを続け、納得したように頷くと抜身の剣を持ったまま立ち上がった。


「近くに、堅そうな岩とかないかな?」

「岩ですか? 山に入ればいくらでもあると思いますけど」

「それもそうか」


 それから修一は、剣を鞘に納めると、額の傷を指でなぞりながら、


「さあ、飯食って準備して出発しようぜ」


と言ったのだった。




 二人が通ろうとしている山道は、いくつかの山が連なった内の比較的標高の低い部分を通るように作られている。


 この山脈は、高くても千メートルに届かないような山が南北に連なり伸びているものだが、この山脈を迂回するとなれば南下して海岸沿いを通るか、北上しパナソルの北側の国境に沿って移動することになる。

 どちらのルートも道が整備されておらず、迂回するとなれば時間が掛かるうえ、道中に町や村もほとんど存在しないことから、普通の人間は迂回しようとは思わない。


 隣国のブリジスタに向かうのであれば、山道を抜けベイクロードという町を通るのが一番速いのだ。

 ベイクロードは、隣国への街道を中心に山脈西側の国境線に沿って町が作られており、ブリジスタ方面からパナソルに向かう者にとっては関所のような働きを持つ。


 両国間の貿易はそれほど活発ではないが、それでもこの街道を利用する者は多く、町への立ち寄りと入国のそれぞれで税金を徴収できるベイクロードは、人と金の両方が流れ込む西の玄関口である。


 そしてベイクロードでは、少し前から頭を悩ませている問題がある。

 町から国の中心部に向かうためには、山脈を越えて東へ進まなくてはならないのだが、その山道に山賊が出没するようになったのである。


 今までも、人を襲うような凶暴な野生動物や、魔物や魔獣といったものが出没しており、その度に討伐してきたのだが、今回は少しばかり面倒が多い。


 今回活動している山賊は、元々どこかから流れてきた傭兵団が仕事に就くことができず食うに困って山賊になったという経緯があるのだ。

 そのため、戦闘力の高い者が多く、集団で活動することに長けている。

 さらに、襲うターゲットもきちんと吟味し、護衛の数や荷物の量によっては一切手を出さず、自分たちの存在を出来るだけ隠そうとしてきている。

 そして、一度襲い掛かれば荷物も命もすべてを奪いつくし、そこで行われた略奪が余所に分からないように隠蔽してきたのだ。


 それでも、命からがら逃げだした行商人などがベイクロードや中央部の街に辿り着き、山賊に襲われたことを兵士などに伝えることによって少しずつその存在が明らかになってきた。


 パナソル西部を管轄とする領主も、現在では大規模な山狩りをするために兵士を集めており、あと数日もすれば中央部からベイクロード方面に向けて領主軍として大量の戦力が投入される予定になっている。


 山賊たちからすれば、領主軍が向かってきた時点で荷物をまとめて逃げ出さなければならないはずだが、それを予測しつつもぎりぎりまで仕事をしようとしているあたり、領主のことを舐めているとも言えよう。


 そして、その山賊たちが現在目を付けているのが、若い男女の二人組である。

 女の方は、身なりの良さからそれなりに金目の物を持っていると思われるし、男に至っては、山賊たちの仲間数人を叩きのめしており、さらにはその内の一人から剣を奪っているという憎らしい相手なのである。

 山賊たちに、山賊としてのプライドがある訳でもないが、それでも傭兵として戦ってきた経験と戦闘力には自信を持っていた。

 だからこそ、自分たちをコケにした男を決して許すことは出来なかった。


 ゆえに山賊たちは、お頭と呼ばれる男の指揮の下、山道の物陰にひそみ、自分たちの獲物が通るのを息を潜めてじっと待っていたのだった。




 そして、その獲物として狙われている修一は、山道を歩きながらも、どこかピリピリとした空気が漂っているのを感じていた。

 例えるなら、ヤンキーの多い不良高校へ行ったらそこら中から不良がぞろぞろ出てきて自分たちを取り囲んだときのような感覚である。

 心当たりはあるとはいえ、こうも露骨に狙われるとなると少しばかりため息が漏れる。


 修一は、山道を登り始めてすぐに道の近くにあった大岩を使って細工・ ・を済ませており、そういう意味ではいつでも戦闘を行うことが出来るのだが、いかんせん、自分の後ろを付いてきている保護者兼護衛対象に負担をが掛かる。だから、出来れば見逃してくれないかなと思っていた。


 ちなみに、この山道を登り始める前に、二人は旅の間の約束事を決めている。

 その内容としては、

一 ノーラがスターツに着くまでの間、修一はノーラの安全を守る。

二 修一がノーラに同行する間の旅費はノーラが出す。

三 旅の間ノーラは、修一にこの世界の地理、歴史、常識、マナーなどの一般教養を教える。

四 代わりに修一は、ノーラに自分の世界の事について質問をされたら、分かる限り答える。

五 何か判断をすべき時は話し合いをするが、最終的な決定は年長者のノーラが決めて良いものとする。

といったものである。


 修一の立場からすれば、ノーラの護衛は首都に連れて行ってもらうことに対するお礼であり、報酬を求めるものではない。

 それに対しノーラは、護衛をしてくれるのだからその間の食費や宿泊費をだすのは当然の事だと考えており、それどころか、実家に無事に戻った際には、少なからず報酬を出そうとも思っている。


 また、お互いの情報交換は、この世界の事を何も知らない修一にとって絶対に必要なものであり、ノーラからすれば自らの知的好奇心を満たすために色々な事を聞いておきたいのだ。

 最難関と言われる賢者の学院を卒業したのは伊達ではなく、その知識欲は常人より大きい。


「なあ、ノーラ」

「なんですか、休憩したいのなら大歓迎ですよ。というよりも、シューイチさん歩くの早いです」

「ああ、すまん。それは気を付けるが、休憩じゃない」


 ノーラは額の汗を拭いながら、前を歩く少年に付いていく。

 登り始めた頃は自分が前を歩いていたはずなのに、いつの間にか抜かれてしまった。

 二か月間歩き続けてそれなりに体力が付いたと思っていたが、鍛えた人間にはまだまだ敵わないのだと既に悟ったようだ。


 もっとも、修一が前を歩くのは、嫌な気配を感じて警戒を強めたためであるが、そのことにノーラは気付いていない。


「ノーラってさ、今年まで賢者の学院とかいうところにいたんだよな」

「そうですよ、今年の三月に卒業して、四月五月とフェルトで片付けるべきことを片付けて、六月になって帰ろうとしたら馬車が出るのに三か月かかると言われて、月末には出発してました」

「そこってさ、何歳から何歳までいられるものなんだ?」

「入ろうと思えば、何歳からでも試験は受けられますよ。ただし、入試を受けるのも学院に通うのもそれなりにお金が要りますね。

 私は留学制度のおかげでそれほどお金はかかりませんでしたが。

 ちなみに、近隣諸国から毎年多くの入学希望者がやってきます。ここを卒業したというのは一種の名誉であり、大抵の国は卒業生を自国の研究機関や行政機関に雇おうとしますから」


 修一は、感心したようにノーラの話を聞いている。


「それじゃあ、ノーラもいろんなとこから声が掛かったんじゃないのか」

「はい、ただ私はブリジスタで就職先を決めようと思っていましたので、全部断るのに二か月近くも掛かってしまいました。特に、帝国の軍部の方がしつこかったですね」

「なるほどね。……ちなみに、二十三歳で卒業って早いの? 遅いの?」

「正確には二十二歳で卒業ですが……同期卒業の中では最年少でした」

「そりゃあ凄い。本当にエリートさんじゃないか」

「エリートさんって、何か馬鹿にしてません?」

「そんなことはないぞ」


 そんなやり取りをしながら歩く二人。そして、そろそろ峠に差しかかろうとした所で修一が足を止め、腰の剣に手を置く。



「さあて、そろそろ仕事をしようか。――隠れてるのは分かってんだ、出てこいよ」




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