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閑話 レイ 2

 ※ 本日二度目の投稿です。

 ◇




 その日のレイは、ここ数日間そうしていたように、宿に近付いて両親が帰ってきていないかを確かめていたのだが、その時たまたま、自分の足元に近付いてくる一匹の子猫を見つけてしまった。


「ニャー」

「…………!」


 元々遊びたい盛りである。

 小さくてふわふわしたその子猫を見たレイは、そこがどれほど恐ろしい場所であるかを知りながら、猫と遊びたい衝動に駆られてしまう。


 そして、慣れない生活によって体とともに弱っていた心は、その衝動を抑え切れなかった。


 宿からアレが出てこないか、一応気を付けながらもレイは、ちょっとだけなら大丈夫だろう、と考え、猫に話し掛ける(・・・・・)


 それは、端から見ればただただ猫の鳴き真似をしているだけのようにも見えるが、彼女なりに真剣に、猫とお話(・・)をしているのだ。


 そこでレイは、今自分が如何に大変なのかということを、自分の思うがままに話し続けた。


 子猫は、レイの話しなど興味無さそうにしながらも、レイの言葉に相槌を打つかのようにニャアニャアと鳴いてくれる。


 レイにとってそれは、誰にも打ち明けられない悩みと苦しみを懺悔しているようなものであった。


 だからこそ、いきなり背後から声を掛けられて驚いたのだ。


 自身の驚愕に合わせて走り去る子猫を悲しげに見送ったレイは、ゆっくりと振り返り、今自分に話し掛けた女性を見る。


 レイの記憶が確かならその女性は、今までこの村で一度も見たことのない人間であった。


 自己紹介を聞くに今日村にやって来た旅人だそうなので、レイの記憶に間違いはなかったし、それ故に、自分にいったい何の用だろうかと思う。


 というのも、この村の住人たちは、村の中でレイを見かけても全く話し掛けようとしないのだ。


 村で起きていた事件のせいで余裕がなかったといえばそれまでだが、それでも何日も前から泣きそうな顔で村の中を徘徊するレイに誰も声を掛けないのだから、この村に蔓延る嫌な空気は、相当なものだったのだろう。


 誰も彼も、自分と自分の家族にばかり心配の目が向いてしまい、外から来た人間であるレイに関心を向ける余裕がないのだ。


「どうしてこんなところで一人で遊んでいるのかしら?」

「…………」


 レイは、戸惑う。

 そんなことを聞かれるなんて思っていなかったから、答えに迷ったのだ。


 そして、お父さんとお母さんが帰ってくるのを待っているから、と答えようとして、女性の背後の扉が開き、アレが顔を出した。


 その姿を見た途端レイは、大慌てでその場から逃げ出した。


 走りに走って小屋に戻り、藁に潜ってひたすらじっとする。


 結局その日は、それだけで一日が終わってしまった。



 次の日、太陽が天頂まで登り切り、そこからゆっくりと傾き始めたころ、レイはおずおずと小屋から顔を出した。


 そして、可愛らしい音で鳴るお腹を押さえながら、村に向かって歩き始める。


 昨日は慌てて逃げ帰ってしまったため、何も食べておらず、とうとう空腹が限界に達したのだ。


 アレが来ないかと怖々しながら村に入り、手近な家の玄関戸を開けようとして、


「…………あれっ?」


――鍵が掛かっていることに気が付いた。


 他の家を回ってみても、どの家もきちんと施錠をしてしまっていて、入ることが出来ない。


 どうやら、知らぬ間に食べ物がなくなり、代わりにお金が置かれているというちょっと変わった出来事がここ数日の間に立て続けに起きたことで、気味悪がった住人たちがとりあえずの対策として家屋の施錠をきちんとするようになってしまったらしい。


 そんなふうになっている事など知らないレイは、どうしようかと途方に暮れる。


 鍵の掛かっている家に無理矢理入るわけにもいかないが、かといってこのまま帰っても空腹は我慢出来そうにない。


 それに、近くにある森に入って何か探す、という選択肢は初めから存在していない。


 あの森からは夜毎狼の鳴き声が聞こえてくるため、レイは絶対に近寄らないようにしているのだ。


 しばらく悩んだ末にレイが向かったのは、この村唯一の牛舎であった。


 レイは牛舎の中にいる牛にお願い(・・・)をして、牛乳を飲ませてもらおうと思ったのだ。


 レイがお願いすると、牛は草を食みながらも「ご自由に」と言ってくれた(・・・・・・)

 だからレイは、「よかった」と呟き牛舎の中に潜り込むと、牛の乳房に吸い付いた。

 その時だ。


「レイちゃん? ……何をしてるの!?」

「!? ケホッ、ケホッ!」


 突然声を掛けられ思わず咽せ込んだレイは、そのまま無理矢理牛舎の外に連れ出された。


 レイは一瞬、牛の飼い主に見つかって怒られたのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。


 レイの腕を引いていたのは昨日会ってお話をした旅人さんで、その人に連れられて近くの建物の裏手に行くと、隣にいた男の人と一緒にいくつか質問をされた。


 レイにはよく分からない質問もあったが、全て正直に答えると、二人は何事かを話し合ったあとでレイに食べ物を分けてくれた。


 さらには体を綺麗にする魔術まで使ってもらい、レイは、何故こんなことをしてくれるのだろう、後で怒られたりしないだろうか、などと悩んだが、しかしたくさんの食料を前にして空腹を堪えることも出来ず、最後には「ありがとう」とだけ言って小屋に戻る。


 そして貰った食べ物をお腹一杯になるまで食べたレイは、久しぶりに感じる満腹感に気を緩めうつらうつらとしながらも、もし明日も会えたらまたご飯をくれないだろうか、と淡い期待を抱きながら眠りについた。



 さらに翌日、残しておいた食料を分配し朝と昼に食事をしたレイは、宿の確認を行った後ゼーベンヌという名前の親切な旅人を探した。


 それは、もう一度昨日のお礼を言っておきたいから、というのもあるがどちらかといえば、今日もご飯をくれるかもしれないから、という理由の方が強かった。


 だから、そんなゼーベンヌが思い悩んだような表情で宿に戻ってきているのを見たレイは、かつて母親が大切にしていたティーカップを割ってしまったときにも感じた、お腹がキュッとなるような気持ちを味わった。


 どうしてあんなに落ち込んでいるんだろう、一体何があったんだろうとレイは、幼い思考を精一杯使って原因を考え、やがて、自分のせいなのだろうかと思い始める。


 特段そうだと思った理由はない。


 ただ、一度そうだと思い始めると、そうとしか思えなくなってくるものであり、幼いレイは、先程までゼーベンヌの優しさに甘えようと考えていたことも相まって、罪悪感のような気持ちが芽生えた。


 他人を思いやる気持ちに通じるものでもあるが、幼いレイにとってそれは心への刺激が少々強過ぎた。


 レイは、半分泣き出しそうな気持ちで、ゼーベンヌに問い掛けた。

 悲しいのは、泣きそうなのは、ひょっとして私のせいなのか、と。


 それを、ゼーベンヌが強い言葉によって遮り、昂った感情のままに何かを言おうとするものだから、レイは正直言って結構驚いた。


 まあ、ゼーベンヌの話しぶりからして、自分のせいではないことが理解できたレイはとりあえずホッとし、その後のゼーベンヌの発言によって大層驚くことになる。


 何故、彼女が自分の両親を探してくれるのかと少しだけ疑問に思うも、それ以上にレイは、ゼーベンヌなら本当に探し出してくれるんじゃないかと期待した。


 そう思えるくらいには、彼女の事を信頼し始めていたのである。


 その後もゼーベンヌといくらかお話をしていると、宿に近付いてくる一団が目に入った。


 ゼーベンヌが立ち上がりそちらに向かって頭を下げたのを見て、昨日ゼーベンヌの隣にいた男の人もいることに気付いたレイは、それならきっと他の人たちもゼーベンヌの知り合いなのかなと考えた。


 その顔を一人ひとり確認していき、そして、



「!!」



――とある男の顔を見たところでレイは、思わず息を呑んだ。


 他の人たちから感じる好奇の視線も意に介さず、レイは、まじまじとその男の顔を見つめる。

 すると、その男は不思議そうにしながら口を開いた。


「? ……なにか用かよ?」

「っ…………」


 その声を聞いて、レイはさらに驚くことになる。

 似ている(・・・・)のだ、とても。

 どこが、というのを言葉にすることはレイには出来なかったが、とにかく、似ていると思った。


 レイは、問われた事への返事も返せないほどに内心で激しく動揺していたのだが、そうとは気付かなかったこの男は、僅かに首を傾げた後、さっさと宿に向けて歩き始めてしまった。


「エイジャ、ここが宿なんだよな?」

「ん、そうだよシューイチ君」


 シューイチ、と呼ばれた黒髪の男が宿に入ろうとしたため、レイは咄嗟に「待って」と引き留めようとしたが、それより先にこちらを好奇の目で見ていた女性たちがレイを取り囲んでしまい、それは叶わなかった。


 シューイチの姿が宿の中に消え、レイがおろおろとしているのを、周りの女性たちは何が面白いのかニコニコと見つめるばかりで、レイはその人たちに撫でられたり抱き締められたり、とにかくもみくちゃにされた。


 それ自体はまあ、結構嬉しかったりもしたのだが、レイはそれよりもシューイチに会いたいと思ったし、でもそのために宿に入るのは怖いのでどうしたものかと悩んだ。


 そうしていると、さっき宿に入っていった茶髪の女性も再び出てきてレイのところにやってきた。


 その女性も加わってなんやかんやとしている内にやがて陽が暮れ始めた。後半は、レイそっちのけで女性たち同士で楽しそうにもしていたので、時間が経つのも早かったことだろう。


 すると、先ほどの茶髪の女性から、皆で一緒にご飯を食べませんか、という提案がなされ、他の人たちが賛成するなか、レイも一緒に食べないかと誘われた。


 レイは悩んだが、心の天秤は賛成に傾いていた。


 いくらアレが恐ろしい存在でも、これだけ大勢と一緒にいれば、怖くないかもしれないと思ったのだ。


 なによりシューイチにもう一度会いたいと思っていたのだから、ここでこの人たちに着いていけばきっと会える、それにゼーベンヌもいるし大丈夫だろう、と思い至り、「うん」と答えようとした。


 しかし、その直前に宿からアレが顔を出し、レイはアレと目が合った。


「!!」


 アレは、レイを見つけた途端、ゾッとするような笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


 そうなるともう、ダメだ。


 レイは先程までの思考など頭から全て吹き飛び、遮二無二駆け出した。


 いきなり逃げるように走り出したレイに、皆が呆気に取られるなか、ゼーベンヌが「レイちゃん!?」と名を呼んで手を伸ばす。


 レイはそれさえも振り切って村を飛び出し、小屋に戻ってしまったのだった。




 本日十四時に次話を投稿します。

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