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第2章 5

 ◇




「ん、何か言いましたかシューイチさん」


 ノーラは修一の呟きが聞き取れなかったようだ。そして修一もわざわざ言い直すつもりはない。


「いや、何でもない。そういえば、ノーラは魔術が使えるのか?」

「え? ええ、いくつかは。よく分かりましたね」

「いや、あなたも(・ ・ ・ ・)魔術師なんですかって俺に聞いてたきたからな。それに、魔術師ギルドの事に詳しそうだったからもしかしてと思って」


「私は学院の学術過程で魔術を修め、そのままギルドに加入していますから。ただ、戦闘に使えるようなものは覚えていませんので期待はしないで下さい」

「まあそうだろうね。ノーラが戦えるんなら山賊なんか蹴散らしいてるだろうし。で、どんなのが使えるの?」


 修一の言い方に何となく不満を覚えつつも、ノーラは魔術を使ってみせることにした。


「例えばですね、“~~~、~~~~、ウォッチ”」

「おお、呪文を唱えるとかそれっぽいな。それで、何が起きるんだ?」

「今の時刻が分かります。現在は、聖歴八百十年八月二十五日午後九時三十八分二十三秒ですね」

「……へー」

「ちょっと待って下さい。なんですか、その気の抜けた返事は」


 修一のあんまりな態度に思わず声が大きくなるノーラ。


「いやだってさ、それくらいなら腕時計を見ればいいじゃん」

「うでどけい?」


 修一は、手首にベルトを巻いて携帯することが出来る時計だと説明する。


「時計というのは普通大きな塔の上なんかに取り付けられているものです。

 小さい物は魔導機械式の物ですから必要な魔力量はあまり変わりませんし、そもそもそんな高価な物を長旅に持っていったりしませんよ」

「なるほどねえ」


 ノーラの説明を聞いても修一の感想は変わらない。

 それどころか、魔術に対する期待感は微妙に下がっている。

 それを感じ取ったノーラは、自分のとっておきの魔術を使ってみせることにした。


「なら、これならどうですか! “~~~~、~~~~、~~~~、」

「えらく気合が入ってんな」


 その原因が自分であるとは一切思っていないようだ。


「~~~~、トランスレイション”!!」


 やがて呪文の詠唱が終わったノーラがそのままの勢いで立ち上がり、焚火を回り込んで修一に近付いていく。


「さあシューイチさん! 貴方の国の言葉で話しかけてみてください!」

「それって日本語ってこと?」

「そうですよ、さあ、さあ」


 今までになく興奮しているノーラに詰め寄られ、内心で狼狽えつつも言われた通りにする修一。


『えーっと、それなら、ノーラって今何歳なの?』

『私は二十三歳ですよ、修一さん』

『えっ!?』


 思わず驚きの声を上げる修一。


『どうですか、十分間だけ任意の言語を習得し、会話も読み書きも自由に行えるようになる翻訳魔術です。

 私が言語学を習っていたときに、同時に教えてもらいました。

 これは習得が難しい術で、学院の中でも私を含めて十名程度しか使える者がいませんでした』


 ノーラは自慢げに語るが、修一にとって問題はそこではない。


『いや、そんな事よりも、……ノーラって二十三歳だったんだ。俺より五歳も年上なのか』

『なっ、そんな事ですって!? 今そんな事って言いました!?』

『うおっ!』


 修一の一言でついにノーラがキレた。


『私がこれを覚えるまでにどれだけ頑張ったと思っているんですか!!

 ただでさえ使える人が少なくて、教えられる教授なんて一人しかいないし、私だって才能がある訳じゃないからそれこそ寝る間も惜しんで訓練したのに!!

 これを覚えたから魔術師ギルドに認められてギルドに加入できたというのに!!

 そ、それを、それを、そんな事ですって!?』


 ノーラが修一の両肩を掴み、ぐわんぐわんと揺すっている。頭を大きく前後に揺らされながらもノーラの目に涙が浮かんでいるのが見えた修一は、流石に自分の発言のせいだと自覚した。


『いや、すまん、つい本音が』

『!』


 それでもこんな事を言ってしまうあたりどうしようもないのだが。当然のようにノーラはヒートアップした。


『本音!? 今本音と言いましたか!?

 つまり私の翻訳魔術は本当にどうでもいいと思っているのですかああ!!』

『ああ、違っ、ちょっ、待って、揺らさ、』

『くうう、確かに効果は地味だし持続時間も短いし覚えにくいし色々不便なところはありますが、旅先で言葉が分からずに困ることも無いんですよ!!』


 ノーラの言葉に修一は思わず、


 ――大陸統一言語があるんじゃねえのかよ!!


と言いたかったが、流石に声には出さなかった。




 ◇




 夜の森は静けさを増し、どこか遠くで虫の鳴く声が聞こえてくる。相変わらず月は出ておらず目を凝らさなければ地面の起伏を知ることも難しいだろう。

 そんな夜の森の中を三人の男たちが移動していた。彼らは慣れた足取りで森の中を進み、途中で焚火の火が見えてきたところで一度止まる。

 静かに目を凝らし、焚火の傍にいる人間を確認すると怒りで顔が歪む。

 焚火の横にいる男、彼に打たれた傷が今でも痛むのだ。


 何やら、かの男は自分たちが襲おうとした女と一緒に行動しているようだ。

 忌々しく思いつつも、自分たち三人で襲いかかっても再び返り討ちに遭うだけだろうと、男たちは怒りを飲み込む。


「おい、行くぞ」


 腰に剣を差していた男が、他の二人に告げる。三人の男たちは焚火を大きく迂回するように森の中を進み、やがて道に出る。


 焚火の位置からは道が曲がっており、男たちの姿を見ることはできないだろう。

 男たちは、森の中を歩くよりも早く山道を登っていき、一時間も経ったころに、道を外れていく。


 草と岩肌が混在し、時折垂直に近いような急傾斜の存在する山中をひたすらに進み、しばらくして男たちは洞窟のような場所に辿り着く。


 洞窟の前には、男たちと変わらぬ恰好をした若い男が立っており、若い男が三人に気付くと咄嗟に警戒した表情になるが、自分の良く知った顔であることが分かり緊張を解く。


「よう、えらく遅かったじゃないか」


 若い男は三人に対して気さくに話しかける。

 それに答えるのは剣を差していた男だ。


「ああ、ちょっくら油断してな。酷い目に遭った」

「おいおい、まさかとは思うが山賊狩りなんかが来たっていうんじゃないだろうな」


 そう言いつつ、若い男は周囲を見回す。

 自分たちがこの山と森で山賊行為を始めてから半年近く経つのだ。いかにノロマな領主といえど、そろそろ冒険者を雇うか兵を駆り出して山狩りを行ってもおかしくはない。

 それに、よく見れば三人は皆どこかしらケガをしているようだ。大勢に追い立てられて今頃になるまで逃げ回っていたのかもしれない。

 そうなれば、逃げた三人を追跡して追手がこのアジトまで来るかもしれない。

 そんな若い男の考えを察し、剣を差していた男はそれを否定する。


「いや、冒険者でも兵士でもねえ。それなら他の奴らもやられてるはずだろ」

「じゃあ何があったんだよ。それにアンタ、剣はどうした」


 そこで、剣を差していた男は、悔しそうに頬を歪めた。


「取られた」

「はあ?」

「取られたんだよっ、クソがっ! あの野郎、絶対にタダじゃ済まさねえ!!」


 男の怒声に応じるように、残りの二人も怒りを露わにする。


「一体どうしたってんだよ?」

「くそっ、俺らが女一人の旅人を相手に仕事をしてたんだ。そしたら、上下真っ黒な服を着た変な男が現れやがった」

「変な男?」

「そうだ、おそらくお前よりも若い男だ。そいつが何か訳の分からないことを言ったかと思ったら、いきなり襲いかかってきやがった。俺が剣を抜く間もなく、そいつにボコボコにされたんだよ」

「へえ、その男ってアンタより強いのかよ」


 若い男は、自分たち山賊団の中でもお頭に次ぐ実力を持つ剣を差していた男が簡単にやられた事に驚きを隠せずにいる。


「知るか! だが、俺たち三人を殺さずに女だけ連れて行ってるんだ。俺たちが不意を突かれただけで、そんなに強くはないだろ。若しくは人を殺したこともないような甘チャンか」

「ほう」

「そうだ、女と言えばアイツは中々の上玉だった。折角連れて帰ってみんなで楽しもうと思ったのに、あの野郎、よくも邪魔しやがって!」

「まあ、落ち着けよ。で、その男はどこにいるんだ」

「ああ、山から少し離れた森の道で、女と一緒にいやがった。おそらく明日にはこの山道を通るはずだ」


 それを聞いた若い男は、ひとまずお頭に相談すべきだと思い、そのことを三人に伝える。


「ああ、そうだな、お頭に頼んでみんなでアイツ等を囲んじまおう。そしたら、いくらあの男でも勝ち目はないだろ。アイツを殺したら、女の方は気が済むまで嬲ってオモチャにしてやる」

「そりゃあいいな、そんな良かったのか」

「おう、あれはイイぞ。ヤるだけヤって、飽きたらどっかに売っ払ちまおう」


 三人と若い男は、互いに下劣な笑みを浮かべながら洞窟の中に入っていったのだった。




 ◇




「はあ、はあ、はあ、」

「お、落ち着いたか、ノーラ?」

「はあーーっ、……もう大丈夫です。お見苦しいところをお見せしました」

「そ、そうか、そりゃ良かった。 んんっ?」


 あの後、興奮したノーラを何とか落ち着かせた修一だったが、不意に、どこかから見られているような気配を感じ、思わず森の方に目を向ける。


 ――気のせい、かな?


「ちょっと、どうしたんですかシューイチさん。いきなりそっちを向いて」

「いや、何でもない。多分気のせいだ」

「まあいいです。それより、ちゃんと謝ってくださいよ。私の努力をバカにしたんですから」

「えー、どうしても?」

「当たり前です!」


 修一はハァ、とため息をついた後、コホンと咳払いをすると。


「――ノーラさん」


 至極真面目な表情で、ノーラの名を呼んだ。


「は、はい?」


 ノーラの驚いたような返事を気にも留めず、修一は言葉を続ける。


「貴女に対する無礼な言葉の数々、真に申し訳なく思っております。

 思えば俺、いや私は、この見知らぬ世界にいきなり来てしまった事で、心のどこかで不安を感じていたのかもしれません」

「え、ええ?」

「ですが、貴女に会えたことでいつしか私の心の中の不安も雲散霧消し、代わりに心に広がるのは貴女と一緒にいるという安心感です」

「はあ」


 ノーラは、今までとあまりに違う修一の言葉遣いに、思考が追いついていない。


「貴女がこの私に対してあまりにも親切にしてくださるものですから、つい貴女の優しさに甘えて、無礼な事を言ってしまいました。――ノーラさん」


 呼びかけとともに、ノーラの手を取る修一。


「ひゃ、ひゃい!?」


 急に手を握られて、ドキっとしながらも返事をするノーラ。


「こんな私ですが、どうか許していただけますか?」


 そして、真剣な目で見つめられながらそんな事を言われてしまい、


「は、はい、許します」


と、ノーラは答えたのだった。




「……これで、いいか?」

「へ?」


 修一がノーラの手を放しながら問う。


「誠心誠意、心を籠めて謝ったぞ。これで満足か?」

「え、えっと、……今のは一体何なんですか?」


 ノーラは、修一の口調が元に戻ったことで落ち着きを取り戻した。


「聞くなよ、俺だって結構恥ずかしかったんだから」

「じゃあ、何故そんな事をしたんですか」

「ただ謝るのもなんか癪だから、驚かしてやろうと思ったんだが、思った以上に恥ずかしかった。

 でも、途中で止めたら余計にヤバいと思って、最後までやり通した」


 焚火の明かりではよく見えないが、おそらく修一の顔は羞恥心で赤くなっている。

 それが分かったノーラは、それ以上の追及はしないことにした。――おそらく自分の頬も赤くなっているだろうと思えたからだ。


「なんというか、シューイチさんって」

「……なんだよ」

「意外と、お茶目なんですね」


 そう言われた修一は嫌そうに顔をしかめたが、顔をプイとそむけただけで特に何も言わなかった。

 そんな修一の態度を見て、自然と笑みがこぼれたノーラは、少しだけ調子に乗ってみた。


「まあ、年下の男の子があれだけ情熱的に謝ってきたんです。大人な私は笑顔で許してあげましょう」


 それを聞いた修一はボソリと呟く。――大人のクセしてあんなにわたわたと取り乱してどうするよ、と。


「何か言いましたか?」

「いえいえ、何でもありませんよっと」

「ふふ、それではそろそろ寝ましょうか。明日は山を越えなければなりませんから」


 そうして、就寝準備をすることとなった。

 だが、一つ問題があった。


「どうしましょう。そういえば、寝袋は一つしかありませんでした」


 自分一人で旅をしていたノーラは予備の寝袋までは持っていなかった。

 そして修一は、そんなことよりも気になることがある。


「なあ、見張りとかどうしてるんだ?」


 ノーラが今まで一人で旅をしてきたとして、夜間の見張りが出来ていたとはとてもじゃないが思えなかった。


「へ? ああ、それはですね」


 そう言いながら、カバンをゴソゴソし始めるノーラ。


「この札を使います。これは警報アラームの魔術が込められていて、これを四方に貼っておけば他の生き物なんかが札と札の間を通過した際に大きな警報音が鳴り響きます。あと、野生動物が近寄りにくくなるような効果もあります」

 「また魔術か、便利なもんだな。ちなみにそれは一枚いくらなんだ?」

「これは四枚セットで銀貨十枚です。破れなければ何度でも使えますが、広い範囲で使うにはより多くの枚数が必要になってきます。四枚なら十メートル四方が精々ですね」

「……ふーん」


 ――便利そうだが、十メートル四方じゃ狭くないか? 一気に攻め込まれたら、対応する前にやられそうだな。


 修一が考えている間に、ノーラは手近な木の幹に札を張り付けて戻ってくる。

 札だけに頼るのは少し不安に思えたので、修一は自らも警戒しながら寝ることにした。


「ノーラ、寝袋はいらないから、毛布でも貸してくれ」

「毛布ですか? ありますけど、それだけで大丈夫なんですか?」


 既に夜は更けてきており、焚火を消した後はそれなりに涼しくなる。死にはしないが、風邪くらいならひくかもしれない。そう考えたノーラであったが、修一にとっては無意味な心配である。


「ああ、寒さよりも地べたにそのまま寝たら学生服が汚れるから敷いて寝る。それに寝ている間でも周りの気温を調節して適温に保てるしな。雨も降りそうにないし大丈夫だろ」

「なかなか便利ですね、シューイチさんの能力って」

「まあな。これほど使いこなせるようになるのは大変だったがな」


 そうして準備が整った後は焚火の火を消し、眠りについたのだった。




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