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第5章 20

 ◇




 一体どれだけの時間そうしていただろうか。

 一分か、十分か、はたまた一時間も経っただろうか?

 レイは、無言のまま遺体の前で立ち尽くしていたし、修一はその間、なにも言わずにレイの隣にいてあげた。

 エイジャとゼーベンヌも、それがレイにとって必要な事なのだという修一の言葉を信じ、部屋の入口付近で、二人が戻ってくるのを待っている。


「…………」


 こうして変わり果てた両親の姿を見ても、レイは取り乱したりしなかった。

 いくらかは動揺したような素振りも見せたが、それもすぐに収まっている。


 おそらくではあるが、レイは、こうなっている事を、心のどこかで予想していたのではないだろうか。


 五歳の子どもが、死という概念を正しく理解しているのかと問われれば、それは分からない。

 ただ、もう二度と会えなくなってしまうということは、分かっていたのかもしれない。


 だからこそレイは、頑なに村に戻る事を拒み、ここに連れてきてほしいとねだったのだ。

 今この時を逃せば、もう、両親に会うことが出来なくなると、レイは解っていたのだ。


「…………」


 どうしてレイがその事を理解していたのかなど修一には知るよしもないことではあるが、修一にとってそんな事はどうでも良いことであった。



 大切な事は、レイがこの場に辿り着き、両親にお別れが出来るということなのだ。



 修一は昔、そうすることが出来なかったことを強く悔やんでいる人物を、見たことがある。


 ソイツは親と大喧嘩し、半ば家出同然に家を飛び出していた。


 修一は、それがソイツ自身の考えに基づく行動であると思ったから、その事を、強く咎めたりしなかった。


 だが、ある日、ソイツは泣きながら、修一の前に現れた。


 両親が、仕事で乗っていた船ごと嵐に呑まれ、行方が分からなくなったのだと。


 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、ソイツは修一に、そう告げたのだ。


 ソイツは、本当は、両親と仲直りしたいと、ずっと思っていたのだ。


 それが、意地を張ってしまったばっかりに、両親に謝ることも、両親と仲直りすることも、――両親とお別れをすることも、出来なかったのだ。



 ソイツはその事を、いつまでも悔いていた。



 子どもが、親に対してしてあげられることなどほとんどない。


 そして、してあげられる事と言えば、本当に些細な事でしかないのだ。


 その一つが、きちんと親にお別れをすることだと、修一は考える。


 それはなにも、生き死にの関わることでなくてもいいのだ。


 ただ、親に成長した姿を見せ、一人前の人間として旅立つ事だってそうなのだ。


 子はやがて親から離れ、一人の人間として生きていくことになる。

 そうした姿を見せて安心させてあげる事だって、きっと、大事なことなのだ。


 だけら修一は、レイをこの場に連れてきた。

 レイが将来、ソイツと同じように後悔しないように、きちんと両親に、お別れが出来るように。


 万難を排してでも、この機会を用意してあげたかったのだ。


 ――まあ……、それでもこれは、ただの俺の我が儘だったかもしれないな。


 修一が、そう思うのも無理からぬことであった。

 結局修一は、レイにソイツと同じ思いをさせたくなかっただけなのだ。

 それは、レイのことを思ってというよりも、修一自身が、もう、そうやって悲しむ奴を見たくなかっただけなのだから。

 だから修一は、睡眠不足の体に鞭打って、ここまで戦い続けたのだ。


「…………ん」


 やがてレイが、修一の服の裾を引っ張ってくる。


「もう、いいのか?」

「…………うん」

「そうか」


 それなら、と修一が、レイを連れて戻ろうとすると、レイにもう一度服を引っ張られた。

 不思議そうにレイに目を向けると、レイは、遺体を、というより、遺体が身に付けているモノを指差していた。

 レイが指差す先にあるモノに気が付いた修一は、「あれの事か?」と確認し、間違いないことが分かると、もう一度遺体に手を触れた。


 二人の遺体がそれぞれ身に付けていた、大きさ以外同一のそれを回収した修一は、これはきちんと消毒したうえでレイに渡そうと決める。


「…………しゅういち」

「ん? なんだ?」

「…………ありがとう」

「……どういたしまして。

 さあ、村に帰ろうぜ」

「…………うん」



 修一は、この洞窟にある全ての遺体と死骸を、これ以上腐敗しないように冷凍したうえで外に出た。



 そして、ノーラたちの待つテグ村に、四人で帰還したのだった。







「で? 結局そのリャナンシーの目的ってなんだったの?」

「さあ、な。それは聞いても教えてくれ、ふぁ~あ、……くれなかったよ」

「……随分眠そうだね、本当に、一晩中語り明かしてたの?」

「おう。

 マジで、一睡もしてない」


 現在時刻は午前十時ころ、テグ村のオーガ襲撃事件から一夜明けている。

 修一とメイビーは、昨日ノーラが予約していた馬車に乗り、他の皆が来るのを待っていた。

 すでに全員分の昼食も購入してあり、あとは人が乗るのを待つばかりとなっている。



 昨日修一たちが村に戻ると、村の端で警戒をしていたヘレンと合流した。

 宿まで歩きながら彼女に聞いたところ、カブのパーティーをを中心に残った警備隊の人間が村民の避難誘導を行ったらしく、すでに全村民が宿の前に避難しているのだそうだ。

 そして集まってくる村民に対してウールが次々と魔性追放神術を使った結果、もう、村人に化けたオーガはいなかったという。

 エイジャはウールの行いに呆れ返っていたが、すでにオーガとなっていた人間を見たものが何人もいたため、どちらかと言えば村人たちにお願いされて神術を行使したらしい。

 「あたしだって、そこまで非常識じゃないよ」というウールの戯れ言を聞き流しながら、修一はメイビーに、洞窟で回収したモノの消毒を依頼した。


 するとメイビーに、「それはウールに頼みなよ」と言われ、回復と消毒は違うのか、と思いつつ、ウールにお願いすることにした。

 魔力を回復させるためのお香をもうもうと焚いているウールに、鼻をつまんだままお願いした修一は、無事に毒性治癒神術キュアポイズンを掛けてもらうことができた。


 そしてそれをレイに手渡した後は、エイジャの部屋に連れ込まれ、朝日が昇るまで語り合わされたのだった。



「シューイチ、ここ二、三日まともに寝てないんじゃないの?」

「多分な、……ふあぁ」

「そんなに欠伸ばかりされるとさ、僕まで眠くなってくるんだけど」

「すまんが、我慢出来そうにない」


 そう言いながら、再び大きな欠伸をする修一に、メイビーは軽く溜め息を吐き、そして、仕方がないかな、とも思う。


 このお人好しは、なんだかんだと言って自分の事は後回しにする癖がある。

 昨日も、結局自分には関係のないはずの事に首を突っ込んで、解決の手伝いをしてきたのだ。

 疲れていないはずがないだろう。


「シューイチー」

「なんだ?」

「そんなに眠たいの?」

「おお、マジで眠い」


 「そうかそれなら」と、メイビーは微笑んだ。


「僕が膝枕してあげようか?」

「……急にどうしたんだよ?」


 いきなりの申し出に訝しがる修一であったが、メイビーは気にした様子もなく、太股を叩く。


「別に?

 ただ、昨日ノーラの膝枕で寝てたときは気持ち良さそうに寝てたから、それなら僕もやってあげようかな、って思っただけだよ」

「ふーん?」

「それで、どうする? 僕の膝枕が嫌だって言うなら、無理にとは言わないけど」

「……まあ、それなら、やってもらおうか」


 そう言って修一は、おそるおそるメイビーの太股に頭を乗せた。


「……んっ」


 メイビーの膝枕は、思ったよりも柔らかかった。

 女性らしさの備わった、それでいて健康的な弾力のある太股だった。

 修一は、「流石に鍛えてあるだけのことはある」と、若干ズレた感想を抱きつつも、その心地良さに早くもうつらうつらし始める。


「えへへ、なかなか可愛らしい寝顔だね」


 メイビーが何か呟いているが、すでに修一は聞いていない。

 間も無く、夢の世界へ旅立とうとしている。

 それだけ、修一の疲労はピークに達していた。


「あれ、どうしたの?」

「――――」


「うん、……え? そうなの?」

「――――」


「そうかそうか、それならどうぞ」

「――――」


 修一は、腹の上に何かが乗ったような気がしたが、それが何であるか考えることもしないまま、眠りの中に落ちていった。




 ◇




 昼過ぎ、修一が目覚めた時には、すでに馬車はガタゴトと揺れながら街道を走っていた。


「あ、おはよう」

「……おはよう。

 もしかしなくても、ずっと膝枕してくれてたのか?」


 「うん」と頷いたメイビーに、少しだけ申し訳なさそうにしつつ、修一は体を起こそうと、


「……あん?」


――して、腹の上に乗った何かが邪魔して起き上がれなかった。


「…………くう、くう」

「……メイビー」

「なあに?」

「どうして、ここに……」


 そうして修一は、自分の腹の上で眠る女の子(・・・)を指差して訊ねた。


「――レイがいるんだよ」


 メイビーは、「あれっ?」と言って首を傾げる。


「シュウ君が首都まで連れていく事になったからよろしくね、って言ってエイジャさんが連れてきたんだけど、違うの? てっきり、昨日の話し合いでそうなったんだと思って、預かったんだけど」

「……そんな話、してないぞ」

「ホントに? エイジャさんが、俺が出す約束になってるから、って言ってレイちゃんの分の馬車代を払ってきたから、皆も、そうなんだと思って信じたのに」

「エイジャの奴……、どういうつもりなんだ?」


 修一は、意味が分からないとばかりに額の傷を掻く。そんな彼の腹の上で、レイがもぞもぞと体を動かし、ゆっくりと目を開けた。


「…………ん、」


 そして、もう一度目を閉じようとしたレイの両耳を、修一が些か乱暴に捏ねくり回した。


「!! …………くすぐったい」

「おい、普通に寝ようとするな。

 お前、どうしてここにいるんだ?」

「…………?」


 レイは、何を言ってるの? と言わんばかりの表情で修一を見つめた。

 そして、修一を指差して、とんでもないことを言ったのだ。


「…………おとうさん」

「!? ……お、おう?」

「…………に、なってくれないの?」

「は? ――――はあっ!?」


 修一は、驚きのあまり飛び起きた。


「待て待て待て! 一体何の話だそれは!?」


 起き上がった修一の胴体からレイが転がり落ち、メイビーは頭をぶつけられないように慌てて体を反らした。


 眠気など一瞬で吹き飛んだ修一の叫声に、馬車に乗っている他の面々が何事かと視線を向けるが、そんな事を気にしている場合ではない。


 どういう事かとレイに問おうとすれば、それより先にレイが、転がったままの姿勢で修一の瞳を見つめながら口を開いた。


「…………おとうさんと、」

「……おう」

「…………おかあさんが、いなくなったから」

「……から?」

「…………しゅういちに、なってもらおうと」

「……意味が分からん」

「…………えいじゃさんも、そうしたほうがいいって」

「んなっ!? ……アイツ!」


 修一は灰色の髪をした友人を脳裏に浮かべ悪態をつくが、すぐにそれどころではないと思い直す。


「なあ、レイ」

「…………なに?」

「実は俺はな、この国の人間じゃない」

「…………うん、わたしといっしょ」

「それでな、俺はノーラの護衛が終われば故郷に帰ろうと思ってるんだよ」

「…………うん、たのしみ」

「……まさか、付いてくるつもりか?」

「…………もちろん」


 修一は、顔を引き攣らせた。


「あのな、レイ、俺の故郷では、俺ぐらいの歳でレイぐらいの子どもがいる奴なんて、ほとんどいないんだ」

「…………そうなの?」

「そうなんだ。それに、とても遠いところだから、レイを連れていくのは難しいと思う」

「…………がんばる」

「……」


 表情こそ分かりにくいがやる気に満ちた雰囲気を醸し出すレイに、修一はどうやって説得したものかと頭を悩ませる。


 そもそも、修一はいずれ元の世界に帰るつもりなのだから、小さい子どもの面倒を長々と見続ける事などはっきり言って不可能だ。


 さらに言えば、結婚すらしていない高校生の身で、子どもが出来るなど冗談ではない。確かに、レイのことを嫌いだとか鬱陶しいなどというつもりはさらさらないが、それとこれとは話が別だろう。


 それに、レイに対して優しくするというのは両親に再会するまでの間のつもりだったし、レイはきちんと両親に再会してお別れをしたのだから、これ以上自分に出来ることなどないはずだ。少なくとも修一は、そう考えている。


「どうしたのですか、シューイチさん?」


 そこに、ノーラがやってきた。修一は、これ幸いと助けを求めた。


「ノーラ、頼む、知恵を貸してくれ!」

「はあ、なんでしょうか?」

「実は――」


 修一は、今の状況をノーラに説明したうえで、如何にしてレイを説得すれば良いのかと教えを乞う。

 それを本人の目の前で聞く辺りこの男も大概であるが、レイはレイでメイビーの膝の上に座って足をパタパタさせている。

 その心中に、不安の二文字は存在していない。修一が自分の事を蔑ろにするはずがないとでも思っているかのようだ。



 そして事実として、話はそちらの方向に流れていく。

 修一の意思とは関係なく。



 具体的には、修一とノーラの話し声を聞いていたウールとヘレンが口を挟んできたり、それによってなんだかんだと楽しそうな話になってきた事を察したメイビーからの援護射撃があったりと、女性陣からは、軒並み連れていってあげれば良いじゃない、という意見が出てくる。


 修一の本当の故郷を知っているノーラ(メイビーもそうだが)だけは修一のために頭を捻っていたが、それでも心情的にはレイの味方をしてあげたいのだ。


 まあ結局のところ、修一だってレイの事をほったらかしに出来るほど冷酷にはなれないのだから、話し合いの意味など有って無いようなものだ。


 故郷まで連れていくには、物理的なものも含めて障害が多過ぎるというだけの話で、首都に行くまでくらいなら面倒を見るのも吝かではないのだから。


 そしてとうとう修一は折れた。


「……分かったよ、レイの面倒は俺が見るよ」

「…………やった」


 疲れたような顔で呟く修一と、少しだけ嬉しそうな表情で呟くレイ。それでも修一は、最低限、ここは譲れないという部分だけはきちんと伝える事にした。


「ただし、故郷まで着いてくるのは無しだ。これは譲れない。何がどうなるか分からないし、どうやったって不可能な場合もあるかもしれないからな。

 代わりに、首都に着いて一段落したらお前を受け入れてくれる施設なりを探すのはやってやるから。

 ノーラ、すまんが、その時は手伝ってくれ」

「はい」

「…………はい」


 若干不満そうなレイであるが、無理なものは無理である。

 まあ、どうせ首都に着いたところですぐに故郷への帰り方が分かるのか定かではないのだし、それならその間くらいは父親の代わりをしてあげても良いと思ったのだ。


 ――どれくらいの期間になるかはしらないが、一番大きな町なら孤児院みたいなのくらいあるだろうし、そんなに長いことにはならないだろ。多分。そうだ、ついでにメイビーの母親探しも手伝ってやるか。アイツもちょこちょこ聞いて回ってるらしいけど、相変わらず手掛かりはないみたいだし。


 そしてこの男、腹を括ってからの行動に迷いはない。


「レイ」

「…………なに?」

「その代わり、俺の事をお父さんと呼ぶのは構わないぞ」

「!!」


 その一言でレイは、興奮したように修一に飛び付いた。


「おっと」

「…………」


 そのまま、修一の胸元に顔を押し付けて抱き付くと、バッと顔をあげる。


「お、おとうさん!」

「おう」

「!! ~~~~っ」


 修一が素直に返事したのを聞いて、レイは更に嬉しそうにしながら顔を擦り付ける。


 その様子に修一は、まあ、仕方がないかな、と思う。

 だから、レイの気が済むまでそうさせてあげることにしたし、ついでに頭も撫でてあげる。



 それを見ているノーラが、なにやら羨ましそうにしているのに首を傾げつつ、修一は馬車に揺られて次の目的地に向かうのだった。




 第5章、これにて終了です。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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